達也が〈モノリス・コード〉3位決定戦の試合会場に到着したのは、始まる30分前だった。準決勝で一高は九高に負けたため、3位決定戦に回ることになっており、本戦次第では逆転される可能性は十分にあるため安心はできなかった。
「達也君、克也君は?」
「1年生のCAD調整に行ったよ。といっても最終調整するだけだから仕事は皆無に等しいけど」
達也が苦笑しながら答えたが、幹比古から質問されたので真顔に戻す。
「ところで達也、話し合いはどうなったんだい?」
「許可してもらったよ」
「出場選手は?」
「克也が決める予定だから決勝が終わり次第伝えてくれると思う。今は応援をしよう」
幹比古の緊張を緩和させるように、達也は話を少し逸らすのだった。
達也達から見て観客席真正面の大型ディスプレイには、八高と遠方で睨み合う後輩3人が映し出されていた。一昨年同様、一高と八高の試合は〈森林ステージ〉で行われるようだ。
「魔法力では劣っているが気持ちは負けていないな。そこは評価してもいい」
「達也お兄様、勝てると思いますか?」
「万に一つも無いとは言わないけど。かなり厳しいだろうね…。克也が完璧に調整していても、使用者が使いこなせなければ意味が無い」
厳しい評価だが、達也の言葉に勝ってほしいという思いが含まれていたため言葉ほどきつくはなかった。
戦闘開始から数分後。両陣営のちょうど真ん中辺りで、双方のオフェンス担当選手から同じ魔法が放たれる。少しの間拮抗したが、互いに効力を失って魔法式は破綻した。それを見た観客は歓声で迎えたが、達也達の表情は厳しいままだった。
「...押されてるね」
「精密に
「達也お兄様、どういうことですか?」
幹比古と達也の呟きに、状況が理解できず深雪は質問してみた。
「今の魔法は《陸津波》だが、一高選手はかなり本気で発動させていた。一方、八高選手は実力の半分ほどしか出していないように見える。今のでオフェンス担当選手も実力の差に気付いたはずが、ここで諦めるわけにはいかないだろう」
「達也君、どうなると思う?」
「一方的な展開にならないよう祈るしかないだろうな」
達也は望みをかけていたが、望みが叶うことはなく一方的な展開になってしまった。開始から10分で3位決定戦が終了してしまい、一高は意気消沈していた。
1位 三高
4位 一高
総合順位
1位 三高 505ポイント
2位 一高 465ポイント
3位以下混戦状態
結果、最終日前日にはついに一高が首位から陥落してしまった。
その日の夜、克也は達也の部屋に集まったいつものメンバーに参加選手を発表した。
「〈モノリス・コード〉の配置だがオフェンスは達也・遊撃は幹比古・ディフェンスはレオに頼みたい」
「問題ない」
「任せて」
「いいぜ。でもディフェンスって何すりゃ良いんだ?」
レオは今まで参加していなかったのでルールを詳しく知らない。それは予想済みだったので説明することにした。
「ディフェンスは自陣のモノリスを敵の攻撃から守る役目だ。勝利条件は知っているだろ?」
「相手チーム全員を戦闘続行不能にするか、モノリスに隠されたコードを打ち込むか。…だったよな?」
「その通り。隠されたコードを読み取るには、無系統の専用魔法式をモノリスに打ち込まなきゃならない。専用の魔法式が鍵になっていて、発動するとモノリスが2つに割れる。一旦分割されたモノリスを、魔法でくっつけることは禁止されている。だがモノリスの分割を阻止することは禁止されていない。専用魔法式の最大射程は10mに設定されているから、それ以上の距離では機能しない」
「ってことは、俺の役目としては敵チームをモノリスから10m以内に近づけない・鍵が発動されてもモノリスが割れないように防ぐ・モノリスを割られてもコードを読み取られないように邪魔をする。この3つか」
「満点だレオ」
レオの理解の早さに、克也は満面の笑みで頷きを返した。
「モノリスの鍵を打ち込まれても、硬化魔法ならくっついたままの状態を保つことができる。割れてしまったモノリスを再びくっつけることにならないから、ルール違反にはならない」
「克也、それって立派な悪知恵だぜ?」
「頭が回るとか作戦を練るのが上手いと言って欲しかったんだけどな」
「克也は達也と同じで人が悪いぜ」
「そりゃどうも。双子だから許してくれ」
軽い冗談を交えながら説明したので、レオの不安もある程度は消えたようだ。だが心残りなのは撃退方法なのだが、レオ自身も分かっているらしく聞いてきた。
「鍵は理解できたけどよ撃退の方はどうすんだ?自慢じゃねぇが遠隔攻撃は苦手だぜ?」
「今回はたまたま運が良くてな。〈九校戦〉最終日にお披露目しようと思っていたものがあるんだ」
克也が部屋に入るときに持っていた箱の中身をレオに渡す。
「これは?」
「遊びのために作った武装一体型CADだ。一昨年の〈九校戦〉で渡辺先輩が使った硬化魔法を応用したものだよ。人を殺す目的では作っていないけど、刀身部分を作り替えればそういったことにも使うこともできる」
「物理攻撃は禁止だろ?」
「質量体を魔法で飛ばす攻撃は禁止されていないから問題ないさ。石を飛ばすのが反則されないなら、これだって禁止にされることはないだろうと思うよ。その武器について簡単に説明する。硬化魔法の定義は〈相対位置の固定〉だ。固定概念として〈接触していなければならない〉というのがあるから、それを取っ払えば〈接触〉している必要は無い。感覚としては〈飛ばす〉というより〈伸ばす〉に近いと思う。レオにとっては面白い武器になると思うぞ?」
悪い笑みを浮かべながら聞くと、レオも同じようにしてニヤリと見返してきた。
「確かに面白そうだな克也」
「次に幹比古だ。《感覚同調》は同時にいくつ使える?」
「今なら3つまでかな。〈視覚〉・〈聴覚〉・〈嗅覚〉だよ」
「常時使える状態にしていて欲しい。決勝トーナメントは何が起こるか分からないからな」
「了解」
「レオのCADは俺が、幹比古のCADは達也が調整する。レオはエリカと腕慣らしをして欲しい。その〈
「さすが克也。気が利くぜ」
レオがそう呟いてエリカと2人で練習場に向かったのを確認し、モバイル調整器を準備してから2人を追う。達也は深雪・ほのか・雫・美月・幹比古が見ている前で、猛烈なスピードでキーボードを叩いてマニュアル調整を始めた。そのスピードに深雪を除く4人は、「相変わらず異常なスピード」とでも言いたげな表情で達也を見ていた。
2人の調整が終わったのは約1時間後だった。
今日からは本戦に戻り〈モノリス・コード〉の予選、〈ミラージ・バット〉の予選と決勝が行われる。午前中は〈モノリス・コード〉の予選を行い、午後からは〈ミラージ・バット〉の予選がある。
夜からは決勝が予定されているが、克也は明日の〈モノリス・コード〉決勝の最中は試合を観戦できないと確信していた。【レプグナンティア】の日本支部を中心としたデモ隊がやって来ると真夜から情報を貰っていたため、その対応をしなければならないためだ。
〈
本戦〈モノリス・コード〉予選を一高は余裕で勝ち進み、決勝トーナメントに進出した。将輝とジョージを含む三高も同じく危なげなく進出している。準決勝は八高となり一昨年の雪辱を果たすつもりで意気込んできたが、あれからさらに魔法力を伸ばした3人に勝てるはずもなく。一昨年以上の力の差を見せつけられ、決勝に進んだのは一高だった。
「これで〈モノリス・コード〉の優勝はほぼ確定だな」
決勝ステージが一昨年同様〈草原ステージ〉に決まったことで、独り言を呟きながらも大会委員を問いただしたい気持ちになる。まあ、今聞いても仕方が無い。俺が立ち上がって観客席から離れようとするとエリカに止められる。
「達也君の試合は見ないの?」
「ちょっと野暮用がね」
「お家関係?」
「そんなところ」
軽くあしらい〈九校戦〉会場のある富士南東エリアに、唯一繋がっている一本道を向かってくるデモ隊を視ながら歩き出す。ホテルに向かうふりをして入退場ゲートに向かう途中、影に隠れるように潜んでいた水波が姿を見せたので驚く。
「水波、どうした?」
「達也兄様から克也様に同行しろと命じられましたので来ました」
「荒っぽいことにはならないはずなんだけどまあいいか。おいで水波」
水波が婚約者として来たのではなく、四葉に関わる魔法師として来たのだと俺には分かっている。だから追い返すようなことはしなかった。
水波を連れて道路に向かうと、予想以上のデモ隊の人数に頭痛がした。これだけの人数が来ているのに何故警察は無視しているのか不思議に思ったが、警察の人数では抑えきれなかった分が流れてきているのだろうと考えて余計な詮索をやめた。
「水波、物理障壁の準備をしておいてくれ」
「何故でしょうか?」
水波は首を傾げながら不思議そうに聞いていた。
「あいつらが投擲してくるかもしれないから念のためにね。俺達なら避けられるだろうけど、みんなが死角から狙われたらマズいから」
「わかりました」
水波がCADを取り出して魔法を発動する準備が整う頃には、デモ隊が目前にまでやってきていた。立て札やスローガンを書き込んだ布を大勢で持ち歩いている者もおり、今回のためにやってきたことが分かる。このタイミングで来られたら迷惑にもほどがある。こちらの人数では完全には対処できないだろう。
克也は後ろに控える〈
「投げつけた理由を聞いても良いか?」
冷ややかに見つめながら聞くと、リーダー格と思しき人物が数歩前に歩き出して答えた。
「この先のエリアで、魔法を用いた大会が行われていると聞いた。今すぐに中止して貰いたい」
少しは話の通じる相手のようなので、質問に答えながら情報を聞き出すことにした。
「それは事実だ。中止しなければならない理由を聞きたい」
「魔法は人間の命を容易く奪う物だ。それを見境無く使われては困る」
「確かに魔法は人間の命を簡単に奪えるが、消えかけている人間の命を救うこともできる。見境無く使うことは法で固く禁じられていることを、貴方達は十分理解しているはずだ」
「しかし、我々の中には魔法による被害を受けた者が大勢いる。責任を取ってもらわなければ、こちらもこれ以上抑えることはできない」
「そちらが怪我をされているのは存じているが、こちらも暴力によって大怪我を受けている。ならどちらにも非があるのではないか?」
「こちらは魔法など使っていない。そちらは魔法で自衛できるだろう?それに魔法師は一般人より強い」
どうやら俺の予想は間違っていたらしい。「魔法を勝手に使ってはならない」や「魔法で自衛すればいい」など、自分勝手な意見を口走ってくるため内心辟易しだしていた。
「貴方は言っていることが支離滅裂だと気付いていないのか?魔法を勝手に使ってはならないと言いながら、魔法で自衛すればいいと言う。自衛した場合、勝手に魔法を使ったなどと文句を言うのだろう?馬鹿馬鹿しくなってくる。それに魔法師でも一般人より能力の劣る者はいくらでもいる。魔法師だったらなんでもできると思っているは大間違いだ」
「黙れ!」
先程まで冷静に話していた男が大声で怒鳴り始めた。
「お前等のせいで俺達は迷惑しているんだ!他国から攻撃されるのはお前達の存在があるからだろうが!」
「その狙われる貴方達を守っているのはその魔法師ですよ?俺達は元々作られた存在だ。望んで生まれたわけじゃない」
俺は怒り狂っている男の感情に流されず、彼を落ち着かせようと無表情に語っていたが、それが油に火を注ぐことになるとは思ってもいなかった。
「黙れ!お前等やってしまえ!」
「「「「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」」」」
話の通じない相手に、正論をぶつけるのは危険というのはこういう事を言うのだろう。男の命令に従い、多くのデモ参加者が武器を振り回しながら走ってきたので、彼らの目の前5mに《
「俺は貴方達に怪我をさせたくないんです。我々には言葉という人間にしかないものがあるじゃないですか。話し合いましょうよ。怪我をして喜ぶ者など誰もいません」
「魔法を使う者など人間と呼べるわけがないだろうが!お前等殺せ!ここにいる魔法を使う者を全員殺してしまえ!」
男がもう一度叫ぶと、先程とは比べものにならない数が突撃してきた。
「交渉決裂か。全員総攻撃用意。だが決して殺すな。捕まえられるだけ捕まえろ!」
「「「「「「了解!」」」」」」
俺の声に集まっていた警備員全員が、デモ隊を迎え撃つために同じように突撃した。
「水波、怪我をしないように自分に物理障壁を展開しながら戦ってくれ。お前なら魔法を発動しながらでも気絶させるなど容易いだろ?」
「大丈夫です。克也様もお気を付けて」
互いに別の方向に走り出し、暴漢を可能な限り止めに行く。多方面からほぼ同時に跳びかかってくる男達の距離・体勢・呼吸・速度・クセを瞬時に把握し、最低限の動きと攻撃で無力化する。無力化した暴漢を警備員に拘束させて他の男達を狙う。
右方面から《キャスト・ジャミング》が放たれる。黒板を爪で引っ掻いたような不快な音が聞こえてくるが、想子を一定量で身体全体に放出して、カーテンのように自分の身体を覆う。するとほとんどその音が聞こえてこなくなり、真鍮色の指輪を付けた左腕を突き出している男に近付きながら呟く。
「アンティナイト…古代文明の栄えた都市にだけ産出する軍事物資。
言葉に驚愕を露わにしたので、俺の予想は正しかったようだ。体術で男の背後に回り、首筋に手刀を叩き込み気絶させる。他の暴漢を捉えるために、俺は縦横無尽に駆け抜け始めた。
1時間ほど経った頃、数百名を捕縛したところでデモ隊が我先にと退散を始めた。眼に見える範囲からいなくなるのを確認して、腕時計を見ると時刻は15時を少し過ぎたところだった。達也達が優勝したかどうかは分からなかったが、予定通りに行けば総合優勝しているだろう。安堵しようと長いため息を吐こうとした瞬間、遠くからやって来る何かの音が聞こえた。
「水波、何か聞こえなかったか?」
「何も聞こえませんでしたが」
「貴方も聞こえませんでしたか?」
「いえ、いつも通り歓声が聞こえるだけですが」
俺の聞き間違いか?
そう思っていたが俺の聞き間違いではなかった。ヒュルルルルルルと音が聞こえ始め、どんどん大きくなり近付いていることが分かった。
「何だ?」
北西の空を見上げると何か物体らしき物が飛んでくる。それが何か俺には分からなかったが、放置すれば最悪の事態になると直感する。《燃焼》をそれに向かって放ち、原子まで燃やされた「それ」は跡形もなく消え去る。
「今のは何だったのですか?」
「分からない。だが良くないことが怒っているのは確かだ」
そう答えた瞬間、ここにいる魔法師だけでは防げないほどの数の「何か」が向かってくることに気付いた俺は舌打ちを漏らした。
「なんて数だ!これじゃあ防ぎようがない!水波、会場の上空300mに幅100mの物理障壁を展開できるか!?」
「可能ですが強度が足りません!」
水波の報告に再度舌打ちを漏らすが悩んでいる暇はない。上空をとてつもないスピードで飛んでくる「何か」を全て撃ち落とすなど、ナンバーズ配下の警備員といえ簡単なことではない。それならば自分が可能な限り撃ち落とそう。
遠くに聞こえた音が全員にはっきり聞こえる頃になると、ようやくそれが何だったのかが分かった。
「ミサイルだと!?それも国防陸軍特殊長距離ミサイルじゃないか!」
叫ぶよりも早くに《燃焼》を連続発動させ、ミサイルを燃滅させるが、如何せん数が多すぎる上に範囲が広くて速度も尋常ではない。全てを撃ち落とせず会場の観客席に向かって落ちていく。
まずい!
しかし俺の動揺はすぐに収まった。何故なら会場の観客席上空に局所的に展開された物理障壁によって爆風が防がれたからだ。それでも俺の安心は長くは続かない。何故なら第二波として、先程と同じかそれ以上の数のミサイルが撃ち込まれたからである。
なおも燃やし続けるが、防ぎきれないミサイルの数が増え、水波の物理障壁に向かって飛んでいく。さすがの水波でも一瞬の気の緩みも許されないこの状況で、魔法を連続発動させるのは厳しいらしく、少しずつ物理障壁が歪み始める。
このままじゃ観客が!
その時これまで以上の数のミサイルが撃ち込まれ、為す術もなく水波の物理障壁が破られ、3発が観客席の天井に直撃した。
ミサイルが直撃した観客席の天井は、簡単に崩れ落ち、なすすべもなく真下に落下する。悲鳴や怒声が聞こえてくるが、どうしようもなく俺達は現場を見上げることしかできなかった。