一三号電探改の捉えた敵機の群れは、バラバラと統制なく縦に長く伸びた隊列。高度は七〇〇m前後の部隊と、後に続く六〇〇〇m前後の部隊――雷撃隊と艦戦が先行し、遅れている爆撃隊の集合を待ちながら編隊を整えようとしているようですね。
泊地に残る安曇さん達は敵の拘束に成功した。敵の攻撃隊に無視できない損害を与えたため、対地攻撃が可能な爆撃隊が泊地攻撃を余儀なくされた。それは、涼月のために……安曇さんは苛烈な攻撃に晒されていること……。
それでも全ての敵機を拘束できるはずもなく、視線のはるか遠くの空にぽつぽつと増え始めた黒点、その全てが破壊と死を運ぶ翼。彼我の距離と速度差を考えれば、逃げ切れるものではなく、むしろ安曇さんはこれだけ時間を稼いでくれて、想像よりも遥かに多くの敵機を削ってくれたんだ……今私の胸にある感情は、どんな言葉でも言い表せなくて、ぎゅっと胸の前で手を握ることしかできない……。
これだけの想いに、涼月はどう応えれば……。今の私にできるのは、必ず生き抜くこと。南下中の味方の航空隊がそろそろ姿を見せるはず、それまで持ち堪えれば――――。
敵は既に動き始めています。低空を進む敵の雷撃隊が緩降下しながら射点確保に入り、上空からは艦戦が急降下で迫ってきました。
主機を上げ増速しつつ空を見上げると、肩に羽織った安曇さんの第一種軍装も僅かな衣擦れの音を立て揺れます。長い袖を手に取り、擦り切れた袖口を頬に当てると、不思議と微笑んでいる自分に気付きました。腰背部から前に伸びる分割された艦首状の装甲の内側、右舷側の
上空から迫る敵艦戦の機銃掃射が、海面に小さな水柱を立て駆け抜けてゆく。装甲に当たり甲高い音を立て跳ねまわる機銃弾に耐えていると、入れ替わるように一二機の艦攻がみるみる近づいてきます。海には私一人、様子見などせず一斉攻撃に打って出たのね。望むところ、です。引き付けて、引き付けて……できるだけ多くの敵機を一気に叩く。
「………撃て!」
面舵を切り右回頭、敵機が回り込んで射点確保に動いたのを見計らって急速転舵して敵編隊と正対。すぐさま二基四門の長一〇cm高角砲が四秒間隔で火を噴き、秒速一〇〇〇mに達する高射砲弾が、次々と黒煙の花を空に咲かせます。魚雷ごと爆散し海面に破片を撒き散らす機、魚雷を切り離した直後で浮き上がった所に被弾し宙返りしながら落ちてゆく機……けれどフェイントに引っかからない敵機が次々と魚雷を海へと解き放ちました。
この一合で五機を撃墜し、機銃掃射を私に浴びせながら上空を駆け抜けようとする残存の部隊には、四連装のボフォース四〇mm機関砲が唸りを上げて撃ちかかり二機撃墜。計七機……もう少し墜としたかったけど、仕方ありません。それよりも今は回避運動を!
『
大丈夫、レン。分かって、ます……。私の進路を塞ぐように左舷側から加えられた、放射状に広がる白い五筋の雷跡。取舵では回避不能、ならば面舵いっぱい――――それは罠。強制された大回頭の先には、速度が落ちたところを狙う別の攻撃隊が待ち構えています。
それなら……最大戦速に加速して突入! 一本、二本目の魚雷を躱し、三本目の直前で両足を揃え踵を外側に
「レンッ!!」
『りょ』
左舷側の装甲を大きく開いてレンの射界を確保、二基同時に俯角一杯で斉射! 黒い砲煙を切り裂くように、私の体は反動でそのまま宙を斜め上に飛び、四本目を飛び越える。放物線の頂点から緩やかに落下し着水しそうになった所でもう一度斉射、五本全てを躱しきる。
着水と同時に砲撃開始。宙を跳ねながらも一三号対空電探改で目標の探知追跡、その情報を元に九四式高射装置で未来位置修正角計算、射線設定は行っています。腰をやや落とし膝を柔らかく上下させ、下半身全体でバランスを取りながら、罠を躱され慌てて追尾してきた敵機を連続で撃ち落とします。
「
こくりと頷き、右舷側装甲内側の固定具を解除し、レンを海上に解き放ちます。自律行動を取るレンに上空の敵を任せ、私は低空の敵に専念します。ただ――――。
『
「……言わないでっ!」
今戦ってる敵機の群れを追いかけるように、遠くの空に続々と増える黒点。戦いはより激しくなる……覚悟を新たにペンネントを締め直します。敵の増援は、泊地での戦いが終わり、後続部隊が体勢を立て直し迫ってきた証。
同時にそれは、安曇さん達が戦う力を失った事も意味します。無意識に手が何かを探し、見つけた。肩に羽織った安曇さんの第一種軍装の上着の袖を、手を握る様に掴みますが、握り返される事はありません……。唇の裏まで上ってきた叫び……声にすれば認めてはいけない事を認めてしまいそうで、必死に飲み込んだ。
――安曇さんっ!!
◇
降り注ぐ爆弾の雨の下、呼ばれたような気がして振り返る。が、誰もいる筈がない。各所で戦う妖精さん達のため弾薬を届けに走り続ける俺を支配するのは、一瞬先に死ぬかもしれない恐怖感と、一瞬前の自分が生きながらえた高揚感――錯綜した感情はアドレナリンの過剰分泌に繋がり、とっくに疲労の限界を超えた俺の体を動かし続けている。
俺たちの不意打ちから始まった戦闘だが、序盤で敵機を散々に打ちのめした三式弾装備の試製三五.六cm三連装砲、主力兵装の一二.七cm連装高角砲と二五mm三連装機銃は既に沈黙し、今は一二.七mmや二五mmの単装機銃を操る妖精さん達が、撃ったらすぐに密林に逃げ込んで違う場所からまた撃つ、を繰り返して辛うじて反撃を続けているだけ。敵編隊も部隊を糾合し再編する様子が伺え、敵の拘束も限界に近付いている。
新たに弾薬を届けに行った先で見たのは、拉げた砲身に打ち砕かれた銃座、そして倒れている兵装の妖精さん。
「しっかりしてくれっ! すぐに入渠できるから!! ……って、うぉぉっ!!」
返事の代わりに弱々しく頷く妖精さんを両手で抱きかかえ、俺は入渠施設に向かって密林の中を全力で駆ける。爆撃で抉れた穴を飛び越え、着地したところで掘り返された木の根っこに躓き地面に叩きつけられる。
慌てて手の中を見る。俺の手の中の
座り込み項垂れていた俺に陰が差し掛かる。目線を僅かに上げるとソウがいて、ただ何も言わず悲しげにふるふると
「ソウ、敵機直上っ!!」
返事もせず体ごと振り返ったソウは、俺を庇うように立ちはだかりながら砲身を仰角一杯に上げ迎撃を開始。ソウの背中越しに見る敵機は銃撃を続けソウの砲撃を妨害しつつ、爆弾の投下体勢に入る。ソウの砲塔に敵の機銃弾が当たり弾かれるカンカンカンという甲高い音を掻き消す、長一〇cm砲の連続砲撃音。
『伏せてっ!!』
ソウの言葉は耳に入ったが体には伝わらない。俺の目は敵の爆撃機から切り離された爆弾が真っ直ぐ自分に向かって近づいてくるのを、スローモーションのように見ていた。ソウなら躱せるはずだが、一歩も動かず落下してくる爆弾を狙い砲撃を続ける。
激しく打ち上げられる高角砲弾を掻い潜るように迫る爆弾に、ついに命中! 空中で炸裂した爆弾は至近距離で激しい轟音、衝撃波と弾殻の破片、爆風を撒き散らす。ソウが身を呈して庇ってくれたが、それでも体ごと吹き飛ばされ、体全体がばらばらになるような衝撃に意識を手放してしまった…………。