月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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10. ナイーヴ

 「へぇ……さぞ立派な司令官だったんだろうね。涼月を秘書艦にしていたくらいだし」

 

 「え……? 私、秘書艦では……ありませんでした……。でも……司令官にそう認められたいと……思っていたのは……確かです……」

 

 途切れがちの涼月の言葉に、俺は驚いた。涼月本人に確認した訳ではないが、ケッコンカッコカリ(指輪持ち)の秘書艦だと決め込んでいた。戦力強化とかの実務的な理由でのそれではなく、上司部下の間柄を超えた特別な関係性。そうでなければ、この廃墟に固執してまで行方不明の元司令官を待つ必要がない、と。

 

 俺に視線を向けながらも俺を見ていない、ここではないどこか遠くを見るように、涼月は話を続けた。

 

 「私は……比較的後からここに来ました……。大きな基地ではありませんでしたが、対空や対潜に優れた力を持つ艦娘が揃っていて、私は……先輩たちの背中を追いかけ……ました」

 

 蝋燭(キャンドル)に照らされた表情の陰影が動く。一旦言葉を切った涼月はほろ苦く微笑み、俺はただ黙っていた。

 

 「敵の進攻をいち早く察知し、機先を制する……この海域における攻勢防御の要、それがこの基地でした。艦隊規模の拡充より哨戒網の拡充と装備改修を重視された司令官は、私達に兵士として兵器として練度向上を常に求め……猛訓練の毎日、でした。それでも秋月姉さんや仲間と過ごす日々は楽しく、司令官にその日の成果を褒めていただけるのは……嬉しかった……。安曇さんなら――――」

 

 真っ直ぐに俺の目を見て、ゆっくりと、何かを俺に言い聞かせるように、噛み締めるように話し続ける涼月……。

 

 

 俺が手に出来なかったものの光は、直視することさえ許されないほどに眩しくて。

 

 彼女が失くしたものの光は、いつまでも色褪せず、むしろ時を経るごとに透き通る。

 

 忘れることも気付かないふりもできないから、心が軋むのだと思い知る。

 

 

  ――もう、十分だ。

 

 

 俺は立ち上がり、重い足取りで歩み始めた。

 

 

 「あ、あの……? 安曇さん?」

 

 

 戸惑いをはっきりと声色に載せた涼月が俺の背中に呼びかける。ドアの前で立ち止まった俺は、彼女を振り向かず部屋を後にした。

 

 

 外に出たものの行く当てがある訳ではない。ただあれ以上、涼月の追想を聞けなかった。聞けばきっと……余計な事を言ってしまう。恐らくは彼女を傷つけるようなことを。心がささくれ立っているのが分かる。形も対象もない、どろどろとした怒りにも似たこの感情の正体を、俺は認めざるを得なかった。任地を得られず率いる艦隊もなく、でも仕方ないと心にしていた蓋が……こじ開けられた。

 

 艦娘を厳しく育成しながらも慕われ、最前線の基地を守り抜こうとした元司令官。結果は敗北に終わったとしても、最後まで戦い抜いた姿が色褪せることは無い。それは涼月が一人きりでもこの泊地を守り続けるほどに、鮮烈に受け継がれてゆく魂となるのか、あるいは果てない憧憬を生むのか。

 

 

 機会が与えられれば、俺も同じように戦えるのだろうか? 同じように……俺を……。

 

 

 答の得られぬ問いを抱えたままふらふら歩き続け、気が付けば俺がいた部屋……元司令官の執務室を外から覗ける位置にいた。ぼんやりと揺れる蝋燭(キャンドル)に照らされる影が三つ。そうか、涼月と長一〇cm砲たち(レンとソウ)はまだいるのか……くるりと背を向けた俺は再び歩き出し、三人の間で交わされた話など、知る由もなかった――――。

 

 

 

 

 「安曇さん…………」

 

 あの人がどうして急に立ち去ってしまったのか……私……涼月には分かりませんでした。追いかけようとも思いましたが……あの時の安曇さんの背中は……震えていたように思え、伸ばそうとした手を……ゆっくり戻すしか、できませんでした。

 

 

 『涼月……さっき、何を言おうとしたの?』

 

 私をそのまま名前で呼ぶのは……ソウ。心に直接響くような声に、振り返ります。

 

 私が二基装備する主兵装の、九八式一〇(センチ)高角砲連装砲塔A型は、砲塔を正面から見ると、十字に切り込みを入れたシイタケみたいな感じの目があって、砲塔基部には小さな手と足が付いていて、自律稼働する不思議な兵装、です。私は長一〇cm砲ちゃんと呼んでいましたが、安曇さんはレンとソウと名付け、いつしか私もそう呼ぶようになりました。

 

 「何……って?」

 『さっきの話。『安曇さんなら』の続き』

 

 一旦飲み込んだ言葉を思い出そうと、無意識に指先が唇に触れます。

 

 「安曇さんなら、経験を積みさえすれば……司令官に引けを取らない指揮官になれると、涼月は信じています……そう言おうと……」

 

 『涼月(お嬢)は……あいつのことを、どう思ってる?』

 

 私を『お嬢』と呼ぶのは……レン。やれやれ、というように砲塔()を振ると、大きなため息を吐く素振りを見せ、私に質問をしてきました。安曇さんのことを、どう思うか……? 改めて聞かれると……私は考え込み、自分の中で言葉を探し……答えます。

 

 「……安曇さんは、とても優しい、方……。この泊地に花を手向けてくれるなんて……思いもしなかったこと……。慣れない暮らしにも不平一つ言わず、何事にも一生懸命取り組んでくれる……」

 

 なんでしょう……? 不機嫌に見えるソウと裏腹に、レンはどこか嬉しそうにうんうんと頷いています。あ、そうだ……一番大事な、本当に感謝していることが……。

 

 「それに……安曇さんは……任務なのに、私に……答えを急がない……。私と……涼月と、同じものを見ようとしてくれている、そんな気がして……。それはとても、とても嬉しいこと……。それでも……いつか来るこの日々の終わりを思うと……どうしてかな、切ない…………」

 

 レンとソウは顔を見合わせ、それから二人同時に私に向かってがばっと砲塔正面()を向けました。ああ……急に旋回する(首を回す)から……砲塔()をがいんとぶつけた二人は、しゃがみ込んで痛みを堪えています。大丈夫、なの……? 先に立ち直ったのはソウでした。

 

 

 『……涼月、自分で何言ってるか……分かってる?』

 

 何か変なこと、言ったでしょうか……? 小首を傾げソウを見つめます。

 

 『自分で分かってないんだね、涼月(お嬢)……。まぁ、今はいいか、それでも』

 

 何、を……? レンはにやにやするだけで何も答えてくれません。

 

 

 はっ!? そ、そんなことより、安曇さん! こんな時間にどこへ行ったのでしょう? ドアは安曇さんが出て行った時と同じ、少し開いたまま。慌てて立ち上がり外に出ようとドアノブに手を掛けたところで、レンが私の手を掴みます。まだ……話があるの? 

 

 『今日はそっとしといた方がいいよ。……涼月(お嬢)、一つアドバイスね。比べたりしないこと。男はそういうの、敏感だから。もし安曇に何か言うなら、目の前のあいつだけを見て、あいつの事だけを話せばいいよ』

 

 頭の上に疑問符が飛び交います。涼月は、何も比べたり……してませんよ。私の言葉にレンはまさに苦笑いといった様子です。

 

 『自分で気づいてないんだからしょうがない、か……。だから安曇、今はそれで納得して、ね?』

 

 え?

 

 レンが砲身を動かしてドアを開け放ちます。そこには……心底きまり悪そうな顔で、安曇さんが立っていました。何か誤魔化すように頭をがしがし掻いて、気まずそうに言葉を継ぎます。

 

 「……よく考えたら、というかよく考えなくても、行く所なんかない訳で……。その、涼月……ただいま……」

 

 安曇さんが帰ってきてくれた事に、心の底から安堵した……そんな自分に気付いた私は、お帰りなさいとうまく言えず、ただ微笑むしかできずに、いました……。

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