「ククク……ハハハアーハハハハハハハハハハハハ」
何が愉快なのか、青年にとっては甚だ不本意な事に現状自身と幼馴染にとってある種の教育係*1と呼べる存在は満身創痍と言って良いだけの傷を負いながらもどこまでも楽し気に笑う。
「いやいや参った参った。これがお前たちの
どこまでもどこまでも愉快気に強欲竜団の首魁にして反帝国のカリスマたる強欲竜は笑う───今、この瞬間もその身には激痛が走り続けているだろうにそんなものは関係ないと言わんばかりに。
そしてそれは即ちこの東部戦線に於いてアドラーの最大目標が未達成で終わった事を示していた。
「というわけでだ、お前達には感謝するぜ。
だが、そんな審判者の想定を上回る者が彼の傍にいた。それこそが現在強欲竜が
しかしそんな事を知る由もない帝国から見れば彼らは強欲竜が手塩にかけて育て上げている腹心としか思えない。当然の如く今回の強欲竜団掃討作戦に於いて帝国軍から熱烈な歓迎を受ける事となってしまったわけだ。だが皮肉な事にそれこそが強欲竜の命を繋いだ。ヴァネッサ・ヴィクトリアという帝国に於いても有数の実力者との交戦で窮地に立たされたラグナ・ニーズホッグは死力を振り絞り、
「……別にアンタの為にやったわけじゃないさ。俺達は俺達でこんなところで死ぬわけにはいかないから必死だった、それだけだ」
そうラグナ・ニーズホッグは必死だった。ダインスレイフのところへと来る前にも当然リベラ―ティの下で相応の訓練を積んだが、それでも彼にとっても無我夢中だった怨敵との交戦を除けばこれが初の実戦と言って良い。そんな初陣でヴァネッサ・ヴィクトリア程の使い手とやり合う事になったのだ。余裕など全くなく、今日だけで一体どれだけ戦う前の自らの限界を突破したのかなどもはや覚えていない。───ほんの少しでも歯車が狂っていればそれこそラグナもミサキも、そしてダインスレイフも今この場には居なかっただろう。
「おいおい駄目だろうがニーズホッグ、そこは嘘でも良いから適当な事言って俺に恩を売っておくところだぜ?」
「……言葉を少し繕った程度で恩に感じるような殊勝な性格なのかよ、アンタは」
「いいや、全然」
「じゃあ繕ったところで意味ないだろうが」
「カーハハハハハ、そりゃそうだ! なんだ俺の事をよくわかっているじゃねぇか!!」
上機嫌に笑うダインスレイフを他所にラグナは少し前の死闘を振り返る。死闘と言ってもそれはあくまでラグナにとってに過ぎない。ヴァネッサ・ヴィクトリアが積み重ねた
───だけど通じた。俺の力はあのゾディアックの隊長にも通じたんだ。
大陸最強と名高き帝国軍。その中でも東部戦線の二大巨頭ギルベルト・ハーヴェスとヴァネッサ・ヴィクトリアの両名の名声は商国にまで伝わっている。そんな相手と完全な劣勢だったとは言えど何とか渡り合えたという事実、そして自分が確かに成長して自らの目的に近づいたという実感───それが自然とラグナを昂揚させる。
「どうだ、それこそが本気の力って奴だ。強くなったという実感はたまらんだろう? お前は見所があるぜニーズホッグ、その調子で行けばお前はどこまでも強くなれるはずだ。人間勇気と夢さえあれば大抵の事は何とかなるもんだからなぁ!」
「その体現者こそがこの間亡くなったアドラーの総統閣下───だろう? もう聞き飽きたっての」
軍事帝国アドラー第37代総統クリストファー・ヴァルゼライドの名前はラグナも当然聞き及んでいる。もっとも聖教国に居たところに耳に入るそれは当然悪名の類であったが、とにもかくにも凄まじい人物だった事はラグナとて知っている。
───何せ流石に反帝国の旗頭という立場上表立っては言わないものの、ラグナのように帝国への隔意が薄いものに対してはその凄まじさを事あるごとにダインスレイフ自身が吹聴しているのだから。
「ミサキ、どうした? さっきの戦闘でどこか負傷でもしたのか?」
いつも溌剌としている大切な幼馴染、それが先ほどから全く会話に混ざろうともしていない事に気づき声をかける。
「え、あ、うん大丈夫。その辺は……別に何ともないんだ」
「その辺はって……それ以外に何か心配事でもあるのか?」
「えっと……それは……」
言うべきかどうか迷っているのだろう、ラグナからの問いかけにミサキはらしくもなく俯いた様子を見せる。
「言ってくれよ、俺達が目指すのは笑顔の明日へとたどり着く事なんだから。強くなる事ばかりに夢中になって相方の悩みに寄り添ってやることも出来なかった───なんて本末転倒な事はしたくないんだ」
「ラグナ……うん、わかった。それじゃあ言わせて貰うね」
ラグナの真摯な瞳に心を揺り動かされたのだろう、ミサキは感動した表情を浮かべ───ダインスレイフは自分の性に合わない若者たちの青春模様にどこか白けた顔を浮かべている。
「あのさラグナ、私たちのやろうとしている事って本当に正しいのかな?」
「───え?」
相棒から告げられた思いがけない言葉、それにラグナは常にない動揺を見せる。
「今日私達とやり合っていた帝国の人達、みんな必死だったよね。みんながみんな国の為、戦友の為に、民の為にって必死だった。そしてそんな人達を私たちはこの手で殺した」
「それは……」
「勿論、そうしなければ私たちが殺されていた。だからそれが仕方がない事だっていうのは、わかっているつもりだよ。でもさそれを本当に
「…………」
民間人と軍人の違いはあれど人の死を、自らの手で確かにその人の事を大切に想うであろう人が居た
「勿論
「ミサキ……」
ミサキの問いかけにラグナは答えられない。神祖は滅ぼさなければならないとラグナもミサキも確信している。それは単純な復讐心だけではなく「それこそが自分達の役目なのだ」と心の底から湧き上がるある種の使命感のようなものが為さしめるものだ。それを果たす為にこそ本来争い事になど関わって来なかった二人は今こうして牙を磨いているのだから。
だがその為に無関係の人間を巻き込むのは決して正しくなどはないのだ。しかしそうして巻き込む誰かを想い憤激をその身に抑え込めばそれこそ怨敵の思う壺に他ならず───という堂々巡りだ。ラグナ自身未だ答えが見つかっていない問いだからこそ相棒の悩みを晴らしてやることが出来ないのだ。
「何が正しいのか? やれやれ、随分とまあ
そしてそんな若者達の悩みが強欲竜にとっては心底理解出来ず不思議でならない。何故ならば彼は悩み振り返る事などせずに前進し続ける光に焦がれた亡者、特級の破綻者であるが故に。
「良いか、人間いいや生物ってのはこの世に生まれ落ちた瞬間から戦っているんだよ───どういうわけだかこんな当たり前の事を忘れちまった屑がこの世には溢れているけどな」
心底侮蔑して吐き捨てるかのようにダインスレイフは告げた後、どこか真剣な面持ちで以てラグナ達を見据える。
「その点お前らは大分見所がある、だからこそらしくもなくマジな忠告をしておく。そんな
俺がいい例だろう? 別段俺は商国がどうなろうと知った事じゃない、俺はあの日焦がれた背中に追いつく為にただ本気で走って来ただけだ。だってのにそんな俺が今じゃ商国を守る護国の盾、英雄様と来たもんだ! ───つまり、正しさなんてのは
本気を出せば結果が出る。結果を出せば外野はそれだけで黙る。黙らねぇ奴とはどっちの方が本気なのかぶつかり合って確かめれば良い。それだけの事だろうがよ」
真実ダインスレイフにとってはそれで終わりなのだろう。彼は自らが為してきた悪行や非道への後ろめたさを一切覚えてはいない。
「アンタの言っている事は極論だ。自分は結果を出しているんだから正しいなんて済ませたら、それこそ
そしてそれこそがラグナ・ニーズホッグがこの男にある程度の敬意を抱きながらも師と認めたくない理由であった。
そう、ノリは違えど根本的なところで目前の男は自分達が憎む怨敵と同じなのだ。“結果”を錦の御旗にして過程で出した犠牲の事など根本的なところでまるで省みず居直る恥知らず。そんな存在に成ってはいけないとラグナ・ニーズホッグもミサキ・クジョウも強く思う、思うからこそ彼らは惑うのだ。
「かもしれねぇなぁ。だが、お前さん達がやろうとしている事はそんな風にうだうだ迷っている暇がある程ちょろい事なのか?」
「……ッ!」
痛いところを突かれたのだろう、ダインスレイフからの問いかけにラグナは押し黙る。
「俺は真実本気で駆け抜けて此処まで来た。そんな俺の本気でさえ未だに
話と小休止はそれで終わりなのだろう、ダインスレイフは再びその場から立ち上がる。
「いやはや
ダインスレイフは今回の戦いで手勢の多くを失った。それがトカゲの尻尾に過ぎなかろうとそれでも
───だから一体どうした。やると決めたらやるんだよ
だがそんな程度でファヴニル・ダインスレイフの意志は聊かの蔭りも見せない。焦がれた英雄の背中に追いつく事、それこそが彼にとっての文字通り総てなのだから。
「……」
「……」
そんな男へと続きながらダインスレイフ程に簡単に割り切れない二人は己が胸へと問いかける。果たして本当にそれしかないのか───と。
未だ神の治世へと終わりを告げる鐘の音は遠く、邪竜は惑いながらもその牙を研ぎ澄ませるのであった。
ラグミサもきっと神祖滅殺に踏み切る前には相応の迷いがあったのでしょう。踏み切ってからは迷っていたらそこを神祖にまず間違いなく突かれるので意図的に考えないようにしていたのでしょう、きっと。