帰国した翌日から学校だったが、実習が午後からなので克也は助かっていた。克也は1時限目から4限目までの間、座学の課題を最短記録で終わらせ、残りの時間を睡眠時間に充てていた。時差ボケでなかなか眠れなかったため、残った時間を最大限活かして睡眠不足を補っているのだ。しかもその最短記録は、達也が本気でやっても更新できないほどの速さだったとか。
もちろん時差ボケだけが睡眠不足の理由ではないのだが…。
「深雪、克也さんは大丈夫?」
「大丈夫よ。昨日の遅くに仕事から帰ってきたから寝不足なの。今は寝かせてあげましょう」
「仕事?」
「お家関係よ」
克也を見ながら心配そうに聞くほのかと雫の質問に答えて、深雪は克也を微笑ましそうに見ていた。昨日帰ってきた克也を質問攻めにし、睡眠時間を奪ったなどさすがの深雪にも言えなかった。
「克也さんが疲れるだなんて。よっぽどのことだったんだね」
「私にも詳しく教えてくれなかったんだけど、仕事中に【人間主義者】に襲撃されたみたいなの。それも2回。一度は宿泊先でもう一回は市街地で」
「よくニュースにならなかったね」
「国はそんなこと放送されたくないでしょうし、正当防衛だって証明されたみたいだから」
「正当防衛?」
「向こうから手を出してきたらしくて、魔法を使わずに騒ぎを静めたみたい。それと【人間主義者】が一般人を狙ったときに魔法で守って、怪我をさせなかったことを狙われた人や目撃者が評価したらしいの。だから大事にはならなかったみたい」
深雪の説明に2人は納得し、優しく克也を見ながら呟いた。
「大活躍だったんだね。克也さんは批判を受けても、一般人を守ることを止めなかったのはすごいよ」
「ほのかの意見に賛成。克也さんは本当に優しい男性だっていうことは、世間に自分の事情を公表されても変わらないんだね」
そう言ってくれる友人に、深雪は嬉しそうな笑顔を浮かべながら聞いていた。
今日は2月4日。四葉も黒羽もUSNAも
克也達は自分が作った組織の人間を使う理由が分からなかった。操り人形にされた彼らに同情はできないが、命を粗末にされることには苛立ちを覚える。たとえ批判してくる奴らでも同じ人間であり、命を持つ生命体なのだから。
克也と深雪が教室に入るとざわめきが起き、2人は首を傾げていた。
「克也さん・深雪!何で学校に来てるの!?」
ほのかが悲鳴にも似た声で聞いてくるので、少し心が痛む2人だった。
「…おはようと言いたいところだけど。『何で』とは随分だねほのか」
「克也お兄様、私達は仲間外れにされたようです」
「そのようだな深雪。俺は悲しいよ」
「克也お兄様…」
「深雪…」
その言葉を聞いてほのかが眼を白黒させ、雫はどうフォローしようか迷っているようだ。2人に婚約者がいることを知っているのだが、美男美女が向かい合って互いの名前を呼び合っているのを見れば、思考停止に陥っても仕方が無い。
だが幸い2人の困惑は短時間で終わった。
「冗談よほのか」
「ふぇ!?」
「その通りだ2人とも。少しからかっただけだよ。ほのかが言いたいのは、今日が〈師族会議〉だから俺達が来ないと思ってたんだろう?」
2人でまとっていた空気を素に戻して聞く。
「そうです!行かなくてもいいのかなって…」
「気持ちは分かるが俺達は行かなくていいんだよ。出席者は『現』当主であり『次期』当主じゃないからね。それに開催場所は出席者以外は知らされていないから、俺達が行こうにも無理だ。ほのかと雫が知らなくても当然だけどね。2日目の選定会議に出席する〈師補十八家〉の方々も、今日の時点では大体の場所しか知らされていなくて、具体的な場所はまだ通知されていないはずだよ」
同じ頃達也と水波・香澄・泉美も、クラスメイトから同じ質問を受けて同じように説明していた。
〈十師族〉の当主は、箱根にあるそれなりに名の知られたホテルの会議室で、命のやりとりにも劣らない真剣な面持ちで集まっていた。不思議な点は克人が父親の後ろに立っていることだろうか。開始時間になり真っ先に手を挙げたのは、十文字家当主 十文字和樹だった。
「私は先日に魔法技能をすべて失いました。この場を以て十文字家当主を退き、息子の克人に譲ろうと思います。よろしいでしょうか?」
「十文字殿がそう言うのであれば誰も文句は言わないでしょう。家督継承を他の〈十師族〉に許可をもらう必要はありません。ご自由になされよ。それでは新しい十文字家当主として克人殿、席に着かれよ」
最年長の九島真言が全員の内心を代弁して発言した。克人が席に着いて少しの間、反政府活動および侵略行為の監視状況を説明する。一段落したあと、七草家当主七草弘一が発言許可を真言に求めたことで、残りの8人がげんなりした雰囲気を醸し出す。
弘一が発言を求める時は、毎回会議が面倒くさくなるため当主達は嫌なのだ。
「四葉殿、次期当主のご決定おめでとうございます」
「ありがとうございます」
互いに言葉だけを見れば、祝いの言葉を言いお礼を返しているように見えるが、実際にはそんな生易しいものではない。2人は愛想笑いを浮かべているが、弘一は眼に嫌な光を浮かべ、真夜は冷ややかに見返している。
何故か2人とも既に臨戦態勢で、今にも魔法の応酬に発展しそうである。残りの8人の当主は、「やれやれ」という表情と「またか」という表情に分かれていた。
「しかし次期当主候補の従兄である克也殿の婚約には、承服致しかねます」
「何故でしょうか。克也と婚約者は互いにそれを望んでおりますが?」
「彼のような優秀な魔法師の遺伝子を、【調整体】の不安定な遺伝子と掛け合わせてはなりません。それならば有力魔法師との間に子供をもうけるべきだ。自分勝手ながらそのようなお考えをお伝えします」
弘一の発言に真夜を除く当主一同が眉をひそめる。弘一の発言は【調整体】という存在を許容しないと言っていることと同じである。真夜はかなり限界に近いようだが、ここで爆発させれば〈十師族〉から外されるどころか、魔法社会からの追放にもなりかねないと考えて我慢していた。
「本人の意思を無視すると言いたいのですか?」
「魔法師であるなら、ある程度心を殺すべきだと思いますが」
「私は何を言われようと婚約を破棄などしませんよ?
「…それはどういうことか教えていただけますか?」
「教えるつもりはありません。他人の魔法を聞くことはタブーですから」
「発言いいでしょうか四葉殿・七草殿」
2人の危険な会話に一条家当主一条剛毅が割り込み、少し空気が和らぐが次の言葉で先程より張り詰める。
「一条殿、どうぞ」
「ありがとうございます四葉殿。私は息子 将輝の気持ちを優先し、克也殿の婚約を推奨いたします」
「…一条殿、貴方は魔法社会の発展を望まないと言うのですか?」
「そうは言ってはおりません。確かに心を殺して優秀な魔法師と結婚することは、魔法社会の発展に繋がると思っています。七草殿、貴方の
真夜は
「七草殿の言いたいことは理解できます。七草殿は確か克也殿に娘さんお二人を婚約させたいと仰っていました。お二人が望むなら解消しても良いかと思います」
「三矢殿、それは2人が克也殿にアタックをしても構わないと申すか?」
「八代殿、男女の相性は交際してみなければ分かりません。もしかしたら克也殿がお二人との方が婚約されている桜井殿より、相性が良いと気付くかもしれません」
「…2人にアタックさせることは認めましょう。婚約したいならばご自身の心で勝ち取ることが条件ですが。ですので婚約は解消しません。それでよろしいですか七草殿?」
「それで結構です四葉殿」
真夜が渋々頷いた様子を見れたことに満足したかのように、明るく返答した弘一であった。
弘一が投げ込んだ爆弾で全員が疲れを見せたあと、一度休憩を挟んで会議は再開した。最初の発言者は、意外にも真夜で再び爆弾を爆発させる。
「皆様は周公瑾という人物をご存じですか?」
「それは誰ですか四葉殿?」
「七草家や九島家の当主がよくご存じだと思いますが、説明いたしましょう」
克人が真夜に聞き真夜が2人の名前をわざと出す。そちらに視線を向けると弘一はポーカーフェイスを保ち、真言は背筋を僅かながらに伸ばした。
「彼は横浜中華街を根城にしていた大陸の古式魔法師です。一高での反魔法国際政治団体【ブランシュ】によるテロ・2095年度〈九校戦〉での国際犯罪シンジゲート【無頭竜】の暗躍・〈横浜事変〉でのゲリラ及び大亜連合破壊工作部隊の手引き・吸血鬼と呼ばれる〈パラサイト〉事件を引き起こした黒幕の日本における代理人を
「四葉殿、
「その通りです八代殿。周公瑾は昨年10月、一条将輝と九島光宣の協力を得て達也が仕留めております。ちなみに【ブランシュ】は達也・深雪・十文字殿を含む5人が。【無頭竜】は克也が壊滅させました」
真夜の報告に会議室をざわついた空気が満たす。周公瑾討伐に克也も参加していることを真夜は知っていたが、伝える必要は無かったので話さなかった。真夜・真言・弘一以外が克人に視線を向ける。一部の事件に参加し、殲滅したことを確認したかったようだ。克人が怯むことなく目を閉じて深く頷いた、
「それはそれは。次世代が育ってくれているのは嬉しいことですね」
「私や十文字殿からすれば後輩ですが」
六塚家当主 六塚温子の茶々は年長者の笑いを誘ったが、真夜が三度投げ込んだ爆弾で和んだ空気は霧散する。
「七草殿・九島殿、お二方は周公瑾と関係をもっていましたね?七草殿は配下の名倉三郎氏を使って周公瑾とコンタクトを取り、民権党の神田議員を間接的に利用して一高へ押しかけさせた。反魔法師運動を煽っていたことも調べが着いています。九島殿は周公瑾の要望を聞き入れ、〈道士〉と呼ばれる大陸の魔法師を保護しましたね?何か仰りたいことはありますか?」
「…四葉殿、私は周某が何かを仕掛けているとは知らなかった」
「貴方が保護した〈道士〉が克也・達也・深雪・水波・九島光宣殿を襲ったことはご存じですか?」
「…それは知らなかった。お許し願いたい」
「何事もありませんでしたからお気になさらずに。七草殿はどうでしょう」
真夜は真言に対しては穏やかに話していたが、弘一に向くと先程と同じように冷ややかに見つめていた。
「確かにその人物とは関係を持っていました。反魔法師運動を活発化させたのはガス抜きをさせ、魔法師に一時的とはいえ甚大な被害が出ないようにしたまでです。それに彼は危険だと判断した上で名倉三郎に消すよう命じましたが、返り討ちに遭って無残に殺されました」
「何故我々の捜査に援軍を出さなかったのですか?」
「名倉氏は当家にとっても指折りの実力者でした。その彼を容易く殺す魔法師がいると痛感させられ、これ以上犠牲を出さないために派遣しなかっただけです」
薄い色のサングラスの奥は照明の反射で見えない。
「それならその情報を我々に与えてくれればよかったのではないですか」
「必ずしも情報を他の〈十師族〉に伝えなければならないという約束はありません。危険性は高いが伝える必要は無いと判断していました。あの時は名倉氏が亡くなったことを受け入れられる状態ではありませんでした。そのため正常な判断ができず、あのような判断をしてしまったという次第です」
「この4ヶ月の間に伝えることができたのではありませんか?」
「それ以降も忙しく、思い出す時間が無かったのです。お許しを」
剛毅と弘一の会話を残りの当主は聞いていたが、もっともらしいことを言っているが胡散臭く感じ、疑いの念を弘一に向け始めていた。
翌日、選定会議は前回と変わらないメンバーで始まった。
「昨日話していた周公瑾という人物のことですが。彼はこの日本における黒幕の代理人と四葉殿は仰いました。一体、誰が差し向けたのでしょう」
「それは私からお伝えします二木殿。周公瑾の黒幕は
「USNAがですか…?どうやって協力してもらえたのですか?」
「
当主一同が驚愕している間も真夜は話し続けた。
「政府によって情報統制されており、皆さんぐらいしか知られていないUSNAの魔法軍事基地が襲撃された事件ですが、襲撃したのは【ノーブル】のメンバーです。そしてUSNAと共同捜査できるように努めてくれたのは、私の
「克也殿ですか。彼は魔法力だけではなく、人と人とを結びつける能力が高いようですね。その協力は四葉家だけですか?」
「我が四葉家との間の約束事ですが、情報が入り次第お伝えしようと思っています。ご心配なく。七草殿のように伝えないということはありませんから」
五輪家当主 五輪勇海に真夜は頷きながら答えた。七草弘一にはこれでもかというほどの皮肉を込めている。「USNAの兵器保管庫から旧式携行ミサイルが盗まれた」ことは絶対に話さないと克也がUSNAと約束したため、この場でも真夜は話さなかった。これ以外は伝えるつもりなので、全てが嘘というわけではない。
「その首謀者はどこにいるかは誰にも分かっていないようですが、案外この会議を狙っているかもしれませんな」
八代雷蔵の言葉を発したのと同時に、激しい音と振動が会議室を襲った。それはまったくの偶然で各当主も驚きにより、何が起こったか理解できていなかった。