月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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01. 接触


 「俺は……どうなりたいんだろう……」

 

 見上げれば雲量二程度の晴れた空、前を見れば果てしなく続く碧い海原とスクリューが描く白い航跡(ウェーキ)

 

 今回の特務のために用意された艦娘運用母艦、旧海上自衛隊の護衛艦LST-4003(くにさき)の全通甲板に俺は独りで佇み、強い潮風に吹かれながら、自分に問うように口に出してみた。

 

 改めて俺にこの特務が言い渡された時の状況を振り返る。俺の上司の、退路を断ちつつエサをぶら下げるトークスキルは巧みと思ったよ。

 

 

 『安曇(あずみ) 伊天(いそら)大尉、貴様を特務少佐に臨時任命する。……貴様が艦隊本部()となって何年になる? ふむ、そうか……()()ではいい加減肩身も狭いだろう、そろそろ誰の目にもはっきりそれと分かる成果の一つもないとな。この特務を成功させれば臨時ではなく正式に少佐だ、貴様にも任地を、との声が出ても不思議ではないぞ』

 

 

 居候とは無任所士官、赴任先の決まらない艦娘部隊の指揮官候補者を揶揄しそう呼ぶ。

 

 内地外地の全てを数えても艦娘を運用する基地の数には限りがあり、既存の在任中の司令官に加え、毎年新たに兵学校卒業生の中でも飛び切り優秀な連中が順番待ちの列に加わる。現任者の戦死や定年、異動や昇進なんかで空席は必ず出るが、艦娘の指揮官になるのは、参加者に対し用意された席数が圧倒的に少ない椅子取りゲームなのだ。

 

 当の俺といえば、海軍兵学校を卒業して艦隊本部に取り敢えず配属され、ジョブローテの名の元あちこちの部署をたらい回しで既に数年が経った立派な居候だ。

 

 海軍兵学校時代、卒業席次(ハンモックナンバー)のトップグループの背中は見えていたが最後まで届く事の無かった俺が、卒業したからといって、艦娘部隊の指揮官に抜擢されることは無かった。妖精さんとのコミュニケーション能力については評価が高かったが、それは本来の成績が良くて初めてプラスαになる。

 

 

 『誤解するなよ、貴様が無能だと私()思っておらん。むしろポテンシャルには期待している、しているが……如何せんムラッ気というか、いい時が長続きせんとは私()思う。どうだ、扱いにくい半端者と言われたまま終わりたくはないだろう?』

 

 

 再び上司の言葉を思い返す。俺をディスる話の後半が本音で、前半は後半に対する責任回避――俺はそう思わないよ? けど、そう言ってるやつも多くてさ、ってやつ。そう言われる自覚は……あるが、俺に足りないのは能力か努力か運か、あるいはその全てか……自分の先が見えたように思えて、流すように流されるように日々をこなしていた俺に降って湧いた特務――防空駆逐艦・涼月の帰還。

 

 

 涼月のいる泊地は深海棲艦の猛攻を受け、粘り強く戦ったが壊滅、同地の司令官も行方不明。なのに涼月は一人廃墟に立て籠もり戦い続けているという。その彼女を無事内地に帰還させるのが俺の任務。

 

 

 海域で邂逅するか、建造を成功させるか、艦娘を増やすにはこの二択だが、涼月を含む秋月型駆逐艦の建造は現時点で成功しておらず、邂逅も深海棲艦の勢力下にある危険な海域の最奥部で稀にみられるだけ。強力な連装高角砲を備え艦隊防空の要となる貴重な防空駆逐艦を、無為に遊ばせておくわけにはいかない、艦隊本部がそう考えるのも頷ける。

 

 これはきっとチャンス……なのだろう。特務を成功させれば俺もどこかの拠点の拠点長として正式に配属される、はず。ただ……どうしても他人事のように思える。俺は……本当に指揮官になりたいのだろうか? 今は自分で自分が分からない。

 

 チャンスの方から目の前に転がってくる事もあるが、活かせるかどうかはやっぱり自分次第。けれど俺には……熱意というか意欲というか、自分の内側から湧き立つ物がない。

 

 昔から何をやってもできなかった事は無いが、何かを極めた事はない。それでもそれなりにやってきたが、兵学校で目の当たりにしたトップクラスの連中はモノが違うとしか表現できない。「こいつらは別次元だ」と、張り合う気さえ起きず、自分の心が醒めるのを冷静に見るようになった----。

 

 

 「……俺は……知りたくなったんだ……」

 

 

 ごう、と強い潮風が吹き抜け、飛ばされそうになった制帽を慌てて押さえながら、自分の思考の続きを口に出した。

 

 

 --何が涼月をそこまで駆り立てるのか?

 

 

 特務の成功報酬としての昇進とか任地決定よりも、ただ一人戦い続ける彼女の心象風景に余程興味が湧いた。それを知れば、ひょっとして自分に足りない物が何か分かるかも知れない。言葉にすればそれだけの、自分勝手な理由を胸に俺は特務を受諾し、今に至るのだが----。

 

 「うおっ!」

 

 くにさきのエンジンが咆哮すると一気に増速、予想外の加速に俺はぐらりと体勢を崩し、甲板に尻餅を付いてしまった。デスクワークばかりで体が鈍ってるな……。その理由をスピーカーから響く緊迫した声で理解し、俺は内向きの思考から現実へと引き戻された。

 

 

 『護衛部隊より急報! 北北西に敵機二四接近中! 対空戦闘は護衛部隊に任せ、くにさきは直ちに退避行動に入る。各科員、落ち着いて訓練通り対処せよ!』

 

 

 「くそっ、あと少しで目的地だってのに!」

 

 北北西の空をキッと睨み付け、避難と状況把握のため甲板から右舷の艦橋構造物(アイランド)に向かい走る俺の視線の先には、海上を疾走する四名の艦娘達の背中。護衛部隊は対空戦闘に長けたチームで、敵機へと向かい前進を始め、空には対空砲火が描く黒々とした雲が増えている。その間にくにさきは大きく転舵、最大戦速で敵から遠ざかろうとしている。

 

 辿り着いたくにさきの艦橋は騒然とし、緊迫した空気に包まれていた。くにさきを含め通常戦闘艦艇の武装は残念ながら深海棲艦には通用せず、護衛の駆逐艦娘たちだけが頼りだが……果たしてどうなるか。

 

 

 伝令一本で本来済むはずの涼月の帰還が、こうして特務になるのは理由がある。

 

 まず壊滅した基地に通信能力がある筈もなく、涼月の艤装の通信機能も損傷しているようで、彼女からは酷いノイズ混じりの微弱な発信はできるが受信ができないようだ。つまり涼月と接触するには直接出向くしかない。

 

 さらに、というかこれが本命の理由だが、『グレイゴースト』と渾名される空母ヲ級改flagshipー涼月の所属基地を廃墟に変えた張本人-の率いる強力な敵艦隊が周辺海域を支配し、迂闊に近づけない状況。数度に渡り派遣された討伐部隊はいずれも惨敗を喫した。歯が立たなかった、と言ってもいい。

 

 海域の早期奪還を棚上げした艦隊本部の次善策は、いかにも日本海軍らしいものだ。強力な敵の支配下にある海域に強行突入し涼月を回収の上帰還……天祐を確信した方がいいかと聞こうと思ったが、止めておいた。できるかどうかの意見は求められてない、できたかどうかだけが問われる――そういうタイプの任務。

 

 引っ切りなしに護衛部隊と交わされる通信の内容と、青ざめ硬直してゆく管制員の表情が分かりやすく戦況を示している。四人の艦娘は敵の半数近くの一一機を撃墜する大健闘を見せたが、全員中破以上大破未満でこれ以上の戦闘続行は危険だ。

 

 艦橋が重苦しい沈黙で満たされた時、酷いノイズ混じりで途切れ途切れの通信が飛び込んできた。余りにもか細く、聞き取り難い声に管制員が苛立ち混じりで何度も聞き返していたが、俺の耳はただ一言を確実に捉えた。

 

 

 『……敵、発見。突撃……します』

 

 

 柔らかく、それでいて決然と意思を込めた声----初めて聞いた涼月の声だった。

 

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