友人との高校生活最後の団欒を終えて帰宅し、順番に入浴して水波を含めてリラックスしていると電話が鳴った。
『こんばんは4人とも』
今回は秘匿回線ではなく、一般回線を使った映像電話であった。受話器の画面には、基本的に相手の名前が出るようになっている。だからこそ応対した人物の表情でどのように対応すればいいかがわかる。四葉からの予定のない連絡であっても、5人が問題なく画面の前に移動できるのである。
「「「「こんばんわは叔母上(様)(ご当主様)」」」」
『卒業おめでとう克也・達也さん・深雪さん』
「ありがとうございます叔母上。本日はどうされたのですか?」
『先ほど風間
克也と達也は2つの意味で驚いていた。1つは風間の階級がまた上がったこと、明日という予想以上に早い段階で公表するとは思っていなかったことに。〈神〉の〈代わり〉であり、国の〈要〉で《神代要》。確かに真夜の言う通り分かりやすい偽名である。
「そうですか。顔は公表されるのでしょうか?」
『まだ未成年であるため顔は公表しないそうです。恐らくは貴方が成人しても顔が漏れることはないでしょうから、安心していいと思いますよ。それから深雪さんにお話があります』
その言葉を聞いて深雪を大画面の中央に立たせる。左右に克也と達也が立つと真夜が話し始めた。
『3月31日に私の〈退冠式〉と深雪さんの〈継承式〉を同時に執り行います。そのため3日前には本家に来ていて欲しいのだけれど構わないかしら?』
「問題ございません叔母様」
『よかったわ。達也さんはもちろんのこと。克也も水波ちゃんもいらっしゃいな。華やかに明るく執り行いましょう』
「「「かしこまりました叔母上(様)(ご当主様)」」」
『それじゃ会える日を楽しみにしているわ。お休みなさい』
克也達4人のお辞儀を見てから真夜は電話を切った。
電話の後に自室へ引っ込もうとすると、視線を感じたので振り返る。そこには恥ずかしそうに俯く水波が立っていた。
「水波、どうした?」
「卒業プレゼントをお渡ししたいのですが、何にすればいいのか思いつきませんでした。なので今この場で聞こうと思いまして」
「別に無理して渡さなくてもいいけど?」
「そうはいきません。これは婚約者としてのお願いです」
「そう言われてもな」
正直今欲しいものは特には無いのだが。水波をからかってやろうと思い、少しだけ意地悪をすることにした。
「そうだな。じゃあ水波で」
「…はい?」
「水波が欲しい」
「私…ですか?…はっ!?」
何かしらの答えに辿り着いたらしく、顔を真っ赤にして俯いてしまった。どうやら初心で純粋な水波には刺激が強すぎたらしい。苦笑しながら水波を落ち着かせることにした。
「冗談だ。今は満足してるから特にはいらないよ。水波がいてくれるだけでいいから」
頭を優しくなでながら言うと、笑顔を向けてきたのでなんとか元に戻せたようだ。
「じゃあ、また明日ねお休み」
「お休みなさいませ」
互いに別れて自室に引っ込んだ。
水波はベットに寝転がりながら顔を真っ赤にさせていた。
『わ、私が欲しいとはそ、そういうことですよね!?はわわわわわわわ。まだ、は、恥ずかしいというのに克也 様はなんということを!』
水波もそっちの知識は年齢相応にあるが、同年代からすれば知らないことの方が圧倒的に多いだろう。いくら婚前行為がタブー視されている現代であっても、そういった情報を知るのは容易い。むしろ年齢的に知っておかないと色々と問題がある。メイドとして生活してきた水波なら、そうあった知識も持っていないと役目は果たせない。
婚約者同士とはいえ、互いに学生(克也は卒業したが)であること・自分達以外にも同棲している人物がいることが、そういう知識の吸収を阻害しているのかもしれない。
水波にだってそういうことを、大好きな人としたいという感情がないわけではない。むしろしたいという気持ちが強い。羞恥心が好奇心を上回っているため、行動に移そうにも途中で停止してしまう。
でも、いつかは結ばれたい。それが5年後でも10年後でも。
水波は幸せそうな顔で眠りについた。
翌日からは克也・達也は新作CAD発売のため、FLTに出社したり八雲との体術の稽古へ。深雪は〈継承式〉の準備を。水波はその手伝いで大忙しだ。それ故に1ヶ月などあっという間に過ぎ去ってしまった。
水波は一高生徒会副会長としての入学式などの仕事があり、家を空けることが多かった。〈克也不足病〉とでも言うのか。克也と過ごす時間が限りなく減ったためか。一緒にいれる短時間でも克也に甘えるようになっていた。それを見た深雪も達也にすり寄り、達也は「仕方ないな」とでも言いたげな表情で受け入れていた。
双子で互いに視線を合わせて苦笑したり、和やかな空気が司波宅のリビングにほぼ毎日流れていた。
3月28日を迎え、深雪の〈継承式〉準備のために本家に赴く日がやってきた。今回も運転をしてくれるのは辰巳だ。会うのは慶春会以来である。おそらく1年振りぐらいだろうか。今年の年末年始は真夜に「無理して帰省しなくて構わないから仲良く過ごしなさい」という、意味深なお言葉を頂戴していたため本家には戻っていない。
「仲良くしなさい」という謎の命令を聞いた克也と達也は、「五十路のお方が言うべきことだろうか」という共通の疑問を無意識の間に共有していた。何故か帰省した直後に事務処理を手伝わされ、理不尽な疲労を覚えさせられる克也だったのだが。
〈継承式〉準備といっても式の流れを簡単に説明され、どのように振る舞い、言葉を発すれば良いのかを教えて貰うだけの簡単なものだった。メインは深雪と達也なので、克也と水波は指示を飛ばしたり雑用をしたりしていた。
そして3月31日、ついに深雪が当主の座を継ぐ日がやって来た。克也と水波は出席者者の最前列に座り、深雪の登場を待っていた。真夜の〈退冠式〉が終了し、そしてその時がやってきた。
『四葉家次期当主 司波深雪様のご入場です。皆様拍手でお迎え下さい』
アナウンスと共に達也に連れられて、深雪が登場すると式場は感嘆に包まれる。薄い翡翠色のドレスを着た深雪は神々しく、これまで以上に美しく見えた。
「綺麗ですね」
「ああ、普段も十分綺麗なのに今はさらにその上をいっている」
「…そうですね」
何故か水波が拗ね始めたので、不思議に思い聞くことにした。
「水波、お前から聞いてきたのに何故拗ねる?」
「別に拗ねてなんかいません」
「明らかに拗ねてるだろそれ。深雪を俺が手放しで褒めるからさては嫉妬したな?安心しろ。水波も十分美少女だよ」
「っ!そんなことを言って欲しいんじゃありません!」
小声で怒りながらプイッと顔を背ける水波だが、頬が緩むのを隠しきれていない。褒められて嬉しいのだと克也は思った。ちなみに拗ねてそっぽを向きながらも、拍手は途切れずに送り続けている健気な水波である。
「姉さん、克也兄さんが女性の扱いに慣れ始めちゃったよ」
「困ったものね」
「2人とも聞こえてるぞ」
「聞こえるように仰いましたので、聞こえていても驚きはしませんわ」
後ろに座る2人に抗議するがまともに取り合ってくれない。なんとなく最近2人に弄ばれることが増えた気がするのだが、気にしたら負けだろうと克也は諦めておく。
『本日を以て司波深雪を四葉家当主に任ずる』
「慎んでお受けいたします」
今この瞬間に深雪は司波深雪から四葉深雪に名を改め、四葉家を率いていくことになった。これからのルール変更は深雪主導で行われ、克也・達也が承認した後に葉山によって発行される。
深雪が当主の座の継承を受け入れて〈継承式〉が終了すると、深雪は楽な服装に着替えて、達也と2人きりの時間を部屋で過ごしていた。
「深雪、お疲れ様。疲れただろう?おいで」
「はい!」
達也に呼ばれ、深雪は達也の左隣に座りながら達也の左腕を抱きかかえた。そんな甘えてくる深雪に、達也は苦笑しながらも優しく受け入れていた。〈継承式〉は深雪にとって重要なものだったので、神経を張り詰めながら参加していたため疲れ切っていた。克也や達也なら、こんなことでは疲弊などしないだろうが、深雪にとってはかなりの重労働だ。
「深雪は最初に何をしたいんだ?」
「このような山奥にひっそりと暮らすのではなく、もっとオープンに暮らしたいのです。〈秘密主義の四葉〉ではなく〈頼れる四葉〉に変えていきます。そうすればこの先生まれてくる次世代を担う四葉家の子供達が、私達のように苦労せず生きていけるようになると思うので」
深雪の覚悟を達也は美しいと思った。これまでの四葉は〈秘密主義〉を貫く闇の存在として、〈十師族〉の一角を担ってきた。だが深雪の考えは、それを根本的に覆していくことを示している。その在り方は魔法社会の発展を願うことに繋がる。それを応援したいと達也は思う。当主であり妹(従妹)であり、そして婚約者である深雪を全力で支え続けると誓う。
「克也にはいつ伝える?」
「今日は遅いですからまた後日で」
「そうだな。そろそろ入浴するか。また後で話そう」
「分かりました」
互いに着替えとタオルを持って脱衣所に向かった。
その頃、克也は水波の機嫌を絶賛なだめ中だった。
「水波、そろそろ機嫌を直してくれ。俺も仲良くしたいんだけど」
つーんと顔を背けていくら声をかけても無視される。克也はどうすれば機嫌を直してくれるのか思い詰めていた。このままでは帰宅するまでに仲直りができず、険悪なムードはいつまでたっても解決しないだろう。
切り札其の一、【耳元で名前を呼び掛けて機嫌を取る】を発動させることにした。方法は簡単である。今水波は克也に背を向けて部屋に向かう廊下を歩いている。つまりは背中から抱き締めることが可能だ。早速行動に移すことにした。
「水波」
優しく背中側から抱き締め、耳元で名前を呟く。
「っ!」
顔を真っ赤にさせて反応を見せたが、まだこの程度では効果は発揮されないらしい。そこで切り札其の二を発動させることにした。方法は【水波の好きなもので機嫌を取る】という単純なものだが、単純が故に期待できるので試す価値がある。
「帰ったらせっかく新しくできたネコカフェに行こうと思ってたのになぁ。先着5組限定。しかもその5組の中でも最初に入れるのに、行けないのは困った困った」
わざとらしく残念がる。声と表情を会心の演技ですると、水波の肩が震えていたためかなり我慢しているらしい。ここでとどめを刺すことにした。
「それと全世界1万冊限定、かの有名なチャーリー・クリントン待望の最新作『ようこそ、夢の城へ』も運良く先行予約できたのに。キャンセルするしかないみたいだな」
すると水波は涙目になりながら必死にお願いしてきた。
「仲直りするので連れて行って下さい!買ってください!お願いします!」
「…涙目は反則」
ポツリと呟くが必死な水波には聞こえていないようで、脇腹の皮を掴みながらお願いしてきた。しかもそれがかなり痛いのでこちらも折れることになった。
「分かった分かったから。無意識につねるのやめて。痛いから!」
そう言うと正気を取り戻して、いつもの水波になったと思いきや今まで以上に甘え始めた。その様子に悶え死にという、世にも奇妙な死因が書類に記されることになりそうだったが、なんとか耐えた克也であった。
「約束だから連れて行くし買うよ。そろそろ入浴しよう。地味に疲れも溜まってるしね」
「はい!」
水波はホクホク顔で克也は微笑みながら着替えとタオルを持って、脱衣所へ仲良く向かった。
浴場には予想外なことに達也が来ていた。互いにたわいない会話で笑い合い、タイミングを合わせて水波と部屋に帰った。
「深雪様はこれからどうされるのでしょうか」
「深雪のことだから何か考えて…いる…ハズ…」
「どうされまし…」
部屋に入り和室を覗き込みながら放していた俺の発言が、尻すぼみになったことに疑問を感じたようだ。同じように水波が覗き込むと、同じように言葉が消えていった。部屋の和室には〈慶春会〉前のように、敷布団が一枚と枕が二つ。慶春会以来二回目の出来事だ。頭痛が襲ってきたが毎回毎回やられては性に合わない。
これは一度文句を言わなきゃ気が済まない。
真夜への怒りを覚えた克也は、水波に少し待っているようお願いし、書斎への廊下を歩いていく。すると十字路の右から達也が同じような浴衣を着てやって来た。
「達也?もしかして叔母上に用事か?」
「その言い方だと克也も用件があるんだな。大体の予想はつくが」
「こっちこそお前が来た瞬間に直感したよ」
お互いに深い深いため息をつき、書斎にいる真夜に説明を求める。許可なしに、音がしないようにドアを開け中に入る。画面に見入っている叔母の後ろ姿が見えた。その画面は克也達の部屋が映し出されており、どうやら盗撮した映像を見て楽しんでいるようだ。
「「叔母上、少しよろしいですか?」」
「かっ、たっさん!?なっ、こっ!?」
「克也・達也さん!?何故ここに!?」と言いたかったのだろう。突然声をかけられ、上ずった声を出して聞き取れない謎の真夜語を発してきた。
「叔母上、それは監視カメラの映像ですよね?何故そのようなことをされているのか、最初にお聞きしてもよろしいですか?」
克也がすごみのある笑顔で聞くと、慌てて画面の前に立ち塞がって隠そうとする。だが真夜の細い身体では大画面を隠すのは役不足だった。抜群のプロポーションがより際立つだけだ。傍から見れば目に毒である。とはいえ、2人は意識を外せば取るに足らないものだ。女性的には心外だろうが。
「趣味が悪いですよ叔母上」
「…どんな様子なのか見たかったのだから少しぐらいいいでしょ?」
「…」
抗議しながら元の位置へ戻る真夜に、冷ややかな眼を向けながら無言を貫く。さすがにこの空気に耐えられなくなったのか、真夜は怒られて萎縮する儚い少女のように見えた。
「はぁ。達也、消して」
「了解した」
達也が克也の命令通りに2つの部屋へ《分解》を行使し、天井に隠れるよう設置されていた監視カメラを分解した。その後、録画して落としていたメモリーディスクも目の前で粉々に砕く。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
可愛い悲鳴が書斎に響き渡り、魂を奪われたかのように床に倒れ込んだ真夜に近寄る。視ると気を失っているようだったので抱き上げてベットに運ぶ。移動魔法で掛け布団を移動させ真夜を寝かした後、もう一度移動魔法で掛け布団を優しくかけてやる。
電気を消して書斎を出て、自分達の部屋に向かいながら2人で愚痴をこぼしていた。
「あれが前四葉家当主なのか?幼児退行している気がしてならないんだけど」
「寄る歳波には適わないということだろう。若く見えても実際は50代だ。何かあっても可笑しくはない」
「本人に聞かれたら終わるぞ達也?」
「そうなったのは克也が叔母上に溺愛されているのが元凶だ。俺は何も悪くない」
「俺だって溺愛されたくてそうなったんじゃないんだから俺のせいじゃない。むしろ叔母上の問題だ」
訳の分からない子供じみた言い合いをしながらも顔は笑っていた。
「じゃあ明日な。気を付けろよ」
達也はそう言って自分の部屋に向かって行った。
気を付けるも何も部屋は目の前なんだけど。盗聴も警戒しろってことか?
克也はドアを開けて水波に帰ったことを連絡し、仕掛けられていないか視て盗聴器を2つほど発見する。達也に感謝しながら燃やして消しておく。
《念話》で発見したことを達也に伝えると、水波に布団に一緒に入るよう催促された。言う通りに潜り込むと嬉しそうに抱きついてきた。
しばらくして睡魔が訪れたので、互いに抱き合いながら夢へと落ちていった。
翌日、真夜が罰の悪そうな眼で克也達を睨んでいたが、2人して無視して何もなかったかのように振る舞っていた。
そして4月1日、日本魔法協会本部を通じて司波深雪が四葉家当主に就任し、四葉深雪になったことが〈師補十八家〉及び〈百家〉と〈