『メカトロニクス・コーポレーション』の社長室兼開発室で中年過ぎの科学者が人間並みの大きさのロボット制作の仕上げにかかっていた。
「プログラム上でバグは見当たらないな。……あとは稼働させてから調整していくか」
そうひとりごちたとたん壁面に取り付けたスピーカーからコール音が鳴った。
『ヴァーミリオン様がお越しになられました。お通しいたしますか?』
「大丈夫だ。マルテにここまで案内させてくれ」
科学者は来客を知らせたAIに案内用のロボットへの指示を命じる。
『かしこまりました。到着は10分後の予定です』
AIの返答を聞いて科学者は仮完成したばかりのロボットから離れ机の手前にある椅子に腰かけた。
休息用のひじ掛けはついてるがそれ以外は一般の椅子と変わらない。国王軍士官御用達の企業トップの椅子にしては貧相だが科学者としてはキャスター付きで座りながら移動できるというのがありがたかった。
それからちょうど10分後ノックの代わりにインターホンが鳴った。科学者は専用の受話器を取る。
『ヴァーミリオン様をお連れしました。お通ししてよろしいでしょうか?』
「ああ今開ける」
案内用ロボット『マルテ』の報告を聞いてすぐ科学者は端末のスイッチを入れた。
その直後部屋のロックは解除され自動的に扉が真横にスライドする。
「よお1週間ぶりだなゲロ。相変わらず社長室っぽくない部屋だな」
「あんたこそ相変わらず元気そうだなヴァーミリオン。ヤッホイ紛争に駆り出されたと聞いて大切な顧客を失いはしないかと心配したが杞憂だったようだ」
マルテの誘導も受けず部屋に入ってきた筋肉質の軍人を見て科学者は意地悪気な笑みを浮かべた。
上述の通り、ここは科学者にして『メカトロニクス・コーポレーション』社長ドクター・ゲロの社長室であり開発室だった。
スペースは広いが十体近くのロボットが直立あるいは寝かされて保管されておりあとはゲロの机とそこまでの通路で5人通れればいい方だろう。
メカトロニクス・コーポレーション
大学院で博士号をたやすく取得して研究機関に所属しロボット工学面において多大な成果を上げたドクター・ゲロが起業したロボット販売会社である。
ドクター・ゲロの会社とあって入社を希望する社員が殺到したが誰一人ゲロの眼鏡にかなう者はおらず今現在も社長のゲロをロボットやAIが補佐しながら運営をしている。
そのメカトロニクス・コーポレーションの個人として最大の顧客が、今社長室を訪れているゲロより10近く年下の王立防衛軍大尉、ヴァーミリオン。ゲロにとって上客であり今では悪友と呼べる青年だ。
「そろそろ会社を拡大したらどうだ。ロボットはここに置いておくとして別の部屋に机を置けばそれらしくなるぞ。スタッフは……お前さんについていける博士がいないなら仕方ないとしても、受付くらい美人さんを雇ってくれ。ロボットより女の子に案内されたい」
「知らん。毎日クラブに通い詰めても有り余るほどの高い手当もらってるんだろう、ボンボンめ。女目当てならそっちをあたれ。それに開発室と社長室を分けても社長室を開けたままにするのがオチだ。あんたのような客にとっても注文したブツがすぐ手に取れるという利点があるだろうに」
ゲロの反論にヴァーミリオンは笑みを浮かべながら肩をすくめる。
「ブツね……軍はともかく俺個人はロボットを注文した覚えがないんだが、そのブツは?」
「ちょっと待っててくれ……」
ヴァーミリオンの催促を受けてゲロは椅子から立ち上がりロボットたちの横を通って壁面に吊り下げてる銃を手に取る。
「軍で使ってるものと変わらないようにしか見えないな。貸してもらっても?」
ヴァーミリオンの頼みをゲロは軽くうなづいて応じ銃を彼に貸した。
途端ヴァーミリオンはゲロに銃口を向けた。
「それなりに値が張りそうなブツだがこいつであんたを撃ち殺しちまえばタダだな。さっきのように何度か忠告したのに社員を雇わないからだ。……悪く思うなよ」
勝ち誇りいやらしく笑うヴァーミリオンに対しゲロは無表情に銃を見つめたままだ。
そんなゲロに向けてヴァーミリオンは容赦なく引き金を引く。
だが引き金を引く音だけがむなしく鳴り、発砲音さえしなかった。空砲だったとしても弾丸のかわりに火薬が発射されゲロは横転するだろう。
ヴァーミリオンは立ったままのゲロと無反応の銃を見比べ唖然とした。
「……すげえ、ホントに登録してない奴は撃てないのかよ」
「フフ、今手掛けてるロボットやAIに比べればこれくらいの細工、小休止の手遊びといったところだ」
ヴァーミリオンが驚いたのは銃が撃てなかったことに対してではない。自分の注文通り持ち主以外はほぼ撃てないという銃を所有するものなら誰でも垂涎の仕様を秘めたID銃に対してだった。
「ある紛争で銃を取り落としちまって、その銃で撃たれて以来自分以外には撃てない魔法の銃があればいいのにってあんたに愚痴ったことがあるが、酒に酔った勢いで言ったジョークのつもりだった。まさか実現しちまうとは…」
「魔法などとそこまで持ち上げてくれるな、うぬぼれてしまう。私にとっては片手間だ。このロボットどもに比べればな」
そういってゲロはロボットたちの方を見る。ID登録がされていない銃はいまだヴァーミリオンには撃てない。
「こいつらが軍に売られれば俺のような軍人はお払い箱だな。……それとも国王に対立するテロリストに売る気かい?」
「幸か不幸かそんな注文は来ていないな。今のところはロボットの需要が来た時に備えるためだ」
「幸か不幸かそんな需要はまだまだ先だな。俺のような筋肉モリモリマッチョマンが戦争に駆り出されたり『天下一武闘会』なんて大会で闘ってる限りはな。今まで通り金持ちが何体か買っていくぐらいだろう」
ゲロの語頭を真似ながらヴァーミリオンはそんな皮肉を言う。
ドクター・ゲロ、そして分野は違えど違う大学院に首席で入学し博士号を取得しゲロと同様に起業したブリーフという科学者の登場によって世界の科学技術は著しく進歩した。
その反面人間たちは科学に頼った生活を送り基礎体力が低下している若者も少なくない。
いずれは人間は力仕事を満足にこなせなくなる。
その時ロボットが人間の手足になる時代が来るはずだ。
そう考えたゲロは以前所属していた機関で得た報酬や退職金、そして今も入ってくる特許料でメカトロニクス・コーポレーションという会社を立ち上げ、注文も来ていないにもかかわらずロボットやそれらを動かすAIを作り続けた。
だがゲロの見通しとは違って人間たちの身体能力の衰えは底を見せることなく、一部の武闘家に至っては手から光線を出したりトリックを使ってるに違いないと確信しているほどの技を見せながら超高速で戦いを繰り広げ大衆を夢中にさせ彼らに続かんと体を鍛える若者も多い。
いままで武闘に全く関心を向けなかったゲロの大きな失敗だった。
経費を回収するために高く見積もらざるを得ない値段設定のせいもあってロボットは鍛錬を嫌う金持ちが護衛用、作業用に買っていくのみで中流以下からの注文は全くない。
起業したばかりのころは軍が試しに購入し、内戦地に投入したがこれまた武闘家上がりの軍人1人に赤子の手をひねるように破壊されたため、それからロボットの注文は全く来なくなった。
幸運にも兵器類も作れるため軍からくる注文は主にそれらだ。
その注文を伝えるための小間使いとしてメカトロニクス・コーポレーションを訪れたのが当時士官学校を卒業したばかりで見習士官に置かれていたヴァーミリオンだった。
ヴァーミリオンはゲロの作る兵器やロボットに強い関心を寄せそれ以来個人的な装備を注文しに来るようになった。階級が低いころはツケも多かったがゲロにとって兵器作りはロボット作成や経営難の気晴らしだったので踏み倒されるのを覚悟で引き受けた。
お互いその縁がここまで、そしてどちらかが死ぬまで続くとは思ってもいなかっただろう。