月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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18. それぞれの戦い-前編

 涼月はすでに泊地を脱出し、今頃は懸命に北上して接近中の連合艦隊を目指している。予定通りならそう遠くないうちに合流できるはずだ。敵の攻撃を引き付け涼月を助ける遅滞戦術が、俺とこの地に残る妖精さん達の取る作戦。

 

 廃墟になった泊地とはいえ残存の兵装は多少あったが、装備できる艦娘が駆逐艦の涼月しかいないので、殆どは倉庫で埃を被っていた。艦娘が装備して初めて本来の力を発揮する兵装の妖精さん達は、以前会った工廠の妖精さん達と同様で、やはり弱々しく半透明の姿。

 

 涼月のためにと頼み込む俺に、皆満面の笑みで力強く頷くと、酷い戦いになるのを承知で、突貫工事で可能な限りの準備を整えてくれた。

 

 当初、敵の装備が艦艇用徹甲爆弾なら泊地は無視される、と涼月は作戦に反対していた。戦闘詳報でも明らかになっているが、グレイゴーストの第一波は比較的軽量級だが空母の甲板を潰すのに十分な威力の半徹甲(SAP)爆弾で速攻を仕掛ける傾向がある。そしてこの弾種は対地攻撃にも使われている。なら、俺達から仕掛ければ、敵を泊地に引き付けられる。

 

 『正直色々見直したよ、安曇』

 「俺なりにグレイゴーストを理解しようとした……そんな所さ」

 

 黒鉄色の砲塔()と砲身、こないだの戦闘で砲塔基部()に増えた大きな傷……長一〇cm砲(ソウ)はしれっと島に残りやがった。ったく、何で涼月と一緒に行かなかったんだよ……聞いてもロクに答えないし。

 

 元々何かとフレンドリーだった相方の長一〇cm砲(レン)に比べ、ソウ(こいつ)は控えめに言って俺にはちょっとツンツンしてたのに、何でだ? そんな俺の思考に気付いたのか、ソウは初めてこっちを見た。

 

 『べ、別にツンツンしてる(そういう)訳じゃないんだからっ』

 

 ここにきてデレですか。

 

 『だ、誰がデレてるのよ!』

 「……なぁソウ、涼月は約束破ったら……怒るかな?」

 

 お互いに生きるーーそう言って港で別れた俺と涼月だが、現実は甘くないだろう……。俺の言葉を聞きとがめたソウは、菱形()の四辺を凹ませた、シイタケに入れた切れ込みのような目を光らせている。 

 

 『涼月は怒らないよ、でも必ず悲しむ。そんな事にならないよう――』

 「いや、カボチャの収穫しとくって涼月には言ったんだが……やってる暇ないよな、と思ってさ」

 

 唇の片側だけを上げてにやっと笑う俺に、揶揄われたと気づいたソウは、短い手足をじたじたして俺をぽかすかしようとする。砲塔()を手で押さえたのでキックもパンチも俺には届かなかったが、何となくソウが笑っているように感じた。そんなやり取りをしていると、ふわりと風に舞う様に、肩ほどのピンクの髪を躍らせた二一号対空電探改の妖精さんが報告にやってきた。

 

 『……始めよう?』

 

 こくりと頷き俺は立ち上がる。ざっと見ただけでも二〇〇機を超える大編隊を、島の上空まで十分に引き付ける。狙いは後方に位置する攻撃機、雷撃を極力防がないと涼月が危ない。

 

 この島にいるのは俺を除けば全て妖精さん。司令官でもない俺の頼みを聞いてくれて、本当にありがとう。彼らとの意思疎通に声の大きさは関係なく、意志や思いの強さの方が大切だ。それでも、必ずやれると心で信じるために、腹の底から声を出して叫ぶ。

 

 「全員配置についてくれ! 砲撃開始、涼月に指一本触れさせるなっ!!」

 

 号令一下、泊地に残された唯一の大口径砲……三式弾を装填した試製三五.六cm三連装砲が轟音を響かせ、群れの一角を炎の散弾で飲み込んだのを皮切りに、高角砲が一斉に火を噴く。予期せぬ痛撃で一時は混乱した敵編隊だが、すぐさま散開し猛然と俺達に向かってきた――――。

 

 

 

 「クソッ! キリがない……っ」

 

 立ち上る黒煙と炎、間断ない地響きは急降下爆撃の着弾。炸裂する爆弾は地面を抉り、衝撃波はなぎ倒した木々や舞い上がる瓦礫を高速でぶっ飛んでくる凶器へと変える。所構わず振り撒かれる敵の爆撃は命中精度なんか考えていない、()()()()()を標的にしているのだから。

 

 荒れ狂う破壊の暴風の最中、俺は倉庫から補給の弾薬を各所で戦う妖精さんに届けるため駆けずり回っている。だが相手は爆撃機だけじゃない。突然、隣を走っていたソウに突き飛ばされ即席の塹壕に落っこちた。一緒に転げ落ちてきたソウは俺の上に立ち砲身の仰角を上げる。ぐぇっ、重いっ!

 

 『舐めるな、猫艦戦改っ!!』

 

 俺の横に機銃掃射でできた土煙が猛烈な勢いで巻き上がる。こちらの対空攻撃を妨害するため艦戦も乱舞し、少しでも動くものがあると撃ってくる。

 

 ソウが体ごと向きを変えると、長く伸びた砲身の先が炎と煙に包まれ、甲高い射撃音が耳を貫く。旋回の途中をソウに見越し射撃で狙い撃たれた敵の艦戦は爆散し、空に黒煙と残骸を撒き散らす。助かった……けど、降りてくれないか。手を動かしぽんぽんとソウの砲塔基部(胴体)を叩いた拍子に、深く長く刻まれた傷に指先が触れた。

 

 『えっち……ど、どこ触ってるの!?』

 「はぁっ!? 」

 

 場違いなセリフと共に俺から降りたソウは周囲の警戒を続けている。終わりは見えている、問題はその終わりをどこまで引き延ばせるか……戦闘は続き、確実に俺たちの被害が増している。こんな時に何がえっちだよ、熱くなり過ぎた頭がいい感じで冷えて、笑えてきた。頭に浮かぶ思い……本音であり未練、かな。だから口には出さずに飲み込んだ。

 

 

  ――涼月、君は生きろよ。

 

 

 

 『()()()どうしてるかな、涼月(お嬢)?』

 

 危険な緊張に満ちたこの脱出行で初めて長一〇cm砲(レン)が口にした言葉に、自分に言い聞かせ不安を払うように応じます。

 

 「安曇さんはご無事です! 約束、しましたから!」

 『や、ソウのことだったんだけど……。そうだよねぇ、安曇だよねぇ』

 

 レ、レン? こんな時までふざけないで! 肩に羽織る安曇さんの第一種軍装の上着に伸びた指先が固まり、頬が一気に熱くなりました。前回の戦闘で襤褸になったジャケットの代わりの……お守り。アイロンがなくてシワを伸ばせず、どうしようかと考えあぐねているうちに、返しそびれていたのですが……。

 

 必死に北上を続ける――一刻も早く連合艦隊(味方)に合流して安曇さんを迎えに……! 深夜の抜錨から夜明けは既に遠く、いつ敵襲を受けても不思議ではありません。けれど、ここまでは順調な航海が続き、むしろ気味が悪いほど。

 

 それほどに敵の進攻が遅い。それは安曇さんの立てた遅滞戦術が成功している証拠。

 

 でも全ての敵を拘束するのは無理で、遅かれ早かれ敵は来る。いくら私が防空駆逐艦と言っても、単独での戦闘能力には限りがあります。本来なら二基四門の高射装置付長一〇cm連装砲A型自律稼働砲塔、レンとソウが私の盾であり矛。でも今一緒なのはレンだけ……。あとは通常型の長一〇cm連装砲、一三号対空電探改、それと補強増設のボフォース四〇mm四連装機関砲で戦わないと。

 

  ――守るどころか足引っ張っちゃう。だから一緒に行けない……。あいつの事は任せて、放っておけないしね。

 

 砲塔の旋回不良と自律行動機能(運動能力)の低下……前回の戦闘で砲塔基部()に受けたソウの損傷は思いのほか大きく、能力の落ちた泊地の入渠施設では限定的な修復が精一杯。ソウは頑なに泊地への残留を主張し、止めることはできませんでした……。

 

 

  ーー涼月、君は生きろよ

 

 声が聞こえた気がして後ろを振り返った私は、長一〇cm砲(レン)に呼ばれ、我に返ったように慌てて前を向き直り、言い訳めいた口調で答えました。

 

 『涼月(お嬢)?』

 「あ、安曇さんに 呼ばれたような……気がして」

 「悪いけど惚気はあとで。電探に感あり!」

 

 大きく波を蹴立てて大回頭し、遠くの空を睨み上げます。視線の先には――――。

 

 「……合戦、準備!」

 

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