選定会議が行われていた会議室が、謎の爆発によって襲撃された頃。第一高校は2限目と3限目の間の休み時間だった。克也は深雪達と実習室に向かっている最中、懐で緊急信号が鳴っていることに気付いた。不思議に思って情報端末を取り出して開く。それと同時に彼らしくもなく顔色を変え、深雪も同じように情報端末を見て、血の気を失ったように真っ青になっていた。
「ごめん、先に行く!」
ほのかと雫を置き去りにして、克也は深雪の手を引いて駆け出した。
実習監督の教員に事情を伝え、校門で達也を待っていると水波・香澄・泉美を引き連れた達也が、珍しく血相を変えてやってきた。
「全員に緊急連絡来たということは誤報じゃないな」
「克也、早く向かおう。ここでちんたらしてられない」
「ああ、急ごう」
克也と達也は4人を引き連れて足早に駅に向かった。駅員に事情説明し、特別に大人数用のコミューターを準備してもらう。可能な限りの速度で会議場に向かいながら、車内で克也は友人に電話をしていた。
『克也か!?ということは誤報じゃないんだな!』
「ああ、七草家の双子にも来ているから間違いない。どのくらいで着く?」
『2時間ほどだ』
「こっちは2時間半ほどかかりそうだ。もっと早くに着きたいからヘリを準備して欲しいところだが、ないものねだりというやつだ」
『ヘリか…。そうだその手があった。俺は今すぐ家に帰ってヘリを呼んでから向かう。お前も早く来い。遅れるなよ!』
一方的に電話を切られた克也は独り言を呟いていた。
「こっちは準備できないっての」
「克也兄、少しいい?」
「香澄、どうした?」
一方的な婚約を突きつけられて迷惑している2人に、克也は文句を言えなかった。2人が望んで婚約を破棄させてきたなら、克也は同じコミューターにも乗らなかったし、関係を断絶していただろう。
「僕達の家にヘリがあるからそれで向かおうよ。方向はこっちだしもうすぐ見えるから」
「分かった感謝する」
香澄に礼を言い、コミューターの目的地を七草邸に変更した。
克也一向が現場に到着したのは、爆発があってから1時間後のこと。将輝は克也一行の数分後に到着した。
「俺に遅れるなと言ったのはどちらさんだった?」
「操縦士がテンパってヘリが飛ばなかったんだ!俺のせいじゃない!」
「命令しときながら遅れるとは。何かしてもらわないとな」
「何をさせるつもりだ…」
「何かだけど。…取り敢えず今はここで終わらせとこう」
「そうだな。こんな状況で言い合いなんてしている暇はない」
将輝を含めた7人で当主一同が集まっている場所に向かう。
「あれは刑事?何で!」
「泉美、待ってよ!」
「あの馬鹿」
泉美が走り出してそれを追うように香澄が走り出したので、克也は毒づきながら追いかける。
「皆様は被害者ですよ!何故取り調べを受けなければならないのですか!」
案の定、泉美が刑事に食って掛かっていたので遠ざける。
「泉美、やめろ」
「克也お兄様、何故止めるのですか!?」
克也が泉美の左腕を掴みながら言うと、泉美がその腕を振り払った。だが克也は振り払われた腕をもう一度掴み、泉美の重心をコントロールしながら引き寄せる。泉美は抵抗する間もなく。さらには痛みを覚えずダンスリードされるかのように、自然と刑事から引きはがされた。
「頭を冷やせ泉美。警察の方は職務を全うされているだけだ。邪魔をすればその分だけ事情聴取が長引く。離れるぞ」
克也が泉美を連れ戻す様子を、真夜と剛毅を除く当主達が興味深げに見ていた。
「四葉、お前達も来ていたのか?」
「十文字先輩?」
事情聴取が終わるのを待っていると克人に声をかけられた。達也と克也は2人で話をしており、将輝に水波達を任せてあるのでここにはいない。
「四葉と言うべきか?それとも司波か?いや、そうすればややこしくなるな」
「今まで通りでいいですよ十文字先輩。何が起こったのか教えてもらってもいいですか?」
「わかった。見ての通り、当主方はかすり傷以上の怪我をされていないから安心してもらって構わない。それと今回の爆発は詳しく分かっていないのが現状だ。だが俺は高確率でこの〈師族会議〉が狙われたと思っている」
克人の予想に間違いなどない。克也と達也はその理由を克人の人間性から見抜いていた。
「十文字先輩、首謀者が誰かご存じですか?」
「ああ、
「あいつは死者を操る魔法を得意としています。それに【ブランシュ】のような反魔法団体を組織するということは、魔法を衰退させようとしているとみて間違いありません。しかし今回の爆発程度では、〈十師族〉を殺せないことは分かっていたはずです」
「...つまり狙いは当主ではなく、このホテルで働いていた非魔法師ということか?」
「それで間違いないと思うよ達也。あいつの狙いは『非魔法師を守らず、自分たちの安全だけを考えて逃げた。魔法師はいざとなれば非魔法師を見殺しにする』と一般人に伝えることだと思う」
克也の想像に克人と達也は、忌々しそうに眉をひそめるのだった。
克人と分かれた克也は達也と2人で話していた。
「克也が言ったのはあれで全部か?」
「さすがに達也には隠せないか。…十文字先輩に言ったのは予想の半分だよ。正確には四葉に対する復讐だろうな。自分が祖国を追われたように、四葉が日本に居場所を失うよう仕向けているんだと思う」
「質の悪いやり方だな。正面からぶつからないとは性根が腐ってる」
達也の表現に苦笑してしまう。
「仕方ないと思うよ。あいつの使う《僵尸術》は、前線で直接使う魔法じゃない。遠距離からの遠隔操作で動かしているんじゃないかな。動きを止めるなら、存在の消去か心臓の破壊だ」
「次がいつなのか分からないがしばらくは動かないだろう。ほとぼりが冷めるまで待って、どさくさに紛れて脱出するつもりだろう。それまでに捕まえてやる」
達也の決意に克也も頷き、将輝達の元に向かった。
事情聴取から解放された当主一同は、将輝の乗ってきたヘリで魔法協会関東支部に移動して会議を再開していた。達也・深雪・水波・将輝・香澄・泉美は、別室で会議が終わるまで待つことになっている。
「
会議の冒頭からいきなり弘一は克也に質問を投げつけた。克也がここにいる理由は、USNAとの共闘を結びつけた腕を買われた結果である。真夜の後ろで微動だにせずに立っていた克也は、真夜の横に移動してから発言する。
「現段階で死者16名、未発見者を含めれば20名を超えるでしょう。世論の火を炎に変えることになるほどの被害ですから、マスコミを抑えることはできないと思われます。かといって抑えずにいるわけにはいきません」
「その通りですね。黙っているだけでは、一方的に悪者扱いされるだけです」
「しかし反論しすぎて反感を買うのは論外だ」
克也の言葉を引き金に、当主達が互いに提案しあっているのを鑑賞してから意見を述べた。
「マスコミ工作を進めながら、
「だが我々〈十師族〉が表立って動くわけにはいかない。しかし何もせず第二・第三のテロを起こされれば、〈十師族〉の権威は地に落ちる。我々だけでなく、魔法師全体に逆風が吹くことになるだろう」
「それでも誰かが動かなければなりません。誰を探索に向かわせますか?」
「当家からは克也と達也を遣わせます」
「では将輝にその任を与えよう」
「私、十文字克人は当主ですが学生であることを踏まえて参加させていただきます」
「それでいいでしょう。あとは我々が集めた情報を届ければいいと思います」
「先程の爆発の起爆剤などは、どうやって運び込まれたのでしょうか」
「会議が始まる2週間前から警備は厳しくなっていますから、その前に運び込まれた可能性があります。ですがその場合は、誰かが気付いているはずです」
「おそらく爆発させる直前に侵入させたのでしょう」
「克也殿、それはどういうことでしょうか」
克也が経験談を話すと、二木家当主 二木舞衣が質問してきた。
「自分はUSNAに渡った際に操り人形と交戦しました。その際、半分生きた人間に遅延発動術式を施し、自爆させるように仕組まれていたのを目撃しています。今回もそれと同じなのではと思いまして」
ミサイルのことは黙りつつ、襲撃されたときのことを話す。
「生きている人間と識別できないのは痛いですね。しばらくは首謀者を見つけることを優先したほうがいいようです」
三矢元の言葉に全員が納得し会議は終了した。
克也は帰宅して、達也と将輝に今日の会議内容を伝えた。
『つまり俺達は情報を待ちながら、自分達でも動かなければならないということか』
「今は会議が行われた場所の付近を中心に捜索しているから、案外すぐに見つかるかもしれない」
「とはいえ相手は【ブランシュ】の総帥だ。簡単には見つからないだろう?」
『…嘘だろ?それは初耳なんだが』
「そういや将輝には教えてなかったな。
『…そんな奴を見つけられるのか?』
「見つけるんだよ将輝。じゃないと魔法師にとって住みにくい国になる。ただでさえ日増しに反魔法師運動が増えてるんだ。放っておけるわけがない」
『分かった。俺も可能な限り情報を集める』
電話を切ってソファーに座る。将輝には強気で言ったが、正直なところ捕まえられるかは不安だ。ただでさえ、USNAと約束を取り付けて日本に帰ってきてから1ヶ月の間、奴の目立った情報が一つも見つからなかったのだから不安にもなる。
USNAと四葉の諜報でも何一つ手掛かりがつかめないのは、さすが〈七賢人〉の1人というところか。〈フリズスキャルヴ〉の能力により、こちらの行動が筒抜けの可能性がある以上、あまり電子機器でやりとりをするわけにはいかないかもしれない。
翌日からは普段通りに学校生活を送ろうと達也と決め、今は実習を受けている最中だ。しかし実習のテストを受けている間も、
行方不明事件が2月の時点で、前年度の2割に上っていることが分かったが、その年によって事件数は上下する。あまりこの数は当てにはならない。克也の背中から漂う名前のつけようもない空気を、深雪は感じ取っていた。だがどう声をかければいいのか分からず、心配そうな眼を向けることしかできなかった。
ランチタイムにいつものメンバーが集まり、和気藹々とした雰囲気は突如として終わりを迎える。流れた昼のニュースのせいである。それを耳にした全員が辟易とする。
ニュースの内容を要約すると「魔法師は自分の身を守ることしか考えず、一般市民を見捨てて見殺しにした。魔法師の行動は間違っているため、それなりの責任を負い、罪を償わなければならない」ということで、エリカ・レオ・幹比古が文句を言っていた。
「何で自分の身が危険にさらされているのに、他人を優先しないといけないのよ!」
「そのホテルには50人近くいたってのに、たった14人に助けさせるか?救えるはずがねぇよ」
「職業や地位で優先する場合もあるけど、それを当然のように言われるのは不愉快だね」
「さっきのニュースを聞く限り、救われるべき命に魔法師は含まれていない。魔法師は自分で自分を守れるから、数える必要は無いと考えているんだろうな」
達也の文句や批判では済まない辛らつな言葉で全てを丸く抑え、エリカ達がそれ以上ヒートアップしないように留めた。
2月9日の深夜。達也は鎌倉にバイクで向かい、俺は家で休むように叔母に命じられていた。正直行きたかったが、水波に止められては無理強いはできなかった。達也を見送った後、ソファーでブラックコーヒーを飲みながら今まで得たデータを吟味していた。
ブラックコーヒーを飲んでいた理由は、今のブームがコーヒーなのも理由の一つだが、大部分は情報から顧傑の行動を予測するために、脳を強制的に動かすことが目的だった。
3時間ほど前にリーナと情報交換をした際に得られたのは、「
問題を起こさなかったのは目をつけられないためだろう。メンバ-が姿を消したのは、顧傑に操られて手駒にされているためだと予測する。重要なのは、肝心の本人がどうやってUSNAから脱出したかということだった。
客船や飛行機などに乗れば、身分証明の掲示の際に機械を通すため記録に残るが、データには一切なかったため有り得ない。あるとすれば、軍にいる協力者に頼み込んで中規模の船艇を譲ってもらったということ。これに関しては確信はできない。
そうこうしている間に眠気に負けて、そのままソファーで眠り込んでしまい、帰ってきた達也に起こされるという結果になってしまった。
2月10日日曜日。克也は達也・深雪・水波を連れて北山家を訪れていた。何でも雫の父親が自分達と話がしたいと言い出したらしく、雫が克也達を家に招待したという経緯だった。
「遅れて申し訳ない」
「いえ、自分達が約束の時間より早くに来ていただけですから。お気になさらないようにお願いします」
克也達が早めに来た理由は、雫にお茶をしようと誘われていたためである。
「それで今回のご用件は何でしょうか」
「話とは魔法師ネガティブキャンペーンのことだ。私は魔法師ではないが、妻も娘も魔法師である以上、見て見ぬふりはできない。〈十師族〉の考えを教えてくれないかな?」
「今回のテロを起こした首謀者を、我々の手で捕獲することを決定しました。マスコミの方は協会を通じて、一般人を巻き込んでテロを起こした首謀者を非難するように指示する声明を出しています。とはいえ、マスコミが都合良く動いてくれるとは思っていません。むしろこちらを非難する記事を出すことでしょう」
「ではそれに私も参加させてもらえないだろうか?」
「…嬉しいお言葉ですがそれは承服致しかねます」
北山潮の意外な提案に戸惑う。そのせいで返事がワンテンポ遅れたがしっかりと返しておく。
「何故かね?」
「北山さんは大富豪ですから、目の敵にされるのは目に見えています。あまり介入しない方が奥様や雫のためにもなるでしょう」
「では事態をそのままにして、被害が出ても良いと言うのかな?」
「魔法師全員をフォローするなど不可能ですし、自分の身は自分で守るというのが鉄則です。もちろん一部の例外を除きますが。もし被害が出るのであれば、その度に改善すれば済む話です」
「君の言いたいことは分かった。だが私も他人事では済まないから協力がしたいということを知っていてほしい。それでは失礼させてもらうよ仕事が山積みなのでね」
出て行く北山潮の背中に向かって、4人でお辞儀をしてお礼をする。
「ごめんね変なことを話しちゃって」
「雫が気にすることはないよ。一家の大黒柱である父が、妻や子供を守りたいと思うことは可笑しなことじゃない。むしろ大切なことだ。北山さんはそれをしっかりと分かっていらっしゃるから、こんな提案をしてくれたんだ。雫の父上は素晴らしい人だよ」
「ありがとう達也さん」
その後は、和やかにお茶の時間を楽しみ克也達は帰宅した。