「うむ!君たちの働きに期待する事大である!強欲竜の暴虐に苦しむ同胞をいざ救いに行くとしよう!」
発せられる言葉には覇気が漲り、こちらを見据える瞳には炎のような情熱が宿っている。それだけでわかる、目前の人物は自分のような卑小な凡人とは違う
---止めてくれ。そんな期待の籠った熱い眼差しで見つめないでくれ。語りかけないでくれ。こちとらアンタ達のような国の為だとか誰かの為だなんて大層な理由で戦える立派な人間じゃないんだ。なんで俺みたいな奴が天秤に配属されて、こんなにもすげぇ奴の相棒になったのかまるでわかっていないんだ。
そんな余りにも情けない想いこそがゼファー・コールレインの紛れもない本音であった。そしてゼファーは躊躇うことなくそれを口にする。何故ならばゼファー・コールレインはエスペラント、よほどの問題行動をとらない限りまずクビになるような事はない立場だ。そしてスラム出身のゼファーにしてみれば今の生活は仕事のきつさを抜かせば十二分に満足出来るものだった。むしろこれ以上無駄に出世して更なる責任を背負い込む事こそゼファーにとっては何よりも避けたいもの。ならばこそ上官受けがいい仮面をいちいち被って無駄に評価されてしまうよりも素を出して等身大の自分を見て貰う方が良いのだ。その結果として閑職へと左遷されるというのならばそれはむしろ喜ぶべきこと。意欲溢れる者にとっては牢獄であるそこもゼファー・コールレインにとっては楽園に他ならないのだから。しかし良い具合に自分に対する期待を捨てた副官に比べて肝心の司令官は特に失望の感情を見せる事もなく、相方の自分に対する
「わかっているとも。俺は君たちを過少にも過大にも評価しない。その能力に見合った仕事を与えるつもりだ。改めてよろしく頼むぞ、朧大尉、コールレイン中尉」
そんな言葉と共に与えられた斥候の任務、それをゼファー・コールレインはほとんど完璧な形でこなして見せた。何せゼファー・コールレインが偵察へと赴いた相手は悪名高き強欲竜団。帝国最大の機密であるエスペラントのゼファーが捕まりでもすれば、まず以って人道と条約に則った扱いなどされるはずもなく情報を搾り取る為に生きたままに解剖されるような目に遭うことは目に見えているのだ。ならばこそ追い詰められなければ本気を出せないゼファーも手を抜けようはずもない、何せ星に選ばれた超人などと言っても決して無敵の存在なのではないのだから。それが一万分の一の確率だろうとその一万分の一を運悪く引き当てた場合、ゼファー・コールレインは生きたまま
「こ、これは少将閣下……いったい何の御用でしょうか」
瞬間的に嫌という程その身に叩き込まれた直立不動からの敬礼をゼファーは行う。
「ああ、タツヤで構わんぞゼファー君。今の君は勤務中ではないのだから。階級も権威も衣の上に着るもの。見ての通り君と同様俺も今はオフだからな」
「は、はあ……それじゃあそのタツヤさん、一体何の用ですかね」
アマツの相棒と接した経験からゼファーはこういう事をアマツの人間が言い出した時は素直に乗っかる方がむしろ面倒じゃないことを学習していた。相棒は呼び捨てに拘って結局それに折れたわけだが、目前の人物は自分よりも年齢が上なのもあって流石に呼び捨ては憚られた。
「うむ!親睦を深めるのと同時にこの間の君の働きを労おうと思ってな!どうだ一杯付き合わないか、無論全て私の奢りだ!」
「マジですか!?そういう事ならば喜んで!」
余りにもわかりやすい餌。それにゼファーは余りにもあっさりと飛びついた。それは無論ゼファー・コールレインがただ飯ただ酒を愛して止まない俗物であったからだが、ある種タツヤ・奏・アマツの人徳とも言えただろう。何せいくらただ飯やただ酒が美味いと言っても、席を共にする人間との相性が悪ければそれらは台無しになるのだから。あっさりと誘いに乗った事、それ自体がゼファー本人も無意識の内にある程度タツヤへと心を許していることの証左であった。
「そんなわけでなんつーかですね、俺この仕事向いてないんじゃないかと思っているわけなんですよ。大義の為だとか国の為だとか言われても俺には全然ピンと来ないですし。漣大尉殿のように帝国軍人としての心構えを説いてくる方もいらっしゃって、そういう方々の方が俺なんぞよりも“正しい”事はわかっちゃいるんです。わかっちゃいるんですけど、どうにも俺がそれを実践出来るとは思えなくて……正直この先やっていけるかどうか不安なんですわ」
今までに飲んだ事がないくらいに美味い酒の効果もあったのだろう。気が付けばゼファーは内側にため込んでいたものを滑らかになった喉と舌を使って吐き出していた。そうして吐き出した後に後悔する。何せ今まで天秤の同僚達にこうした愚痴を吐き出せば返ってくるのは、「選ばれしものとしての責任」云々を説くそれが実践できるのならば苦労はしないし悩みもしないという有難いお説教だったのだから。
そして目前の人物はそんなお偉いエリートである同僚達さえも霞む上澄み中の上澄み。アマツの家の次期当主様であり、24という若さで少将の階級を得て20代の内にゾディアックの隊長となる事をも確実視されている本物中の本物なのだから。このような情けない愚痴を零せば返ってくるのは有難い説教に違いなく……
「ふむふむなるほどな……ゼファー君は国や大義とそうした大きいものがいまいちピンと来ないというわけだ」
意外というべきだろう、特に不快な様子を見せる事もなく目前の相手はむしろゼファーの言葉を噛み締めるかのような表情を浮かべていた。
「ええまあ……何せ俺が軍に入ったのはただ生きるためにそうするしかなかったからですしーーー俺みたいなスラムなんて掃き溜めに生まれた塵が真っ当に生きたいと思うなら軍に入る位しかなかったんっすよ」
生まれつき恵まれていたアンタとは違ってと言外にほんの少し含まれた毒に対してもタツヤ・奏・アマツは優しく笑って見せて
「なんだ、ちゃんとあるじゃないか」
「……はい?」
「君が軍に入った理由と戦う理由だよ。君は真っ当に生きるには軍に入る位しかなかったと言った。だが俺も一度スラムを訪れたが、君位の年齢になってもスラムから出ることなく他者から恐喝し奪う事によって生計を立てている人物がいた。君には間違いなく荒事の才能がある、ならば軍に入らずともそういう風に生きる道とてあったのではないかな?」
「そんなのは余りにも先がないし屑みてぇな人生じゃないですか、そりゃ抜け出せる道があるならそっちを選びますよ」
吐き捨てるように告げた後、スラムという掃き溜めに居た頃の記憶を洗い流すかのようにゼファーは酒を一気に飲み干す。
「うむ、つまりは
快活に笑いながらタツヤ・奏・アマツはゼファー・コールレインの背中を力強く叩く。それは若干の痛みを伴うものであったが、同時に暖かな何かをゼファーの心に与えるものでもあった。気が付けばゼファーは自然と笑みを浮かべて
「そう言って貰えると、なんというか気が楽になります。正直少将閣下にこんな事言ったらお説教でもされるんじゃないかと思っていたんですが、なんつーか思っていたよりも話のわかる人で良かったですわ。まあそんなわけでチトセの奴はともかくとして俺には出来るだけ楽な任務を宛がって頂ければと思いますので!」
「うむ!それは無理だな!言っただろう、俺は君を過小評価も過大評価もしない。その能力に見合った任務を与えて働きに相応しい報酬を与えると。君は現在俺が動かせる部下の中でも間違いなく上位に位置するエスペラントだ!そんな人材を楽な任務に宛がえるほど東部戦線とは容易い場所ではない!これからもガンガン働いて貰うぞ!」
「そ、そんなご無体な!」
笑顔と共に告げられた死刑宣告、それにゼファーは大げさなまでにその場に突っ伏す。
「ハッハッハ、まあこうして愚痴位は聞いてやるとも。故に頑張りたまえ」
「ちくしょ~~~とっとと金を溜めてこんな危険な仕事からは足を洗ってやる~~~」
「それもまた良しだ。そんな日が来るまで君は君自身の掲げる理由の為に頑張りたまえ」
気が付けば心の中にたまっていた汚泥のような感情は洗い流され、ほんの少しだけゼファー・コールレインは前向きな気持ちとなるのであった。
・・・
「やれやれこいつは参った。中々どうしてやるじゃないか
言葉の響きだけで言えばともすると弱気に聞こえるものだったかもしれないが、その実どこか楽し気に笑いながらファヴニル・ダインスレイフは敵将を評する。
「采配自体は至ってシンプル。だがそれをやってのける手腕が超一流のそれだ。情報を集めて準備を整え必勝の布陣を整える。そうして油断・慢心なく戦いに臨み勝つべくして勝つ。何一つとして特別な事はない。
そう
少なくともファヴニル・ダインスレイフはそう断ずるーーー客観的に見てそれを出来る者がこの世にどれほど居るのかという
「しかしどういうわけだか、そんな
だが強力であれど決して無敵ではないーーーそんな当然の事実を前の阿呆は認識していなかった。だからこそ、そこを突いてやれたわけだったんだが……いやいや大したもんだ。当人も然ることながら随分と優秀な部下を抱えてやがる。全く以て付け入る隙が見当たらねぇ」
尽くこちらの情報を掻っ攫っていく恐らくは司令官直属と思しき斥候。それはかつて仕留めた
ダインスレイフは酷評したものの彼に殺されたカイト・彰・アマツ中将とて決して愚将というわけではなかった。しかしエスペラントという新時代の超人兵士、それに対して当人自身も極めて高い適性を示した事が結果として仇となった。もはや凡百の兵など歯牙にもかけぬ肉体の強靭さと星辰光という異能が齎す全能感ーーーそれらは彰中将から存在していたはずの慎重さを奪い去った。
「自分は選ばれた超人兵士、最強無敵のエスペラント様だとーーーそんな風に勘違いした阿呆ならどれだけ強かろうと付け入る隙なんぞいくらでもあるんだが……いやいや中々どうして教育が行き届いているもんだ。こっちも本気で嵌め殺すつもりだったってのに、それをああも見事に突破されちゃ流石に笑うしかねぇ」
これまでの似非共とは違う異能と磨き抜いた技術を高い次元で組み合わせたそれはまさしく真の意味で新時代の超人兵士と呼ぶに相応しい。それでいて決して自らの力に溺れる事もなく、ともすると臆病とさえ思えるほどの慎重さと窮地に追い込まれるや否や即座に逃げを打てる判断の早さ、どれもが斥候としては理想的という他ない。ダインスレイフをして必殺を以て臨んだその布陣から見事逃げおおせた件のエスペラントが手塩にかけて育て上げた腹心の一人であることは間違いがなかった。
「それに加えて斥候だけじゃなく、遊撃役と補佐役にそれぞれそんな腹心が居ると来たもんだ」
腹心だけではない。兵士一人一人に至るまでよく鍛えられているし躾けられている。これでは前任者をやった時のようにミツバに吐き出させた金で以てこちらへの内通者を作るというのも一苦労というものだろう。どんな部隊や組織であろうと、ある程度以上の規模になればそうした欲によって目が眩むものが一定数出るのはある種の宿痾である以上、全くいないという事はないだろうがーーーそれでも優秀ではあれど兵士の扱いがぞんざいで不満が絶えず燻っていたカイト・彰・アマツの時よりもはるかに少ない事は間違いなかった。
「我が麗しの英雄を差し置いて帝国最強等と抜かす以上、腑抜けた奴ならば相応の報いをくれてやるつもりだったが……認めようじゃないか、お前は決して
散々に煮え湯を味わせてくれている敵将を称賛しながらどこまでも愉快気に男は笑う。こういう
「そんなお前という英雄を討ち破ったその時にこそ、俺はようやく
隙が無いのならば作ってみせるだけだと狡猾かつ悪辣なる策謀を張り巡らせようとしたその時、ふと強欲竜の中にある思いが浮かぶ。
「しかしまあそんな奴が果たして本当に“アマツの血を引いていない”、そんな
お兄様に愚痴を聞いてもらってちょっと前向きになったゼファーさんを出迎えたもの:本気おじさんによる本気の嵌め殺し陣形
なお見事生還した模様。さすコル!