22. キャンディ・ムーン
「ちゃんとお食事、召し上がってますか? え? あまり食べて、ない……?」
――体調が思わしくないのか?
「カボチャの煮っ転がしの味が違うから? うふふ、お世辞でも、嬉しいこと……」
――
「やっと……やっと会えますね。勿論、お迎えに上がります。はい……そうですね……」
――やっと……ビデオチャットは会ううちに入らないのか。
「あっ、もうこんな時間。明日は早朝にそちらを立つんですよね……それじゃ……」
――今日
「え……でも……」
――ん?
「先に切ってくださ……え、私から? ……なら、一緒に……」
――僕が電話を終わらせようか? 物理的に。
電話をどっちが先に切るのか、結局それで話が続き通話続行。
毎日よく飽きないものだな……ちょっとだけブラックな気分の混じる僕のジト目に映るのは、部屋の真ん中の通路と共用部を挟んで左右にベッドやドレッサー、冷蔵庫やミニキッチンやらが置かれた外来者用の二人部屋と、僕がいる方の反対側にあるベッドに座る涼月姉さん。
風呂上がりの名残を残す、少しだけ濡れたセミロングの銀髪に上気して桜色に染まる抜けるように白い肌。もっとも頬が赤いのは通話相手のせいだろう。ベッドの上で姉さんが姿勢を直すたび、シルクのパジャマは滑らかな皺を作りながら形を変え微かな衣擦れの音を残す。軍支給のスマホを宝物のように胸に抱く姉さんの姿を見るたびに、複雑な思いを抱いてしまう。
◇
現界している秋月型駆逐艦――舞鶴鎮守府には二番艦の照月姉さん、佐世保鎮守府には四番艦の初月……つまり僕。外地に配備されていたのは一番艦の秋月姉さんと三番艦の涼月姉さんだが、所属拠点失陥の結果、秋月姉さんは呉鎮守府に再配備され、涼月姉さんは現地に留まり続けていた。
感情では一縷の期待を繋いでいたが、理性では諦めていた。泊地を滅ぼした驕敵に一矢報いたい……同じ艦娘として気持ちは分からなくもない。だが悪名高いグレイゴーストに、駆逐艦娘が一人でどうするというのか。
物静かで穏やかな涼月姉さんだが、秘めた芯は強く、一旦決断したことは容易な事で変えたりしない。泊地壊滅と司令官を助けるための脱出行の
けれど――――涼月姉さんは連合艦隊とともに帰還し、そのまま呉鎮守府に仮配備された。生き抜いてくれたことはとても嬉しいんだ。でも生と死の狭間に存在する僕たち艦娘だからこそ、捨てると決めた命を再び生きる方向に舵を切るのは並大抵のことではない。何が涼月姉さんにそうさせたのか、確かめたくなった。
とは言っても、佐世保所属の僕が姉に会いたいからって勝手に呉を訪れることはできない。だから呉との演習メンバーに加えてもらい、さらに提督に頼み込んで少しだけ呉に滞在させてもらう許可をもらった。
最初は難色を示していた提督だが、『こういう時に使わなきゃ』と照月姉さんの教えに従った
という訳で話は冒頭に戻るが、涼月姉さんが帰還して約一か月が経ち、僕が呉に来て一週間。訓練や検査や睡眠中を除けば、常にスマホで誰かと連絡を取り、頬を赤らめながらくるくると表情を変える、恋する少女のような涼月姉さんを見るために、僕はここに来たのだろうか……。
◇
ようやく通話を終え、僕の視線に気付いた涼月姉さんは、にっこりと微笑むと軽くベッドを軋ませて立ち上がり、そのまま僕の所へとやって来ると、隣に腰掛けた。
「お初さんは……明日まで、ですよね?」
「ああ、流石に佐世保に帰らないと、な」
ぎりぎり間に合った、という所だ。涼月姉さんの動向に大きな影響を与えている存在が、明日呉にやってくる。
最近ではアトランタ級など対空能力の極めて高い米艦の配備も進みつつあるが、なに、僕ら秋月型駆逐艦こそ艦隊防空の中核だ。邂逅実績の極めて少ない、しかも歴戦の涼月姉さんが激戦地から突如帰還したとあって、各拠点とも色めき立って配備を希望していたが、涼月姉さんは頑として首を縦に振らず、当面の措置として呉鎮守府への仮配属となった。
「僕はてっきり、涼月姉さんが
「み、みさ……。わ、私と安曇さんは、
わたわたと慌てふためく涼月姉さんだが、その仕草が全てを語っているよ。
灰墟となった元泊地で、涼月姉さんと一緒に暮らしていたという安曇特務少佐。グレイゴーストとの戦いで負傷し、帰還と同時に呉の海軍病院で応急処置、その後艦隊本部のある横須賀へと移送され、入院→事情聴取→リハビリのコースで軍務復帰に約一か月を要した。だが涼月姉さんとの事を、素直に祝福していいのか迷うところだ。
聞けば
「将来性に賭ける、って言うのかい?」
「安曇さんは今回正式に少佐として第二軍区に配属されたって仰ってました。きっと任地を得て、立派な司令官として独り立ちされます!」
事実と願望の混じった話……だめだ、どう聞いても僕には、家も仕事も無くギターの腕前だけが頼りのバンドマンに、涼月姉さんが入れあげているようにしか思えない。
「……涼月姉さん、その男に貢いだりしてないだろうね?」
「はい? 何をどうすればそういうお話に?」
「いや、初めての男を特別だと思いたいのは分かるが――――」
「さっきから何を言ってるの!? ……お初さん、そこに座りなさい?」
いや、さっきから隣に座ってるじゃないか。え? 正座?
すうっと目を細め真剣な面持ちになった涼月姉さんはすでにベッドの上で正座、完全に説教モードに入っている。僕も少し言い過ぎたかな、と思い神妙に正座をしたのだが……説教の方がましだった。
涼月姉さんの話は、二人の馴れ初めから始まり、元泊地での暮らしぶり、撤退戦で安曇少佐がどれだけ勇敢に戦ったのか、挫けそうになる涼月姉さんがいかに少佐の言葉に支えられたのか…………至って真面目にノロけている。時折心を無にして聞いてる振りでやり過ごすしかないか。
「……聞いてますか、お初さん!?」
「甘すぎる話に血糖値が急上昇中だが、聞いてるよ。要するにお付き合いは順調、って話だよね?」
「ち、違いますっ!! そんな……す、好きだとか言われたわけでも……」
確かに人間と僕ら艦娘の関係は色恋もあるが、上官と部下としての信頼関係や同じ戦場に立つ戦友同士のそれが先に来る。涼月姉さんの話を辛抱強く聞いて、分かったのは――――。
帰る海がある。
安曇少佐はそう言ったそうだ。涼月姉さんの心を動かしたその言葉を、どう証明するのか……僕も興味が湧いてきた。
「明日はその安曇少佐殿を僕にも紹介してくれるんだろう? そうと決まれば早く寝よう、それとも寝不足の顔で出迎えるのかい?」