――それは、何度も夢に見た姿。
「し……司令官っ! ああ……何と言う事……ご無事だったんですね! 涼月は……ここで、お帰りをお待ちしておりました!!」
――あの日途切れた……と思った夢。
「どう……されたの、ですか? こちらを……向いてください!」
――どうしたんだろう、思い……だせない?
背中を向けたまま立っていた司令官が、振り返ります。お顔は……靄がかかったように白くぼやけて、よく……見えません。司令官のような……そうではないような……。それとも、私が……泣いているせい?
――こんなことを、さ、されては……?
私は……不意に抱きすくめられました。そ、そんな……でも……。躊躇いがちに両腕を司令官の背中に回します。零になった距離は、両腕に込められた力だけでなく、しっかりした骨格の確かさや筋肉の厚み、温もりや匂いでも涼月を包み、そのまま溶けてしまいそうな心地にさせられます。
あれ? でも……司令官のではなく、よく知っている匂い? 日なたで干した洗い晒しのような、どこかほっとする……よく知っている身近な……?
ぎゅうっ。
確かめるように力を込め抱きしめると…………腕の中の
「…………夢、か………。きゃあっ!? こ……これは安曇さんの……? どうして……?」
目覚めると…………涼月はお布団上で、涙でぐしゃぐしゃの顔を第一種軍装の上着に押し付け、宝物を守るように抱きしめていました。がばりと跳ね起き正座、すーはーと深呼吸しながら……思い出そうとしますが、はっきり……しません。ただいつもより速く大きな鼓動がことさらに感じられます。
「……そっか、お洗濯ものを畳んでいるうちに、寝てしまい……」
先日釣りに出た安曇さんは、突然のスコールに打たれずぶ濡れの姿で戻りました。お洗濯をするのに預かり、無事綺麗になって乾いた制服と、同じように洗いあがった私の衣類に囲まれ、涼月は困っていました。この泊地にはアイロンがありません。制服のズボンはお布団の下に敷いて寝押しする準備を整えましたが、上着はそういう訳にいかず、どうしようかと悩んでいるうちに……寝て、しまったのね……。
どうやら涼月は……安曇さんの制服を抱きしめながら眠り……あんな夢まで……。
両手でぱたぱたと風を送りますが、頬の熱さは今も引きません。でも…………誰に届く言葉でもありませんが、口に出さずにはいられませんでした。
「私は、この泊地を守り、司令官のお帰りを待つ。そのためにもグレイゴースト……この海に巣食う空母ヲ級改は、独りででも、刺し違えてでも、討つ。そのための涼月の、命……。今の暮らしは……今の暮らしこそ……いつか覚める、夢……」
それが、私がこの泊地の秋月型防空駆逐艦であるなら、変えてはいけない……こと。
どれだけの間、じぃっとしていたのかよく分かりません。止められない涙だけは飽くことなく流れ落ちます。自分に言い聞かせるような言葉で、ようやく落ち着きを取り戻した頭に今日の予定を巡らせ、目の端の涙を指で拭います。こんな顔……安曇さんに見せたく、見られたく、ない……。
両手で頬を下から持ち上げ無理に微笑み、わざと元気な声。今日の予定……と言っても、いつもと同じく、菜園の手入れとお食事の準備と後片付け、泊地設備の修理、ですけど……。
「まずは朝食の準備をしなきゃ!」
◇
「少し遅くなっちゃって、ごめんなさい。朝食はこちらに。今日から玄米と白米の合わせ炊きのご飯ですが、どうでしょう? あとはカボチャの煮っころがしとカボチャのお味噌汁……それに、瓜とカボチャのぬか漬けです! さ、いただきましょう」
ぽん、と手を合わせていただきますと食べ物に挨拶。動植物問わず、命を頂いている私達ですから、感謝は欠かしては、いけません。テーブルを挟んだ反対側に座る安曇さんは、微妙な表情です。
「あ、あの……麦の残量が心許ないので、少々節約を……。それに、こないだ倉庫で玄米がたくさん見つかったので……お嫌い、ですか……?」
麦飯の方がお好みでしょうか? 玄米だけだと食べ慣れないかな、と思って白米と合わせ炊きにしましたが……。
お顔の前でふるふると手を振る安曇さんは、お茶碗を手に取ると食べ始めました。そうなんですね、玄米を食べたことがない……なるほど。でしたら、白米や麦飯より硬めなので、よく噛んで食べて、はい……。クスッ、言われた通りもぐもぐもぐもぐと口をゆっくり上下させ食べる安曇さんを……可愛いと思ったのは、内緒にしましょう。
「そうですか! ぬか漬け、気に入ってもらえましたか! 玄米を搗いた時の米ぬかでぬか床を作ったんです! ぬか漬けはビタミンB1とB6と……あと他にも栄養たっぷりで、体にとてもいいんです! 私達みたいな生活なら、なおさら大事ですから」
ついつい言葉が弾んでしまいます。限られた食材で彩る食卓でも、少しでも元気でいてほしいと考えて始めたぬか漬け作り、喜んでもらえて何より……。ぽりぽりこりこりとぬか漬けを食べていますが、やっぱり安曇さんは微妙な表情のまま。
いったんお箸とお茶碗を置いた安曇さんが、右手の人差し指でご自分の目を指さしています。目をどうかされたのでしょうか? 違う? 私の……目?
……大丈夫だと思いましたが、分かってしまったんですね。泣きすぎて腫れぼったい私の目。気恥ずかしさで思わず目をぐしぐしとこすり、精一杯の笑顔を見せます。
優しい声と心配そうな表情……安曇さんが私の事を心配してくれているのが、伝わってきます。それはとても嬉しくて、心が温まる、こと……。
だから、だからこそ――――甘えては、いけない……。
意を決し、安曇さんの目を見ます。そして今朝、自分に言い聞かせた言葉をもう一度。それでも最後の部分ーー今の暮らしこそいつか覚める夢ーーとは、安曇さんを見ていると、どうしても……言えませんでした。
初めて見る、辛そうな安曇さんの表情が胸に刺さります。私も、胸が……痛い。どうして? 辛くて、痛くて、背中を少し丸め胸の前でぎゅっと手を組んでしまいました。
言葉を探すように考え込んでいた安曇さんが口を開きかけた瞬間、部屋のドアを蹴破るような勢いで、
『
『今の進路ならこの島にやって来るけど……どうする、涼月?」
ほとんど同時に報告するレンとソウ。私は無言で立ち上がると、室内にいることなどお構いなしに艤装を展開します。ごめんなさい安曇さん、驚かせちゃいましたよね? 腰背部の艤装基部、そこから艦首を二分割したような形状の装甲が前に伸びます。背中には……あまり得意ではありませんが、雷撃戦用の四連装酸素魚雷の格納筐。
『九四式高射装置との接続完了』
『十三号対空電探改、動作確認』
そしてレンとソウは私に駆け寄ると装甲の内側の定位置に付き、出撃前の各部動作確認を手早く行います。私がいる限り手出しさせません。ここにはーーーー脳裏に浮かんだ顔を振り払うように頭を振り、私はただの涼月から、秋月型防空駆逐艦になる……ならないと。
ぴくっ。
安曇さんが私を呼び止める声に、駆け出したはずの足が……止まります。振り返らず、精一杯落ち着いた声で応えます。
「安曇さんは早く避難を。私……私が必ず、守ります」