2月11日月曜日。4人が学校に登校すると、妙に校内がざわついていることに気付いた。
「おはようほのか。何があったんだ?」
「あ、克也さんに深雪もおはよう。一条さんが職員室に入っていったのを見た生徒がいるらしくて、その噂が流れてるみたいです」
「「将輝(一条さん)が?」」
「制服の色は?」
「赤だったそうですよ」
制服がそのままだということは転校ではなく、事情があって三高に所属したまま来たのだろう。まだ将輝本人だと決まったわけではないが、彼ならばテロのことで調査しに来たのかもしれない。
「まだ、あいつだと決まったわけじゃないから悩んでも仕方ないよ。来ているなら1限目の前に俺達に対して説明があるだろうから、変な先入観を持たない方が良い」
「そうですね」
ほのかを説得してから席に着いて情報端末を開く。克也は手慣れた動作でお気に入りの書籍サイトに接続し、小説の世界にのめり込むのだった。
将輝が来ていたことは事実らしく、1限目が始まる前に教頭と共にA組にやってきた。事情は詳しく説明されなかったが、俺の予想通りだろうと思っていた。将輝が座る席は先月自主退学した生徒の空いた席になり、俺の横になったため話をするのが楽になった。
1限目と2限目の間の休み時間に俺は将輝を連れ出した。俺と将輝が廊下を歩いていると、喜びに満ちた悲鳴があちこちから上がったが無視して空き教室に向かう。部屋に入って遮音フィールドを張り、真剣な面持ちで向かい合う。
「今回、一高に転校ではなく移籍したのはあの件が理由か?」
「ああ、向こうでは調査しにくいから三高の校長に頼んで一高に行けるようにしてもらったんだ。魔法科高校のデータは、魔法大学を仲介としてどの高校にも送ることができる。座学なら三高の授業を一高でも受けられるからな。実技や体育は対象外だが」
「お前なら1ヶ月程度は問題ないだろ?三高と一高の実習内容は真逆と言っていいほどかけ離れているが、良い経験になると思う。しばらくの間は俺達に頼って早くこの環境に慣れてくれ。そうすれば捜査の時も安心して動けるだろ?」
「すまんな。不謹慎だがこんな経験をできるのは滅多にない。楽しませてもらうぞ」
「ふふふ、天狗にはさせないよ将輝
空き教室で2人は互いに人の悪い笑顔で向き合っていた。女子生徒がその光景を見ればこう表しただろう。
【悪魔の密約会議】
空き教室から帰ってくると深雪に説明を求められたが、何も隠すことはなかったので話しておいた。
今日の実習はリーナと勝負したのと同じものだった。どうやらこの学校ではこの実習がよく行われ、一定期間の間に魔法力がどれだけ伸びたのかを計測するための恒例行事らしい。
「克也、これはなんだ?」
「簡単に言うと、〈事象干渉力〉と〈発動速度〉を競い合って勝敗を決める遊びだな」
「遊び?」
「俺からすればこれは遊びだと思ってしまうんだよ。〈九校戦〉とは違う本当の実戦を経験してるからな」
〈九校戦〉は学生のお遊びであるからして実戦とは言い難い。殺傷性の高い魔法も禁止されているため、実戦とは言え生ぬるいものだ。
「お前の気持ちは理解した。それで一番強いのは誰なんだ?」
「深雪だよ」
「お前より強いのか?次期当主なら分からなくもないが」
「四葉の当主は【強力】な魔法師ではなく、【優秀】な魔法師が継ぐから判断材料にはならない。俺は演算処理つまり〈発動速度〉が速いけど、深雪は〈事象干渉力〉が高い。いくら先に発動させても、結局最後は押し切られるのさ」
「それなら俺も司波さんには勝てなさそうだな。俺と勝負をしないか?雪辱を果たすぜ?」
「また負けるのが落ちだぞ将輝」
「言ってろ。その余裕の笑みを驚愕に変えてやる」
最初は真面目な話をしていたはずなのに互いに煽り始め、結局勝負で決着を付けることになった。克也と将輝が装置の前に立つと、先ほどまでざわついていた実習室が静まり試合を見つめる。
「カウント行くぞ克也」
「いいぞ」
「スリー」
「ツー」
「ワン」
「「Go!」」
順番にカウントダウンし、最後に声を合わせて発しパネルに手をたたきつける。使うのは単一工程の移動魔法。金属の球を相手側に押し込み合う。一瞬の均衡の後に金属の球が将輝側に落ちた。
「またかぁ!」
「〈九校戦〉を合わせて3戦3勝だ将輝。俺には勝てないぞ?ふふふふふ」
「ぐぬぬぬぬぬぬ」
将輝が歯ぎしりしている姿を見て、克也はほくそ笑んでいた。周りの生徒は、「さすが主席と一条家の御曹司」とでも言いたげな表情で2人を眺めていた。
「深雪、何が起こったか見えた?」
「私にもはっきり見えなかったけど、克也お兄様の方が魔法の発動が早くて一条さんに勝ったんだと思うわ」
「克也さんの発動速度がさらに上がってる気がする。あれは反則級だよ」
「克也お兄様は四葉史上最速の〈発動速度〉を有していると叔母様に教えられたから、その名に恥じないことを示したのよ。〈神速〉の異名は伊達じゃないわ」
克也の二つ名を出しながら自慢気に答える深雪を、ほのかと雫は優しい笑みで見つめていた。その頃将輝は克也に文句を言っていたが、克也はどこ吹く風とばかりに明後日の方向を見るのだった。
「将輝、一緒に昼食を取らないか?」
「いいのか?」
「もちろんですよ一条さん。誰も拒否はしませんから」
「是非に」
将輝を食堂に誘う。いつものメンバーと食事を始めていると、エリカが先ほどの実習のことについて聞いてきた。
「こっちは均衡が長く続くから見ててあんまり面白くないのよねぇ。A組ではどうだった?」
「克也さんと一条さんが戦ってましたよ。克也さんの圧勝でしたけど」
「え?一条君、また負けたの?」
エリカは悪気があってした質問では無いのだが、負けた人間からすると嫌みにしか聞こえない。だが将輝は優しいからか怒らずに苦笑しながら答える。
「完敗だよ。こいつには勝てる気がしない。〈発動速度〉が異常としか言いようがない」
「その言い方は不本意だぞ将輝」
「だが一条の言いたいことは理解できる。克也の〈発動速度〉は人間の限界に肉薄しているからな。ある意味一種の化け物だ」
「…達也から人外扱いをされるとは。正直かなりへこむ」
達也も化け物じみた存在なので、その人物に言われるとさすがの克也でも精神的に来るらしい。
「達也も十分化け物だけどね」
「幹比古に同意だな」
「幹比古、お前も一度話し合わなければならないようだな」
「よしてよ達也。というより何で僕だけ!?」
「レオは敵にするとちょっと面倒そうだからな」
「余計に質が悪いよ!」
このように楽しげな会話と一部悲鳴があったが、楽しそうな空気に女性陣は微笑まし気に見ながら、微かに大人気ないとでも言いたげな表情をしていた。
今日はまたしても面倒な1日が始まった。普通の少年なら嬉しい日であり、魔法科高校の男子生徒も一緒だが、俺はそれに乗ることはできなかった。何故なら顧傑の捜査が一切進まないので、徒労感を覚えていたからだ。
「よう克也。どうした?」
「いや、少し悩みがあってな」
「悩み?奴が捕まらないことならお前が気にしなくても良いと思うが」
「それもあるが今日がちょっとな。お前も時間が経てばわかるよ」
俺の言葉に将輝は分からないとばかりに首を傾げていたが、それは女子生徒が教室に来るまでの僅かな時間だけだった。
「司波君も一条君もあげる!」
俺達2人にラッピングされた小箱を、有無を言わせず握らせて走り去っていった。
「克也、これは?」
「しばらくはこれが続くと思った方が良い」
将輝の質問に正しく答えず、むしろ注意を促す。すると先ほどの女子生徒をきっかけにして、多くの女子生徒が俺達の机の上にラッピングされた小箱を置いていく。それによって山ができ上がってしまう。
クラスメイトの男子からは嫉妬の眼を向けられるが、不可抗力なのでどうしようもない。
「…警告の理由は理解できたが、何故こんなことになった?」
「…お前、今日が何の日か知らないのか?」
「何か行事でもあるのか?」
天然さにため息をつきたくなるが堪えて説明してやる。
「今日は14日。つまりはバレンタインデーだ」
「…なるほど理解した。克也は知ってたのか?」
「いや、朝教えてもらった。嫌なことを思い出すから、あまりもらいたくはない。とはいえ、わざわざ作って持ってきてくれているから邪険にはできない。将輝は向こうでもらわなかったのか?」
「もらってはいたが、今回は捜査で日にち感覚を忘れていた」
「俺も人のことは言えないか。これやるから全部持って帰ってやれ」
手提げカバンを将輝に1つ渡す。朝、何故か水波と深雪に1つずつ渡されてそのまま持ってきたのだが。役に立ったということは、もしかしたら2人は将輝が知らないことを見越していたのかもしれない。達也は1つ持っていたが、俺が2つ持っていることを不思議だとは思っておらず、むしろ当然とばかりに見ていた。
昼食時は女子生徒から逃げるために生徒会室を利用した。水波が何故か着いてきたが気にせず弁当を食べ、誰も見ていないからか水波は俺の左腕に抱きつき、幸せそうに至福の笑みを浮かべていた。
克也達が年相応の気分に浸れたのはこの1日だけだった。
2月15日金曜日昼頃、魔法関係者達にとって恐れていた事態が勃発した。反魔法師団体によって組織されたデモ隊が、魔法大学構内に侵入しようとしたところを警官と揉み合いになったのだ。
魔法大学には国防上の機密にあたる情報を大量に保管しているため、部外者の立ち入りを厳しく制限している。警官の取った行動は魔法師を擁護するものではなく、政府の方針に従ったまでのこと。デモ隊は知ってか知らずしてか、警官を非難して暴力行為に出た。
「…ついに始まったか」
「始めやがったな」
「やってくれたね」
「馬鹿馬鹿しい」
昼食中にニュースを見た俺の言葉をきっかけに、レオ・幹比古・エリカが文句を言う。
「逮捕者が24名か。最近にしては多いな。画面に映った限りでは200人ほど、全てを含めると500人ぐらいか。ここ5年のデモの中では一番の多さだ。これをきっかけにして、いろいろな場所で起きなければいいが」
「それは難しいと思うよ達也。こんなのは始まりに過ぎないから、どれだけ懸念しても食い止めることはできない」
俺はこの場の空気を悪化させることをわかった上で、達也の意見を切り捨てた。
「【言論の自由に対する侵害】に【集団行動の自由は、集会の自由と同様に尊重されるべき】ね。デモ隊の行動を肯定し、警官の対応を否定するのはいかがなものかと思うが。心情を考えればそうなるか」
「克也の言う通りだと僕も思う。この弁護士と同じ意見を述べる輩は増えるだろうね」
幹比古の不吉な予言を否定することができたのは、1人もいなかった。
午後3時頃、〈十師族〉から日本魔法協会本部を通じてマスコミ各社に抗議文が送られた。
『魔法大学は部外者の立ち入りを普段から厳しく制限している。今回の警官の対応は魔法師を擁護したわけではなく、政府の方針に従ったまでである。そのため警官を非難するべきではない』
これのおかげなのかデモ隊の行動を批判するマスコミと、警官の対応を非難するマスコミに真っ二つに分かれ、昼夜問わず討論が日本各地で起こっていることを克也達は知らなかった。
翌日も事件が起こり、魔法科高校生徒は不安に押しつぶされそうになっていたが、各高校に政府が派遣した特殊部隊が警備していたため、デモ隊は侵入することはできなかった。
しかしそれは校内にいるときであって登下校中は含まれない。そのため一般人と変わらない不審者がいたとしても、気付かないうちに事件に巻き込まれてしまうことがある。
今日のように。
克也と達也は捜索に向かう途中、事件のことを聞いて学校に引き返していた。
「詳細は?」
「二高の女子生徒が下校中、数名の【人間主義者】に襲われたそうです。その際自衛として魔法を発動させたようですが、加減を間違い重症を負わせてしまったようです」
「回線は?」
「今接続中です」
「接続完了しました」
深雪に一つずつ事件のことを聞いていると、水波が二高との回線が繋がったことを伝えてくれた。お礼を言いマイクに話し掛ける。
「こちら第一高校生徒会副会長 司波克也です。どうぞ」
「こちら第二高校生徒会副会長 九島光宣です。克也兄さん、テレビ回線に変更してもらえますか?」
「光宣か。了解、少し待っててくれ」
副会長が光宣だったことに驚いたが、実力を考えれば妥当な人選だ。回線を変えると映し出されたのは、相変わらず少年としての美貌をした顔だった。
「早速だが光宣、事件の詳細を教えてくれ」
「分かりました克也兄さん。本日午後、女子生徒が1人で下校していた際、突然男6人に囲まれました」
俺の友人としての質問に光宣も同じ対応で答えてくれたが、光宣の報告に生徒会室にいる全員が眉をひそめた。特に女子生徒5人が。
「囲んだ男達が【人間主義】の教義を説き始めたので、女子生徒はどくようにお願いしましたが、当然の如く聞き入れられませんでした。そこで防犯ブザーを鳴らそうとすると掴み掛かられた次第です」
「その後は?」
「偶然通りがかった1年生3人・2年生1人の男子生徒が駆け付けて乱闘になりました。男達は格闘技を習っていたようで、2年生が殴り倒されたのを見た女子生徒が魔法を放ち、怪我をさせたというのが一連の流れです」
聞いた感じでは、どうみても正当防衛であり【人間主義者】側が犯罪者なのだが。何故【人間主義者】が大怪我と言われているのだろうか。
「怪我の状況は?」
「2年生が鼻骨骨折・鼓膜破裂・肋骨亀裂骨折・数カ所に内出血。内臓にもダメージがありかなり重症です。1年男子1名が鎖骨骨折、1名が脳振盪。もう1人と女子生徒は無事です」
「【人間主義者】の方は?」
「魔法の影響で不整脈が1名。1人が転倒したときに顔を強打し、口内を切って歯が1本折れています。残りは軽い擦り傷程度です」
【人間主義者】より生徒の方がよっぽど酷い怪我だ。
「生徒の方が重症だろ。誰が【人間主義者】の方が重症だって言い出したんだ?」
「魔法による不整脈が酷かったと思われたようです。精密検査の後は、元々高血圧で不整脈が出やすい人だと分かったんですが。報道で重症だと言われたようですね」
「厄介事がまた増えたな。ありがとう光宣助かった。お前も気を付けろよ?」
「こちらこそありがとうございました。そちらもお気を付けて」
電話を切るとため息を大きく長くついた。
「今回は許されるだろうがこの先が危ぶまれるな」
「達也さん、どういうことですか?」
「この先被害を受けなければ、魔法による抵抗は許されないと言い出す政治家や裁判官が、大勢出てくるかもしれないということだよ」
「司波先輩、それでは魔法師には自己防衛の権利が無いという結論になってしまいます」
「それならば魔法以外の方法で自衛すればいいと言い出すだろう。魔法以外の方法で自分を守れるのはごく僅かだ。特に女子生徒は危険すぎる。俺達では守り切れない」
達也は無表情に言葉を発した。
数日後、深雪達は一高の最寄り駅前に、卒業生へ送るための記念品の打ち合わせに来ていた。泉美と水波を連れて来た理由は来年のための経験だ。水波の場合は、克也に頼まれて深雪を護衛していると言ったほうが正しい。一高への帰り道、深雪達は恐れていた事態が発生しているのことに気付いた。
「貴方達、何をしているのですか!」
泉美が一高の女子生徒を囲んでいる男達に叫ぶと、数人がにやつきながら振り返った。
「おい、あれは四葉克也の婚約者と一高の生徒会長だぞ」
そんな言う声が聞こえたかと思うと、男達がこちらに向かって走ってきたため、水波は反射的に魔法障壁を張った。水波の判断は正しくその数秒後、男達の掴み掛かろうとした手は障壁に阻まれていた。
「魔法を使うなど許されん!罰を与えよ!」
リーダーらしき男が右手を挙げ、勢いよく振り下ろす。彼の左右に立つ4人の青年が右手の中指に真鍮色の指輪をつけ、前に突き出す。
「アンティナイト!?」
泉美の口から叫びを上げる。
「天罰!」
リーダーの号令と共にキャスト・ジャミングのノイズが3人を襲う。水波がうめき声を上げて胸を押さえ体勢を崩す。揺らいだ障壁に向かって男達の手が突き出された。