第54話 連動
「それではご唱和下さい。メリー・クリスマス!」
「「「「「「メリー・クリスマス!」」」」」
エリカの音頭でグラスを突き上げて一斉に声を上げる。克也達は今年も〈アイネブリーゼ〉を貸切にし、1日遅れでクリスマスパーティーを開催していた。
水波と香澄は、別に開かれている1-Cのクリスマスパーティーに参加している。それによって自然と、いつものメンバーでのパーティーになっていた。ちなみに泉美はこちらに来たがっていたのだが、香澄に連行されてここにはいない。3人のことを気にせず気軽に話せるため、名前を出すような真似は誰もしなかった。
「あと1日早く開催したかったよなぁ」
「仕方ないさ。昨日まで生徒会も事務処理が忙しかったし。克也・エリカ・美月は、大会とコンクールがあったからな」
「そうだね。あ、そういえば美月は入賞おめでとう。克也君も優勝の立役者だね」
「ありがとうエリちゃん」
「ありがとう」
美月は美術展に絵を出展して見事入賞を果たした。克也はバレーボールの関東大会に一高エースとして出場して、優勝に大きく貢献している。エリカはテニス部の幽霊部員なので大会には出場していない。といっても応援に行っていたため、昨日はパーティーを開けなかったのだ。
「そうだね2人ともすごいよ」
「幹比古、それ以上褒めてやるな。克也はともかく美月の精神状態がもたんぞ」
達也の言葉通り、美月は褒められすぎて顔を真っ赤にして俯いていた。美月を除くメンバーの笑い声が、〈アイネブリーゼ〉店内に響く。
「今年も色々あったな」
パーティがそれなりに賑わっている頃、レオが思い出したかのように呟いた。しみじみと呟かれたレオの言葉には、あらゆる感情が含まれている。
「そうだね。吸血鬼とかほのか&ピクシー事件とか」
「千葉さん、やめてよ!」
「それは横に置いとくとして。今年も去年同様に忙しかったのは事実だ。気を抜く暇がなかった」
「〈横浜事変〉よりマシだったんじゃないかな」
「あれ以上の厄介事はごめんだな」
レオの言葉を始まりとして話題が盛り上がり、達也のもうたくさんという意味合いのある言葉でさらに笑いが起こる。他国の進軍とゲリラとの戦闘など、日常生活ではありえないことだ。だからこそ達也の反応は控えめであると言える。
「来年は何も起こらずに卒業したいものだな」
「そっか、もう1年しかないんだね。なんかあっという間だった気がする」
「エリカに同感だね」
「あら、ミキが同調するなんて珍しいじゃない」
「僕の名前は幹比古だ。別に珍しくもないだろ。小さいときからたまに意見は合ってたじゃないか」
エリカと幹比古の楽しげな言い合いを、残りのメンバーが苦笑いしながら見守っていた。
「達也さん、来年もみんなで初詣に行きませんか?」
パーティーも終盤になり始めた頃、ほのかが少しばかり期待感を込めた声音で尋ねた。
「日程は?」
「1月2日です」
「すまない、俺と深雪は外せない用事があるんだ」
「そうですか…。克也さんはどうですか?」
「すまない。俺も来年は本家に帰らないといけないんだ」
「え?克也君、今年は帰ってなかったの?」
克也の微妙な言葉に、エリカはどストレートに聞いてきた。
「
「なるほどねぇ気持ちはわかるよ。でもなんで今年は帰るの?」
「わからないんだ。ただ、
エリカと会話している最中、深雪が無理して笑顔でいることに気付いたメンバーは、克也と達也以外にいなかった。
メンバーと別れ、家に帰っても血行が悪いかのように深雪は青ざめたままだった。
「深雪、今日はもう休め。あとは俺達に任せて寝るべきだ」
「しかし!…いえ、分かりました」
深雪は克也の言葉に反論しようとしたが、深雪がなんと言おうと拒否する眼をしている2人に見つめられては、素直に引き下がるしかない。深雪は申し訳なさそうに寝室へ向かった。
「達也、深雪は大丈夫か?」
リビングに克也が煎れたアイスコーヒーのストローをコップの中で回し、氷のぶつかる音を聞きながら達也は答えた。
「初詣という言葉に引っ張られた結果だろう。一時的な精神的な疾患だからすぐに治るさ」
「…ほのかの言葉と連動して〈慶春会〉を思い出したんだな?」
「叔母上がどのような判断をするかはわからないが、ほぼ確定で深雪が選ばれることを深雪自身が一番分かってる。それが余計にダメージを与えているんだろう」
四葉家次期当主は、次期当主候補から選ばれることが定められており、今回の当主候補は5人いる。
直系とも言える故司波深夜の長女。
魔法力とその美貌で他者を魅了。
司波深雪
諜報担当であり筆頭とも目される黒羽家長男。
四葉家お得意の精神干渉魔法の使い手。
黒羽文弥
「魔法演算領域のオーバーヒート」について研究する津久葉家長女。
精神や感情などの魔法理論に精通する研究者。
津久葉夕歌
四葉家随一の戦闘技能を持つとされる新発田家長男。
真面目で愚直な合理主義者。
新発田勝成
直系とも言える故司波深夜の長男。
魔法力と人徳で他を寄せつけない実力者。
四葉(司波)克也
【最も強い魔法師】が次期当主になるのではなく、【最も優れた魔法師】が次期当主になる。そのことは深雪も克也も分かっているが、素直には受け入れられないのだ。分家が達也に向けるあの視線は、2人にとって耐え難いものである。2人のどちらかが次期当主になり、達也に向けられる視線を変えられるのであればなってもいいと思っている。
そして【最も優れた魔法師】は深雪であると誰もがそう思っているし、深雪自身も理解している。魔法力が強くても中身が備わっていなければ、当主にはふさわしくない。逆に魔法力が平均ほどでも、人を動かす『何か』を持っていれば、当主になることは可能ということだ。深雪にはその両方が備わっているため、四葉家次期当主確実と言われているのだ。
「達也、水波を迎えに行ってくる。深雪が何か言いたげだったら聞いてあげて欲しい」
「分かった」
ヘルメットとコートを余分に持ってバイクにまたがる。克也は1-Cのクリスマスパーティーが開かれている会場に向かった。
到着したのは終了予定時刻の15分前で、まだ生徒達は和気藹々と楽しんでいた。店の前に立ちながら想子の動きを加速させて暖をとる。想子を活性化させると、街角の至る所に設置されている想子観測機に検知されてしまうが、魔法を使っていないため逮捕されたりすることはない。
10分後、パーティーが終了したらしく参加していた生徒達がぞろぞろと出てきた。ほとんどの生徒が克也に気付き、挨拶してくるので軽く手を振り挨拶を返していると、水波が泉美と香澄と一緒に出てきた。
「あ、克也兄」
「え?あ、克也お兄様」
「克也兄様」
3人が克也に気付いて、小走りで駆け寄ってきた。
「どうされたんですか?ここは1-Cのクリスマスパーティー会場ですよ?それに克也お兄様は、〈アイネブリーゼ〉で開いていたはずではなかったのですか?」
「水波を迎えに来たんだ。それにパーティーは1時間前に終わってて、15分前に来たばかりだ。達也は深雪と家で留守番だよ」
「…15分も待つのはきついと思うけど?」
「
克也の説明にどうやら香澄は納得したらしい。一方水波は『幼馴染の従妹』と言われ、言葉にできないむずがゆさを感じていた。もちろん克也は水波の心情に気付いていない。
「俺は水波を連れて帰る。泉美と香澄はクラスメイトと帰るのか?」
「いえ、七草家の使用人が迎えに来るのでそれに乗って帰る予定です」
「なら俺も来るまで待っておこう。2人だけ残して帰って、拉致されたりでもしたらシャレにならん」
2人を傷つけることより、真由美に怒られることが恐ろしいと思ったが故の行動だった。
2人を迎えに来た使用人に軽く挨拶をして見送ってから、水波と帰る準備をする。
「水波、これを着てくれ」
「これはコートですか?」
「いくら防寒しているとはいえ、見ている方が寒くなるからな。それに俺が何より安心できる」
「…ありがとうございます」
自分が何気なく発した言葉に、顔を赤くする水波を見て首を傾げる。
俺、何かおかしなことを言ったのか?
自分のしたことのある意味事の重大さに気付いていない克也は、乙女心を理解できていない紛れもない〈朴念仁〉であった。克也は水波がバイクにまたがって、自分の腰に手を回したことを確認して、エンジンをかけてバイクを発車させる。
人の体温は暖かい。それも好きな人の体温であれば尚のこと。この時間はかけがえのない大切なものですね。
水波はそう思いながら克也の腰に回した腕に力を込め、振り落とされないようにしっかりと掴む。克也は腰に回され、自分の身体に水波が密着していることに気付いていたが、『バイクに乗るのだから身体が密着してもおかしくはない』というとんでもない勘違いをしていた。
水波が至福の笑みを浮かべて抱きついていることに、克也は帰宅しても気付かなかった。
「密着」と「抱き締める」は、身体がくっついていることに変わりはない。だが水波の場合は、甘えるという意味合いが強いだろう。
帰宅するとリビングに達也はおらず、おそらく地下室にいるのだと考える。
「水波、風呂に入って身体を温めておいてくれ。俺は達也のところに行ってるから何かあれば連絡して欲しい」
「わかりました」
水波が着替えを準備しに自室へ向かったのを確認した後、地下室に向かった。
「達也、何をしてるんだ?」
「克也かお帰り。新しい魔法を発動させるためのCADの最終調整に入ったところだ。ところで水波は?」
「ただいま。もうすぐ完成か待ち遠しいな。水波は風呂に入らせてるよ。それで深雪はどんな状態だ?」
「早く完成させたいものだな。ここまで1年かかっているんだからその気持ちは理解できる。…まだ少し精神的な疾患は残っているが、気にならない程度だし今は眠っている。かなり深い眠りだから、明日にはすっきりして起きられそうだ」
達也は焦点の定まらない眼で深雪の寝室辺りを見上げる。《
克也と深雪のみに適用される達也のこの眼は、2人が何処にいようと何が起きようといつも視ている。無意識に使っているとでもいえるこの能力を、達也は自分の精神と魔法演算領域に負荷を与えていることを知らない。2人は知っているが、達也に知らせてもやめさせることはできない。
これは達也に残された〈家族愛〉という感情の副作用であるため、やめさせると達也の精神は大きく乱れ、最悪の場合は命を落とすことにもなる。使わせると精神と魔法演算領域に負荷を与え、やめさせると精神が乱れる。どちらにせよ達也を苦しめることになるため、克也と深雪は悩み続けている。
「そうか。なら明日、俺達が家を空けても大丈夫そうだな」
そんな悩みを抱えていることを感じさせないよう自然に答える。
「ああ、早くこれを完成させて〈慶春会〉で叔母上に報告したい」
克也の気持ちに気付かずに達也は嬉しそうに答えた。
翌日、克也と達也は家に深雪と水波を残してFLTに向かった。晴れておりバイクで向かうことができたので、交通機関を使用すると2時間かかるところを1時間で到着した。
「牛山主任、今回は製作したいものがあって来たんですが」
「おお、克也さん直々のお願いですか。我々から要望することは何度かありましたが、そちらからあるとは珍しいですね」
「珍しくもないですよ。2ヶ月前にも特注してもらってますから」
第一会議室で今日の予定を話す約束をしていたので、単刀直入に会話をしても話がこじれることはなかった。牛山やその他の研究者達は、克也の知識が達也ほどではなくても驚かされている。
第三課全体の収益を2人で3割を。その中でも克也が4割ほどの利益を上げているため、研究者達は妬みや憂いなど一切なく尊敬している。達也が開発した飛行術式も克也がソフトを作り、小学生や中学生のための『安全第一』を掲げたCADを開発したことで、牛山でさえ頭を垂れることがある。
克也の名前は公表しておらず、〈トーラス・シルバー〉という名前で発表している。つまり〈トーラス・シルバー〉はミスタートーラスを牛山、ミスターシルバーを達也と克也が担っているということである。
「やめやめ、討論で御曹司や克也さんには適いませんぜ。それよりどんなものを作るんですかい?」
「今回はこちらを作りたいんです」
厳重にロックされたアタッシュケースから設計図を取り出し、牛山にも見えるように広げる。牛山は一通り目を通すと厳しい顔を浮かべる。
「これは少々厄介ですな。なんせこれほど大きなCADを作るのは初めてですから時間がかかりますぜ?」
「ええ、それは承知の上です。しかしこの第三課の技術力があれば問題なく作れると確信しています」
「そうですな。これほど高度なCADを作れれば、今より更に高見へ上ることができます。名声もポーンと跳ね上がりますぜ」
どうやら牛山主任もやる気になってくれたようだ。
「しかし、この銃身が長いのはどういう意味があるんですかい?」
「それは遠隔照準補助システムを内蔵するためです。露出していると、万が一狙撃などによる攻撃で破損させられるかもしれませんから」
「なるほど。一度聞いただけですが、御曹司の〈サード・アイ〉は露出しているそうですからね。露出していれば攻撃された際に被弾する確率が上がりますが、機構が複雑じゃないので照準性能は上がります。遠隔照準補助システムを内蔵すれば、逆になりますから今回の作り方も納得できます」
達也は克也の言葉に頷きながら牛山の反応を待っている。牛山はしばらく吟味した後に答えた。
「分かりました。まずは試作機から作りましょう。完成は未定ですが必ず作って見せます」
「「よろしくお願いします」」
克也と達也は牛山の腕を信じて握手をした。もちろん彼らもアシスタントとしてソフトやハードの作成を手伝う。材料の調達等は成人している牛山に一任されている。
克也の夢は一歩ずつ確実に実を結んでいた。