「そうか、ダインスレイフは仕留め損なったか……」
東部に於ける強欲竜団の掃討作戦、それは団自体には相応の打撃こそ与えたが肝心要のダインスレイフは仕留め損なうという結果で終わった。ギルベルトとヴァネッサ両名の陳謝を通信機越しに受けたタツヤは一瞬浮かんだ落胆の気持ちを即座に呑み込む。
「残念だが致し方あるまい、今回は一先ず強欲竜団そのものに相応の打撃を与えたという事で良しとしよう―――幸いセントローマの南半分の切り取りには無事成功したしな。大局的に見れば紛れもない我らアドラーの大勝だ」
そう、画竜点睛を欠く結果にこそなったもののアンタルヤ商業連合と軍事帝国アドラーの国対国の戦争と見れば今回の一件はアドラーの側の完勝なのだ。反帝国の急先鋒である強欲竜団は大打撃を受けて商国の勢力は軒並みプラーガより撤退。プラーガの領有は事前の取り決めにより聖教国に帰する事となっているためこれだけならばアドラーが得た益は薄いところだが、東部を大規模な陽動としての
「総てがこちらの思惑通りに進むとは早々いかぬものだしな。一先ず警戒態勢を維持したままプラーガを獲得した聖教国側の責任者との友好に務めていて貰いたい。---そう遠くない内にまた竜退治に二人の力を借りる事となるだろうからその時はよろしく頼む」
「「
「ではこれにて今回の通信を終了とする。両名ともご苦労だった。作戦に関わった兵達にも十分な休息と褒賞を与えてやってくれ」
そうしてタツヤは思考を整理すべく一度深く息を吐きだして
「漣大将、ロデオン大将、聞いての通りだ。残念ながら邪竜の討伐には失敗した。ならばこそ
そう、世界というのは常に最善の結果ばかりを掴み取れる程には甘くない。だからこそ当然今回の掃討作戦でダインスレイフを討ち逃した時の手とて用意しておくのは当然の事。
「商国との
「ダインスレイフの奴は当然そうはさせないと妨害してくるでしょうな」
「ああ、当然だな。奴にはそれが出来るだけの力が備わっている」
何せアンタルヤ商業連合は軍事帝国アドラーに散々煮え湯を吞まされたのだ。こちらはもう十分領土を獲得した。だからこれ以上の争いは無益だから今後は仲良くしましょう―――等と言われてもいくら商国の人間が情よりも利を重んじる傾向があるとは言え早々頷けるようなものではない。
「だがそれでも戦争というのは何時の時代も金食い虫だ。利を重んじる商国の人間からすれば最低限こちらがそれを提示すれば聞く用意自体はあるはずだ。商国を統べる十氏族の方々が本領を発揮する場所は本来
そう民衆レベルではアドラーへの隔意と敵意が商国では燻っている。だがしかし国という大きな人の集まりの中では当然多種多様な意見が存在するものだ。そしてアンタルヤ商業連合は連合国家、利害の一致を下に結びついた寄り合い所帯である以上その食い違いの大きさは三大国の中でも随一。すなわちアドラーから和平の提示というアクションが為された時、意見の統一に至るまでの内部の摩擦も聖教国や帝国の比ではないという事だ*1。
「ファヴニル・ダインスレイフは決して武力だけが取り柄の男ではない。民衆を扇動する力も十氏族へのコネクションも持っている。商国内の意見が二分されるような状況下で自身の望む方へと意志統一をさせる事、それ自体は難しくないだろう」
それだけの事を軍事帝国アドラーはアンタルヤ商業連合へとしてきた。帝国にとってファヴニル・ダインスレイフは極めて危険で非道な破壊魔だが、商国に於いては侵略者から祖国を守り続けて来た“英雄”なのだから。
「だがそれは決して
もしも軍事帝国アドラーに於いてクリストファー・ヴァルゼライドの後継足り得る者がなく、その玉座が空白のままの状態であればこのような手は打てなかっただろう。和平案を提示するという事は即ち故クリストファー・ヴァルゼライド大総統が行っていた拡大方針からの転換を意味するのだから。故大総統の御遺志を継ぐべきだという反発の声を説き伏せてそちらへと舵を切る事はよほど大きな状況の変化*2が無ければ困難であったはずだ。
だが帝国内部でのそちらの交渉と調整は
「そしてその間にこちらも今度こそ奴を仕留める為の準備を整えるーーー総統である
それまで抵抗なく聞いていた両名であったが、己が上官にしてこの国の頂点に現在立つ人物の自らを餌とするという言葉を聞いた瞬間にしかめっ面を浮かべる。
「閣下、その件に関して何ですがやっぱり考え直して頂けないでしょうか?作戦としては筋が通っているとは思いますが、それでもやっぱり万が一が起こった時のリスクがデカすぎる」
「閣下、これについては私もまたロデオン大将と同意見です。大総統閣下亡き後帝国最強と名高い
信頼する腹心二人からの忠言、それを受けて第38代総統は苦笑を浮かべる。
「それについては何度も言ったはずだ。今作戦は私自らが出てこそ意味があると。ダインスレイフとて馬鹿ではない、奴に不利を承知で決戦を挑ませるためにはそのリスクを補って余りあるだけのリターンがあると思わせる必要がある。現実問題として今後商国側でも次々にエスペラントが出現してくる以上敵地へと深入りして戦線を肥大化させる事は避けたい。欲深だが狡猾な竜に巣穴から出る事を決意させるには残念ながら私以外に餌の役は務まらんよ」
「ですが……」
「それに此処で私が出陣してダインスレイフを討つことが出来ればそれは政治的効果も大きい。ハーヴェス中将には反対勢力のとりまとめ役を頼んでいるからな、その中将が手を焼いていたダインスレイフを私も出陣して共同で討ち取るーーーどうだ、
「ですがプロイシアを攻める時もそうでした。それこそが最善だと総統閣下は主張されて、我らも納得して制止しなかった。結果、一歩間違えれば最悪の展開にも成り得た。それを思えばやはり容易には賛同しかねます」
一歩間違えれば不興を買いかねない苦言もアルバート・ロデオンは容赦なく行う。
「痛いところを突いてくるなロデオン大将。だが貴官も理解しているとは思うがプロイシアを攻めた時とは状況が異なる。あの時私は戦いを焦っていた。聖教国が動く前に早急にプロイシアを落とさなければならないと巧遅さではなく拙速を選んだ。未だプロイシアにはエスペラントは存在しないという誤断もあった。結果私は自らの守りを薄くしてしまいそこを総代騎士殿にはまんまと狙われたわけだ」
タツヤ・奏・アマツは決して全知でも全能でもない。ならばこそ当然のようにミスもある。タツヤが非凡なところはそんな自らの失敗を真摯に受け止めてそれをしっかり糧として自らの成長に繋げる事にこそある。故に当然プロイシア攻めにおける自身の失敗もまた既に己が糧としている。
「だが今回は違う。帝国最強である
当然だが絶対の安全等と言うものはこの世にはないし、タツヤ・奏・アマツに死んでほしくない人間と同様に死んでほしい人間がこの世に山ほどいる。軍事帝国アドラーの最高指導者であるタツヤには常に暗殺の危険が付きまとっている。当然相応の警備は敷かれているがそれでも流石にこれほどまでに豪勢な面子を常時護衛の任に張り付かせる事は出来ない。そういう意味でタツヤの言葉は多少盛ったところはあれど、そこまで大きく的を外したものではないだろう。
「……わかりました。どうにも閣下の御判断が正しいようです」
少なくとも自身の身の安全をきちんと考慮に入れている事、それを確認できた事でアルバート・ロデオンは嘆息しながら矛を収める。
「理解してくれたようで何よりだ。この後行われる最高会議の内容によっては撤回や修正も起こり得るが基本的にはこの方針で動くつもりだ。二人ともそのつもりで頼む」
「「
事前の打ち合わせとすり合わせ、それを行い終えた事でアルバート・ロデオンとアオイ・漣・アマツの二人は一時的にその場を跡にする。そうして両名が退席した後タツヤは一度深く息を吐きだした後烈火の如き意志をその目に宿してこの場には居ない
「ファヴニル・ダインスレイフ……アドラーへと仇為す魔剣よ。貴様が望んだとおりアドラーの総力を以て応じてやろう。勝つのは俺達だ」
かつて英雄とその戦友である太陽神から歯牙にもかけられていなかったトカゲはついに此処までに成りおおせた。
英雄と肩を並べて歩みその跡を継いだ後継者と英雄の背中を目指して駆け抜け続けた男、その激突の日は近い。
最高権力者が個人を本気でつぶしに行くという事はまあこういう事なんですね(戦う条件を整えるこそが重要な以上当然圧倒的に優位な状況を作り上げる、その上でワンチャンそれを食い破れるかどうかの乾坤一擲に賭けるしかない状況にする。通常だとワンチャンすらないのでワンチャンがあるだけで十分凄くはある)
おっちゃんとアオイちゃんを筆頭とした高官達はハラハラ。
ジェイスさんはうおおおおおお絶対に総統閣下を守って見せるぜーーーって燃えている。
糞眼鏡は「それでこそタツヤ・奏・アマツだ!」ってニッコリしている。
姐さんは「あークソ、あたしがしくったせいで要らん博打をあの人にさせる事になっちまった」って悔しそうにしている。