名誉挽回のための任務も失敗した克也は、精神的に病んでしまい、一時的に本家へ強制送還させられた。四葉お抱えの医師に診察してもらったところ、「過剰なストレスによる精神的な疾患」と診断された。
「1週間ほどは安静にしていなさい」と真夜に言われ、仕方なく本家で大人しく休んでいた。
3日ほど経つとほぼ回復して暇だったので、真夜の事務処理を手伝っている。真夜は昔からこういう手作業の仕事が苦手らしく、葉山や執事序列第2位の紅林に手伝って貰っていたらしい。当主でもあろう人が事務処理ができなくてどうするのだと思いながらも、素早く事務処理を進めていく。
「やっぱり克也は事務処理のスピードが早いのね。
「
嫌味を含めて母を叔母と言い返して、きっぱりと口で釘を刺しておく。
「…まさか
「叔母上、二度も言わせないで下さい。無駄口叩かずに手を動かして下さい」
「…分かりました」
克也の言葉に項垂れ、何故か敬語を使いながら事務処理を再開する真夜の動きはノロい。同じ分量を与えられているにもかかわらず、克也はこの1時間でほぼ終わらせていたが、真夜は未だに半分も終わっていなかった。
そんな微笑ましい光景を葉山はニコニコしながら見ている。克也に自分が事務処理をせずに済んだことを感謝しているのかだろうか。はたまた2人のやりとりを見て楽しんでいるのだろうか。なんとも温和な人物である。
「葉山さん、この支出は何ですか?他の物と比べるとやけに額が大きいのですが」
「それは奥様の個人的な支出でございます」
葉山がためらうことなく暴露すると、真夜がジロリと睨んだが葉山はそれを無視して克也との会話を続けた。
「1ヶ月でこの出費は酷すぎませんか?」
「何に使ったかまではこの老いぼれには分かりかねます」
「叔母上、一体何に使ったらこんな金額になるのですか?」
質問すると真夜は「記憶にこざいません」とでも言うように、事務処理に没頭しているふりを始めた。そんな真夜に克也はため息をつきながら、「何故この人が当主なのか」と何度目かも知れないことを思っていると、真夜が顔を上げて聞いてきた。
「克也、今失礼なことを考えなかった?」
「お察しの通りです」
克也が無表情に見返すとしばらく睨んできたが、真夜は勝ち目がないことに気付いて事務処理に戻った。
「それより叔母上、こんなものを自分に見せて良いのですか?」
「次期当主の補佐なのだから、今から知っていても問題ないと思うのだけれど」
「限度という物があります。何故、青波入道閣下と言われる東道青波殿の極秘用件まで見せられるのですか?まだ俺に早すぎると思いますが?」
「貴方が他言しなければ問題ないわ」
「処置なし」と思ったのは葉山もだろう。いくら次期当主補佐とはいえ、執事序列1位の葉山にしか知られていない四葉のスポンサーの要請資料を、次期当主候補の補佐に見せて良い物ではない。もちろん他言はする気は無いのだが、タイミングを考えたほうがいいのではないだろうか。
「それと今回のこととは関係ないのですが、添い寝はやめてもらえませんか?」
「嫌なの?」
「俺は高校3年ですよ?いくら叔母上に溺愛されているとはいえ、知られたくありませんし恥ずかしいんです。水波・深雪に知られれば、非難の眼を向けられるのは容易に想像できます」
「親離れしたいと?」
「叔母上もいい歳なのですから、そろそろ子離れして下さい」
これは克也の切実な願いだ。既に17歳、成人ではないがほぼ大人の仲間入りする直前である。本当に辞めて欲しい。
「今日で最後にするわ」
「…それ何回目ですか?それに今日もするつもりだったのですか…」
「数えてないから覚えてないわ」
「…」
返答に頭を抱えたくなった。さすがの葉山も微妙な表情をしているのだから、真夜の性格がどれほど捻れているかが分かるだろう。それからは真夜の事務処理が終わるまで付き合い、自宅に帰宅する前日まで添い寝をした(させられた?)のだった。
夏休み明けの1週目を休んでしまったことで、2週目の久々の登校は何か新鮮に感じられた。心なしか歩調が少し軽い気がもする。教室に入るとほのかと雫に心配そうに駆け寄ってきた。
「克也さん、大丈夫ですか?」
「問題ないよ。この1週間で完治したから」
「確かに前より顔色は良い」
元気なことをアピールすると安心してくれたようで、2人は肩の荷が降りたようにスッキリした顔をしていた。
「実習と座学は大丈夫ですか?」
「座学は生徒会に行ってる間に可能な限り終わらせるよ。実習は補充授業してくれるらしいから週末に居残りかな」
「今週の座学はかなり難しかったけど?」
「時間がかかろうが解いて提出すれば問題ないよ」
俺からすれば高校の座学の内容など朝飯前である。すんなり終わると思っていたのだが。放課後に生徒会室で課題をしていると、雫の言う通りなかなか歯ごたえのある問題であることに気付いた。とは言いつつも、猛スピードでキーボードを叩き、この1時間で1日のうちの半日分の座学を終わらせていた。
「相変わらずとてつもないスピードですね克也お兄様」
「さっさと終わらせて部活に行きたいからね」
といっても5分ほどでその問題をクリアし、深雪以外に引かれてしまったが。内容的に高校生分野では手に負えない問題だったため、担当教員に文句を言いたくなる。他の生徒もよく解けたなと思うほどの難易度で、どうやって解いたのか聞きたくなった。
4日かけて1週間分の座学課題を終わらせ、担当教員に提出すると「手伝って貰ったのでは?」と疑われた。俺のこれまでの行いを知っている他の教員が、その疑った教員を力尽く(文字通り魔法力)で黙らせて受け取ってくれた。
実習も説明を一通り読んだだけでテストを行ったため、日曜の1日で1週間分の実習を終わらせ、監督教員に呆れられたのは言わなくても分かるだろう。ちなみに〈干渉強度〉以外の項目でトップの成績を叩き出し、職員一同を悩ませてしまったのは言うまでもない。
9月も終盤。〈論文コンペ〉の学内選考が終わり、後は準備を終えるだけの状態でいた生徒会。ある日の放課後、いつも通り業務を全うしていると、予想外の報告を受けることとなった。
「克也お兄様、大変です!」
「泉美、どうした?」
職員室から呼び出されて帰ってきた泉美の右手には紙が握られており、驚きを隠せない様子で走ってきた。渡された紙を見ると泉美が驚いていた理由が分かった。
「…今年の〈論文コンペ〉は中止になってしまったか。夏の事件のことを考えれば仕方ないかな」
「学内選考1位の幹比古には悪いな」
「克也さん・達也さん、何と書かれているんですか?」
ほのかが不思議そうに聞いてきたので、なるべく驚かさないように説明した。
「今回の〈論文コンペ〉は中止らしい。理由は〈九校戦〉のような惨事を再び起こしてはならないという〈論文コンペ〉開催地、魔法協会関東支部の判断だよ」
「残念です」
「吉田君には申し訳ないですけど、準備を中止をしてもらわなければなりませんね。今すぐ報告しに行きますか?」
「いや、後でいいだろう。時間的にも余裕がない。幸い今日はみんなで帰る予定だから、〈アイネブリーゼ〉に寄ってそこで話をしよう」
達也の説明に深雪は納得して実務に戻る。1時間後、全員が帰宅準備を始めた。
校門前でいつものメンバーと待ち合わせ、最寄り駅への一本道を歩いてる途中、克也からの申し出で〈アイネブリーゼ〉に寄り道してお茶をすることにした。ちなみに水波は、克也の横に座りながら上級生の話を空気に徹して聞いている。
「幹比古、いきなりだけど謝らせて欲しい。本当にごめん」
「いきなりどうしたの克也?」
「今回の〈論文コンペ〉が中止になったんだ。学内選考で幹比古が選ばれたことを喜んで応援するなんて言ったけど、できなくなってごめん。変に期待させてしまった」
俺の謝罪に幹比古は穏やかに微笑みながら優しくかぶりを振った。
「確かに〈論文コンペ〉が中止になっちゃったのは残念だけど、克也が謝る必要は無いんじゃないかな」
「違うよ。今回の〈論文コンペ〉が中止になったのは俺のせいなんだ」
「克也君、それはどういうこと?」
エリカが話に割って入ってきたが、機嫌を損ねることもなく質問に答える。
「先の〈九校戦〉で天井が落下して多数の死傷者が出たのは知ってるだろ?」
「もちろん。私達の目の前で起こったことだからね」
「その時に俺は会場の外で警戒していたんだ。だけど失敗して迷惑をかけ、その上に被害を出してしまった」
俺の報告に、今まで楽しそうにおしゃべりしていたみんなが押し黙る。
「克也はまだそれを思い詰めているのか?」
「俺が死ぬまで背負うべき罪だよ。俺は
「克也君があの時いなくなったのはそういうことだったんだね」
「でも、それは克也が思い詰める理由にはなんねぇだろ?」
「そうだね。形はどうあれ守ろうと行動したんだから、非難される理由が見つからない。彼等には非難する権利なんてないんだから」
レオや幹比古が慰めてくれるが、失った命の数があまりに多すぎたため雀の涙ほどしか安らぎはなかった。
「情報を貰っていたにもかかわらずに死傷者を出したんだ。責められて当然だよ」
「そんなの関係ないじゃないですか!克也さんが守らなかったらより多くの人が死んでいたんですよ!?その事を私達が知っているならそれでいいじゃないですか!」
「ほのか…」
「私も同じ意見だよ克也さん。克也さんは自分のできる限りのことをしたんでしょ?いくら〈十師族〉の四葉家、ましてや〈神速〉の二つ名を持つ克也さんでも不可能なことはあるよ。化け物でも兵器なんかじゃない。だって克也さんは1人の人間だもん。だから私達は克也さんが失敗したことを責めることなんてしないよ。克也さんはみんなを大切に守ってくれる優しい人だってみんなが知ってるから」
「雫…」
2人の暖かさに俺も涙が溢れてくるのを抑えきれなかった。年甲斐もなく涙を流しても誰も笑わず、優しく見守ってくれていた。
「ありがとうすっきりしたよ」
「克也が沈んでたら、みんなが明るく振る舞おうが空気は悪いまんまだかんな」
「克也が明るくてこそこのメンバーなんだからね」
「でも、克也君が泣いてる場面を目撃できて嬉しいな~。これからこれで弄ろうっと」
最後に変な言葉が約1名から聞こえたが、それをスルーするのも友人としての優しさだろう。明るい笑い声が〈アイネブリーゼ〉から、少し寒くなり始めた初秋の夕暮れに響き渡った。