店を出て歩いていると、幾つもの視線を向けられるが不快な視線ではないので、2人ともそこまで気にしていなかった。水波は白色に、明るい赤色の花が幾つも刺繍されたワンピースを着ている。不思議なことにまったく下品に見えない。
むしろ年頃の少女の雰囲気を纏わせているので、1人で歩き回っている男性客を振り向かせていた。もちろん克也の一睨みで何事もなかったように前を向くが…。
17歳には見えない幼さなので、大人びている克也が横にいると友人たちからすれば犯罪者のように見えてしまうだろう。だが克也が上手くエスコートしているので、お似合いのカップルだと周辺の買い物客は思っていた。
しばらく克也と水波は大型ショッピングモールを歩き回って、久々のデートを満喫していた。ある宝石店で克也が水波を連れて中に入る。そこは高級品を取り揃えつつ、低価格でありながら顧客を満足させる店なのである。
「先日ご連絡させて頂いた司波克也です。お願いしていたものを準備願えますか?」
「司波克也様ですね。少々お待ち下さい」
克也が
「克也様、何があるのですか?」
「秘密」
克也は水波の疑問に答えずウインクをして焦らす。しばらく経ってから店員が、何かをお盆に乗せながら戻ってきて、克也に恭しく差し出した。少し大きくシンプルな白色の和紙で作られた長方形の箱を克也に渡し、克也はそれを受け取って水波に渡した。
「これは?」
「開けてみて」
水波は素直に箱を開けると、中に入っていたものを見て眼を見開き克也を見上げた。
「卒業祝いとこれからよろしくって意味の俺からの気持ち。嫌だった?」
「滅相もありません!」
克也が恥ずかしそうに聞くと、水波は周りのことを気にせず(忘れて?)叫んだ。克也はサファイヤが埋め込まれて上品に装飾されたネックレスを取り出し、水波の首にかけてから頷き一言呟いた。
「分かってたけどやっぱり似合ってる。綺麗だよ水波」
その言葉を聞いた水波は、恥ずかしさと嬉しさの感情で爆発し俯いてしまう。克也は店員にお礼を言って、その店から水波を連れて出て行った。
いつの間にか午後3時になっていたので、喫茶店の入り口にほど近い窓際の席に座った。克也はパフェとブラックコーを。水波はチーズケーキとピーチティーを頼み、リラックスを兼ねて休憩していた。
「たくさん買って頂きありがとうございます。あのネックレスは高かったのでは?」
「自分の気持ちを形ある物で表したかったからね」
克也はそのネックレスを買うために、アルバイトをこの2ヶ月続けた。普通ならしなくてもいいはずなのだが、貯金でも〈トーラス・シルバー〉で得たお金でもなく、自ら働いたお金で買いたかったのだ。
バイトを辞める際、店長から時給の2倍の金額を掲示されたがそれも断り辞めた。お礼として自分が四葉家直系だと暴露し、そのアルバイト先を四葉家の傘下に加えたのだった。どうやら魔法師と少なからず関わりがあるらしく、打診すると驚きながらもすぐに手を引いてくれた。
「克也様は何故甘い物に苦い飲み物をあわせているのですか?」
「俺は甘党じゃないけどデザートが好きだ。それに苦い物も好きだからコーヒーを頼んだんだよ」
「すいません。少しいいですか?」
水波と会話していると話しかけられたので顔を向ける。そこには10人中10人が美人と呼ぶ容姿の整った女性が、ボディガードを2人連れて立っていた。
「何でしょうか?」
水波との会話を遮られて不機嫌な克也は、言葉にいらつきをのせて聞く。その女性は気にせず(気付かず?)、昔ながらの紙の名刺を渡してきた。
そこには某有名芸能人事務所の名前が記されていた。多くの有名人を輩出し、多くの若者がこぞってオーディションを受けに来るようなところだが、生憎克也は全く興味が無いので水波に名刺を渡す。
「それで芸能事務所の方が自分に何の用でしょうか?」
「貴方の歩き方や仕草が、芸能人に向いていると思ったから声をかけたの。私の事務所に来ない?」
「オーディションを受けに来ている方々を、優先するべきだと思いますが?」
グラマラスな体型で誘惑してくる女性に、克也は無表情に見返して遠回しな拒否をした。水波はその女性を睨んでいたが、克也に気をとられているためか女性はまったく気付いていなかった。
「あんな未熟者より自然に動いている君の方がいいのよ。それでどう?」
「折角ですが遠慮させて頂きます」
克也が明確に拒否を示すと、ボディガード2人が威圧しようと動こうとした。しかし克也が眼で威圧すると、恐怖で足が動けなくなったらしく硬直していた。本能が逆らってはいけないと恐怖したのだ。
「…理由を聞いてもいいかしら?」
「聞かなくても今までの会話で分かるでしょう。俺は芸能界に興味ありません。ましてや芸能界に入りたくてオーディションを受けに来る参加者を、蔑ろにするような事務所に入りたくありません。行こう水波」
テーブルで勘定を済ませ、悔しげに歯を食いしばっている女性とボディガード2人の横を抜ける。喫茶店を出て先程水波の服を買った店に向かうことにした。
少し面倒なことがあったが、少しいろいろなところを見て周り、もう少しで目的の店に着くというところで眉を顰めてしまった。その店の近くで、先程の3人組が4人の男を追加して立っていた。どうみても男たちは手荒な仕事に慣れている様子で、芸能界の闇を見た気がした。
「さっきはよくも恥をかかせてくれたわね」
「自業自得で自爆だろう。今すぐ俺たちの前から消え失せろ。そうすれば抗議文を送ることはしない」
「土下座をして謝るなら今のうちだけど?」
「こんなところで騒動を起こすつもりか?」
俺は女性の言動に徐々にいらつき始めた。
「どっかで見たことがあると思ったら、九校戦の中継で見た記憶があったわ。磨き込まれた宝石だと思ったのだけど、綺麗にまとめられたゴミくずだったってわけね」
「お前の言っていることは嘘だな。俺を見たのはさっきのが初めてなはずだ。どうせその取り巻きにでも教えてもらったんだろう?」
少し想子を活性化させると、取り巻きは数歩後退りした。
「あんたら何をやってるんだい!?魔法師は街中では魔法は使えない!そういう風に出来ているのよ!」
どうやらこの女性は、魔法師にまつわる都市伝説を鵜呑みにしているらしい。取り巻きの4人がスタンガンやナイフを取り出し俺に飛び掛かってきた。近くを通りがかった女性の悲鳴が響くが、俺は気にせず最初に向かってきた右手でスタンガンを持つ男の関節を外し、スタンガンを自身に浴びせる。
「がっ!」
よほど強力だったのだろう。男が一瞬で気を失ったのを確認後、ナイフで斬りかかってくる2人を、魔法を使わず背後に回り込み、うなじに手刀を一発ずつ打ち込んで気絶させた。
「もう分かったんじゃないかな勝てないって」
「魔法を使って一般人を攻撃するなんて!」
「魔法は使ってないし正当防衛だ」
後退った女性は、両腕を背後に立っていた警官に捕まれ、署にボディガード2人と共に連行された。俺は監視カメラの映像と目撃証言による証拠十分で、5分もかからず解放された。
いろいろ起こったが目的地の店に入ると、数時間前に案内をしてくれた店員が笑顔で迎えてくれた。
「お客様のおかげで本日の売り上げが昨日の2倍になっております。本当にありがとうございます!」
「いえ、こちらこそです。少しお願いがあってきたのですが、この店の店主とお話できますか?」
「あ、それ私です」
「貴方でしたか。そこでお話をしたいのですがお時間いただけますか?」
「構いませんよ。では店の奥にどうぞ」
案内された店の奥には10人が楽に集えるほどの広さの部屋があり、椅子に座って俺は用件を伝えた。
「実は自分、四葉家当主補佐なのですが。このお店を妻が気に入りまして、契約を結んでいただけないかと思っております。どうでしょうか?」
「あの有名な家柄の方でしたか喜んでお受けいたしましょう。この店はまだ一店舗しか展開しておりませんで、なにとぞよしなに」
「ありがとうございます。正式な契約はまた後ほど伺いますのでよろしくお願いします」
二つ返事で頷いてくれた店主にお礼を言って俺たちは店を出た。
これを機に深雪やエリカ・ほのか・雫・美月など。高校時代の友人たちがこぞって買いにくるのはまだ先のことである。
帰宅後、その事務所に四葉家当主のサイン入りの抗議文を送ると、監視カメラなどの証拠もあり、その女性はその日付けで解雇された。