帝国の内外を震撼させた第37代総統にして稀代の英雄クリストファー・ヴァルゼライドの崩御から一ヶ月、その後任となった人物は何の意外性もない順当な人物であった。ヴァルゼライドの盟友にして太陽神の異名を持ち副総統の任に就いていたタツヤ・奏・アマツ、彼の総統職への就任を軍も政府もそして民衆も総てが受け容れた。何せ彼には積み重ねてきた確たる実績が存在する。前総統クリストファー・ヴァルゼライドの東部時代からの盟友であり、共にアスクレピオスの虐殺を鎮圧してのけた英雄。その上副総統としてヴァルゼライドの覇業を補佐し続け、トドメとばかりにヴァルゼライド本人が常々自分亡き後を任せる人物として指名したとなれば異論を唱える者は絶無とまではいかないにしても圧倒的少数派となる。兎にも角にもクリストファー・ヴァルゼライドという稀代の英傑の余りにも早すぎる死によって生じた巨大すぎる空白、それを埋めてくれる“誰か”を軍事帝国アドラーは求めていたのだ。
「愛する帝国の民よ。私は今この場を以て諸君に誓約する。我が盟友、そして我らアドラーにとって不世出の英傑であった故ヴァルゼライド大総統の意志を継ぐ事を。私、タツヤ・奏・アマツは我らが祖国を全ての敵から守り、真の信義と忠誠を以てこの身に課せられし責務を果たす事を此処に誓約する。
まずは諸君が抱いているであろう一つの懸念を此処で払拭させて貰う。総統の地位をアマツに生まれる者達のみが継承していたかつての時代に逆行させるような愚を私は決して犯さない。私には二人の息子が居るが、ただ私の息子であるという理由で以て我が子らがその地位を継承する事は無い。何故ならば軍事帝国アドラーの総統とは国家とそこに住まう民に尽くすものであるからだ。私が斃れた時この王冠を継承する者、それは諸君らの信認を得た者でなくてはならないのだ。
私はヴァルゼライド大総統に遠く及ばない。彼は不遇の生まれを跳ね除けて自らの実力によってこの国の頂点に立ち、未来を拓いた。私がこの地位に就けたのは私一人の力によるものではない。私がアマツという生まれながらに恵まれた存在であったが故だ。ならばこそどうか至らぬ私に諸君の力を貸して欲しい。クリストファー・ヴァルゼライドという偉大なる英傑の死を共に乗り越えよう!未来を
新総統号令の下各地の
クリストファー・ヴァルゼライドという稀代の英雄によって生じた空白をタツヤ・奏・アマツは見事埋めたのだと国民に対して巧妙に見せかけたのだ。
「やれやれ、ようやくなんとか一心地って感じだな」
「ああ、これも偏にお前の尽力あってこそだ。感謝しているぞアル」
久方ぶりに帰還した自らの屋敷の一室、そこでこの国で二番目に偉い存在から一番目に偉い存在へと
「全くクリスも大概だったがお前もお前で人使いが荒いよな。いきなり大将に昇進させられて権限諸々増やされても困るぜ本当に」
「仕方がないだろう。クリストファー・ヴァルゼライドという英雄の喪失はこの国にとってとてつもない痛手だった。俺一人でそれを埋めるなど到底不可能である以上優秀で信頼のおける者達の権限を拡大させて共に対処へと当たって貰うのは当然だろう?」
タツヤが総統の座へと就任した直後にやった事、それはアオイ・漣・アマツ中将とアルバート・ロデオン中将の両名の大将への昇進とその権限の拡大だった。タツヤ・奏・アマツがクリストファー・ヴァルゼライドの埋めた穴を塞ぐ、それはヴァルゼライド自身もこの世を去る前に決めていた事だ。
だがそうなってくれば問題となるのはタツヤが副総統時代に行っていた仕事を誰が引き受けるのかという点である。タツヤがそのまま引き受けるなどというのはとてもではないが現実問題として不可能だった。何せヴァルゼライドという男は怠惰とは無縁の勤勉でこの国の誰よりも精力的に働いていた男であり、そんな男の跡を引き継ぐとなれば天才などと称されるタツヤとてそれで精一杯である。故に代わりとなってくれる者が必要だったのだ。
「てっきりギルベルトの奴でも充てるかと思っていたんだがなぁ……」
「それは現実問題として不可能というものだ。今アイツを東部から引き抜くわけにはいかないからな。それにもしも可能だったとしても俺はギルの奴をそのまま副総統にする気はなかったよ。今アイツをNO2にしたら俺が副総統としてこなしていた仕事を完璧に引き継いで見せてしまうだろうからな」
「?それのどこが問題なんだ……いや、そうかそれじゃ不味いのか。お前がやろうとしている事を考えたら」
一瞬疑問符を浮かべたものすぐさま理解を示した盟友の姿、それにタツヤは微笑を零す。
「ああ、そうだとも。第二太陽を掌握するという博打に俺達は失敗した。エスペラント技術はほどなく流出し出してこの黄金時代は終わる。ならばこそやらねばならぬだろう、この国を軍事帝国から文治国家へと落ち着ける事をな」
「俺達武官じゃなくて文官の連中が主導権を握る国にか……必要な事ではあるが反発は必至だろうな」
「だからこそこのタイミングなんだ。クリストファー・ヴァルゼライドという偉大なる英雄の死によって生じた空白を埋めるためという方便が効くな」
浮かべる微笑それは常日頃浮かべる快活なものとは違うものだった。端的に言ってアンタルヤの十氏族辺りでも浮かべる
「もちろんそんな一気にはやらないさ。既にクリスによってこの国は一度生まれ変わり5年程かけてようやく足場も固まって来た。10年かけてそれをやって、さらにもう10年かけて制度を定着させて国を固める。そうすれば俺も晴れてお役御免だ。情勢がよっぽど切迫しているような状況でもない限りは60までには引退して次の世代に後を任せるさ。いつまでも権力の座に居座って若い世代に老害呼ばわりされるのは勘弁願いたいし、そもそもいつまでも
「
「ああ、そうさ。ろくでもない事を考え続けないといけない仕事だよ。友人の死をどうすれば一番有効に利用できるかなんて考えたり、こうやって友人と酒を飲み交わす事にさえそれの齎す政治的な意味なんてものをいちいち考えるような……な」
総統に就任するや否やタツヤ・奏・アマツはクリストファー・ヴァルゼライドの権威化を行いだした。帝都を始めとする帝国の主要都市の広場にヴァルゼライドの銅像が立てられ始めた。クリストファー・ヴァルゼライドという男が築き上げた伝説を物語とした演劇が主要な劇団によって催された。ヴァルゼライドを讃える歌が作られた。詩が作られた。そしてそれらを行ったのは当然の事ながら親友を悼んだが故ではない。ヴァルゼライドという男がそうした自らの権威化を行うような事を好まない男だったという事はタツヤは良く知っている。それこそ当人が今タツヤのやっている事を知ったらなんとも言えないしかめっ面を浮かべるだろうと。それがわかりながらもタツヤがそうしたのは総て政治的な理由に基づくものだ。つまりは盟友の死を
今こうしてアルバートと酒を飲み交わしているのは無論互いに腹を割って話し合う事で友誼を深める為だが、それだけが理由ではない。
「アマツの生まれである俺が疑心を抱かれないためにはクリスを権威化して俺はその盟友として跡を託されたのだと喧伝する事が
そうして浮かべたタツヤの笑み、それはアルバートが初めて見る表情だった。それは自らを嗤う自嘲の笑みだった。
「あーその、なんだ。茶化す気は毛頭ないけどよ、少し考えすぎじゃねぇか?俺だって今日お前の誘いに乗ったにはこうして美味い酒にタダでありつけるからという
「そんな事は無いさ。お前は親友だよ、アル。クリスやギルの奴と同じくな。出会えて良かったと心の底から思っている。だからこそそんな親友と酒を飲み交わす時にまでそういう計算をしてしまう自分が時折嫌になるのさ。だがまあそうだな……単なる利害や計算を越えた何かがあるのなら確かにそれで十分だな」
そうして二人はお互い一気に酒を呷り、空になったグラスにお互い酒を注ぎ合う。
「正直意外だったぜ、お前さんがそんな弱音みたいな事を漏らすなんてよ。まあこれまで散々俺の方が励まされてきたわけだし、こうして聞く側に回れたのは本望っちゃ本望なんだが……やっぱりそんだけキツイって事か?総統の地位は?」
「ああ、よくよく実感させられたよ。俺がどれだけクリスの奴に頼り切っていたのかをな」
偉大なる英雄の補佐を務めるだけで良かった副総統時代と自分が国を導かなければならなくなった今とを比較してタツヤはしみじみとした様子で呟く。
「副総統時代、俺はクリスと意見が対立した時は必ずクリスの決断に従うようになっていた。まあクリスの奴は当然狭量とは程遠い男だから誠意を以て理を説けば基本的には聞いてくれたんだが、それでもたまに頑として譲らない時があった。そうした時は俺が折れるのが常だった。当然だな、クリスが総統なのに対して俺は副総統、トップとその補佐を務めるNO2の意見が対立した時どちらが折れるかは指揮系統の観点から明らかだ」
勿論それは
「だがこうして“聖戦”が失敗に終わってアイツが逝ってしまった今思うよ、俺はそういう正しい理屈を
タツヤ・奏・アマツとて当然全能ではない。失敗して辛酸を味わった経験とていくらでもある。そしてその度にそこから速やかに再起し、学び成長を遂げて来たからこそ今がある。
一流とは失敗をしないものではなく失敗してもそこから速やかに立て直す事が出来、更にその失敗から学ぶことが出来る者だと定義するのであれば彼は紛れもない超一流だ。
そんな彼をして此処までの大失敗は今までにない経験だった。結果的に見ればそれはヴァルゼライドがカグツチに破れるという当初想定していた最悪よりははるかにマシな両雄の相討ちという結果で以て終わったと言える。
しかし、それで片付けるのは余りにも結果論が過ぎるというものだろう。何せ戦いがアレほどの規模になる事も、そもそも必要な犠牲として切り捨てた存在であるゼファー・コールレインがカグツチと雌雄を決する事になるのもまるで想定していなかった事なのだから。
「……確かにな。“アイツならどんな敵が相手だろうと必ず勝つ”ーーー信頼と言えば聞こえは良いがそれがただの思考停止や職務放棄だと糾弾されたら返す言葉もねぇ。たった一人の決戦存在に総てを託すなんて丁半博打、そんなもの
苦い表情を浮かべながらアルバートは盟友の言葉を首肯する。彼もまた一流かどうかを論ずるのであれば超一流の存在。自らの失敗を直視するだけの器も、その失敗から学ぶ度量も当然持ち合わせている。
「とはいえ、だからといってあの時の判断はみんな間違っていたかと言えばそりゃ違うと思うぜ。何せクリスの頑固さと来たら筋金入りだ。それこそその場で俺とお前が斬り捨てられて終わった可能性だって十分にあったわけだからな。
そうなりゃこの国にとってはそれこそ大損害も良いところだ。アイツが逝っちまったこの状況でお前さんの代わりが務まる奴なんてそれこそいないんだからな」
「どうかな?自分の能力には相応の自負があるがそれでも俺が居なかったとしても案外なんとかしたのではないかなどと思えもするが」
「おいおい、自分を過小評価するなと散々俺に言ってきた奴が何言ってんだよ。そりゃ居ないなら居ないなりに居る奴らがなんとかするだろうさ。だけどお前が居るのと居ないのとじゃ大違いだろうが。クリスの奴の穴を埋めるのにお前以上の適任は居やしねぇよ」
アルバート・ロデオンから見てタツヤ・奏・アマツという男はとんでもなく
この一ヶ月エスペラントでなければ確実に過労で死んでいるような殺人的な業務量をこなしてきたアルバートにとってみれば目前の男が居なかった場合など想像もしたくないし、それは漣と朧の両名ーーーいや、この国を愛する多くの者の共通認識というものだろう。
「お前さんは良くやってるよ。なんたって
そう目前の男はあの頭が良いのにとんでもなく馬鹿な男を見事説得して見せたのだ。それだけでギルベルト・ハーヴェスという男の事を良く知る者達程畏敬の念を抱かずにはいられないだろ。
「……そうだな。俺は
「そういうこった。俺も精一杯手伝うからお互い頑張るとしようぜ。それこそが一足先に逝っちまいやがった
そうして両者は快活な笑みを浮かべて再びグラスをぶつけ合う。
「頼りにしているぞ、親友」
「任せておけよ、親友」
自分はきっと生涯クリストファー・ヴァルゼライドという英雄に及ばない。
されど及ばないなりに尽力して行けばいい、それこそが自分の務めなのだからと第38代総統は再び決意を固めるのであった。
そりゃあのヴァルゼライド閣下の後任を務めるとなったらプレッシャー位感じるよね。人間だもの。
お兄様は仕事をプライベートに持ち込まないというか持ち込みたくないタイプ。
兄として夫として父としての見得もあって仕事上の愚痴だとか弱音を基本家庭では喋ったりしない。なので当人たちの意志を尊重はするけどぶっちゃけ子ども達には公職にはそんなに付いて欲しくないし重責を知るが故に総統職を譲る気はさらさらない(公職についたら部下として扱わないといけない=身内びいきととられない為通常よりもむしろスパルタで接しないといけなくなるので)