達也との会談の次の日、藤林さんから予想通りの結果が帰ってきた。
「やはりハッキングされていましたか」
『それもかなり高度にね』
「犯人は分かりましたか?」
『数多のルートから同時にハッキングされているから、見つけるのは事実上不可能ね』
藤林さんは本気でがっかりしているようで、いつもの笑顔ではなく声もいくらか低くなっている。〈
「情報の上からではなく、自分達で見つけるべきなのでしょうか」
『情報の上でも現実でも必ず足跡は残るわ。それを1つずつ洗えば出てくるだろうけど』
「効率が悪すぎますね」
『〈十師族〉に報告はしないの?』
「これは四葉家の問題です。他の家を巻き込むわけにはいきません。それに報告すれば、大人数を動かすことになるかもしれませんから。そうなれば、奴等に警戒させることになります」
このことは最低限の人にしか知らせたくないので、四葉家以外に知っている人物は藤林さんだけだ。師匠には知らせてはいないが、あの人のことだから何か掴んでいるかもしれない。そろそろ聞きに行ってもいいかもと思い始める。
『そこまで言うなら祖父にも言わないでおきます。まだ全部の解析が終わったわけじゃないから、何か分かればまた連絡するわ』
「ありがとうございます」
映像電話を切り、リビングのソファーに座って背もたれに身体を預ける。ここ5日間の疲労のせいか眼の奥が鈍く痛み、瞼を強く閉じてしまう。達也は昨夜から始まった深雪の陣痛を心配し、四葉家お抱えの産婦人科に泊まり込んで深雪の側にいる。だから今ここにはいない。
産まれれば喜ぶことができるが、心の底から喜べるか微妙なところだ。次の世代を担う新しい命の誕生に喜びたいが、水波の安全を確認しない限り、本当の意味での祝福を送ることはできない。
達也だって自分の子供が産まれれば、少しの間は水波のことから意識がそれてしまう。それは仕方がない。だが分かっていても忘れないでいてほしいと願ってしまう。
「克也様、緊急のお客様です」
「誰からですか?」
重く深い思考に陥っていると、リーナ専属の使用人であるシルヴィさんから声がかかった。
「北山潮と申されております」
予想だにしない人物からの面会を求める要求に、驚きを隠せない。
「今すぐ応接室に通して下さい」
「畏まりました」
長く仕えている使用人と、それほど変わらない動作で部屋を出て行く女性を見送り、遅れないように自分も応接室に入る。数分後2回しか会ったことがないが、どう見ても普通ではないことが起こったのだと分かるほど、必死な顔をした北山さんが入ってきた。
「克也君、助けてくれ!」
「北山さん、落ち着いて下さい。話してもらわないと判断できません」
「…すまない」
北山さんはシルヴィさんが出した冷えた麦茶を、一気に飲み干し、落ち着きを取り戻してからゆっくり話し始めた。
「雫がさらわれた」
「雫がですか!?」
「雫だけではない。ほのかちゃんも一緒にだ」
「…場所は何処でですか?」
硬質化した俺の声音に腰を砕かせながらも答える。
「…渋谷の大型ショッピングモールだ」
「時間帯は?」
「1時間前だ。警察から少女2人がさらわれ映像解析した結果、その少女が雫とほのかちゃんだと連絡が来た」
渋谷と聞けば、もう手段を選んでいる場合ではない。身内だけでなく友人まで手を出したのだ。容赦などできるはずがない。
「お引き受けします」
「いいのか?」
「無論です。友人がさらわれたとなれば、黙って見過ごすことなどできません」
「克也君、ありがとう!」
「克也様、緊急の連絡です!」
北山さんと固く手を握り合っていると、シルヴィさんが情報端末から耳を離して叫んできた。
「どうしました?」
「先程お話ししていたお二人を偶然にも発見したそうです」
「「何!?」」
まさかのタイミングに驚くが、この上ない情報だ。
「誰が何処でですか?」
「亜夜子様と文弥様からです。確証はありませんが情報によると、お二人と思われる想子波動を発するワゴンが、空き家に入っていくのを発見したそうです」
「今から俺も向かうと2人に伝えて下さい。北山さん、必ず2人を連れて帰ります。しばらくここで待っていてください」
俺は2人の返事を聞かずに応接室を飛び出し、自室に置いている〈
文弥達の居場所は、車に搭載しているカーナビに表示可能なため、シルヴィさんに聞く必要はなかった。
2人が雫とほのかを発見できた理由は、シルヴィさんの魔法を応用して、俺と達也の技量では見抜けない残留想子を感知できる機械を、FLTと共同開発したからだ。念のために知り合い全員のデータをインプットしていたおかげで、今回は発見することができたというわけだ。交通法ギリギリの速度で向かい、15分もかからず2人のいる場所に到着した。
「2人とも準備はいいか?」
「克也兄さん、お二方があの場所にいるのは間違いありません」
「そのようだな2人の存在を感じる。それに水波もいるかもしれない。だが水波の存在も強く感じるが何処にいるかが分からない。水波がいると思われる付近にだけ、認識阻害の結界が張られているようだ」
「克也さん、どうしますか?」
亜夜子の質問は、自分が入れば足手まといにしかならないのを自覚しているが故の質問である。それに対して俺は連れて行くべきではないと思っていた。亜夜子の魔法は諜報向きであり、実戦に適した魔法ではない。こういう場所では本来の実力を発揮できないのだ。
「亜夜子、お前は黒羽家の魔法師とここら一帯を警戒していてくれ。誰かがあの空き家に侵入しないように」
「わかりました」
「文弥、行くぞ」
亜夜子と護衛が、その場を離れて警戒に当たったのを確認後、文弥に声をかけると無言で頷いて俺の後ろを歩いてくる。空き家の前に立つが特に何もおかしな点は見られない。ワゴンが荒れた庭に置いてある以外は。
「克也兄さん、あれがお二人が乗っていたと思われるワゴンです」
俺は振り返らず文弥の言葉を聞いてから、壁に左耳を押し当てながら《壁耳》を発動させる。これは古式魔法の一つで、新婚旅行の前に幹比古から精霊の扱い方を教えてもらったことで、唯一習得できた精霊魔法だ。
1年生の頃の〈九校戦〉で《
風の精霊に力を借りて、微弱な空気の振動を可聴域にまで音量を上げて音声を聞き分ける。それがこの魔法の能力だ。実戦的な魔法ではなく、諜報などの情報収集に有効な魔法と言える。
『まさかこの2人を拉致させるなんてな。ボスは一体何を考えているんだ?』
『知るかよ。だが幹部によると
『それより見ろよこの2人。なかなか上玉だぜ。久々にいいかな?』
『てめぇずりぃぞ。なら俺はこっちのかわいこちゃんをいただこうかな』
男2人の卑猥なやり取りを聞き、怒りが上昇するがなんとか抑える。
「2人はここで間違いないな。文弥、俺の肩に触れて《ダイレクト・ペイン》で中にいる奴らを無力化しろ」
振り返らず命令すると、文弥は不満そうな雰囲気を出さず俺の左肩に左手を置き、流れ込む情報を読み取りながら魔法の照準を合わせ、【固有魔法】《ダイレクト・ペイン》を発動させた。
中から2人分の倒れる音が聞こえると同時に、入り口のドアを《燃焼》で燃滅させて中に入る。
簡素なベッドに寝かされていた雫とほのかを見ると、上半身の衣服を剥がされあられもない姿に成り果てていた。文弥に眼を閉じるように言い、2人の衣服を移動魔法で元通りに戻す。
「達也兄さん、認識阻害の結界は何処に張られていますか?」
「この床下の地下5mから形成された立方体だ」
「立方体ですか?」
「俺の《
文弥はその言葉に驚き、どう動こうか迷っているようだが俺の説明は続く。
「俺の《
「《
聞いたことない魔法名に文弥が首を傾げるので、簡単に説明することにした。
「《
「では〈ジェネレーター〉が張っているということですか?」
「〈ジェネレーター〉のような出来損ないでは何十体いようと使用はおろか、魔法式の構築さえ無理だろう」
「では一体何がこのような魔法を…」
文弥は俺の発言の意味を理解していないようだ。
「俺はさっき〈
「そんな魔法を使える魔法師がいるのですか?」
「使えるのはこの魔法の二次開発者イーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフ只一人」
「…何故新ソ連の〈戦略級魔法師〉の術式がここで使われているんでしょう」
「どこかで繋がりがあったのだろう」
克也は素っ気なく答え、ただ1つ解除できる魔法を足下に向かって発動させた。すると足下から身体をなでるように吹き上げる
「克也兄さん、一体何をしたんですか?」
「魔法を解除した。ただそれだけだ」
「どうやって解除したんですか?」
克也は早く先に進みたかったが、文弥の不安を取り除くことを優先した。
「俺は《
「そんなものを何処で…」
「これは魔法大学の中に保存されている文献の中でも、更に規制のかかった有害文献の中に書かれていたものだ。50年前に考案された未完成の魔法らしい。3年前に文献の整理をしている際に許可を貰って、本家で達也と2人で完成させたんだ」
「何故そんなものが書かれていたのでしょうか」
「当時、新ソ連が強力無比な魔法を開発中だと知った日本の魔法師の1人が、生涯をかけて最強の防御魔法を無効化できる対抗魔法を設計した。50年前はそれほど魔法も今ほど発展していたわけじゃないから、寿命を迎えるまでに完成させられなかったんだろう」
克也と達也は3年をかけて設計途中だった魔法式を製作し、今年の正月に完成させていた。
「どのような効果があるのですか?」
「《
〈
空間を完全に掌握した克也は、着地の際に音も立てず衝撃など自分の身体に何一つ影響はない。呆然としながらこちらを見ている研究者らしき
顔は真っ青で頭には、数多のコードが繋がれたヘットギアらしき物をつけられている。優しくしかし最短スピードで外して破壊する。警告を表す警報が鳴るが、克也の耳には入らず、《
「…水波、お前も…なのか?」
ぼそっと自分の声ではないような声で呟き、よろよろと立ち上がってコードが繋がっている機械に駆け寄り、キーボードを猛烈なスピードでタイピングし、実験データを見つけようとする。だがまたしてもハッキングされデータを盗まれてしまう。そのハッキングにはウイルスが仕込まれていたらしく、その画面一杯にエラーコードが現れる。
克也がうなだれたのは僅かな時間で、水波を抱え開けた穴を上り文弥と合流する。
「克也兄さん、戻って…克也兄さん?」
文弥は克也の腕に抱かれている水波を見て安堵したが、克也の表情を見て異変に気付いた。克也の表情が普通ではないのだ。能面でもポーカーフェイスでもない。本当に感情が消えた表情で立つ克也は何も言わず、移動魔法を雫とほのかにかけて空き家を出て行く。
文弥は根になったように床に張り付いて動かない足を、懸命に動かし克也の後を追った。
次話からシリアスになっていきます。