夜遅く本家に戻った俺を出迎えたのは、厳しい表情をして腕を組みながら佇む達也だった。俺は何も言わず横を通り向けようとすると、有無を言わせない力で腕を掴まれた。
「何処に行っていた?」
「何処でもいいだろ」
「教えろ」
「教えなければならない理由を教えてもらおうか?」
突き刺すような視線で自分を貫かれたように達也は感じた。自分が今まで感じたことのない何かを察する。克也は達也の手を振りほどいて自室に向かった。
俺は恐怖していたのか?冷や汗が何度も溢れたことはあったが今回のは違う。身に感じる危険じゃない。精神に直接ダメージを与えるそんな視線だった。克也、お前に何があった?
達也にはまだ何があったか知らされてはおらず、それが余計に達也の精神を追い詰めていた。
使用人や叔母上・葉山さんは俺に何か隠している。俺だけじゃない深雪にも。それが何か分からない。水波がここにいないことと関係があるのか?
達也にとって今の最大の不安要素は克也の精神の不安定さだ。今というより5年前から達也は、自分の眼の〈リソース〉を全てを深雪に注いでいる。それによって今は、克也の気配や位置を知ることが出来なくなった。
ただでさえ自分とは真反対と言っても過言ではないほどに人間性が違うのだ。知り得ないこともあるが、それでもお互いに誰よりも信頼できる双子なのだから役に立ちたいと思ってしまう。
深雪を不安にさせないためにも、自分の不安は一度棚上げしなければならんか。もし四葉家にとって重大な問題であるなら、早期解決をするべきだ。明日にでも問いただすか。
達也は克也が去って行った廊下を一度見てから、深雪が寝ている寝室に向かった。
達也が翌日の朝、克也を問いただそうと克也の部屋に向かったが、既に克也の姿はなかった。日課のランニングにしても帰ってくるのが遅すぎる。何より不自然なのは、克也の新しい特化型CAD〈
普段克也は寝るときも自室にいないときも、〈
克也が無防備に置いている理由は、克也自身が使用する想子にしか反応しないという、ある意味セキュリティとも言える鍵がかかっているからだ。
克也はCADを使用せずにある程度の魔法を使うことができる。克也がCADを持つ理由は2つある。
1つめは
2つめは、
だが達也は今ここに〈
やはり聞き出すしかないか。
達也は一番事情を知っているであろう人物に聞きに行くため、ある部屋に向かった。
「叔母上、四葉に何があったのか聞いてもよろしいですか?」
「どうしたの達也さん?」
達也は真夜の自室に葉山の許可を得て入室し、開口一番そんなことを口にした。
「とぼけないでください。克也を見れば分かることです。四葉に何かあったのですか?」
「何もありません」
「叔母上!」
達也が大声を上げても真夜は無表情に達也を見上げていた。苛立ちを覚えたが、ここで爆発させるわけにもいかずどうにか抑える。だが抑えるのもいつまで保つか分からない。達也自身がよく分かっている。
達也は何も言わずに真夜を睨み付け、部屋を荒々しく出て行った。
真夜はその恐ろしい睨みにも恐れず気丈に見返し続けていたが、達也が部屋を出て行くと息を吐き出した。
あの睨みに耐えられるのはそうそういないでしょうね。葉山さん、黙っていられるのも時間の問題のようです。
克也はその日、日が昇る前から水波を探していた。犯行現場を中心に半径5kmの範囲をしらみつぶしに捜索していたが、夕方になっても手掛かりは何一つ見つからなかった。
《眼》を使って水波の想子の痕跡を探したが、現場以外には見つけることも出来ず、捜査に早くも行き止まりを感じていた。相手の用意周到さに脱帽だが、それが余計に自分を苛立たせていた。そこまでして水波を狙う意味がわからない。何故水波でなければならないのか想像もできない。
コンビニで買ったアイスコーヒーを片手にベンチに腰掛けていると、知った人から電話がかかってきた。
「...もしもし」
『克也君、何があったのか聞いてもいいかしら?』
「何がですか?」
『達也君から連絡をもらったのよ【克也が可笑しいから話を聞いてやってほしい】って』
弟の気遣いに感謝するべきところだが、今回ばかりは苛立ちしかなかった。
「ありますが今はお話しできません。ところでお願いがあるのですがよろしいですか?」
『面倒なことでなければね』
「渋谷の大型ショッピングモールの想子測定器がハッキングされていなかったか調べてもらえませんか?」
予想外の仕事に?を浮かべているのが電話越しでも分かった。
『…時間帯は?』
「一昨日の朝から夕方にかけてでお願いします」
『わかったわ少し時間をちょうだい』
「もちろんです。それでは」
電子機器を調べることのできる人物が協力してくれるのであれば、捜索がかなり楽になる。だがそれでも他の〈
だが襲撃者の警戒を強めるような大人数を投入するわけにはいかず、少数となるのでどのみち捜索は難航する。他の分家を凌駕するほどの諜報能力を持つ黒羽家といえども、片手の数しか投入できないとなるとかなり時間はかかるだろう。
後手に回るしかないが尻尾を掴み、こちらの動きを知られないためには仕方のないことだ。克也はベンチから立ち上がり、捜索に再び戻り路地裏に消えていった。
達也は真夜の部屋から退出した後、四葉本家にいる使用人や執事に何があったのか聞き出すため脅して回っていたが、誰一人として答える者はいなかった。何かを隠しているのは事実であり、水波と克也関係であるのは疑いようがないことである。
「
「ちょっと考え事をね。新しい研究テーマについて考えていただけだよ。深雪は気にしなくていい」
「それならよいのです。何やら本家が慌ただしく感じるのですが、気のせいですか?」
自室から一歩も出ることのない深雪は、この部屋にいるだけで少なからず本家の空気を嗅ぎ取っていたらしい。普段であれば状況を理解してくれることに喜ぶところだが、事情や体調のことを考えると、今回ばかりは気付いてほしくなかった。
「…大丈夫だよ、深雪の出産が近いからみんな緊張しているだけだろう。深雪は気にせずリラックスしていなさい」
「そうですか。ちなみに克也お兄様はどちらに?ここ2日間、一度もお会いしていないのですが」
今度こそ達也は黙り込んだ。上手い言い訳が簡単に浮かばず、どうしたらいいのか迷ってしまった。
「…克也は〈
「それは知りませんでした」
揺り椅子に腰掛けて穏やかに微笑む深雪に、達也は罪悪感が込み上げてくるのを感じるが気力で押さえ付けた。だが同時に兄に怒りを抱いていた。1人で抱え込もうとするのは、昔から変わらない。正義感が高い故の行動だが、長い付き合いだからこそ許せない事がある。
今日こそ吐いてもらわないと俺の気が済まんな。多少手荒になっても仕方が無い。
達也はいつの間にか寝息を立てている深雪に微笑みながら、心の中では覚悟を決めていた。
今頃ですが克也の容姿は、吸血鬼騎士に登場する