第82話 祝言からのデート1
【レプグナンティア】の本部を崩壊させたことで、反魔法師運動は一時的にではあったが急速に衰退していた。魔法の力に恐れたというよりは、【レプグナンティア】を後ろ盾にして活動していたり、追随する形で活動していた小規模・中規模な団体が、強力な盾がなくなったことで、表立って活動できなくなったのだと解釈するべきである。
【レプグナンティア】も本部を失ったことで解散に追い込まれた。本部に出入りしていなかった所属者は、行き場を失ったかのように思われていた。しかし自分達の思想を他の団体に持ち込み、【レプグナンティア】のような団体をもう一度復活させようとしているらしい。
といっても早々に造りあげるのは不可能だという見解を〈十師族〉はまとめ、当面の間は監視に留めると決定した。
紆余曲折があったが年が明け、水波が卒業して深雪が18歳になると同時に、婚姻の義が行われることになった。そして今克也と達也は控え室にいたが、特に達也が落ち着きなくそわそわしていた。
「達也、落ち着きなよ。今からそんな緊張してたら最後まで保たないぞ」
「とは言っても不安だ。こんな経験は初めてだからな」
「そこまで達也が緊張するなんてな。じゃあエリカでも連れてこようか?」
「…それは一番マズい。一生笑い話にされるからそれだけはやめてくれ」
心底やめてほしそうだ。克也も本気で連れてこようとは思ってない。元々連れてくる気も無かったし、この先からかわれることになるかもしれないと思っていた。3人とも婚姻式には高校時代の友人を含んで行いたかったのだが、真夜に身内だけで行いたいという要望で、仕方なく3人が折れたという経緯だ。
友人を呼ぶとなると四葉の分家の存在がバレて、文弥や亜夜子も生活しにくくなるのが予想できたので反対はしなかった。友人がそんなことを他人に口走ることはないと分かっていたが、念には念をということだろう。記念写真さえ送ればいいということになり今に至る。
「深雪のウエディングドレス姿を早く見たいだろ?」
「眼にしたら全員が卒倒して式自体が中止になるかもな。水波の姿も見たいだろ?」
「待ち遠しい。今すぐにも卒倒しそうだ」
身悶えし始める兄に微妙な笑みを浮かべながらも、達也は嬉しそうに見ていた。互いが最も愛する女性と正式な夫婦になれるのだから、少しぐらい羽目を外しても何も言われないだろう。
「克也様・達也様、式の準備が整いました。お二方もご準備をお願いします」
「「分かりました」」
知らせに来てくれた葉山にお礼を言いながら立ち上がる。
「達也、生涯最高の思い出にするぞ」
「当たり前だ。この日のために全てを注いできたんだからな。最初からそのつもりだ」
「じゃあ、行こうか」
「ああ」
互いに拳を軽くぶつけ合って気合いを入れ直す。
達也と深雪の式は、深雪の美しさに神父が見とれてしまったことでぎこちなく始まったが、何事もなく終わり次はいよいよ克也の番だ。達也には茶化すように笑って言ったが、いざ自分の番となると異常なほど緊張してきた。緊張を紛らわせようと深呼吸して落ち着かせる。
オルガンの音色が鳴り響き、ウエディングドレスで着飾った水波が、葉山と一緒にゆっくりヴァージンロードを歩いてくる。数分をかけて歩き終わり克也の隣に並ぶ。
『これより司波殿、桜井殿の結婚式を執り行います』
神父が克也に誓いの言葉を問いかける。
『汝司波克也は、この女桜井水波を妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』
「はい、誓います」
次に水波に問いかける。
『汝桜井水波は、この男司波克也を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、夫を想い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?』
「はい、誓います」
『指輪の交換を行います』
水波の細く優しい左の薬指に、克也がシンプルなシルバー色の指輪を滑り込ませる。今度は水波が克也の左の薬指に同じ色の指輪をはめる。その後、神父に向き直る。
『誓いのキスを』
互いに向き直り、水波が少し腰を下ろしベールを捲りやすくしてくれた。ベールを捲ると横から見ては分からないが、正面から見ると顔を真っ赤にしているのがわかった。その表情を見ると2つの意味で克也も少し頬を紅潮させてしまう。恥ずかしがっている水波と同じように恥ずかしさで紅潮し、美しい姿に見とれて紅潮させる。
顔を近づけると、恥ずかしながらも待ち望んでいるかのような光を眼に浮かべる水波に萌えるが、我慢して桜色の唇に自分の唇を軽く押し当て離す。
『これにて2人を夫婦と認めます』
神父がそう宣言すると、参列者から惜しみなく拍手が送られ式は滞りなく終了した。
式終了後、克也達4人は別室に移動していた。克也と達也は慣れぬ雰囲気に疲弊しきっていたのとは対照的に、深雪と水波は幸せ満開だった。少しばかりの休憩をしていると、いつも着ている色とは対照的な白いドレスを着た真夜が、ホクホク顔の葉山を連れて入ってきた。
2人がいなければ真夜が主役とでも言える雰囲気を纏っているので、何故か2人は対抗心を燃やしていた。
「4人ともお疲れ様」
「「「「ありがとうございます」」」」
真夜の労いに4人が同時にお礼を述べる。
「式が終わったのだから次は子供ね。4人とも頑張って!」
「…叔母上、ついさっき式が終わったばかりなのにもうそれを言うのですか?いささか早すぎますし、はしたなくありませんか?」
「同感です叔母上」
「あらそうかしら?2人は嬉しそうに顔を赤くしていますけど」
2人を見ると顔を真っ赤にして俯いていた。
「「喜んでいるんじゃなくて恥ずかしがっているんです」」
克也と達也がハモって抗議するが、真夜は楽しそうに笑顔をうかべるだけでまともに取り合わない。その様子に2人はため息をついた。
「冗談はさておき。本当に子供を楽しみにしているのは事実ですよ?」
「分かっていますよ叔母上。俺達だって待ち望んでいますから。でもまだ早いです。もう少し自分達だけの時間を過ごさせて下さい」
「もちろん2人きりの時間を思いっきり楽しみなさい。子供が生まれれば、そんな時間を割くことは出来ませんから」
真夜はそれだけ伝えてスキップしそうな軽やかな足取りで出て行く。まったく場を荒らすのが好きなお人である。真夜が去った後、葉山は記念写真を撮るために首から提げていた高級そうなカメラを満面の笑みで見せてきた。
葉山曰く「このカメラに収めたく自腹で年明け頃に買った」とのこと。嬉しそうなので克也達は「気が早い」とはツッコめなかった。今まで見た事のない葉山の様子を見て、4人は顔を見合せて楽しそうに笑い合うのだった。
その日の夜、克也は水波と達也は深雪と同じ部屋の同じ布団で眠ることにした。それぞれが望んでいたことで、誰にも邪魔されない式の日の夜である。4人が寄り添っていたかったのだ。
「水波、ようやく俺達は夫婦だ。もう遠慮や心配は何一つする必要は無い」
「はい、克也様と理想の生活を送ることが出来ます」
互いに見つめ合いながら愛の言葉を交し合っていると、水波が恥ずかしそうに聞いてきた。
「そ、それで子供はどうされますか?」
「そんなに焦らなくてもいいよ。今は俺達2人だけの時間をゆっくりと過ごそう」
「はい!」
克也が優しく微笑むと、水波は嬉しそうに克也に抱きつき胸に顔をうずめた。
翌日、四葉家から日本魔法協会本部を通して魔法社会全体に通告がなされた。
『当主 四葉深雪が司波達也と婚姻の義を挙式』
『また同じくして司波克也が桜井水波と婚姻の義を挙式』
祝言が多方面から送られ、吉田家・千葉家・北山家からは特に祝われた。偶然帰国していたレオや魔法大学に通うほのか・雫・幹比古と交際中の美月・壬生や桐原など。交友関係のあった友人から祝いの品として、あらゆる物品が送られ整理に1週間を要した。
晴れて夫婦になってから時が過ぎて5月半ば。
大型のショッピングモールに、水波が新しくエプロンと少し早いがワンピースを買いたいと言いだしたので、克也は快く引き受けて来ていた。使用人に頼めば買ってきてくれるというのに、何故わざわざここまで来たのか。水波による自分の眼で確かめたいという欲と、デートをしたいという克也に甘えたい欲による合体技だった。
一度水波は克也を困らせたくて、〈ミラージ・バット〉のコスチュームを深雪から借りて、夜食を手にして目の前に現れたことがあった。克也がそれを眼にした瞬間に鼻血を噴水のように噴き出させ、「水波の可愛さによる出血多量死」という謎の死因が発表されることになりかけるという事件が発生したため、それ以来あまり困らせないようにしていた。
閑話休題
水波は普段から、それほど高級なエプロンやワンピースなどで自分を飾らない。近くの服屋などで普通に売られているものを着ている。女子力というよりも、周りから好奇の視線を向けられのが嫌なのだ。どちらかと言えば、内気な水波なのだから納得である。
東京は浦賀から少しばかり遠いが、コミューターなら1時間弱で行ける。だが今回は少し足を伸ばして渋谷まで来ていた。大型ショッピングモールにある服屋で、水波が手に持ったエプロンとワンピースを少し恥ずかしそうに克也に見せていた。
「克也様、これは如何でしょうか?」
「似合うと思うけど、着てみないと分からないかな。試しに着てみたら?」
「分かりました。少々お待ち下さい」
克也の言う通りに、水波がエプロンとワンピースを何着か持って、試着室に入っていく後ろ姿を克也は優しく見送る。周囲を見渡して近くの椅子に座り、着替えが終わるのを待つことにする。
そんな連れがいるなど露知らず、座っている克也を買い物をしている通りがかりの女性陣がこっそりと見ていた。店内にいようと店外にいようと。カップルだろうと1人だろうと。自然体で待つ克也に、女性は年齢層に関わりなく見とれる。何故かそこだけ別の空間になっていた。
克也は自分に向けられるものならともかく、信頼できる人間に向けられる視線でさえ感じ取る。一つ一つ誰から誰に注がれているのか正確に見分けられるのだから、否応なく視線を向けられれば嫌でも気付くものだ。
その視線が邪だろうと憂いだろうと何であろうと。
女性店員が水波の着替えが完了したことを伝えに来たので、女性客の視線を無視して試着室に向かう。ドアが開かれ、優しいオレンジ色に、極薄い緑のフリルがあしらわれたエプロンを着た水波が立っていたのを見て、克也は一瞬息が止まったがすぐに立ち直った。
「どうでしょう?」
「よく似合ってて可愛いけど、もう少し色が濃くてもいいかな。これとかいいんじゃないか?」
克也は試着室の外に置いてあったピンク寄りの赤色のエプロンを渡すと、水波はそれを受け取ってドアを閉めた。
水波は自分で着飾るのをそこまで好まない。女子としてのプライドはあるので、それなりにはオシャレもするが。水波が着飾るのは克也のためであり、克也にふさわしい女性でいたいという感情によるものだ。
克也は水波が自分に褒めてもらいたくて、オシャレに着飾っているのだと知らない。克也は水波が喜んでいるのが好きなのだ。2人の感情はあまり噛み合ってはいないが、何故か互いの想いが上手く交差しているという現象が起こっており、2人の相性の謎は深まるばかりだ。
水波が着替えに戻ったのを確認後、先程の女性店員が小声で話しかけてきた。
「お客様にご相談があるのですが少しよろしいでしょうか?」
「場所を変えますか?」
「ではこちらにお願いします」
試着室から5m程離れた場所に移動してから聞いた。
「それでご要望とは?」
「もしよろしければお連れ様がお買い上げになったワンピースを、そのままお召しになってもらえないかと思いまして」
「まだ買うと決めたわけではありませんが。つまりここに売られているワンピースを着て、このショッピングモールを歩き回って欲しいということですか?」
「はい。その分値段はお安くさせて頂きます」
「撮影や広告に使うのは駄目ですよ?」
「もちろんでございます!お客様のプライバシーを損なうようなことは一切いたしません!」
「では喜んで」
営業目的であっても、こうやって客の心をくすぐる店員の腕に克也は感心した。克也や水波が四葉関係者だと知らないと確信した理由は、客対応がマニュアル通りだったからだ。普通なら怯えて口ごもったりするはずだがそれが一切無かった。
克也の懐は、〈トーラス・シルバー〉の功績や四葉からの支給でかなり温かい。水波の服を10や20(高級ブランドや宝石など)買ったところでさしたる影響はない。
だが割引サービスしてくれるのであれば、節約にもなるし何より普通に嬉しい。
「いかがでしょうか?」
着替え終わった水波が声をかけてきたので振り返ると、今すぐ抱きしめたくなるほどの可愛さで溢れていた。
「…それは反則だよ水波。それは買っておこう。それと水波、ワンピースもいくつか買っていいよ」
「宜しいので?」
「水波も俺のお財布事情は知ってるだろ?だから気にせず買いなさい」
「ではお言葉に甘えて」
それから15分間、水波は何度か着替えて2枚のワンピースを克也に渡した。克也がエプロン3枚とワンピース2枚をレジに持って行き、合計金額が10万円を超えたが克也は表情一つ変えなかった。財布から取り出したカードでの一括払いを頼んだ。
さすがの店員も頬をひくつかせたが、思いがけない上客に巡り会えたことで気分を良くしたらしい。何も言わずカードを受け取り、購入したワンピースを着た水波を連れて店を出て行く克也を、満面の笑みで送り出した。
余談だが克也が掲示したカードはブラックカードだ。法的に考えれば、20歳にもなっていない克也が持てるはずがない代物だ。〈十師族〉や国家に小なり大なりの影響を及ぼす資産家などは、特別に未成年でもクレジットカードを発行してもらえる。そういう事情で、克也と達也は所持しているのだった。