人間には向き不向きがある。誰もが想い人の兄のような歴史に名を刻む英雄となれるわけではない。
そうした理屈をアシュレイ・ホライゾンは弁えているつもりだった。
「この1年君の適性を色々と見させて貰った。その上で結論から言おう、君には軍人としての適性が、いや国というものの要職に就く素養が決定的に欠けている。それが私の下した結論だ」
だがそれが真実
「……理由を、教えて頂けますか」
衝撃と絶望によって停止していた頭を再起動させて、やっとの事で言葉を絞り出しアシュレイは義兄と呼べる日を夢見ていた目前の人物へと問いかける。
「確かに荒事方面の素質がないことは自分自身痛感しています。それは
覚えが悪い。察しが悪い。どうしようもなく素直過ぎて悪辣さが欠けている。端的に言って才能がない。生涯を剣に捧げてようやくタツヤ様の足下に届くかどうかーーー等と師であるクロウ・ムラサメは自らに言っていた。実際自分の剣は師に遠く及ばない。生涯懸けてもきっと師の領域に至れないだろうという事はわかるし、それだけならまだしもその他の軍事分野での成績が散々だったことの自覚はある。
だが、しかし
「勿論それが、この
軍事帝国という名が示す通りアドラーという国には武を尊ぶ気風が存在し、軍務経験の有無が与える影響は大きい。元々他国人である自分が現総統の妹にして名家の長女である想い人への婿入りを認めて貰う為にそちらの適性がからきしというのがどれ程痛い事なのかもアッシュは重々承知しているつもりだ。
「ですが、それでも国に必要な人材とは軍事に卓越した者だけではないはずです。そしてそれ以外の分野に関してでしたら相応に出来た自信があります。勿論総統にまで上り詰めたタツヤさんから見れば未熟極まりないだろうという事を理解していますが」
だが当然の話だが国を動かす為に必要な力というのは武力だけではない。むしろ旧暦に於いて社会が成熟するにつれて
「そうだな、君は軍事という分野に関してはからきしでも、それ以外の分野については相応に優秀だ。この調子で驕らず学び続ける事が出来るならばきっと一角の人物になる事が出来るだろう」
「なら、どうしてーーー!」
「それは君が他者を犠牲にする事に対して強い痛みを覚えてしまう人種だからだよ、アシュレイ君。人間としては素晴らしい美徳だが、だからこそアドラーという大国で要職に就くにはどうしようもなく不向きだ」
予想もしていなかった回答にアッシュは閉口する。告げられた言葉にはこちらを嘲弄する色は全くなく、むしろアシュレイ・ホライゾンという男の未来を真実慮っている誠実さが込められていた。
「一人一人に思いを巡らせていたら、国家というものは回らない。国という巨大なものを運営する立場となれば必然的に何を犠牲にするのか、何を捨てるのか選ばなければならない局面が訪れる。そして上に立つ者にはそうした時に何を切り捨てるのか決断を迫られることになる、これはわかるだろう?」
告げられていく言葉をアシュレイはただ黙って聞く。
「そしてそれを為すには手腕と同時に精神性が重要となってくる。そして君にはそちらの方への適性がほとんどない。何故なら君はとても誠実で優しい人間だからだ。無論、
もっともアシュレイ・ホライゾンという男の持つ器がタツヤ・奏・アマツの見立てをはるかに上回っていたらこの限りではないだろう。心に痛みを覚えながらも、それでもそれに擦り切れる事無く優しさを持ったまま成長できればそれこそ自分が頼みとするアルバートのようにとて成れるかもしれない。だがそれはアシュレイ・ホライゾンという男の未来を考えるならば完全なる博打なのだ。
「無論、君がどうしてもそれを目指すと言うのなら俺も止めはしない。だが、推奨は出来ないな。何よりも自分と結ばれる為にそんな風になった君を見てもナギサは喜ばんだろうからな」
「だけど、それでも彼女と結ばれる為だったら俺は……!」
たとえそれが自分にとっては無理をすることになるものだとしたとしても好きな少女と結ばれる為ならやるしかないのだと
「ーーーと、ここまでが軍事帝国アドラー総統としての君に対する評価となる。その上でナギサの兄として言わせてもらおう、アシュレイ君。妹の事をよろしく頼む。二人で仲良く幸せにな」
「ーーーえ?」
猛る己の反応を予期したかのように告げられた言葉は完全に予想だにしていなかったものであるが故に喜ぶ前にアッシュは呆気に取られる。
「ど、どうして……」
「どうしても何も俺はこの1年でナギサの相手として相応しいかを見定めさせて貰うとは言ったがそれは国の要職に就ける資質があるかどうかとイコールというわけではないからな。まあ君にもナギサにもそう思うように仕向けたから無理からぬ事ではあるが」
未だ一人前には程遠い若造相手に人生の酸いも甘いも
「勿論そうしたのは殊更君達をイジメる為ではない。たとえ公的な役職に就かなかったとしてもナギサは奏家の息女であり、軍事帝国アドラー第38代総統であるこの私の妹だ。その時点でどうしても市井の民と同じように等というわけにはいかなくなる。ナギサと共に人生を歩もうとする者も同様だ。
だからこそ最低限の事は学んで貰わないとならなかった。恵まれた者が無知である事はそれだけで罪だからな。俺達がこうして豊かな暮らしを送るにあたって
自らが恵まれた者である事への自覚、それは自分達のような存在が最低限持たなければならないものだとタツヤは思っている。故に妹を何も知らない箱入り娘のままで居させるつもりもないし、義弟となる相手も同様だ。現実の過酷さを知った上で理想を唱えるのと、それらを知らない世間知らずが綺麗事を吐くのとでは同じ言葉でもそこに宿る重みは全く変わるのだから。
「だが、だからといって先ほど語った論理を必ず呑み込む必要があるというわけではない。いやむしろ
だが、
そう、それこそがクリストファー・ヴァルゼライドという男が成し遂げた偉業だ。それはアマツであるタツヤでは決して出来ない事だった。ヴァルゼライドというスラム出身の男が総統に就いたからこそ、この国はアマツという血統によって支配する体制からの転換を成し遂げることは出来たのだ。だからこそタツヤはクリストファー・ヴァルゼライドという男を深く尊敬し、そして感謝している。ありがとう友よ、俺が妹や我が子の自由意志を尊重する優しい兄や父で居られるのはお前のおかげだーーーと。
「無論貴種として、恵まれた者として果たさなければならない社会的責任というものが俺達にはある。だからこそ俺は自らが
告げられた言葉、そこには今話をしている目前の人物が紛れもない当代の偉人である事をアッシュへと実感させるだけの重みが込められていた。
「だが何も社会や国に貢献する方法というのはそういうやり方ばかりじゃない。タツヤ・奏・アマツだからこそ出来る事があるように、君にも、アシュレイ・ホライゾンだからこそ出来るやり方で笑顔に出来る人が大勢いるはずだ。それを、妹共々見つけなさい。それがこの1年君という男を見定めさせて貰って俺が出した結論だ。ああ、だからと言って油断してはいけないぞ。君もナギサもまだまだ学び続けないとならんことは無数にあるのだからな」
多分、男が男に惚れるというのはきっとこういう事を言うのだろうーーーそんな想いをアシュレイは抱いた。心の底からその器に敬服して、目の前の人のように成りたいとアシュレイは強く思う。
強くて優しくて高潔で他者を思いやれる立派な人物に。そんな思いを強く抱きながらアシュレイ・ホライゾンは溢れんばかりの敬意と感謝を抱きながら頭を下げて己が想いを伝えるのだ。
「ありがとうございますタツヤさん……!俺、頑張ります!彼女に相応しく在れるように……!貴方の弟として相応しく在れるように……!」
まだ人生経験ほとんどない15歳位の若造が34という若さで大国の指導者になった傑物と接したらそりゃ圧倒されるし魅了もされるよねという話。
数百年も生きると多分「戦うのは嫌なのか?本当はパンを焼きたいと?ああ、実に素敵な夢じゃないか。二人で仲良く頑張りたまえ」とか「お前本当は騙されているんじゃないか?怨恨深い相手に我々もよくやる手でな。相手の恩人になってしまうんだよ」と言ったりする立派なさわやかクソ野郎になる。