1月13日。克也と達也は新魔法の試作機が完成したため、それの実験を行いにFLTへ来ていた。FLT本社の地下30mに作られた縦10m・横10m・奥行き・50mの巨大な地下空間に、克也・達也・牛山の3人は、防火対策を施された専用の作業着を着て立っている。
克也の腕の中には、スナイパーライフルのような大型CADが握られていた。「ような」という注釈がついたのは、スナイパーライフルに比べて銃身が太く、照準を定めるスコープが画面のようだったからだ。
『それじゃあ始めますか牛山さん』
『ダメと言ったらどうしてたんですかい?』
『牛山さんにぶっ放してました』
『克也さん、冗談でもダメですぜ!?』
『もちろん冗談ですが?』
克也と牛山の楽しげな口論を達也は微笑まし気に見ていたが、時間が無駄なので途中で止めることにした。防火対策をした作業着のせいで声がくぐもってしまうが、聞き取れないことはないので3人とも気にしていなかった。
『はい、2人ともストップ。時間は有効的に』
2人は真面目な顔になると準備を始めた。克也の立ち位置から50m先に置かれているのは、特別性耐熱処理を施した金属で重さは約50kg。これを狙うのが今回の実験内容だ。威力調整は克也が自ら行い、被害を最低限に抑えつつ目標物を狙うのが正確な実験内容だ。克也は緊張も恐れも抱いていなかったのに対し、達也と牛山は息を飲んで見守っていた。
『実験を開始します』
克也の硬質な声が地下空間に響く。
【対象物を照準 確定】
金属の質量体を魔法式の投射場所に設定。
【魔法式 構築】
想子が活性化し魔法演算領域で魔法式が構築される。莫大な量の想子が荒れ狂い、想子測定器が注意を示す警報を鳴らすが、3人とも気にせず実験を続ける。
【起動式 展開】
魔法式が起動式に展開され発動準備が完了する。
『準備完了』
『《フレイム・バースト》(仮)発動』
『《フレイム・バースト》(仮)発動』
克也がCADの引き金を引くと、特別性耐熱処理を施した金属の真上に少し上回る程度の炎球が発生した。それはみるみるうちに姿を変え、柄を天井に刀身を金属へ向けた剣の形に変化した。まるで罪人を裁くギロチンのように。その剣は金属に向かって落下し、金属をいとも容易く貫通して爆発した。
ここまでに用した時間はゼロコンマ6秒。
爆風は真夏の風程度の温度だったが、剣が貫いた金属は跡形もなく、そこにもとから何もなかったかのように蒸発していた。金属を置いていた台座は少し焦げていたが、それ以外何一つ傷は無い。達也と牛山は何が起こったか理解できないという表情をしている。克也が作業着を脱ぐ音で2人は我に返った。
「克也、今のは何だ?あんなことになるとは聞いていないぞ」
「俺にもわからん。炎球のまま落とそうと思ったんだけど勝手に剣に変わりやがった」
克也の言う通りあの形は意図したものではなく、偶然の賜物であった。
「それより克也さん、CADはどうですかい?」
「ほぼ問題ありませんね。強いて言うなら、もう少し遠距離照準補助システムの性能を上げたいところですね。この距離でも不安定さが見られます。しかしこれ以上のパーツを追加すると、CAD自体の重量が増えたり魔法式に影響が出そうです」
「それさえ改善すれば問題ないと?」
「ええ、あとは自分が魔法式に慣れるだけです。余剰想子光と光波ノイズが酷すぎますから、何とかしてそれをなくせるようにしなければ」
克也の言葉を聞いて、牛山は満足そうに微笑んだ。
CADについて少し話した後、克也と達也は帰宅した。手応えを感じたので、今月中には完成するだろうと予測している。
「達也、魔法名が決まらないんだけどどうしたらいい?」
「魔法の特徴から付ければいいんじゃないか?あの剣のような形からでも」
「そうだな。CADが完成したら決めることにするよ」
話している場所は克也と達也が所有する自動車の車内なので、ある程度内容を話しても問題は無い。2人は手応えを感じながら帰宅した。
新学期2週目、人というのは慣れれば打ち解けるのが早い。克也達のことが盛大に発表された当初は、近寄らなかった一高生徒だったが、以前と変わらず接してくれる彼らを見て、自分達の認識が間違っていたと理解したらしい。
そのおかげかほのかや雫とも関係を修復することができた。ほのかと深雪が、互いにライバル宣言を克也と達也の前でしたため、苦笑いと申し訳なさそうな悲しい顔を混ぜたような表情で、2人を優しく見守っていた。
しかし2人は気付いていなかった。雫の笑顔を浮かべてはいるが、悲しげな感情が垣間見えていたことことに。
「克也、これよろしく。
放課後、生徒会室で作業をしていると、幹比古が風紀委員管轄書類を持ってやってきた。
「
幹比古が差し出した電子ペーパーに、生徒会確認印をカードキーで入れながら、克也は幹比古の言葉に違和感を覚えて聞いてみた。
「盗撮や尾行される生徒が増えてるみたいだ」
「ストーカーというより、【人間主義者】の団体の可能性が高いか」
「克也の言う通りだよ。まだ暴力や脅迫を受けた生徒はいないみたいだけど、暴言を吐かれた事例は確認してる」
「…まったく懲りないな」
〈慶春会〉による精神的疲労と新魔法の試作機の実験による多忙さで、周囲の状況を確認できていなかったらしい。幹比古の生徒会への報告で、克也達は近辺の現状をようやく知ることができた。
「警察に提出した被害届は受理されています。非常に悪質な場合を除いて厳重注意は散見されますが、具体的な取り締まり結果はないようです」
話を聞いていた水波が端末から検索をかけ、警察が発表している統計データを確認して報告する。
「暴言や尾行は状況証拠でしかないから、確固たる証拠としては不十分だ。音声や映像があれば可能なんだろうが、監視カメラの大量設置を周辺住民が納得するとは思えないな」
「達也の言う通りかな。いちいちそんなことで調査していたら、警官の数も足りないし効率が悪い。後手になるけど、被害に遭うまでは捜査してもらえないだろうね」
克也も理解の上で「被害を受ける」と言っていることに反論できず、それしか方法はないと生徒会室にいたメンバーは思った。
「【人間主義者】と聞いて思い出したんだが。アメリカでかなり活発になっているみたいだ」
「どんなことがあったんだい?」
「死傷者はいないらしいんだが魔法師をメイン部隊とするUSNA陸軍の基地が、【人間主義者】によって襲撃されたそうだ」
「指導者は?」
「名前は知らないが団体名は判明している。【ノーブル】だ」
「【ノーブル】?」
聞いたことのない団体名らしく幹比古は首を傾げていた。幹比古だけでなく、達也・深雪・水波以外というのが正確だろう。
「最近創設されたばかりの団体らしい。かなり過激らしくてUSNA政府も頭を抱えていると聞いている」
「それは政府全体なの?それともどちらか一方かい?」
「両方みたいだ。魔法師側の政府にとっては不愉快だし、非魔法師の政府にとっては、設備などを破壊されるから賠償費用などが発生する。どちらにとっても好ましくない状況と言える」
「なら解散させればいいのではないですか?」
「無理に解散させると、余計に過激な手段に出るかもしれないから、国も安易に手は出せないんだよ泉美。少数の団体だからまとめて逮捕すればいいけど、そうしたら他の団体が〈権力濫用〉とでも言ってくるかもしれない。だから事実上は放置に近い。監視程度はしてるみたいだけどね」
【エガリテ】のことでも思い出したのか、幹比古とほのかは不愉快そうに話を聞いていた。
「その情報は当主からもらったのかい?」
「そうだが。それがどうした?」
「何でそこまで詳しく知っているのかなと思って」
「同感だ。
ここにいるメンバーがどのように考えているかは聞かないと分からないが、まとまってもいない考えを聞かされてはどうにもできない。今は待つしかなかった。
学校から帰った克也は、久々に親しい人からメールをもらったがその表情は暗かった。
「どなたからなのですか?」
「七草先輩から話があると言われた。明日の昼に話し合いたいから来て欲しいそうだ」
「あの婚約破棄のことでしょうか?」
「それ以外ないだろうね。こんな時期に話すことといったらそれしかない」
「そういえば七草香澄さんと泉美さんから、そのことについてお言葉をいただきました」
「何を言われたんだ?」
もし破棄しろと脅されていたら、月曜から2人に対する克也の態度は真逆になってしまっただろう。だがそれは克也の悪い予想は杞憂に終わる。
「今回の要望は当主の暴走であると。『婚約したくないというわけではない。むしろしたいけど、桜井さんを差し置いてまでしたくはない』と仰っていました」
「なるほど。やはり弘一の単独行動か」
七草家当主を呼び捨てにしたことに水波は驚いていたが、克也には呼び捨てなどどうでもよかった。もともと人間性は嫌いであるし、口と頭が同じことを言って考えているとは思っていない。考えは読めず、味方を犠牲にしてでも任務を完了させる人間だと克也は思っている。
「取り敢えず明日はFLTに行くのはやめて七草先輩に会ってくる。先延ばしにしても良いことはないし、むしろ事態が悪化する気がする」
「わかりました。そのように達也兄様と深雪姉様にお伝えしておきます」
水波は心配そうにしながら頷いた。
翌日、俺は指定されたカフェに15分前に到着していたのだが、既に七草先輩がいたので大学は大丈夫なのかと思ってしまった。カフェに入るとウェイターがやってくるが、七草先輩を指差すとこちらの状況を察してくれたらしく、お辞儀をして下がっていった。
「七草先輩、お久しぶりです。卒業式以来ですね」
「ええ、早いわねもう1年近く経つなんて。いつのまにか達也君も深雪さんも、いろんな意味で成長してるから驚いたわ」
七草先輩の言葉には達也と深雪が四葉家の直系であり、深雪が次期当主であるという意味が含まれている。席に着くとウェイターがメニューを渡してきたので、アイスカフェオレを頼む。それから七草先輩と軽い社交辞令を交わす。
「今日のお呼び立ては婚約のことですよね?」
「ええ、そのために学校を抜け出してきたの。気にしなくていいのよ?1回ぐらい休んでも成績には影響しないから」
俺の内心を読み取り先に話してくれたので、少しだけ気持ちが軽くなった。確かに彼女の学力なら1つの講義を抜けても支障はないだろう。
「いえ、感情的な問題ですよ。迷惑をかけてしまったのは事実ですから。それで何についてお話ししたいんですか?」
「単刀直入に聞きます。克也君は2人が好き?」
「好きですよ」
「それは女性として?」
「いえ、性欲の対象としてですね」
俺が無表情で答えると、ボッと音がしそうな勢いで顔を真っ赤にさせた。そこまで照れるようなことを言ったつもりは無いのだが。
「か、克也君にもそういう感情があるのね!?」
「ありますよもちろん。人間の本質といっても過言ではありませんから。本能でもあります。もちろん行動を置くすつもりなど更々ありませんが。それにしても随分初心ですね七草先輩」
「誰でもそんなこと聞いたらこうなるでしょ!私だって興味が無いわけじゃ…って何を言わせるの!」
「…今のは先輩の自爆ですが?」
フンと顔を逸らして怒ったのだが、それほど怖くないので話を続けた。
「それは置いときまして。七草先輩は何が言いたいんですか?」
「克也君は2人と婚約したい?」
「俺には既に水波がいます。するつもりはありませんし、一夫多妻制などとるつもりもありません」
「〈愛人〉でも嫌なの?」
「取らざるを得ない状態ならば考えます。万が一その状況になったとして俺が受け入れても、実際に傷つくのは水波と愛人となる2人です。自分の好きな人が自分ではない人とそういうことをしていると知れば、心に影を落としても仕方ありません。相手が自分のよく知る友人や家族であるなら尚更です」
「やっぱり無理よね...」
その言葉を聞いて俺は確信した。七草先輩は2人の姉として来たのではなく、七草家当主 七草弘一の使いとしてここに来たのだと。そして水波との婚約を破棄させ、2人と婚約させるように命じられていると。
七草先輩の心境は分からないが、ここにいるということは弘一の命令を承知したということだ。強制的にさせられている可能性もあるが。しかしこの落胆している様子を鑑みるに、変えられないと分かって来ているのだと察する。
「七草先輩がここに来たのは2人の姉としてではなく、七草家当主七草弘一の使いとして来たと解釈しても良いですか?」
「…その通り。今日は父の使いとして来ました」
「では俺は四葉家次期当主 司波深雪の補佐兼桜井水波の婚約者として言わせていただきます。『これ以上四葉家に関わるようなことはするな。これ以上踏み込むようであれば、宣戦布告として受け取りそれなりの報復をする』と当主にお伝え下さい。俺は七草先輩が弘一殿と同じ意見ではないことを願ってます」
その言葉を残して俺は電子マネーで2人分の代金を払い、未練など微塵もなくカフェを後にした。
「...やっぱりお父様は間違っています。これ以上克也君・桜井さん・香澄・泉美が傷つくのを見てたら、私は耐えられない」
真由美は涙を流しながら呟く。音声は遮音フィールドによって外に漏れることはなかった。
克也は帰宅して速攻で真夜に連絡した。
「叔母上、先ほど七草家長女 真由美嬢と対談してきました」
『用件はあのこと?』
「ええ、しかし真由美嬢は命令されて来訪しただけのようです。彼女の意思ではないことをご理解されたいのですが」
『貴方が言うのならその通りでしょう。七草家に対してではなく七草家当主個人に抗議しておきます。それでどんなことを言われたの?』
「婚約できないのであれば、愛人としてはどうかと言われました。もちろん断りましたが」
『何故断ったの?』
「俺には水波がいるので必要ありません。それに水波に悪いですから」
『そのぐらいで嫌われることはないと思いますけど』
「感情的な問題です
真由美に話した内容を、何故もう一度話さなければならないのか不思議だった。
「自分の旦那が自分の知り合いとそんな関係だと知れば、傷つくのは当然でしょう」
『…私には分からないけど』
「すみません失言でした」
真夜が悲しそうに呟くのを聞いて、克也は自分の発言を恥じた。子供を作る能力を失った叔母の絶望感は、男性はまさしく女性も体験しなければ理解できないだろう。
「最近、達也ではなく自分がトラブルメイカーになっている気がするのですが。…気のせいでしょうか?」
思い切って話題を変える。何時までも女性の悲しい表情を見るのは忍びない。
『高校2年間のつけが回ってきたんでしょう?』
面白おかしいかのように微笑みながら、真夜は克也を弄ぶように言葉を発する。どうやら先程の失言は無かったことにしてくれたようだ。
「…充分に巻き込まれていると思いますが」
『その時の発端は達也さんだったでしょう?今回は貴方ということですよ』
真夜はえらく楽しそうだ。にこにこしながら話すので克也は余計に毒気を抜かれていた。
「規模が違うと思いますが?」
『問題は比重ですよ克也。達也さんの場合は、他国からの侵攻や魔法師とは違う存在の一般人による暴走。克也の場合は国内です。〈十師族〉同士のしがらみですから、克也さんの方が重くなるのは仕方ありません』
「他国からの侵攻の方が問題なのですが、今はそれを言っている場合ではありませんね。善処します」
『それで結構。〈師族会議〉の結果を待っててね』
その言葉を最後に電話は切れた。
「あのクソ爺」
「あの狸親父」
克也と真夜は電話を切っていたのにも関わらず、双方同時に似た言葉を弘一に向かって毒を吐いていた。
ノーブル・・・今作オリジナル反魔法国際政治団体