「…………っ! むっ、ここは!!」
そこは広い研究室だった。廃業したメカトロニクス・コーポレーションの社長室兼開発室に比べればはるかに……。あそこには散乱していたロボットなど一体もいない。
「いつのまにか寝ておったか」
懐かしく、長いようで短い夢だった。
「あれからもう数十年になるか」
東の都近くの島で大盛と会って翌日都経由で会社に戻った後ゲロはヴァーミリオンと連絡を取り社を畳み彼の軍に加わった。
そして銃やバズーカのような小火器だけでなく戦車、武装ヘリ、戦闘機、警報機、基地や敵を罠で陥れるための塔の設計、搭乗して操縦するロボット『バトルジャケット』……
そして人間を改造して強大な力を持たせた『人造人間』を生み出した。人間を改造したのだからロボットと同じ意味の人造人間ではなく『サイボーグ(改造人間)』と呼ぶべきなのだろうが、今まで作っていたロボットと区別するためにあえて人造人間と名付け、番号で呼び特別な名前は付けなかった。
人造人間を生み出して以来政府への恨みとは別に『もっと強いものを造りたい』。そんな欲求に流されて研究を続けている。
自分が外道に堕ちていることは自覚している。そしてそれはヴァーミリオンも同様だ。
ヴァーミリオンが起こした軍は政府に不満を持つ『西部独立実現同盟』のような各地のテロ組織を飲み込み地下で拡大しやがて表舞台に現れ『レッドリボン軍』として国王や政府に戦いを挑んだ。
当然地球を統べる国王や政府の軍との戦いは一筋縄でいかず、失った兵力を補充、拡大するため人質を用いての脅迫や誘拐、武器のマフィアへの横流し、麻薬売買による資金獲得、戦いのためなら手段を選ばないようになった。
軍という性質上兵の士気を上げるため彼らの狼藉も黙認していた。
ゲボはゲロやヴァーミリオンと比べて純粋だったかもしれない。ヴァーミリオンをかばって戦死しなければゲロやヴァーミリオンを諭し軍を正していたかもしれないがそれは望めない。ゲボは最後の良心だったのだ。
内外どちらから見てもレッドリボン軍にはもはや正義はない。『世界最悪の軍隊』、『悪の限りを尽くし正義が大嫌いという最低の軍団』とは言いえて妙だ。
だが悪意が力になる軍隊ではそれが功を奏してレッドリボン軍は国王軍や政府軍と戦っても勝てるほどの軍事力を備えた最強の軍隊となった。
問題は……
「総帥、研究室にはコンピューターがあります。葉巻をお消しください」
「……チッ、私は総帥だぞ。あのジジイが親父の盟友でなければこんな気は使わずに済むものを」
黒人の男の指示を受けて総帥と呼ばれた小男は舌打ちしながら葉巻を男が差し出す携帯灰皿で押し潰す。
「さっさと開けさせろ。ワシは早く葉巻も吸えないこの区画から出たいんだ」
「はっ、はい、少しお待ちを」
小男に急かされ男はインターホンを押す。
『レッド様、ブラック様がお越しになりました。お通ししてよろしいですか?』
「……開けろ」
来客を知らせるAIにゲロが不機嫌にそう命じた途端、ロックは解除され扉が真横にスライドして開く。
扉が開いた途端小男は無遠慮に、黒人の男は一礼してから入ってきた。
「……ようこそレッド総帥。私などのためにわざわざご足労いただき恐縮の極み……」
「そんなことはいい! ドラゴンボールはどこだ! なくしたとでもいうつもりじゃないだろうな!」
ゲロの挨拶を遮り小男――レッドは一気にそうまくしたてる。
「こちらに……」
今のレッドには機嫌を取るよりドラゴンボールと呼ばれる球を見せた方がいいらしい。そう判断して言葉少なめにゲロの机から少し離れた棚の上に置かれてあるドラゴンボールを手で示す。
そうした途端、レッドは慌てて球をひったくった。
ゲロが球を盗む気じゃないかよほど気が気じゃなかったらしい。ゲロを呼び出さず葉巻が吸えない研究棟まで自ら足を運ぶくらいに……1個だけ手中に入れても願いが叶うわけではないという話なのだが。
「ドクター・ゲロ、お疲れ様です。それでレーダーが完成したとお聞きしましたが?」
黒人の男、ブラック補佐が慇懃にゲロにそう尋ねる。
その問いに応じて、ゲロはPC上に表示されてる地図を見せた。
「ええ、ドラゴンボールとやらから照射されてる電波を人工衛星から捉えることで世界中に点在しているこれと同じボールの位置を掴むことができます……大まかにですがな」
ゲロの言う通り地図には7つの球状のポイントが表示されている。そこにドラゴンボールがあるのだ。
「そうか。すぐに各隊を派遣しよう……っで、このレーダーは指令室などにも表示できるようにできるかね?」
よほど研究棟に来たくないらしい。ニコチン依存症め、世界を征服できても運動不足や肺がんで早死にしては元も子もないだろうに。
「そう言われると思ってすでに指令室と繋げてあります。総帥の足をわずわせる必要はございません」
内心は表情だけにとどめゲロは淡々とそう告げる。
現レッドリボン軍のトップ・『総帥』レッド。ヴァーミリオンの息子で戦死した父の跡を継いで軍を統べる『総帥』を名乗ったが、父から受け継いだのは財力と権力だけで惰弱な政府を打倒する志は彼にとって他者を攻撃するただの口実らしい。ヴァーミリオンとの関係から自分ならため口をきいても黙認されるだろうがこの小男を友人とする気はない。
「ありがとうございますドクター。昨年の怪現象や初代王の伝記などからドラゴンボールの存在を突き止めた私の行いなど博士のお働きに比べればほんの些事です。これでレッドリボン軍は政府を倒し、世界を正すことができるでしょう」
ブラックはそうゲロをねぎらうが言葉の端々から自分がドラゴンボールのことを知らせなければレッドリボン軍は世界制圧に王手をかけることができなかったと強調している。
レッドリボン軍の創設者ヴァーミリオン名誉総帥に賛同して軍に入り侮蔑心を隠してレッドに仕え今の大佐や将軍を退けて総帥付きの補佐に上り詰めたその心意気は評価するが。
「では私は新たな人造人間の製造に着手いたし……」
「そのことなんだがなゲロ、君は軍によく尽くしてくれた。ここでしばらく休暇を取ってはどうかね」
さっきから一転してゲロをねぎらうレッドの態度にゲロは首をかしげる。これはまさか……
「人造人間に見切りをつけたのですか?」
ゲロは思わずレッドに詰め寄る。
「……見直しが必要だとは思わんか? 8号の力は素晴らしい。最初は私も奴がレッドリボン最強の兵士になってくれると期待していた。だが実際はどうだ? 銃は撃ちたくない、人を殴るのも嫌だ、ましてや殺したくない。そんなわがままを繰り返すうち牢に入れざるをえなくなったではないか。処分しないだけ我ながら慈悲深いというものだ」
「申し訳ありません。素体となった人間の記憶や感情面での不安定のせいでしょう。AI開発はしておりますが感情の再現は昔からうまくいかなくて」
「だから間を置けと言っておるのだ。今はドラゴンボールの入手が最優先だ。その後で予算を出してやる」
レッドがそう言い捨ててからゲロはブラックの方を見る。だがブラックは黙ったまま首を横に振る。人造人間の開発の凍結は彼も同感のようだ。
「……わかりました。ではお言葉に甘えてしばし暇をいただきます。私の知恵が必要になったらいつでもお声がけを」
「うむうむその時を待ってくれたまえ。ガハハ!」
そう言ってレッドは大股で研究室を出ていく。ブラックもゲロに一礼してからレッドに続いた。
「……俗物め」
レッドがいなくなってからそう罵ったが考えてみれば人造人間開発にどうしても軍からの予算が必要というわけではない。すでに今までの報酬で莫大な資金を蓄えているし軍の各地への攻撃による株価の乱高下でその資金を増やす術もある。そして資金源は軍のほかにも作ってある。
「人造人間を作っていけばいずれ無から作る本物の「人造人間」を作れるようになる。その時は……」
そこでゲロは机に飾ってる写真を見た。ヴァーミリオンをかばって死んだ息子ゲボの写真だ。
「ゲボが蘇るわけではない。私が作るのはゲボと瓜二つの人形だ。……それはわかっているが、息子と同じ姿をした者を側に置きたいと考えるのはおかしいか?」
それだけではない。「なにより強いものを造る」その欲求はゲロの中ですでに抗いがたいものになっていた。
その目的のために作ろうとし匙を投げたがコンピューターに後を任せ今も作られているものが2体いる。
『セル』……武道家の細胞を集めて作った人造人間とは名ばかりの完全有機生物だが完成するのに何十年かかるうえ現代の武道家で最も強いのは武天老師、老師のライバル、そしてその弟桃白白だ。
彼らにも劣る武道家の細胞を集めて人造人間を作っても、その力量は8号にもはるかに劣るだろう。
武天老師たちをはるかに上回る戦士の細胞を集めていけばもしかすればとんでもない怪物が出来上がるかもしれないが……
『??号』……こいつもセル同様武道家の細胞を集めて完成される有機生物だ。だがそのベースは亡き妻から抜き取った細胞が使われている。妻の面影を求めて作ろうとしたのは否めない。だがこの人造人間はめったな偶然がなければ完成しないよう言葉通り凍結させてある。
その大きな要因はある細胞を使ってしまったことにある。
妻の自宅の地下にあった冷凍装置で凍結してあった桃色の粘土にしか見えない物体、だが妻が残した記録によれば凍結が弱まった瞬間その物体からとんでもないエネルギーが発生し、即座に凍結しなおしたとのことだ。そしてその晩妻はある夢を見たそうだ。
『物体Xからエネルギーが観測され急遽それの凍結を強めたその夜私は悪夢を見た。
あの物体Xが怪物となり人々をお菓子に変えたり、都市を爆破したりしてやがて地球を破壊してしまうのだ。
あの怪物はそれでも飽き足らず他の星々をも滅ぼすだろう。
さすがの私もしばらくお菓子が食べられなくなったほどだ。これを読んだ方は馬鹿馬鹿しい、ただの夢だと笑うだろうが私はすでに物体Xがただの粘土もどきじゃないと確信している。あれはとても恐ろしい悪魔の細胞……
物体Xの凍結を解いてはならない。利用しようとしてはならない』
妻は記録にそう強く残し戒めていたがゲロは好奇心にあらがえずつい未知の人造人間に物体Xを移植してしまった。そしてその瞬間妻の記録通りかつてないエネルギーが未完成の人造人間から観測し間もなくその人造人間を凍結し、何十ものロックをかけてレッドリボン軍も知らないとある研究施設の地下に封印した。
もし何かの間違いであれが完成し目覚めてしまったらゲロが予想しうる戦士の細胞を集めたセルをもはるかに上回る悪魔となってしまうだろう。本当に世界や宇宙は無に帰してしまうかもしれない。
だが、それに近いリスクを冒してでも……
「……今に見ていろ。ドラゴンボールが揃おうが揃うまいが私は必ず最強の人造人間を造りレッドたちに代わって軍を統べ世界を支配してやる」
歪んでいる。自覚はしていてももう引き返せなかったし引き返す気はなかった。
レッドリボン軍創設秘話 完