「じゃぁ……」
「はい……」
涼月はどこかぎこちない笑みを顔に貼り付け、俺に向かって小さく持ち上げた右手をふりふりとする。ゆらゆら揺れる
ちらりと振り返ると、涼月は立ち尽くしたまま小さくなる俺の後ろ姿を見つめているようだ。
――君が悪いわけじゃない、涼月……。けれど俺は……。
島の沖合近くの岩礁で釣りをすることにしたのだ。決して野菜生活に嫌気がさし、魚が食べたくなった訳ではない。
あの夜……涼月の話を遮って俺が立ち去った時以来、どうもお互いにしっくりこないというか、何となく見えない溝ができてしまったように思えてならない。
涼月の反応が特にぎこちない。声を掛けても、ぼんやりと俺を見ていたり、そうかと思えば彼女らしくないオーバーリアクション気味の反応……。風を切って走るRHIBの生む強い向かい風を振り払う様に、俺は頭を何度か振り、自嘲気味に顔を歪める。
今日の釣りは、一人になれる時間を作り頭を整理したい口実。それに、実際に魚が釣れれば、話をするきっかけ作りにもなる。野菜と穀物が主食の涼月だが、肉や魚を食べない訳ではないだろうし、実際彼女も手に入れた小魚を利用して魚醤を作ったりしてる(つくづく自活力の高い子だよなぁ……)。たまには夕食に焼き魚、あるいはとにかく適当に釣って、涼月に漁師風の味噌汁に仕立ててもらうのもいいかも知れない。
「さて、と……この辺でいいか」
すでに港はいくつか連なる岩礁の陰に入って見えなくなった。適当な場所に投錨してエンジンを停止、廃材を利用して作った仕掛けを海に落とす。
ゆったりと揺れる水面に合わせてゆらりと動く
◇
釣りに向かう俺の背中を見送っていた涼月(と
『行ったね、涼月……』
『
「どうでしょうか……。さぁ、今のうちにやっちゃいましょう!」
淡々と話すソウとは対照的に、レンは釣果に賭けようとしています。安曇さんが釣りに行きたいと言い出した時、私は……チャンスだと思いました。今しかできない……と言うと大げさですが、それでも、その……やっぱり……。
「ふぅ……終わりました」
建物とヤシの木の間に這わせたロープを洗濯物が撓らせます。手絞りの脱水では丁度いい具合にならなくて、水気がたっぷり目に残った衣服は、風を受けてもゆらり、という程度にしか動きません。でも……この島の、真上から降り注ぐような強い日差しがあれば、多少時間がかかっても確実に乾くのは分かっていますので……。
張った腰をとんとんと拳で軽く叩いていると、レンとソウがやってきました。
『
『そろそろ行ける? あとはアイツの腕次第……さっきの賭け、
私の両脇できゃいきゃい騒ぐレンとソウの
この泊地では重要設備や倉庫が地下化されていましたが、敵の猛爆撃の前には無力で、甚大な被害を被りました。それでも地下化の恩恵で、私がここに帰り着いた時……資源や資材、食糧などは、部隊を賄うには到底足りませんが、一人暮らしには足る量が残されていました。
ですが今は、二人暮らし……です。
カボチャやおイモなど菜園のお野菜もありますし、安曇さんも耕地の拡大に協力してくれますが、消費量は増えてますし、ここで育てられない物もあります。もう一度倉庫を再点検して、回収できるものは回収しないと……。栄養バランスを大切に、安曇さんの健康にも気を配らなきゃ――――。
『最近
ぴくり。
レンの言葉に作業の手が止まってしまいます。
あの日の夜……お話の途中で出て行ってしまった安曇さん。今にして思えば私は……無神経だった、かも……。でも、安曇さんは戻ってきてくれた。同時に、気づいてしまった、こと……。
この日々の終わりを思うと……切なくなる。
彼が戻ってきて……ほっとする。
でも……どうして……そんな風に……? そう考えると、安曇さんに前と同じようにできない……。我ながらぎこちない、と思う……けど……。
『涼月、スコールが来たよ。止むまでここで雨宿りだね。これじゃぁアイツ……じゃなかった安曇も手ぶらだろうね』
「お、お洗濯ものがっ!!」
◇
涼月たちがそんな話をしているなどと微塵も知らない俺だが、ゆらゆら揺れるフネに眠気を誘われ、あまりの釣れなさも手伝って、制帽で顔を覆いふて寝をしていた。……が、スコールで文字通り叩き起こされずぶ濡れになった。
「…………帰るか」
釣果はもちろんゼロ。RHIBを係留し、雨で重く湿った制服の冷たさを気にしつつ司令棟へと続く小道を歩いてゆく。
着替えるのに部屋に戻ろうとした所で、ばったりレンと出くわした。ん? レンは手を口に当て『しーっ!』という仕草を繰り返しながら、何かを引っ張り出そうとしているようだ。
『ほら
「な、なら……。レ、レン、ほんとに……?」
意を決したようにひょいっと姿を見せた涼月は…………豊かな胸がはっきり分かるトップスと、シースルーのフリルがミニスカート状にお尻を隠すボトムスの、上下とも黒のビキニ姿。露わになった涼月の白い肌を暮れ始めた夕日がオレンジ色に彩るが、彼女は硬直→困惑→悲鳴と百面相を見せつつ顔を真っ赤っかにしている。涼月は体を隠すようにしゃがみ込むと、そのまま後ずさって壁の向こうに隠れてしまった。
「レ、レン!? 安曇さん、そこっ! いる!」
『そうだった? でもほら、帰って来たならお出迎えしないと』
割とマジな感じで涼月が叫ぶ声を聞き、大体の事情は理解できた。レンのやつ、前から思っていたが悪戯好きだよな……。おずおずと、両腕を精一杯伸ばして上体を隠そうとしながら、涼月再登場。というか、その姿勢はむしろ強調するんだが……。
「そ、その……お見苦しい所を……。お出かけの間に、セーラー服やし……下着も洗ってしまおうと思ったのですが、取り込みがスコールのせい、で…………ぷっ、ご、ごめんなさい! で、でも……お、お顔が……」
そう言うと涼月は横を向き、一生懸命笑いを堪えようと肩を震わせている。レンは遠慮なく笑い転げている。
顔? 俺の顔がどうした?
『どんな事したら、そんな日焼けになるの?』
呆れた、と言いたげにソウが近づいてきた。どうやら俺の顔は左三分の二くらい
「……ただいま。ごめん、釣れなかったよ」
「……お帰り、なさい。お夕食、用意しますね」