誕生
4月24日の午前4時。私は今、分娩室の前で使用人以上に不安と闘いながら待っていた。姉さんが破水して陣痛が始まったのが6時間前。もうそろそろ生まれていてもおかしくないのに、未だに生まれてこないのでこちらが先に倒れそうだった。
初産でありながら双子の出産となると大変なことだけど、姉なら耐え抜き元気な赤ん坊を生んでくれるだろう。私はそう思っている。
「おぎゃぁ!」
扉の奥から産声が聞こえたことで私の鼓動は高まった。そしてさらに数十秒後。
「おぎゃ~」
先ほどより声は小さいけど元気な産声が聞こえてきた。ドアが開き助産師が手招きするので、部屋に入ると血の匂いが鼻を衝く。でもそんなことが気にならないほど私の心は震えていた。
「姉さん、大丈夫?」
「真夜、大丈夫よ。それより見てよこの2人。もう互いの手を握り合ってる」
姉の言う通り2人を見ると、互いの手を握り合っていた。本能的に兄弟だと認識してるのかもしれない。そう思うと心が凄く温かくなる。
「ええ、本当に可愛いわ。今すぐにでも食べちゃいたいぐらいに」
疲労を滲ませた笑顔を浮かべるも、幸せそうな姉に少し安堵する。本心を伝えると、我が子を私から遠ざけるように自分に抱き寄せた。
「ダメよ。そんなことを言うような怖い妹には抱っこさせてあげない」
「ご、ごめんなさい許して。だからどっちかを抱っこさせてください」
必死に謝るとにこやかに微笑み、双子の1人を抱っこさせてくれた。腕に体重がかかるけど重くはなく、心地いい重さだった。今すぐにでも散ってしまいそうな儚い命を、この腕に抱くと自分の本当の子供を産みたいという気持ちが溢れてくる。
でも自分の身体では不可能だと思い少し気分が落ち込む。しかし自分の腕の中で微睡む幼い顔に癒される。
「真夜が抱いているのが克也、私が抱っこしているのが達也。どう良い名前でしょ?」
「名前の由来とかはあるの?」
「克也は誰にも負けない魔法師に。達也はあらゆることに打ち勝つ魔法師に。そんな意味を込めたの」
「活躍する魔法師で克也、たくましく育つ魔法師で達也ね。姉さんの割にはしっかりと考えたわね」
茶々を入れると嬉しそうに言い返してきた。
「あらその言い方は不本意ね。私はいつもよく物事を考えて行動しているつもりだけど」
「ふふ、そういうことにしておきましょうか姉さん。白川さん、英作叔父様を呼んできてくださらない?」
「かしこまりました」
白川夫人が英作叔父様を呼びに行った背中を見送りながら、姉さんは真に私に聞いた。
「叔父様に魔法を視てもらうのね?」
「ええ、四葉の魔法師ならどんな魔法を使えるのか知りたいもの」
そう言う私達の顔は少なからず不安そうだった。
叔父が息を切らしてやってきたのは15分後でした。2人はその間に母乳をたくさん飲み、幸せそうな顔で互いの手を握りながらベビーベッドで眠っていた。
その2人に叔父は優しい笑みを浮かべていますが、すぐに真顔に戻して両手を克也と達也にかざしながら眼を閉じる。魔法が発動したと気付いたころには、既に叔父は2人の魔法を調べ上げており驚愕していた。
「叔父様?」
「深夜、お前は素晴らしい子供を産んでくれた。一族を代表して礼を言おう」
「叔父様、2人は一体どのような魔法を持っているのですか?」
「達也は全てを破壊する魔法と全てを再構築する魔法を有している。だがこの2つの魔法のせいで達也は他の魔法を自由に使えない。だが想子は一族で一、二を争うほどの保有量だ。克也は達也に及ばないが、傷を治す魔法と魔法を焼失させる魔法を持っている。そして…真夜、お前と同じ《流星群》を使える。想子量も達也と同等だ」
叔父の報告に私はしばらく反応できなかった。自分の子供でもないのに、自分と同じ魔法を使う甥っ子が生まれたことに感極まっていた。叔父が部屋を出て行った音で私は我に返り、姉さんにお願いをすることにした。
「姉さん、克也を私に預けてくれない?」
「構わないけど。何故?」
「同じ魔法を使えるなら家族としての愛情ではなく、実子として愛を注げば《流星群》の使い方をより理解してくれると思うの」
「...いいわ。その代わりたまには私のところにも連れて来てよ?独り占めは許さないんだから」
「も、もちろんそんなことはしないわよ」
「今嚙んだわよね!?全く信用できないんだけど!」
「じゃあね姉さん。また連れて来るから!」
そう言い残して、私は逃げるように部屋を出る。
「待ちなさい真夜!話すことはまだいっぱいあるわよ。戻ってきなさい!」
個人差はあるが産後1時間ではまともには動けない。それをよしとして私は、プライベートスペースに克也を連れ込んだ。自分と同じ魔法を使えるのであれば自分の手で育て、姉には懐かないように教育しようと、少々大人げない野望を胸に秘める私であった。
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当主としての仕事である事務処理をする傍ら、克也の世話をするという多忙な毎日を送っているけど、克也の世話をすると疲れが吹き飛ぶような気がする。書類に眼を通していると克也がぐずり始めたので、仕事を中断し克也のもとに向かう。
「はいはい、泣かなくても大丈夫よ」
ベビーベッドでぐずっている克也に、人肌の温度に温めた粉ミルクを入れた哺乳瓶を近づける。自分の手で口まで運び、見ているこっちが驚くほどのスピードで飲み始める。
「育て方は間違ってない…わよね?」
初めての子育てのため不安なことが多い。自分がこうなのだから姉もそうだろうと思い始めていた。
「姉さんに聞いたほうがいいかしら」
不安になったので姉に聞きに行くことにした。仕事は少しの間葉山さんに任せても許してくれるだろう。葉山さんに何も言わずにプライベートスペースから出て、姉のいる部屋に向かう。
数分後、姉の部屋に入るとちょうど達也に母乳をあげているところだった。
「姉さん、少し聞きたいことがあるのだけどいい?」
「どうしたの真夜?」
「克也のミルクを飲むスピードが異常で、間違っていないか不安になったの」
「スピードは赤ん坊によって変わるから、気にしなくても大丈夫だと思うのだけれど」
「それならいいのだけれど」
心配そうに呟く妹に私は応援を送った。
「この1ヶ月そのスピードで育ったんでしょ?克也に何も起こっていないなら大丈夫よ」
「そうね、ありがとう姉さんおかげで気が楽になったわ」
「ならいいけど。それより仕事はどうしたの真夜?」
言葉に詰まる双子の妹にため息をつく。
何故お父様は真夜に当主を任せたのかしら。別に自分が当主になりたいわけではないのだけれど、そこだけが疑問ね。私の心中を察したのか、仕事に戻って行く真夜の背中を見て何故か悲しくなった。
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克也と達也が生まれて半年経った頃、「達也を殺すべきだ」という意見が分家の間に上がり始めた。分家の当主達が世界を破壊することのできる魔法を持つ赤ん坊を望んだのは、あの事件が起こった後であるならば仕方なかった。真夜が人体実験の被検体にさえされなければ、そんなことは望まなかっただろう。
だが生まれてしまった今では考え直しても仕方がない。それならばいっそ、すべてがなかったことにすればいいという結論に至る。〈達也暗殺計画〉が練られたが英作の一言ですべては決まった。
「感情が暴走しないよう感情に蓋をすればいい」
この一言だけで分家の当主達は受け入れ、達也の成長を見届けることに決めた。しかし達也に向けられる眼は「四葉の血を引いているくせに、大した魔法も使えない欠陥品」という意味合いを込められたものだった。深夜や真夜がいる前では本心から喜んでいるふりをしていたが、2人がいないときは存在さえしていないかのように見ていた。
そのことを深夜も真夜も知っていたが咎めることはしなかった。達也が欠陥品なのは事実なため、反論すれば達也だけでなく克也にまで火の粉が振りかかるのを恐れた。当主命令でやめさせることができるが、この程度を話題に挙げることもせず、愛情を注げば2人は健やかに成長してくれると信じていた。
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そして克也と達也の1歳の誕生日。深夜と真夜は英作から、分家の意識を逸らすために「達也の感情を暴走させないための子供を作る」、「感情に蓋をすること」を命じた。2人には到底受け入れられるものではなかったが、2人のためならばやむを得ないと心を決め、英作の案を受け入れた。
そして四葉の科学力と魔法の粋を結集させた【調整体】司波深雪を造り出し、感情への蓋はある程度の年齢に達した頃に実行することを決めた。
ある日深夜は自室で、深雪をベビーベッドに寝かせながら達也をあやしていた。
「魔法がたとえ満足に使えなくても、私の子供に変わりはないのよ達也。だから気にせずすくすくと育ってね」
「克也、よく頑張ったわね偉いわ!」
腕の中で眠る達也の髪を優しくなでながら独り言を呟いていると、少し開いたドアの外から妹の興奮した声が聞こえてきた。頭痛を感じて偶然通りかかった葉山さんに声をかけた。
「葉山さん、真夜はいつもああなの?」
「…左様でございます。克也様が歩かれるようになってからというもの、毎日何時間もあのように遊んでおられます。そのせいで書類が山積みになっておりまして、私と紅林殿で手分けして処理していますが間に合っておりません。むしろ増えていく一方でございます」
疲労の残る顔で話す葉山さんの言葉に別の頭痛が襲ってきた。
「…葉山さん、今日の夕方に真夜を私の部屋に来るよう伝えてください。克也も一緒に。一時的に克也を取り上げて、事務処理が終わるまで会わせないよう命じます」
「名案でございます」
「克也が真夜のように溺愛しなければいいのだけれど…」
「御心配には及ばないと思われます。たまにですが克也様は真夜様の声を無視することがあるので。もしかしたら嫌になっているのかもしれませんな」
「余計な心配だったかしら」
互いに苦笑しながら葉山さんは真夜に私の伝言を伝えにいき、私は深雪の様子を見に自室に引っ込んだ。
数時間後、深夜は真夜に『事務処理が終わるまで克也の接触を禁ずる』と命令し、真夜が抱いていた克也を取り上げ、笑顔で自室から追い出した。命令された真夜の顔は、生きることに絶望した人間そのものだった。
再起動を果たした真夜は睡眠と食事・入浴以外の時間を、全て事務処理に費やし、溜まっていた書類を3日間で終わらせ克也に会いに行った。その仕事ぶりに葉山と紅林が嬉しそうに見つめ、内心「ざまあみろ」と思っていたのは本人達以外内緒だ。