食事を終えて食後のティータイムに突入した頃。達也が疑問に思っていたことを話し始めた。
「どうやら風紀委員の監視は、一部の生徒の反感を買っているようです。実は…」
達也の説明が終わると、真由美と摩莉は微妙な顔をしていた。どうやら達也の話は既知だったようで、新鮮味はあまり感じていないらしい。だが入学早々に感づいた達也を、2人は高く評価しているようだ。
「それは壬生の勘違いだな。風紀委員は単なる名誉職であって、今後の進学のメリットになることは決してない。学校側も進学先も評価に反映しない規則を設けているからな。もちろん風紀委員を務めたという、多少の評価は校内外で得られるかもしれんが」
「でも校内で高い権力を有しているのもまた事実。取り締まられた側としては、風紀委員が自分の点数稼ぎのためにしたと思うこともあるの。正確には彼らをそんな風に印象操作している何者かがいるんだけどね」
真由美の言葉に克也は黙っていられなかった。そこまで知っているのなら話は早いと思い聞き出すことにした。
「正体はわかっているんですか?」
「ううん、噂なのよ」
「犯人がわかっていればすでに行動を移しているさ」
真由美と摩莉の返答は克也の求めたものではなく、分かりきっている言い訳に思える。
「そうではありません。そいつらの背後にいる者たちです」
深雪が克也を落ち着かせようと左袖を引っ張るが、ここで引き下がるわけにはいかない。後回しにすればうやむやにされるどころか、はぐらかされると思ったのだ。今でなければ聞き出すタイミングはなくなる。
「例えば反魔法国際政治団体【ブランシュ】とかですか?」
「ど、どうしてそれを!?」
「どこで聞いたんだ?あれは情報統制されているはずだ!」
真由美と摩莉は驚愕を露わにし、あずさにいたっては首を傾げている。魔法師であるなら知っていてほしいのだが…。
「情報の出どころをすべて塞ぐことなんてできませんよ」
そう言って情報提供者の名前を出さずに克也は言葉を濁す。もちろん情報提供者は真夜なのだが、名前をわざわざ出す必要もない。四葉家なら収集は簡単にできる上に、次期当主の可能性がある克也なら知っていてもおかしくはない。
そう理解した2人は隠すことをやめた。
「…そうよね。情報を集団のトップが握りつぶしてはならない。でも情報を与えてパニックを起こされては困る。板挟みでどう対処すればいいのか考えたくないから逃げている」
「それは仕方のないことです」
真由美の苦渋の言葉に克也は救いの手を差し出す。その言葉を聞いて、真由美は意外そうに克也を見つめている。自分以外に向けたことのない優しい声音に、深雪が驚いて克也を見上げていた。
「国家ぐるみで情報を潰そうとしていることを、会長自らの意思で拡散させるわけにはいきません。何より学校運営に関わる者が、国の指示に従うのは当然ですから」
真由美にそう伝えながら克也は微笑を浮かべる。その美貌に悩殺されたのではなく、純粋な優しさに喜びを感じて、真由美は頬を紅潮させる。
「慰めてくれてるの?」
「で、でも会長。会長を追い込んだのも四葉君ですよ?」
「自分で追い込んで自分でフォローする。ジゴロの手口だな。真由美もすっかり篭絡されているようだし、克也君はなかなかの凄腕のようだ」
「摩莉ったらもう」
あずさの言葉に乗っかって摩莉も真由美をいじる。克也にはそういう意図はなかったが、勝手に話を進めて真由美と言い争いをしている摩莉に頬を痙攣させていた。その時に隣からまた冷気が漂ってきた。見なくてもわかる横へ視線を向ける。
「ジゴロ…凄腕の…」
深雪が下を向きながら呟いていた。これは家に帰ってからの機嫌直しが大変だなと克也と達也が思ったのは言うまでもない。あずさといえば深雪から冷気が流れ出した瞬間に、席から離れた場所まで逃げていた。怯える姿は持っている餌を奪われないように守る小動物のようで、2人は笑いを堪えるのに必死だった。
その日の夜。克也はリビングにいる達也と深雪に、編集したファイルを見てもらうことにした。
「キャビネット名【ブランシュ】オープン」
楽な音声操作で整理したファイルを呼び出す。
「お昼に名前が出た反魔法師団体ですね?私が見てもいいんですか?」
深雪が不思議そうに聞いてきた。
「情報はなるべく共有しといた方が何かと都合がいい。想定外の事態に遭遇した時に対処しやすくなるからね。それに他人事で済みそうな話ではないだろうから」
そう前置きしながら概要を説明し始める。
「達也は知ってると思うが、念の為にもう一度説明しておこう。彼らの活動とその存在意味について。団体としての主張としては『抗議活動は市民運動の一環』ということらしい。とはいえ、裏を探れば出てくるんだけどね。彼らが立派なテロリストだということが。威圧的な言動・暴力的な反対運動・魔法師への不必要な程の過干渉。上げれば枚挙に暇がないほどの事例がある。それと関係があるか分からないが、部活勧誘している生徒の中に、下部組織【エガリテ】に参加していると思しき人物がいた」
「魔法科高校にですか?」
「深雪が疑問に思っても仕方がない。普通なら考えられないことだからね」
テレビ画面にいくつもの画像が同時に映され、そのうちの1枚を拡大させる。それは【ブランシュ】の存在理由を説いた、彼等のホームページだった。
「奴らの掲げるスローガンは、《魔法師と非魔法師の差別撤廃》。彼らの言う差別の中で最も上位に位置するのが収入格差だ。非魔法師と魔法師の平均収入に差があることから、このような行動に移したと世間では言われている。では、考えてみよう。その収入格差が何故発生しているのかということを。結論から言うと、魔法師の平均収入が高いのは、この国に必要不可欠な特殊な魔法を持つ者達がいるからだ」
魔法師と非魔法師の収入を表したグラフが現れる。比較したグラフは魔法師の収入がわずかに高い。年収で見てみても確かに魔法師の方が平均値は高くなっている。
「彼等の収入を一般の魔法師と同等の収入に調整すると、非魔法師の方が僅かに高くなる」
グラフが変化して非魔法師の収入平均が魔法師を超える。それだけを見れば、むしろ非魔法師の方が稼いでいると言える。だが平均値だけでは測れない数字があるのも事実だ。中央値などより具体的な数字を出す必要があると思われる。
年代や業種によっては、魔法師だろうと非魔法師だろうと低い者もいれば高い者もいる。データ化された数字が全てではない。
「彼等がどれだけ危険な場所で勤務しているか。どれだけの激務にさらされているかを顧みていない。金額だけを見て、優遇されているなどと都合の良いことを言っているのが現状だ」
「かなり虫の良すぎる話だと思いますが。魔法を使うためには、長時間の修学と訓練が必要なのを知っているのでしょうか?」
深雪が理解できないとでもいうような眼を、克也に向けながら聞いてきた。
「いや、知っているだろうさ。自分た達にとって都合の悪いことは言わず、都合の良いことだけを口にする。平等という理想的な概念にとらわれているから、周りのことを考えている振りをして行動する。平等と公平という言葉の意味をはきちがえていると思うよ俺は」
克也も彼等の自分勝手な行動にため息をつきたくなる。達也も同感のようだ。
「長々と話してしまったね。そろそろ本題に入ろうか。これだけ批判をしている彼等だが、不思議なことに表立って魔法を否定していない。何故だ?平等を最終的に求めているなら、魔法を撤廃すれば最短距離で目標に到達できるというのに。魔法が有意義なものであるということは、彼等は理解している。何故ならその恩寵に預かっていることを自分自身が理解しているからだ。魔法がなければ解決しなかった科学的な技術を生活の中で活用しているからね。もしかしたら彼等が求めているのは、平等という理想論ではないのかもしれない。それを考慮するとしても答えは1つしかないだろう。この国の魔法を廃れさせたい国、もしくは人物が奴らの背後にいるということ。この国が魔法を失うことで得をするのは誰だ?」
「克也、お前まさか…」
「彼らの背後にいるのは…」
達也と深雪は驚きを隠せない。
「まだ仮説の段階だが、おそらく大亜連合もしくは大亜連合に近い存在だな」
達也もこの国が弱体化することを望む何者かがいると考えていたのだろう。だが身近なそいつらとは思っていなかったようだ。
「何かをされるかもしれないし何もされないかもしれない。不確定な現状で相手の行動が読めない以上、こっちも迂闊な行動をするわけにはいかない。だが注意だけはしといてくれ」
克也が締めくくると、2人は深く頷いた。
入浴後、克也は真夜に電話をかけた。現在時刻は午後9時半。真夜もプライベートスペースでゆっくりしていることだろう。想定通りに何回目かのコールで真夜が出た。
『あら、克也から連絡してくれるなんてね。一体どういう風の吹き回しかしら』
『こんばんは叔母上。相変わらず楽しそうですね』
上機嫌に笑う真夜に苦笑しながら挨拶をする。その後に気を取り直して用件を伝える。
「最近、校内で【エガリテ】に参加していると思しき生徒を数名見かけています。何が起こっているのか調べてもらえませんか?」
『あらあら、仕事を押し付けるなんて貴方も偉くなったものね』
「別にそのようなことを言ったわけではないのですが…」
『冗談よ。貴方を弄って楽しみたかっただけですから。わかったわ早急に取り掛かるから数日だけ頂戴』
「ありがとうございます」
真夜の承諾にお礼を言って切ろうとすると引き止められた。
『ところで達也さんが面白いことに巻き込まれているようですね』
「…何処からその情報を得たんですか?」
真夜の言葉に1周回って驚くより呆れる。一体何処からそんな情報を得たのか聞き出したいと思うが、教えてもらえないことは予測がついたので頭の片隅に置いておいた。
『それはひ・み・つよ。気をつけなさい克也。貴方達なら遅れを取らないでしょうけど、面倒なことになるかもしれないから』
それだけ真夜はそう言うと電話を切った。そんなことにはならないだろうと克也はその時は思っていた。
しかし真夜の言ったことは2日後に現実となる。