月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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02. 孤独な月

 突撃の言葉通り戦線に躍り出た涼月は、長一〇cm連装高角砲を自在に操り次々と敵機を撃ち落としているようだ。水平線のあたりに小さく見える激しく動き回る味方と、次々と空に咲く黒と赤の爆炎の花、通信越しに聞こえる護衛部隊四名の驚きの声と連続して聞こえる高角砲の射撃音が戦況を教えてくれる。

 

 「貴女は……確かに秋月型防空駆逐艦三番艦の涼月……本当に……!?」

 「敵機来るよっ! って、は、速いっ! もう撃墜したの!?」

 「ほぉ……流石は乙型、対空戦闘はまさに本職だな。だが負けてなるかっ!」

 「いいかんじぃ~! 私達の力、思いしれぇ~! ええぇ~い!」

 

 涼月の参戦で息を吹き返した護衛部隊も力を振り絞って敵機に当たり、敵の空襲を打ち払うことに成功した。最初は状況が把握しきれず戸惑いの空気が流れていたくにさきの艦橋も、敵機撃墜の報告が増える度テンションが上がる。

 

 気が付けば息を殺して護衛部隊の実況を聞いていた俺も、最後の一機を仕留めた時との報告に大袈裟なまでに大きく息を吐き、制服の詰襟と第一ボタンまで開けると内に籠もった体の熱を逃す。

 

 それにしても……艦隊本部が特務を発令してまで涼月を帰還させたいのも頷ける。艦娘四人で大きな損害を出しながら一一機撃墜したのに対し、涼月は一人で残り一三機を片付けたようなものだ。元々の能力に加え、相当高い練度なんだろう。

 

 微速まで減速したくにさきは、護衛部隊四人の収容のため後部門扉を開放し、艦内は入渠と補給のため慌ただしくなる。現在海軍が保有する通常戦闘艦艇の多くは入渠施設と簡易工廠を備えた艦娘用の母艦に大改装され、中でもウェルドックを備えるおおすみ型輸送艦は母艦に好適で、かつ居住性も高いので重宝されている。

 

 とはいえ深海棲艦との戦いに通常艦艇は役に立たず、特にくにさきのように足の遅い艦は今回のように会敵すると、戦闘は艦娘に任せて逃げるしか手立てがない。だが戦闘が終われば話は別、艦娘のメンテナンスに最大限力を発揮できる。

 

 喧騒を他所に、俺は艦橋を後にする。ここにいてもやることが無いのだ。くにさきのクルーも、ちらりと俺に視線を送るが何も言わない。

 

 俺の任務は涼月を帰還させることだが、くにさきの任務は(積荷)を目的地に配達し、涼月(別な積荷)を回収し帰投すること。同じ艦に乗ってはいるが、隣のクラスに無理矢理入れられたような半端ない場違い感に耐えられなかった。

 

 靴底が武骨な昇降路に当たり、こつこつと音を立てるのを聞きながら、俺は唇を歪める。任務を厳密に解釈すれば、涼月の帰還と俺の帰還は別な事象なのだ。涼月は帰還させなきゃならない、俺と涼月の二人とも帰還するなら勿論それもいい、でももし何らかの理由で俺だけが帰還できなくても、誰も困らない。別にそう言われた訳じゃないが、間違いなくそうだろうなと思う。

 

 昇降路を降りきった先、潮風の塩分でやや動きの固くなったドアを力を入れて押し開けると、薄暗い通路に溢れかえる日の光で視界が一瞬真っ白になる。目を細め手で庇を作りながら、俺は再び全通甲板にやってきた。ウェルドックは今頃護衛部隊の収容作業で大忙し、俺がいても邪魔になるだけだ。

 

 

 艦首の方へと進む俺は、聞きなれない機関音を耳にして音の方向へ顔を向ける。それは後方から現れくにさきと並行して海上を疾走する一人の艦娘の物だった。彼女も速度を落とし、くにさきを注意深く眺めている。損傷がないか確認してくれてるのかな、きっと。護衛の四人は艦内にいる、なら彼女こそ――――涼月に違いない。

 

 

 「涼やかな月、か……」

 

 

 視認できる距離まで近づいた彼女の姿をはっきりと見た俺は、無意識に呟いていた。名は体を現すという通り、彼女によく似合うと思った。

 

 半袖の白いセーラー服とミニスカート、その腹部を覆う濃灰色のコルセットは秋月型の共通仕様だが、潮風に緩く踊るセミロングの銀髪と指先まで覆う白いインナースーツ、肩に羽織っているジャケットが特徴的だな。

 

 ただ、全体的に薄汚れている……というと失礼だが、制服のあちこちが傷み所々破れたりしてるのが目についた。艤装もあちこち損傷している。それはそうだろう、一人きりで廃墟と化した泊地に立て籠もっているんだ、不自由も多いはずだ。上司には嫌な顔をされたが、色々持ってきて正解だった。

 

 不意に目が合い、青みがかった澄んだ瞳と視線が絡み合う。資料で見たのと違い、儚げな中にも張り詰めた表情。何となく……静かな涙、そんな印象を受けた。俺の気のせいだろうか……。

 

 

 「涼月、守ってくれたんだな! 心から感謝する!」

 

 

 軍人としてはそれだけで失格ものだが、俺は大声を出すのも出されるのも大嫌いだ。だが今はそんなことを言ってる場合じゃない、くにさきからやや離れた海上に立つ涼月に聞こえるよう、腹の底から声を絞り出し呼びかけた……が、返事はなかった。

 

 涼月は顔を伏せ、彼女の腰から左右に分割して展開される艦首状の艤装の内側にいる、二体の長一〇cm連装高角砲の星十字の目が光ったようにも見えた。砲塔なのに顔と小さな手足があり、ある程度の自律行動をする秋月型の主砲……すげぇ技術だと思う。

 

 

 「対潜……警戒厳として……ください」

 それだけ言い残すと、涼月はくるりと方向を変えると速度を上げ走り去った。

 

 

 

 …………え?

 

 

 

 俺は視線を、小さくなる涼月の背中、さらにその先に広がる小さな群島と環礁(リーフ)に向けるしかなかった。群島の中の一番大きな島に、かつて小さな泊地――現在は放棄された廃墟がある。それが涼月のいる場所であり、俺の目的地だ。

 

 「ま、簡単じゃないってのは分かってたけどな……。予定通り上陸するか」

 

 くにさきの艦橋に涼月の伝言を伝え、さらに複合作業艇(RHIB)の準備をしてくれるよう依頼する。RHIBに艦隊本部から持ってきた各種サプライを積み込んで涼月の元へと向かうことにした。兵学校時代の操艇訓練しか経験は無いが、まぁ何とかなるだろう。

 

 

 準備ができるまでの間、改めて資料に目を通すためタブレットをスワイプする――――。

 

 『グレイゴースト』率いる深海棲艦艦隊の勢力下にあるこの海域で、対空対潜哨戒・気象観測を受け持った小さな泊地。猛攻を受けたこの基地は最終的に壊滅したが、最後まで頑強に抵抗を続け敵に大損害を与えた。与えたと断定できるのは、基地は壊滅し多くの艦娘が犠牲になったものの少数の艦娘は生還を果たし、彼女達の語った内容で、この泊地で何が起きたのかが判明したからだ。

 

 数波に渡る大規模空襲を耐え抜いたものの、継戦能力の喪失まで僅かとなった状況で、南方特有の天候の急変……巨大な積乱雲が急激に発生し広範囲が雷雨に覆われたようだ。荒天で敵の攻撃が止んだ間隙を縫い、泊地の司令長官の座乗する母艦と残存の艦娘六名が護衛となり島を脱出した。味方の援軍との合流を目指し北上を続けた一行だが、積乱雲の嵐を抜けた先で再び『グレイゴースト』の攻撃隊に襲われた。

 

 「その中の一人だった、って事か……」

 

 『グレイゴースト』の襲撃は成功、母艦は沈められ、護衛の艦娘にも犠牲が出た。MIA(戦時行方不明)は司令長官と艦娘二名。その内の一人が涼月とされていた。

 

 

 だが彼女は生き残った。

 

 

 生き残り、自分のいた泊地に帰り着き、今も孤独な戦いを続けている――――。

 

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