魔法科高校の劣等生~双子の運命~リメイク版   作:ジーザス

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第90話 感慨

本家に戻って敷居をまたぐが誰も迎えない。それをいいことに克也は水波を抱えて集中治療室に入り、延命治療装置を慣れた手つきで装着する。

 

といっても雀の涙程度にしか役割を果たさないが、2人と真夜・葉山が戻ってくるまで、なんとしてでも命を繋げなければならない。助からないことは既に分かっているが、可能な限りは手を尽くす。それが伴侶としての役割だ。

 

水波の呼吸が安定したのを見届け、雫とほのかの容態も確認しに来客用の寝室に向かう。2人は発見した当時のままの服装で寝かされている。

 

全想の眼(メモリアル・サイト)》で2人を視ると、精神的なダメージはあるが心配するほどではない。シルヴィーに任せてリビングに向かう。リビングではリーナと潮が、心配そうにこちらを見つめていた。

 

「北山さん、本日の所はお帰り下さい。精密検査を受けさせますので2人を預からせていただきます」

「克也君、ありがとう。本当にありがとう。2人とも大丈夫なんだろう?」

「精密検査をしなければはっきりとは言えませんが、今のところは問題ありません」

 

しっかりと頷くと安堵したように長い長い息を吐き出し、白河夫人に連れられ応接室を出て行った。リーナはそれを見送り、ドアを閉めてゆっくりと振り返る。

 

「カツヤ、ミナミはどう?」

 

克也が無言で首を振ると、リーナは悔しそうに唇を噛み締めて俯く。かけるべき言葉が見つからないのだ。ここまで暗く重い表情をして、感情の消え去った人形のような克也を見たくなかった。

 

「カツヤ、ミナミはあとどのくらい保つの?」

「…良くて3日だ。どうすることもできない」

「ミナミは何をされたの?」

「確証はないが水波の衰弱の仕方を見ると、魔法の実験台にされていたんだと思う。水波の周りにだけ強力な認識阻害の結界と《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》が張られていた」

「…なんですって?」

 

リーナはその名称を聞いて驚きを隠さなかった。いや、隠せなかったと言うべきだろう。感情が表情に現れやすいリーナだが、ここまで驚愕することはそうそうない。

 

「何でそんな魔法が…」

「知っていたのか?」

「ええ、USNAにいたとき何回か耳にしたわ。新ソ連にはあらゆる魔法を防ぐ強力な防御魔法が存在するって」

「それが《完全なる立方体(パーフェクト・キューブ)》だ」

「でもなんでそんな魔法が使われていたの?」

「俺にも分からんがイーゴル・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフが魔法式を提供したのだろう。何処かの国または人物を仲介役としてな」

 

そうでもしなければ、日本にその魔法を使える魔法師または使う機械があるわけがない。克也は最後まで言わなかったが、リーナは言わんとすることを理解していた。

 

「リーナ、俺は水波の傍にいるから何かあれば呼んでくれ」

「分かったわ」

 

リーナは克也の背中を悲しそうに見送った。

 

カツヤ、一番悲しいのが貴方だってことは痛いほどわかるわ。でも悲しんでいるのは貴方だけじゃない。ワタシもミユキもタツヤも。そしてマヤ様もハヤマさんもみんながそう。だから1人で抱え込まないで。

 

リーナは自分の左胸を抑える。その行動が意図した結果ではないとは知らずに。

 

 

 

翌日の夕方。達也と深雪が新しい命を腕に抱え、後ろに真夜と葉山を連れて本家に戻ってきた。だが家を出た頃より暗いことに気付く。迎えた克也の表情に、3人は最悪の事態になったのではと思った。

 

「詳しいことは今から話す。準備ができたら会議室へ」

「…ああ」

「…はい」

 

達也と深雪は素直に頷くことしかできなかった。

 

母上(・・)・葉山さん、行きましょう」

 

達也は2人を誘って本家の敷居をまたぎ、中に入って3人も後に続いた。深雪は樹里(じゅり)をシルヴィーに預け、会議室へ向かう。部屋に入るとリーナが克也の後ろに立っていた。まるで克也専属のボディーガードとでも言うかのように。全員が着席すると克也は話し始めた。

 

「昨日の夕方に水波をとある廃屋で発見し、同時に雫とほのかを救出しました」

「何故水波に加えて雫とほのかが同じ場所にいたんだ?」

「水波と同じ場所で拉致されたらしい。そして奴等の会話を聞いて、2人が意図的に拉致されたことも分かった。賊の背後関係は、黒羽家に任しているから気にしなくていい」

 

克也は話し終えると顔を伏せてしまい、リーナを除く3人は水波のことを話さないことに危機感を抱いていた。

 

「克也お兄様、水波ちゃんは?」

 

克也が無言で首を振ると深雪は口を両手で覆い、達也は顔を顰めて真夜と葉山も悲しげに俯いた。深雪は克也の落ち込む理由を全く知らない。だが、克也の様子と他の3人を見て尋常ではないことが起こっていると理解していた。

 

「…克也、水波は治らないのか?俺の《再生》でも」

「無理だ。魔法演算領域が修復不可能なまでに崩れ去っている。生きていられるのが不思議なくらいに」

「そんな…」

 

深雪の悲痛な叫びにリーナも涙を流しそうにしていたが、今泣くべき時ではないと自分に言い聞かせ、無理矢理に涙を押し留める。真夜は違う意味で涙が溢れだしそうになっていた。姉であり克也達の実母と同じ状態であることに、過去の悲しい出来事を思い出してしまったのだ。その真夜を葉山は背中をさすって落ち着かせていた。

 

「克也様!」

「会議中ですぞシルヴィ殿」

「お叱りは後程お受けいたします。克也様、至急集中治療室に。水波様が眼を覚まされました!」

「っ!」

 

克也は報告と同時に会議室を飛び出し、全速力で治療室に向かった。

 

水波!水波!

 

克也はただただ水波の名前を、治療室に着くまで心の中で叫び続けた。

 

「水波!」

「か、克也…様」

 

克也が治療室に飛び込むと水波は弱く苦しそうに。しかし確かに嬉しそうに笑顔を浮かべて、最愛の克也の名前を呼んだ。

 

「水波、大丈夫なのか?」

「身体の自由が…利きません。でも、克也様の…声が聞こえて、克也…様の顔を見れる…だけでもう…十分です」

「まだお前にはあげたいものがある。だから元気になってくれ!」

「もう…たくさんいた…だきました。【調整体】として産まれた…私を…四葉家の方が…保護して…下さい、ました。そして…克也様と結婚、させていた…だき、…愛を…いただきました。…十二分に幸せでした」

「水波…」

 

後ろには先ほどの会議室のメンバーが集まっており、深雪は達也に肩を抱かれ、リーナは自分の腕で身体を押さえつけ、真夜と葉山は毅然とした表情で立っていた。

 

「…しばらく2人にしてくれ」

 

克也は延命装置を外し、水波を抱き上げて治療室の裏口へ向かった。裏口から出た克也は裏山に登っていく。そんな克也をリーナが追いかけようとしたが、達也に肩を捕まれてその手を払いのけることができなかった。そしてそのまま坂を上っていく克也を、蒼穹を思わせる瞳で見つめる。

 

 

 

俺は腕に抱えた水波の体温に触れ、命の灯が消えかけているのを感じていた。そして裏山の中腹にある少し開けた場所に腰を下ろし、遠くに見える街明かりを見下ろす。

 

「綺麗ですね克也様」

「…ああ、そうだな」

 

水波の口調が少し滑らかになったのは、俺が《回復(ヒール)》を使って一時的に補助しているからである。だがいつまでも使うわけにもいかない。使用している間にも水波の精神は魔法の影響を受け、命を確実に削っているのだから。

 

「今だからこそこんな風に美しく見えるんだと思うよ」

「克也様はこれで良かったのですか?」

「どういう意味だい?」

「【調整体】は寿命が短いと知りながら、私と契りを交わして夫婦になったことにです。この子(・・・)を授かったことも」

「俺は愛した人が犯罪者でも善人でも悪人でも愛し続ける。その人が他人からひどい仕打ちを受けても。その人以外が敵になっても俺は守り続けるよ。命が枯れるその時まで。...でも俺は護れなかった。水波もその子(・・・)も。魔法が強くても護りたい命を守れなければ意味がない」

 

俺にとっては水波がすべてだった。少し悩みがあっても疲れていても水波を視界に入れ、この腕に抱いて体温を感じるだけで幸せだった。何があっても水波がいれば乗り越えられると思えた。たとえ達也や深雪と敵対することになっても、味方でいつづけると決意し行動できるほどに。

 

この世界に生まれるはずだった我が子と、顔を合わすことも言葉を交わすこともできない。父親として何もしてやれなかった。

 

「…克也様、お別れですね」

「ああ、だけど永遠の別れにはならないよ。俺の心に魂に、そして水波と関わった全ての人の心に生き続けるからね」

 

俺は左胸を右拳で抑えながら空を見上げる。それにつられて水波もゆっくりと視線を上空に向けて眼を見開いた。

 

「これは…」

流星群(・・・)だ。綺麗だろう?」

「とても…綺麗です。今まで見た中で」

 

俺は《()》を大気圏付近で発動させ、流星群もどきを作り出して水波に見せたのだ。

 

 

 

『いつか2人で本物の流星群を見たいです』

『そうだな。2人だけで見に行こう』

『絶対ですよ?』

『絶対だ』

 

 

 

いつだったか。そんなやりとりを思い出して、俺の頬には夜空に瞬く星々のような光る二筋の道ができていた。

 

「いつまでもお慕いしております…」

 

命の灯が消える瞬間、俺と水波は最後のキスを交わした。唇を離した水波が笑顔を浮かべる。そして瞼をゆっくり閉じ、二度と目覚めることはなかった。俺はしばらく最愛の妻の亡骸を抱きしめた。

 

「水波、本当にありがとう。安らかに眠ってくれ…」

 

水波の身体を腕に抱きながら立ち上がる。

 

「克也お兄…」

 

裏山から下りてきた俺を見て、深雪が問いかけようとする。だが腕に抱かれて力なく揺れる水波を見て、言葉を綴るのをやめた。そのまま横を通り過ぎていく俺を、誰もが何も言えずに眼で追いかけることしかしなかった。

 

 

 

 

 

翌日、水波の葬式が厳かに行われた。四葉関係者の多くが参列し、水波の最後を記憶に記した。その時の克也の表情は、言葉で表せないほど深い悲しみにあふれたものだった。

 

 

 

『克也様。克也兄様。克也様。克也兄様』

 

脳裏に自分の名前を呼ぶ水波の声と顔が浮かぶ。

 

「何で、何でだよ。何で嬉しそうな顔しか浮かばないんだよ…」

 

自室で椅子に力なくもたれながら、ぼそりと呟かれた言葉を聞く者などいない。なのに克也の口からはずっと水波の名前が溢れる。

 

「水波、何で先に逝くんだよ。逝くときは一緒だって決めたのに…」

 

立ち上がろうとし机に手をかけたが、掴めずに視界が不自然に揺れる。自分が倒れたことに気付いたのは、誰かが遠くで誰かが何かを叫んでいる声だった。

 

「み…なみ…」

 

克也の意識は、大切な女性の名前を呟いた次の瞬間に途切れた。




克也と水波が2人きりの場面では、九十年代を代表する某有名アーティストの楽曲LOVE FOREVERをBGMとして流しています。
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