3人が沖縄から帰ってきた後、克也は魔法の練習に打ち込むようになった。4ヶ月経った今では、これまで以上に魔法を使えるようになっている。
世界でも10人しか使えない《
クリスマスイブの日に俺は母から呼び出しを喰らっていた。自分の中では何もしていないと思っているのだが、無意識のうちに何かをしでかしていたのだろうか。何とも言えない不安が胸の中で渦巻く。
母の自室のドアをノックし中に入ると、研究資料に眼を通していた母が振り向いた。
「忙しい中悪いわね」
「分かってるなら早くして欲しいんだけど」
「ならその椅子に座りなさい」
そう命じる母の声は穏やかで優しい。怒られるのではないと少し安心した。
「話って何?母さん」
「それよ」
「は?」
俺は惚けていない。本当に意味がわからないのだ。
「どういうこと?」
「母さんの呼び方よ。何で真夜は敬語で母さんには標準語なの?」
「何でって言われても。叔母上は当主だから自然と敬語になっちゃう。母さんはよく分かんない」
「深雪は敬語を使ってくれるのに…」
「それは淑女としての教育を母さんがしたからでしょ。比べるのは間違ってるよ」
達也と深雪は中学校が今日ようやく終わったばかりなので本家にはいない。俺は四葉家当主の息子として世間に発表されているため、2人とは同じ中学には通えていない。正直に言えば一緒に通いたいのだけれど、関係性を疑われるようなことになってはならないため我慢している。
「私の勘違いだったのね。もう戻っていいわ」
「え、これだけ?」
「そうだけど何か文句でもある?」
そんな風におどける母に俺は叫んで文句を言った。
「ありまくるわ!俺さっきまで
「母さんの気のせいだったってことにしといて」
「雑!え、何?俺を困らせたかったの?性格悪すぎるんですけど!」
俺の怒りに眼も向けず研究資料に没頭する母さんが、右手で出て行くように指示した。行き場のない怒りを溜め込みながらトボトボと部屋を出て、足取り重く四音先生の授業に戻った。
授業に戻ると予想通り面倒なことになり、余計にストレスが溜まったので体術の先生をフルボッコにした。ついでに《流星群》を裏山でぶっ放し、山体崩壊を起こさせ叔母上に怒られるという負のループに陥ってしまった。
母さんはその日から実験を繰り返し続け、翌年の夏前の実験途中に突然倒れた。
「「母(姉)さん!」」
実験に参加していた俺と叔母上は、突然気を失った母さんに駆け寄って話しかけたが返事はなかった。
「顔色は悪いし呼吸も荒い。まずいよ叔母上、急いで医者を。誰か担架を早く!」
魔法ではなく担架を持って来させたのは、魔法によって悪影響を与えないためだ。研究者が持って来た担架に母さんを乗せ、集中治療室に搬送し医者が来るまでの間、可能な限りの処置を施す。
そのおかげもあってか医者が到着するまでに、母さんの容態はそこそこ落ち着いたが、危険な状態にあるのには変わらなかった。医者でも原因が分からなかったので、俺はもう一つの《異能》を使うことにした。
焦点の定まらない眼で母の想子体を視るが、特に目立った障害はない。何に原因があるのか分からないので、さらに深くまで潜ることにした。
「克也!」
叔母上の声に俺の意識は現実世界に戻り、額には大粒の汗が浮かび、呼吸は荒く疲労感が感じ取れた。
「克也、何か分かったの?」
「…母さんはもう駄目かもしれません。今生きているのが不思議なくらいに弱っています」
「…どういうこと?」
「俺の《
俺の報告に叔母上は受け入れられないとでも言いたそうな表情をしていた。
「母さんはこの半年の間に精神を過剰に行使しすぎたようです。故・四葉元造と同じ状態に近いと思われます」
「魔法演算領域のオーバーヒート…」
「はい」
叔母上の呟きに俺も同じように答えると母さんが目を覚ました。
「真夜、私は…もうダメ。…後のことは…頼むわ…」
「何を言っているの姉さん!これからじゃない!」
「いいえ、もう十分生きた…わ。心残りなのは…孫の…姿を…見れないことかしら」
「姉さん…」
苦しげに話す母さんを見て俺は覚悟を決めた。今すぐにも母の命の灯火が消えようとしており、別れが訪れかけているのだと。
「克也、顔を…見せて、もうあまり…見えないから、近くに…来て」
「母さん…」
俺は母さんの右手を両手で握りながらしっかりと眼を見つめた。
「この先…苦しいこと悲…しいことたくさん…あるだろうけど、3人で…乗り越えなさい。長男と…して達也と…深雪を守っ…て。それ…からあまり…愛して…あげられ…なくて…ごめんね?真夜にとら…れてたのも…あるけど…長男だから…我慢しなさい…って言って…構って…あげられなかった。ごめんね?」
「そんなことないよ母さん。俺は母さんの不器用な愛をずっと感じてた。だから気にしないでよ…」
息も絶え絶えに最後の力を振り絞って話す母さんに、俺はただ安心させるような簡単な言葉しかかけれなかった。
「ま…や、3人を…よろしく…。必ずりっ…ぱな魔法師に…してね?最後の約束よ?」
「ええ、約束するわ。3人とも偉大な魔法師に、日本を世界を代表する最強の魔法師に育ててみせるわ」
叔母上はしっかりと頷いて母の左手を握った。
「克也…顔をもっと…見せて?」
母さんの要望に応えるように顔を近づけると、母さんが俺の額にキスをした。
「今のは?」
「それ…は秘密。これが使…われない…のを願って…いるけど、もしか …したらある…かも。克也・真夜、さよなら…」
母さんはその言葉を最後に眼を閉じ、繋いでいた手から力が失せやがて呼吸が止まった。心肺停止を知らせる警報が鳴り響くが、俺からすれば遥か遠くで鳴っているような気がした。
叔母上は母さんの亡骸にしがみつきながら大泣きし、しばらくの間離れることはなかった。葉山さんが叔母上を自室に連れて行き、俺も強制的に自室へと向かわせられた。達也と深雪への連絡は自ら送ると言うと、葉山さんから俺に一任された。
達也と深雪はその頃、本家に帰省する準備を終えてリビングで一息ついているところだった。突然四葉からの秘匿回線の呼び出し音が鳴り、出ると悲しみに満ち溢れた表情をする克也が映し出された。
「克也、どうしたんだ?」
『悲報だ達也・深雪』
表情通りかそれ以上の悲しみの声が聞こえてきた。
「悲報?」
『ああ、俺達にとっても四葉家にとっても』
「一体何があった?」
『…母さんが死んだ』
一拍遅れて答えた克也の言葉に2人は驚愕の表情を浮かべた。
「なんだ…と?」
「嘘…」
『信じたくない気持ちはわかるだけど事実だ』
「いつ亡くなったんだ?」
『1時間前だ。どうすることもできなかった』
「…分かった。可能な限り早く戻る」
達也は悲しげに俯く深雪の肩を抱きながらそう伝えた。
『いや、もうそっちに迎えが行ってるから到着次第こっちに戻ってきてくれ。葬儀は明日執り行うからその準備が必要だ』
「分かった」
互いに悲しげな表情で電話を切った。
翌日、深夜の葬儀が盛大に執り行われ、分家も使用人も全員が参列し、深夜の死は四葉関係者だけに留められることになった。出棺の時になると深雪が泣き始める。
「深雪、好きなだけ泣くんだ。誰も怒らないから気が済むまでいつまでも」
克也が深雪を抱き寄せると、深雪が声を押し殺しながら胸にすがりつき嗚咽を漏らし始めた。克也も泣く一歩手前まで来ていたが、長男として泣くわけにはいかないと気合いで涙を抑えていた。
「克也は泣かないのか?」
「泣きたいさ。でも母さんは笑って見送ってほしいって言うだろうから泣かないでいるんだ。達也はどうなんだ?」
「家族を失うという悲しい気持ちがこういうものなのだと知ったのは
「ああ、それが悲しみという感情だよ達也」
深夜が亡くなった日の空の色は、名前の通り夜が深くどこまでも広がっていた。
葬儀が終わった日の夜、克也は真夜に呼び出されていた。真夜の自室に向かい部屋に入ると、項垂れた真夜の姿があった。
「克也、来たのね」
「ええ、無視なんてできませんから」
「泣かないの?」
「泣きたいですよそりゃ。でも俺は母さんの子供であり長男です。強くいなければなりません」
「時には弱いところも見せるべきよ。来なさい克也」
言われた通り叔母上が座るベッドの前まで来ると、突然叔母上は俺の顔を自分の胸に抱え込み泣き始めた。
「叔母上?」
「泣きなさい克也。泣きたい時には泣く。そう深雪さんに言ったのでしょう?なら貴方もここで泣きなさい。抱え込むのは許しません」
その言葉を聞いた瞬間、今まで溜め込んでいた気持ちがどっと溢れ出し、生まれて初めて大声を出して嗚咽を漏らして泣いた。何度も何度も母を呼び、叔母上にしがみついた。叔母上も同じように涙を流しながら俺を抱き締めた。
それから2人はほぼ同時に泣き止み、そのまま布団に倒れ込み眠ってしまった。克也の寝顔はスッキリとしており、不安や躊躇いが全て消え去ったかのような表情だった。