どういった改訂かというと明確に実況形式がそこで終わった事がわかるようにしました。
「……というわけで軍事帝国アドラーはカンタベリー聖教皇国の聖地プラーガの領有、これを認めると共にかの地を脅かすアンタルヤ商業連合の撃退に助力する事となった。ハーヴェス中将とヴィクトリア中将の両名はこれを前提として動いて貰いたい」
星辰体を用いた試作型の超長距離通信機*1によって東部戦線を統べる両名に伝えられるのはこの国の最高指導者からの指示。それはこれまでの戦略方針を大きく転換するものに他ならなかった。
「歴戦である両中将に対しては釈迦に説法というものだと思うが、本作戦の実行に於いては初動が最も重要だ。商国側が混乱している内に出来るだけ打撃を与えて貰いたい」
アンタルヤ商業連合の上層部は無能とは対極に位置する。彼らは大国であるアンタルヤに於いて抜きんでるだけの政治力、そして総合力を有している。されどそんな彼らでもアンタルヤという国の体制が持つ構造的な問題ばかりはどうしようもない。アンタルヤという国は商業連合という国の名前が示す通り連合国家だ。すなわちアンタルヤという国の総意を決定するに際して各国を統べる十氏族間の利害のすり合わせを行う必要が出てくる。それ故情勢が急変した際に各氏族の足並みがどうしたとて揃わなくなるのだ。
最良の統治者という人類史に於いても極々稀な存在が出現した時は合議制ではなく君主制こそが最大の効力を発揮する。そして軍事帝国アドラーは類稀な幸運によってそんな最良の統治者を戴く状況であったーーー無論そんな存在は極稀にしか出現しない故に情勢が落ち着き次第凡庸な者でも運用できるシステムを構築するのが英雄より跡を託された者の務めだが。
「特に反帝国の急先鋒である
強欲竜団、それは商国に於いては英雄と讃えられ、帝国に於いては忌み嫌われる
すなわちーーー“帝国滅ぶべし”。軍事帝国アドラーによって故郷を奪われた者が数多く在籍するかの団は帝国軍に流血を強いれるならどんな依頼でも構わない、
その戦果だけを見れば商国側が喧伝しているように祖国を守る勇猛果敢なる英雄傭兵団ーーーと言えるのかもしれないが、帝国に於いて強欲竜団が忌み嫌われているのは表で喧伝されているのとは異なる裏の事情が存在するからだ。
彼らは勝利のためなら、否、帝国に痛手を与える為なら人倫を無視してあらゆる悪逆に手を染める。
将校暗殺や軍事拠点への破壊工作は当たり前。
街を炎の海に沈めることすら躊躇わずにやってのけ、軍属だろうと市井の者であろうとも区別無く手に掛ける。更には彼らを捕らえ、薬物と後催眠によって生きた爆弾に変えるなど、重ねた悪行は数知れず。
しかし、それらはあくまで強欲竜団が抱える裏の部隊が実行している事。祖国を守る為、勇猛果敢に侵略者へと立ち向かう英雄達を他ならぬ侵略者達が非難したところで商国の民衆がそれを信じるのかという話である。
華々しき栄光の陰でうず高く屍を積み上げる、ある意味で軍事帝国アドラーという国を極端にカリカチュアしたと言える集団、それが強欲竜団なのだ。帝国の誇る名将にして東部の双璧ギルベルト・ハーヴェスとヴァネッサ・ヴィクトリアの手を焼かせる怨敵であった。
「そして商国側の注意が東部に割かれている間に朧大将率いる
今回の作戦に於いて戦局が大きく動く事になる東部戦線はある意味大規模な陽動だ。帝国側の真の狙い、それは旧暦に於いてイタリアと呼ばれた地域、これを獲得する事にある。
何故か、それはかの地こそがアンタルヤ商業連合の要石とでも呼ぶべき要衝の一つに他ならないからだ。アンタルヤ商業連合は十氏族と呼ばれる豪商一族が商業的な結びつきの活性化、そして軍事帝国アドラーという外敵への対処の為に結びついた連合国家だ。
そしてその各氏族の商業的な結びつきを維持しているものこそが鉄道による陸路だけではない地中海を用いた海運に他ならない。そして古代のローマ帝国がそうであったようにイタリア半島はこの地中海交易の要衝だ。これをアドラーが獲得する事が出来ればそれはアンタルヤの地中海支配に楔をうがち、なおかつ国家に莫大な利益を齎すそれに帝国もまた一枚噛めるようになるというわけだ。
「こちらの下準備は既に
そして連合国家という事は当然ながら一枚岩というわけでは決してない。強欲竜団のように帝国許すまじと吠える反帝国の者もいれば、中には帝国とやり合う等と馬鹿らしいと言わんばかりに一族の安泰と引き換えに恭順しようとする者も当然出てくる。
基より帝国はヴァルゼライドが総統へと就任したこの5年で急速に領土を拡大させた。そして領土を拡大させる間にも文官達は新体制の基礎を固めなければならないのだ。旧弊を改めてより公正な体制を作るーーー言葉にすれば余りにも簡単なものだが、これを実現するとなれば当然ながら不断の努力を要する。
人材の育成も、今いる人間の意識の改革も、一朝一夕でなるものではないのだから。当然のように帝国の中枢である
指導者層をそのまま吸収できる形の併合が帝国にとって最善と言えるものなのは間違いない。そのお膳立てを整えた
ーーー国を守らんが為に戦おうとする者達を生贄にして、国を売り渡すが如きその行為にタツヤ
帝国に仇なす者には鞭を与え、恭順を示すものには飴を与えてやり、帝国に抗うよりも従った方が得なのだと知らしめなければならない。統治の要諦とは即ち飴と鞭の適切な使い分けなのだから。そこに個人の好悪を差し挟む余地などない。
国の為とあらば
「故に繰り返しになるが両名には派手にやって商国側の注意を東部に引きつけて貰いたい。そしてファヴニル・ダインスレイフの討伐、これを二人にはお願いしたい。商国の人間は利に敏い。反帝国の急先鋒であるダインスレイフを討ち取る事が出来れば抗戦継続を断念して、交渉によってーーーいや、この表現は適切ではないな。ダインスレイフを討ち取らない事にはそもそも商国と交渉による決着を図ったところで無意味と言った方が正しいな。たとえ交渉によって決着したとしても奴がそれに大人しく従うはずもない。再び戦端を開くべくあらゆる手を使ってくるのは目に見えているからな」
ファヴニル・ダインスレイフは帝国に損害を与える為ならば手段を選ばない。それは何も前述した直接帝国に打撃を与える行為だけではない。彼は一体どこで学んだのかその卓越した話術によって商国内で民衆を扇動しているのだ。
帝国に奪われたものを思い出せ。奪われたものを奪い返すのだ。それはお前達の正当なる権利なのだーーーと。帝国が作った火種に嬉々として着火して帝国そのものを焼き尽くす大火にせんと。
仮に帝国と商国が停戦に至ったとしても帝国軍に偽装して商国の村落を焼くなり、あるいは商国の正規軍に偽装して帝国の村落を焼くなりの事を平然とやってのけるだろう。
「以上が帝国の今後の方針、及び両名への命令となる。何か質問は?」
「
「肯定だ。極端な例になるが、商国の保有する正規軍の全軍を撃滅する好機を逸するのと引き換えになったとしてもダインスレイフを仕留める方をこそ優先して貰いたい」
それは
「
ファヴニル・ダインスレイフという男はその位の事をしてでも討ち取っておくべき存在だと。むしろ今通信機越しに話している相手がダインスレイフを少々厄介な破壊魔程度に侮っているようであれば、実際に手を焼かされ続けている人間として嗜めねばならないと考えていたが故に。
ーーーやっぱり大したもんだな、この人は
ヴァネッサの胸に去来するのはそんな畏敬の念だった。
基より拡大路線からの転向に対して好意的であったヴァネッサには方針転換への異論もない。聖教国のプラーガの領有を認めて支持するという手には流石に驚かされたものの、よくよく考えてみれば存外悪い手ではない事もわかる。何せプラーガは極東黄金教の聖地なのだから。仮に帝国がもぎ取ったとしても聖教国が聖地奪還のための何らかのリアクションを起こす事もあちこちに存在する極東黄金教の信徒達からの反発を喰らう事も目に見えている。ならばいっそ聖教国にくれてやって商国を共通の敵に仕立て上げて戦略的優位を作り上げ、
そして驚嘆すべきはその手を思いついた事ではない。その妙手を実現するところまでこぎつけたその手腕だ。決して少なくない反発や異論も噴出したはずだ。様々な思惑が渦巻いているのが組織であり、国というものなのだから。実際プロイシア攻めに於いて結果として聖教国と総代騎士グレンファルトの名を成さしめる結果に終わった事に対して決して少なくない不満が噴出したと聞く。しかしその上で目前の相手は良い意味でそれらを意に介す事無く速やかに態勢を立て直して次の手を打って来た。凡夫には決して出来ない事であり、そのような傑物が祖国の指導者を務めているというのは僥倖と呼ぶべきだろう。
ーーー等とヴァネッサ・ヴィクトリアはタツヤ・奏・アマツの命令に対して極めて好意的な反応を示した。
「ハーヴェス中将の方はどうかな?」
故に残る問題は東部の2大巨頭のもう一人、第六東部征進部隊
「
そちらも抜かりはない。何せギルベルト・ハーヴェスは既にタツヤ・奏・アマツが総統に就任した直後に激突し、タツヤこそが崇敬する英雄の跡を継ぐ者と認めているのだから。無論タツヤの命令がどう考えても道理に合わない、錯乱したとしか思えないようなものであれば理由の説明を求め、真実錯乱していた場合諫めもするだろうが下された命令には確かな道理が存在するのだから。
プロイシア攻めの中断による講和も同様だ。確かにギルベルトが今尚崇敬して止まぬ鋼の英雄ならば決定的な勝利をもぎ取るまで攻勢を続けただろう。だがタツヤ・奏・アマツはクリストファー・ヴァルゼライドではないのだ。ヴァルゼライドならば決定的な勝利をもぎ取るまで突き進んだ。だがタツヤ・奏・アマツは自分が敗れた場合の事を考えて退く事を選んだと要はそれだけの話。ギルベルト好みなのは無論ヴァルゼライドの方だが、その辺りの理屈を理解できない程にギルベルトは愚鈍ではない。
そんなタツヤにこそギルベルトは敗れたのだから。ならば至らぬ敗者として自分は輝ける勝者である誇るべき親友をかつて敬愛する英雄を相手にしたのと同様に全力で支えるのみ。それこそがギルベルト・ハーヴェスの奉ずる世界の在り方であり“正義”なのだから。
「では両名の健闘に期待するーーーと此処までが今回の作戦についての話だ。ハーヴェス中将いや、
つまり此処からされるのは正規の命令ではない、裏の頼み事。親友が自らを愛称で呼んだ意図を即座に汲み取り、されるであろう頼みごとの候補が瞬時にその明晰な頭脳にいくつも浮かんでくる。
「ギル、これから先お前には出来るだけ俺に対する批判的な意見を言うようにして貰いたい。ヴァルゼライド閣下に比べて現総統閣下は聊かに弱腰過ぎるーーーとまあそんな感じでな」
「なるほど、つまりは閣下を崇敬する余り君に不満を抱く層、あるいは閣下を錦の御旗とする事で君を追い落とさんとしている層が暴発しないようにその手綱を握る役目を私は担えば良いという事かな?」
「ああ、その通りだ。理解が早くて助かるよ、流石はギルだ」
タツヤ・奏・アマツは民意というものは風のようなものだと考えている。逆風を浴び続ければ当然国と言う船を目的地にまでたどり着かせる事は出来ない。さりとて風というものは容易にその流れを変えるものだ。風の赴くままにして舵取りを放棄すれば流されるがままとなり、目的地にたどり着く事は出来ない。
現状若干の逆風が吹き始めているがこれに関してはタツヤは然程心配はしていない。何故ならばタツヤ・奏・アマツは自らの足場をしっかりと固めているからだ。聖戦によりヴァルゼライドがカグツチと相討ちになる場合とて当然想定していた以上、それに備えた引継ぎの準備をヴァルゼライドもタツヤも当然のように整えていた。多少逆風が吹いた程度で揺らぐ程にタツヤ・奏・アマツが築いた足場は弱くない。
加えて言えばその逆風とてあくまで一時的な物だ。ヴァルゼライドの余りにも鮮烈で輝かしい栄光を知るが故にタツヤの齎す光が物足りなく思えるにしても、現実としてタツヤ・奏・アマツは悪政を敷いているわけではない。かつての黄金時代には及ばないにしても、十二分に豊かで安定した生活を送れていて、更に停戦に至った事で戦地に赴いた家族が帰ってくればその不満はあっさりと霧散するだろう。大多数の普通の人間とは、
ならばこそ多少の逆風程度にタツヤ・奏・アマツは動じない。民とは
「これはお前だからこそ頼める事だ。残された
国という巨大なものを動かす指導者には必ずその方針に反発を覚える層が生まれる。これはどれほど傑出した指導者であろうと例外ではない。政治というのは限られたリソースをどう配分するかを決めるものである以上、それは必然だ。そうした反発を強権的にねじ伏せてばかりいてはやがて暴発されるが定め。ならばこそ最初から指導者が信頼する者を反対勢力の首魁に据えてしまえば良い。後は適切なタイミングで時には相手に花を持たせる等の
「有難い言葉だ。その信頼、決して裏切らぬように努めるとも」
「ヴィクトリア中将もそのつもりで居て欲しい。今後ギルには殊更俺に批判的な態度を取って貰う事になるが、それはあくまで
「……了解です。ハーヴェス中将はあくまで総統閣下の命令で閣下に批判的な態度を取っているだけで根っこの部分でお二人はツーカーという事ですね。ま、その上で私は私の仕事を続けさせて貰いますけどね」
駐屯部隊隊長であるヴァネッサの仕事、それには征圧部隊隊長の暴走を防ぐある種のお目付け役の役割も含まれている。つまりはギルベルト・ハーヴェスという男を同僚として信用すれど信頼はせずこれからも警戒心を保ち続けるという発言だったのだが、それを聞いたギルベルトは不愉快になるどころが笑みを浮かべて
「ああ、無論だともヴィクトリア殿。今後も何かと苦労をかけると思うがよろしく頼む。この愚かな男が馬鹿をしでかさぬようにしっかりと見張っておいてくれたまえ」
「見張られる張本人が言う事か……本当にお前は」
ヴァネッサ・ヴィクトリアはしみじみと思う。本当によくもまあこんな男と20年以上も親友を続けているものだと。
ーーーやっぱりこの人もあの人に跡を託されただけあってまともに見えて根っこの部分ではきっと頭のネジがいくつか吹き飛んでいるんだろうな
そんな無礼極まりない想いさえ、通信機越しに居る先ほどまで絶賛していた上官に対して浮かびながらも、そんな存在が敵ではなく味方に居てくれる事に心底安堵するのであった。
アッシュは過去編で本気おじさんの事を英雄と讃えていて、アッシュの性格上強欲竜団のやっている事を総て承知の上で本気おじさんを英雄と呼ぶとは思えないので強欲竜団は表向きは商国を守る勇猛果敢なる英雄傭兵団という風に喧伝されているのだと思います。多分表には出せない裏工作をやる部隊は上層部を含む一部だけが知っている感じで別に存在しているのでしょう。
お兄様は国と民を愛していますが期待はしていません。だからこそ理想の指導者足り得ます。ただしこれは民衆を侮蔑する事と紙一重の危ういバランスで成り立っているものなので数百年も為政者やっていたら立派な神祖の同類になると思います。多分神祖も最初の数百年位は真面目に哲人王やろうと頑張っていたのでしょう。