月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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 「外来者用の宿泊施設なのに、立派なお台所……素材も調味料もお願いすればすぐ届けて頂けたし、こんな贅沢……。流石呉鎮守府、というところでしょうか」

 

 お初さんがミニと言っていたお台所は、確かに作業スペースと流し台は少し狭いかな……と思いますが、ガスコンロは二口ありますし、十分です。コンクリ片を組み合わせて作った竈に薪をくべていた泊地でのお料理に比べれば、火力の調節もしやすいですし、ファンもあるので煙が目に沁みないので助かります。

 

 がさごそ動いて、とんとんと包丁がまな板に当たる音、お鍋が五徳に当たる音、水の流れる音……台所仕事に音は付き物ですが、朝早くから煩かったよね。ぼんやりした表情でベッドからこちらを窺うお初さんに申し訳ないな、と思います。

 

 「音はどうってことはないんだが、その美味そうな匂いを嗅がされたら、ね……。頭より胃袋が起こされるよ」

 

 正直な言葉に肩を竦めてくすっと笑います。そうですね、少し取っておきますね。味見もしてもらった方がいいでしょうし。あ……でも、味の好みが違うかな?

 

 「今日佐世保に帰る僕のためじゃない、って訳だ。まぁいいさ、僕はついででも」

 

 そ、そんなつもりでは……。わたわたと手にした木べらを振り回した拍子に、たれが跳ねてしまいしまいました。

 

 

 今日は……呉に安曇さんがやってきます。約ひと月ぶりに……会える。

 

 

 離れてる間に電話やチャットで色々お話するうちに分かったのは……放っておくと安曇さんはかなり適当な食生活を送るってこと。きっと朝ご飯は珈琲だけで済ませてるはず。お体のためには朝昼をしっかり食べて夜を控えめにした方がいいのに、真逆みたい、です。入院中は行き届いた病院食なので安心でしたが……。

 

 「味が違うと言ってくれたカボチャの煮っころがしと、奮発した白米のお握りですが、食べてくれる、かな……」

 「やれやれ、まるで新妻みたいだな。僕はお腹いっぱいになってきたよ」

 

 はぁっ!? だ、だいたい、お初さんは誤解してます! 私と安曇さんの関係は、艦娘と特務士官として出会って、ただの二人として時を経て…………なら今は? そしてこれからは……? お初さんが投げ込んだ脈絡のない言葉のせいで、一気に頭の中で色々な想像が広がってしまいました。

 

 「涼月姉さん、頬を赤らめてぽーっとしてるのはいいけど、お鍋、大丈夫かい?」

 「え? あ? きゃぁっ! もうっ、お初さんのせいで少し焦げちゃった!」

 「涼ちゃん、なんでいるの!? 安曇少佐はもう到着してるよ、出迎えるんでしょ? 呉の提督の都合で、急遽今日の予定は全部前倒しになったの聞いてるでしょ!?」

 

 ノックもそこそこにドアを開けた秋月姉さんが、聞き捨てならない情報を持ってきました。ええっ!? そんな話、安曇さんは……。慌てて確認したスマホには未読メッセージが……ありました。あれ?

 

 昨夜はあの後結局お初さんと話し込んで寝るのが遅くなり、今朝は少しお寝坊したので早くからばたばたしてて、気づかなかったんだ。これは……私としたことが……。

 

 お鍋の火を止めて器に移して、土鍋のご飯は蒸らし中だからそのままにして……。ああっ、お初さん、まだパジャマのままなの!? お初さんを急かして着替えさせ、部屋の入口で待っている秋月姉さんと合流します。

 

 「そのままの格好でいいの? それはそれで可愛いけど……」

 

 言われて気づきました。戦地ではないのでインナースーツは脱いで白のセーラー服、お料理中だったのでエプロンとアップにまとめた髪のままでした。エプロンをはずし髪を直して……いけない、たっとベッドサイドに駆け寄って、壁に掛けていたぼろぼろになったジャケット……大切なお守り、安曇さんの第一種軍装の上着を肩に羽織ります。さぁ、急がないと!

 

 

 慌てて正門に駆け付けた私達が目に出来たのは、呉鎮守府の執務棟に入る安曇さんの後ろ姿だけでした……。

 

 気を取り直して部屋に戻り、朝作っていたお食事は、あと何品か加えてお昼のお弁当に仕立て直します。安曇さんのご予定は、午前中は呉鎮守府の提督と面談、夜は歓迎会ですから、午後は空いてます。……お昼、ご一緒できますよね。

 

 

 

 居酒屋鳳翔。呉鎮守府内で軽空母の鳳翔さんが切り盛りする、昼は定食で夜は居酒屋のお店。艦娘の新任や転任に伴う歓送迎会といえばここなのですが――――。

 

 安曇さんの着任と、()()は居酒屋鳳翔で懇親会を行うことが同時に発表され、手隙の艦娘は参加するように、との連絡をお部屋で知った私とお初さんは、折詰にしたおかずと二人で作ったお握りを詰めたカバンを手に、思わず顔を見合せてしまいました。

 

 歓迎会は夜のはずでしたが、呉鎮守府を率いる牧島大将のご予定が急遽変更になり、色々行事を組み替えた結果らしいです。ご多忙の中でも安曇さんへ配慮をしていただけるのは……嬉しい、こと……。

 

 「……いいのかい、涼月姉さん? その、色々……」

 「…………ええ」

 

 私とお初さんは壁に凭れたまま、大広間に集まるみんなの笑い声をどこか遠くに聞きながら、会話に加わらず眺めていました。入れ替わり立ち代わり現れる艦娘と挨拶を交わす安曇さんとは、時折視線が合いますが、話す機会が……。

 

 呉の総旗艦の司会のもと懇親会はつつがなく進みます。会も中盤に差し掛かり、改めて壇上に招かれた安曇さんが、今後の抱負などを語るようです。安曇さんを追う私の視線は、大広間の中央で止まりました。フードステーションとドリンクコーナーが用意され、色とりどりの贅を凝らした華やかなお料理が飾られているのを見て、お弁当の入ったカバンに力なく視線を落とします。出番、なさそうかな……。

 

 カボチャの煮っ転がしと切干大根に、梅干のお握り(海苔も付いてます!)、それにお初さんの提供してくれた秋刀魚の缶詰。美味しくできたと思うんだけど……。

 

 

 壇上の安曇さん……いえ、もう安曇少佐とお呼びしなければ……が遠く感じられました。配属も決まり、これから多くの艦娘を率いて戦いの海に臨む方です。グレイゴーストの影を気にしながらも、時が止まったようなあの泊地で、二人で育てたお野菜と麦飯を食べ、静かに暮らした時とは、何もかもが変わる……変わったんですね。初めてみる真っ白な第二種軍装の姿が妙に眩しくて、目を伏せてしまった……。

 

 いけない、自分の考えに没頭していてお話を聞いていませんでした。それで、と一旦言葉を切った安曇さんは、目深に被っていた制帽を直し、きょろきょろと会場を見渡しています。

 

 

 目が合い、思わず伏せる。

 

 

 「近日実施される作戦に艦隊司令として参加するため、任地への赴任は当該作戦の終了後になる。作戦に参加する艦娘は呉鎮守府から貸与を受けることになるので、以後個別に打診させてもらうのだが――――」

 

 そう……なんですね。もう一度言葉を切った安曇さんの視線が、私に向けられたままなのに気付きました。少し痩せましたね。表情も固いと言うか、緊張してます?

 

 

 「さて……今日は懇親会を開いていただいて感謝している。予定のある者もいるだろうから、この後は各自自由にしてほしい。それでは、私もここで失礼させてもらう」

 

 壇を降りた安曇さんは、真っ直ぐに私の方へと向かってくると、立ち止まり柔らかく微笑みかけてくれました。

 

 「やっと会えたね。涼月さえよければ、今からお昼にしないか? 朝からコーヒーだけで何も食べてないんだ。え? だって涼月が言ってたじゃないか、カボチャの煮っ転がしを作って待ってるって」

 

 ずるい、です……そんな事を言うなんて。鼻の奥がつんと熱くなり、ぎゅっと唇を噛み締めて涙を堪えます。

 

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