月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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17. Never Surrender

 この島は戦場になる――――俺がそう言ったのとほぼ同時に姿を現した涼月とソウ。顔を強張らせ棒立ちになった涼月は、抱えていた洗濯物をばさりと床に落としてしまった。

 

 「それは一体、どういう……?」

 

 そもそもここは初めから戦場で、俺の発言はやっぱり甘い。初めて出会った時の彼女なら、硬く張り詰めた表情のまま即座に戦闘準備を整えるなりしていただろう。けれど今の彼女は、戸惑いをはっきりと表に出し慌てて俺に近づいてきた。

 

 「こ、こんなの……! これじゃ安曇さんが!!」

 

 命令書を涼月に向かって差し出すと、僅かに震える手が受け取る。一言一句を食い入るように目で追い、読み終えるとほとんど絶叫していた。

 

 

 『連合艦隊は敵主力艦隊を本島周辺に拘束し決戦に臨む。同地在留の艦娘は艦隊への速やかな合流を図り、艦娘以外で軍籍にある者がいる場合は速やかに島内退避せよ』

 

 

 俺の特務は早々に失敗と断じられ、結果を受けた艦隊本部が本腰を入れ海域奪還に乗り出したということか。今日に至るまでの日々は、グレイゴーストと渡り合える戦力を整える準備期間だったのだろう。

 

 涼月に周辺の哨戒と情報収集を命じられた長一〇cm砲たち(レンとソウ)が駆け出してゆく。その間に、胸の内が冷えるような感覚に耐えながら、俺はできるだけ客観的に情勢を分析しようと試みる。

 

 この海域での敵主力艦隊は空母ヲ級改flagship(グレイゴースト)を中核とする強力な機動部隊で、対する味方も主力が空母なのは間違いない。北から攻める味方と南から迎え撃つ敵、ちょうど中間に位置するこの島の周辺が決戦場になる。その危険地帯から、特務を発令してまで帰還させようとした涼月には自力で合流しろと言い、ここにいると分かっている俺には自力で生き延びろと言う。

 

 簡潔に言えば、お前たちに構っている暇はない、というメッセージ。涼月は憤慨しているようだが、俺は以前からの疑問に答が出たように思い慄然とした。

 

 そもそも何故俺たちは生き延びてこれたのかーーーー?

 

 おそらくグレイゴーストは涼月の存在を認識し、駆逐艦娘の一人くらい物の数ではない、と放置した。だが俺を含む特務艦隊を襲撃して気がついたのだろう。泊地の復旧、あるいは彼女の救出に赴く贄を誘い込むためには、餌は()()()()()()()()()と。

 

 連合艦隊の司令長官が誰かは知らないが、グレイゴーストの策に乗らず戦力保全を優先しているのが窺える。届くかどうか不確実な通信筒(連絡手段)でもそれは明らかだ。確かにこの泊地も涼月も通信能力はほぼ皆無、俺が持ち込んだ通信機は携帯用で短距離でしか使えない。それでも艦娘を送り込むなり、やろうと思えば方法はある。なのにそうしないという事は、そう言う事なのだ。

 

 餌として利用価値がないなら、グレイゴーストは俺達を無視するだろう……本来なら。戦闘はこの島を含む海域と空域で起き、涼月が脱出するにしても、タイミングを間違えれば敵の攻撃隊の的になる。だが涼月は必ず……戦いに打って出る。俺に脱出の手段がないと知っているから。俺を守るため、彼女は敵に立ちはだかる。そういう娘だから……生きなきゃならないんだ。

 

 命令書の発行日時、当時の艦隊の位置と進行方向、現時刻と天候……レンとソウの哨戒結果によれば、すでに空には敵味方双方の偵察機が展開している。本格的な戦闘が始まるまで猶予はなさそうだ。

 

 つまり、涼月が安全に脱出できる時間は限られている。

 

 

 ――覚悟、か……。

 

 

 一生懸命開墾した土地、ずっしりと実った作物、二人……いやレンとソウもいれて四人で囲む食卓、目が合うたびに優しくはにかむ涼月……ここに来てからの日々が、時間が、フラッシュバックする。それでも逡巡している時間は……ない。

 

 「安曇さん……」

 

 気付けばすぐ目の前に涼月が立ち、震える声で呼びかけてきた。馬鹿だな、泣くなよ……そうするのが自然であるように、俺は手を伸ばし指先で彼女の目の端に溜まった涙を拭ったが、その手は涼月の手で掴まれ頬に押し当てられる。何かを確かめるように何度も俺の手を涼月の頬が撫で、溢れた銀の涙が二つの手を濡らしてゆく。できるだけ声を落ち着けて涼月に語り掛ける。

 

 

 「涼月……」

 「嫌です」

 「まだ何も言ってないんだが」

 「私が、私が守りますからっ! 今度こそ……今度こそ必ず! だから……」

 

 

 溢れる涙をそのままにした空色の瞳から目を逸らさず、俺は首を横に振る。涼月の対空能力がいくら高くても、敵の航空部隊に一人で対抗できるはずがないだろう。そんな事はさせられない。

 

 「な、なら! 一緒に味方の艦隊へ!」

 

 必死に訴える唇を拒絶する様に、俺は首を横に振る。涼月が俺を抱きかかえて海上を疾走するとでも? あまりにも危険すぎる道中だ、対空戦闘や回避運動は制約なく行わないと涼月が危ない。

 

 「でも……けど……」

 

 反駁する言葉はもう残っていないだろ? 俺は、彼女が最も聞きたくないと思っていて、けどそれしかないと誰より分かっている事を口にする。俺が決めたことだ、涼月……君が気にする必要はないんだ。

 

 

 「涼月……君は泊地を脱出して接近中の連合艦隊に合流するんだ」

 

 

 涼月がすべき事をはっきりと言葉にする。俺は、この泊地にまだ戦力が残っているように見せかけ、涼月の脱出を助ける。無言を続けていた涼月だが、猛然と顔を上げ必死に食い下がってきた。

 

 「それは……命令、ですか? なら、聞けません。貴方は、安曇さんは私の司令官では……ありません」

 

 この土壇場でそうきたか……。そんな話もしたよね。確かに俺は君を帰還させるためここに来た特務士官で、俺達の間に指揮命令系統は存在しない。ここにいるのは、ただの涼月とただの男、か……けどね、そうじゃないんだ――――。

 

 

 「違うよ涼月、命令なんかじゃない。お願いだ、君に生きて欲しいんだ」

 

 

 涼月は激しく泣き出ししゃがみ込んでしまった。同じようにしゃがみ込んだ俺は、彼女の肩を掴み強引に自分の方を向かせる。怯えた目で俺を見ている涼月に、どんな顔を見せているのだろう? 精一杯、優しく微笑んだつもりだが、上手くできてるかな? よく、聞いてくれ――――。

 

 「涼月が先に脱出して味方と合流すれば、敵を無力化して安全を確保できる。それから俺を迎えに来てくれればいいよ。それに……俺はやる事がある。カボチャの収穫、まだ終わってないだろ? 俺は涼月のカボチャの煮っ転がしが食べたいからね」

 

 この人何言ってるの……と、ぽかーんとした顔になった涼月は、涙に濡れたままの目で握った手を口元に当て小さく笑った。泣き笑いとしか表現できない不思議な表情だが、俺の目にはこの上なく可愛かった。張り詰めた緊張の糸を切り、ようやく受け入れてくれたようだ。

 

 「クスッ……そんなの、いつでも、好きなだけ……作ってあげます。だから……だから……」

 

 その先を言葉に出来ず、俺の首に両腕を絡め抱きついてきた涼月は、必死に泣き声を堪え大きく肩を震わせている。

 

  ――分かってて、話に乗ってくれるんだな……。

 

 そっと涼月の頭を撫でながら、そう思っていた。死ぬつもりなんか毛頭無い。これ以上涼月に何かを失う思いをさせてたまるか。とはいえ、覚悟や心意気だけで上手くいくほど甘いもんじゃない。それに涼月はグレイゴーストの攻撃の苛烈さを誰よりも知っている。

 

 だから涼月は言えなかった――死なないで、と。

 

 この海域で行動の自由を得るには結局敵を掃討する他ない。グレイゴーストの排除を最優先目標とした艦隊本部の判断は間違いとは言えず、これが戦争で、俺達はどうしようもなく無力だ。だけど――――。

 

 無力だから何もしなくていい訳がない。力の限り足掻いて抗って、戦って……生き抜いてやる。

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