第38代総統「誠意とは言葉ではなく金額」
主人公はプライベートモードと総統モードでこれ位の落差があります。
アンタルヤとの戦争が終わるとアンタルヤにて君臨する十氏族、その多くがアドラーとの関係の修復、今後の友好関係を求めてこぞってアドラーの首都を訪問するようになった。
「我らリベラーティは貴方方アドラーとの友好を望んでおります」
十氏族の一つリベラーティもその一つであった。それ自体は何らおかしなことはない、海運業に力を注ぐリベラーティにとってみればイタリア半島を手中に収めたアドラーは目の上のたん瘤であると同時に有力な取引相手にもなり得る存在。商魂たくましいアンタルヤの十氏族が打って変わって友好と取引を望む事は必然と言える。
当主であるブリアック・リベラーティ直々の訪問というのも事の重大性を考えれば何もおかしなことはなかっただろう。
「どうかこれは我らの貴国に対する誠意としてお受け取り下さい」
しかし提示された余りにもアドラーに有利な取引内容には流石に疑念を抱かざるを得なかった。何せ相手はこうした交渉が本領の十氏族なのだ。帝国が持つ最強の軍事力という強力極まる外交カードを思えば相応の譲歩をせざるを得ないだろう。しかし当主ブリアック・リベラーティが取った行動は初手からの全面降伏。リベラーティの側の利益は赤字にならなければ、否、最悪の場合は赤字になる事さえも覚悟といった有様の破格の条件の提示であった。好条件の提示は当然望ましいものだが、それが破格と言えるレベルのものとなれば裏の理由を勘ぐりたくなるのが人間の性。訝しむ総統とその側近の空気を察したブリアックは苦笑しながら
「と言いましても、商人である我らが何故このような赤字覚悟の条件を進んで提示するのかと当然のように疑問をお抱きでしょう。誠意を示すための条件で疑念を抱かれては本末転倒というもの。
そうして恭しく一礼を施すとブリアックは彼らリベラーティの思惑を語り始めた。
「現在我らリベラーティはアンタルヤ商業連合国に於いて十氏族として確固たる勢力を築いております。そしてご存じのようにカンタベリー聖教国とも長年に渡る友好関係がございます。そんな我らにとっての最大の脅威、それは失礼ながらあなた方アドラーに他なりません。そう、我々は恐れているのですよ。貴方方が停戦条約を破り、再びその領土的野心を満たすべく動き出すのではないかと。グランセニックやミツバに向いていた矛先が今度は我らリベラーティに向けられるのではないかと」
前置きの通り、ブリアックの言葉は公的な場で他国の指導者へとぶつけるものとしては余りにも直截過ぎるものであった。しかし別段動じる事もまた止める事もなくアドラー側はブリアックの言葉へと耳を傾ける。
「なればこそのこの破格の条件の提示なのです。我らリベラーティが貴国にとって利を齎す存在で在りつづければ貴国としてもそうそう我らを切り捨てる事は出来なくなる。何せ軍というのは動かすのにとにかく金がかかりますからな。ましてここまであからさまにあなた方帝国に
ブリアックの語る言葉は筋道が通ったものだった。帝国に本拠地を侵攻されて奪われたミツバとグランセニックの衰退は当然のように著しく、今や商国に君臨する十氏族も事実上八氏族に近い有様。帝国を敵に回した結果がその有様で、かつて血統派時代に用いられていた一部高官と名家への心のこもった
「さて長々と語らせていただきましたが如何でしょうか?我らリベラーティは安全という利を貴国から買わせていただき、貴国もまた莫大な富が転がり込む事となる。双方に損のない取引と自負しておりますが返答は如何に?」
跳ね除けるわけがないというブリアックの確信は裏切られる事無く、アドラーとリベラーティの双方に利のある友好関係は滞りなく成立するのであった。
・・・
「というわけで帝国との友好の締結は上手い事成功したわ。これから2年間、私達リベラーティはカンタベリーだけじゃなくてアドラーに対しても媚びて媚びて媚びまくる。彼らにとって私たちが切り捨てるには惜しい隣人となるためにね」
当主である祖父から齎された朗報、それをセシルはすぐさま神祖滅殺の切り札足る二人へと伝える。
「2年……か」
「ええ、それが勝負を賭けるベストタイミング。時間をかければかけるほど奴らが抱える手駒は強力になっていく、エスペラントはもはや帝国だけの専売特許ではなくなったんだから。何よりもそのタイミングでこちらが本当の意味で腹の内をアドラーに明かさないと、そもそもアドラーがこちらに協力してくれなくなるかもしれない大きな不安要素があるもの」
セシルたちの怨敵である神祖はカンタベリーという国そのものを手中に収めている。最大の脅威である帝国が大人しくなったとなれば、彼らは心置きなく帝国に割いていた警戒と牽制というリソースを国内を固めるために使い始めるだろう。そうなってしまえばおしまいだ、リベラーティも商国に君臨する十氏族として相応の戦力と手駒を抱えているが、それでも三大国の一角であるカンタベリー聖教国と真っ向からぶつかり合って勝てるはずもなし。あまりにも順当かつ無惨な結末が齎される事となるだろう。
「不安要素?」
「政略結婚よ。現総統には双子の男子が二人いて双方共に8歳。2年後には社交界にデビューする。そうなれば抜け目のないアイツらの事だもの、両国の友好の証とかなんとか白々しくほざきながらあの手この手でカンタベリー貴族の娘とくっつけようとするに決まっているわ。その為の手駒には事欠かないんだからあの国は」
単純な国土の広さを比較すればカンタベリーのそれはアドラーとアンタルヤに及ばない。抱えている常備軍も七個軍団と規模でいえば十個軍団を抱える両国に劣っている。そんなカンタベリーが何故三大国等と称される両国と並ぶ大国として扱われているかと言えば、それはひとえに宗教的権威、そして政略結婚を用いた諸国の上流階級との結び付きを利用した巧みな立ち回りに他ならない。あの抜け目のない狡猾な連中が現総統の息子という絶好の相手を狙わないはずがない、それがリベラーティの認識であった。
「当然の事だけどアドラーの総統はアドラーという国の為に行動している。神祖の非人間ぶりを訴えたら個人としては犠牲者に同情してくれるかもしれない、でもそれを理由にアドラーという国の方針を決めたりはしない。現総統が第一に考えているのは兎にも角にもそれが自国の国益に叶うかどうか、それが最大の基準よ」
ラグナという神祖滅殺の切り札を得た事でリベラーティにとって長年の悲願は現実的になし得るものへと変わった。そしてそれを為すのにリベラーティの独力では極めて困難という事も重々承知していた。信頼までは出来ずとも信用に値する、本命が神殺しを為すための陽動役を引き受けてくれる同盟相手、それを求めたのだ。
他の十氏族は早々に相手として却下された。何せアンタルヤという国に於いて他の十氏族というのはいわば潜在的な敵同士。カンタベリーと親密な関係にあり海運によって莫大な利益を得ているリベラーティにとって代わりたい者など無数にいるのだ。もしもこれまで築き上げてきたカンタベリーとの友好関係が総ては神祖滅殺という悲願を為すための行動だ等という事を他の十氏族が知った場合は躊躇なくその事をカンタベリー側に密告して自分達がリベラーティに代わる新たな聖教国の友人となる事を選ぶだろう。何せ非人道的な人体実験など強欲竜団が投入した
無論、それは帝国も同様だ。現総統は公明正大な人格者であり民の幸福を想う賢君だと
「だからこそ私たちリベラーティは全力で彼らへのリターンを用意する。彼らアドラーが払うコストに対して補って余りある程の」
軍事帝国アドラーという国にはそれをするだけの価値がある。別段リベラーティはアドラーという国にさほど多くを望むわけではない。彼らがアドラーに望むのはただ一点、神祖滅殺のための陽動となる潜入工作部隊の提供、それのみだ。
カンタベリーとの全面戦争などというどれだけリベラーティが利益を齎したとしても
表向きはアドラーという国とは何ら関わり合いがない反極東黄金教を掲げる傭兵集団、それで何ら構わないのだ。アドラーという国がそうして自国の最精鋭部隊を以て神祖滅殺に動いたとなるだけで、神祖の警戒はアドラーという国に注がれる。
何故ならば彼らは本質的に
そうして初めて神祖滅殺は現実的に成功し得る物となるのだ。そしてそれにはアドラーという国の協力は必要不可欠。カンタベリー聖教皇国、否神祖が保有するその軍勢の大半を警戒に割かせるだけの力を持つ国などこの新西暦には軍事帝国アドラー以外に存在し得ないのだから*1。
「そこに関しては私たちは自信がある。これならばリベラーティに協力しても良いとアドラーに思わせるだけの大赤字覚悟の破格の条件を提示する用意がね」
何せリベラーティという一族にとってはまさしくこれは悲願そのものなのだから。一族の人間は婿入り、あるいは嫁入りをした者以外みなこの呪縛に苦しめられている以上そこに例外はない。この呪縛から解き放たれるためならばどれだけ払っても惜しくはないとさえ思っている。
だからこそ本来ならばあり得ない圧倒的な好条件をアドラーに対して提示する事が出来るのだ。故にこと利益の天秤に関してのみで言えば口説き落とす自信がリベラーティにはあった。
「だからこそ自分の子どもの結婚という形でカンタベリーとの個人的な結びつきが出来てしまうのは最大の不安要素に成り得るのよ。だってーーー」
「いくら賢君と謳われる人物といえど血の通った一人の人間であり親でもある。情という理屈や利では割り切れないものがその天秤を覆してしまう事は大いにあり得る、まして愛情深い事で有名なアマツともなれば尚の事ーーーというわけだな」
自らの言葉を引き継ぐ形で述べられたラグナの言葉にセシルは頷き首肯する。
「ええ、その通りよ。賢君と謳われていた人物がこと我が子が絡んだ事で指導者としてミスを犯した事例なんてそれこそ山のように転がっている。それがどれだけ低い可能性であったとしても防げるものなら防ぐに越した事はないでしょう?それとアドラーから最低限の信用を稼ぐための最終ラインが2年後というわけーーーもっとも理由はそれだけでもないんだけどね」
セシルがあえて述べなかった理由、それはラグナという神祖滅殺をなし得る希望を手にした一族の面々の
何せリベラーティの者は生まれた時からこの呪縛に悩まされ、そこからの解放を願ってきたのだ。現実問題として神祖を殺す手段がないという理性が彼らの殺意にブレーキをかけていたが、それをなし得る希望が出来てしまった以上それももはや限界に近づきつつある。
一刻も早く神祖滅殺をーーーという一族の声は日に日に高まるばかりであった。だがそれは目前の青年に対してはただ心労を与えるだけの余計な情報というもの。故にセシルはそちらの理由については口を噤む事を選んだ。
「というわけで来る日に向けて私は実働部隊としてうちの責任者としてカンタベリーに赴く事に成ったわ。護衛をよろしくね、ラグナ、ミサキ」
「承知いたしました、セシルお嬢様」
堅苦しい話はここまででおしまいだと言わんばかりに打って変わって明るい調子で告げられたセシルの言葉にラグナもどこか冗談めかした様子でうやうやしく応じる。それはセシルにとって心を安らがせる喜ばしいものであったが、そこで大切な友人が浮かない様子をしている事に気づく。
「ミサキ?どうかした?」
「えっと……その
返された心優しき友人の考える必要のない事まで考えてしまった様子にセシルは苦笑を浮かべる。
「別にどうにもならないんじゃない?私たちの目的はあくまで神祖を殺す事であって何もカンタベリーという国の上層部を皆殺しにしようというわけじゃないし、カンタベリーという国を滅ぼすつもりでもないんだもの。
「関係ない……か。そう……だよね」
ドライな態度を見せる友人とは裏腹にミサキはどこか浮かない様子を見せる。そしてそんな相方の姿にラグナもまたどこか後ろめたさを隠すようにそっと目を伏せる。そしてセシルは友人の様子に苦笑しながら務めて明るく告げる。
「ミサキ、あなたのそういう優しいところが私は大好きよ。もちろん私たちリベラーティだってやりっぱなしで放置なんてするつもりはない。聖教国の友人として
もっとも神祖滅殺が成った暁には必然アドラーとリベラーティは表沙汰にする事は出来ない暗部を抱える共犯者として強固な結びつきが出来る事になる。そうしてアドラーという
「でもその上で最終的にカンタベリーという国がどうなるかはカンタベリーの住む人間たち次第よ。だって本来なら同じ人間が千年も権力の座に就いている事がおかしいんだもの。それが消えた時に混乱が生じたとしても、それはこれまでのツケを払う事になったというだけ。貴方が気に病むような事じゃないわ」
セシル・リベラーティという女にとってはそれで終わりだ。何故ならば彼女はアンタルヤ商業連合という国で強者として君臨する十氏族の一員。自身の行いで生じる事になる犠牲は仕方のない事で割り切れてしまえる人種なのだから。
「そんなに心配しなくても大丈夫、アドラーだって偉大な英雄を失っても残された人たちがその混乱を収拾して見せたじゃない。カンタベリーだけそれが出来ないなんて事はきっとないはずよ」
「そう……だよね。うん、ありがとうセシル」
果たして本当にそれで済ませてしまって良いのかという葛藤を内面に抱きながらも親友の気遣いを前にミサキ・クジョウにはもはや頷く事以外は出来ず。果たして何を以て犠牲に報いるのかという問いへの答えを持たぬままに少女達は神祖滅殺という大いなる運命を回す歯車へと組み込まれていくのであった……
セシル:リベラーティという十氏族の一員。生じる犠牲については割り切ってしまえる人種。ミサキは友人なので大分優しい態度を見せているが、大して関わり合いがない相手だったら「おめでたい幸せな人種」位の態度を多分見せる。
ミサキ:元々が村娘なので感性は一般人寄り。その辺にはどうしてもある種の抵抗を覚える
ラグナ:光狂いなので本質的には割り切ってしまえる人種。ただし村人として育ったのと元々の感性はパンピー寄りなのでミサキが葛藤をしている様子を見る事で「そうだよな……そんな簡単に割り切って良い事じゃないじゃん……」となったりする。
大体こんなイメージで描いております。
アンジェリカはあからさまに親カンタベリーな様子を見せている現総統に対して神祖滅殺をうなずかせるだけのカードがないし、下手に接触して密告されたら目も当てられないので神祖の狗に徹して雌伏中。原作よりも神祖滅殺の開始が遅れるので多分処女はイザナに奪われる。