月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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 俺達特務艦隊の向かう、補給物資集積所と整備拠点の置かれたその島は海域中の重要拠点の一つで、多くの民間人が暮らす事もあり相応の戦力が配備されていたーーあくまで過去形として。

 

 今回の戦況は、グレイゴーストの跳梁に対抗すべく度重なる戦力抽出を受け弱体化した所を狙い撃ちされた、と言える。

 

 俺と涼月のいた泊地(正確には元、だが)に続き、この島まで失陥するとこの海域での作戦行動は取れなくなるのは明白だ。

 

 牧島大将は『露払い』と言ったが、ここで敵の勢いを押し留めないと、後に続く呉の連合艦隊でも苦戦は免れない。そのためにも島に残された民間人を一刻も早く避難させ、艦娘が全力で戦える状況を整えなければーーーー。

 

 

 この背景は特務部隊に参加した艦娘と共有され、目標とする島の北方に展開していた深海潜水艦隊を全艦撃沈、戦闘哨戒網の一部に風穴を空けた俺達は警戒陣で前進を続けている。

 

 

 今回の特務のため貸与されたのは、旧海上自衛隊の護衛艦DDG-177(あたご)。海軍の保有する通常戦力艦艇の多くは入渠施設と簡易工廠を備えた艦娘用の母艦に大改装され、このフネも例外ではない。

 

 前回の特務で母艦となったLST-4003(くにさき)がウェルドックを備え艦娘の整備補給に重点を置いたのに対し、純粋な戦闘艦艇のあたごが投入されたのは、兵装では対抗出来ずとも機動力と運動性能を駆使して一歩も退かず戦う、という意味だろう。

 

 「いざという時は艦を盾にしてでも守るさ」

 

 ざぁっと荒い潮風があたごの第一甲板を吹き抜け俺の頬を撫で、言葉を溶かしてゆく。

 

 呉鎮守府への戦況報告を終え艦をチェックする……というのは建前で、柄にも無い艦長公室も薄暗いCICも息が詰まりそうで外に出た。四周を見渡しても小さな白い波頭が砕ける海が広がるだけだが、高く抜けた青空は()()()を思い起こさせる。

 

 涼月と二人だけで過ごした、時が止まったような日々。

 

 胸を過ぎる思い出は確かにあって、心を波立たせる。だが今は……ふるふると頭を振って雑念を追い払う。

 

 「……守る、か……」

 

 口をついた言葉の対象は、勿論避難を開始する民間人だ。けれど同時に俺の脳裏に浮かぶのはーーーー。

 

 ばしんと両手で頬を挟むように叩き気合を入れ直すが気分がモヤモヤする。すでに日暮れは近く、部隊は夜陰に乗じて目標の島に急速接近する。

 

 「今のうちにシャワーでも浴びて頭を冷やすか……」

 

 ガリガリと頭を掻きながら、俺は第一甲板を後にする。

 

 

 時間は少し遡るーー。

 

 「そう……よい作戦指揮ね。引き続き警戒厳として」

 

 ぶっきらぼうに聞こえる淡々とした応対で通話を終えた艦娘は、左側に結んだサイドテールを揺らしながら秘書艦席を立ち上がると、自分の机を回り込むように進み、執務室の主にして呉鎮守府を率いる牧島大将の前まで進みでた。

 

 無言のまま自分の前に立った秘書艦を、黒い丸サングラスを少し下げて同じように無言でじろりとにらみ上げた大将は葉巻の煙を吐き出す。秘書艦は僅かに眉根を寄せ不快感を表に出しつつ、送られる視線の鋭さを意に介さず報告を始めた。

 

 「特務艦隊から敵の哨戒網を突破したと報告が」

 「まぁそんくらいはやるじゃろうよ」

 

 短くなった葉巻を乱暴に灰皿で消しながら興味なさそうに短く言葉を返した牧島大将だが、報告を終えても自席に戻ろうとしない秘書艦の気配に気づき問いかけた。

 

 「何じゃ加賀ぁ、言うてみい」

 「安曇少佐……どうして抜擢したのかしら」

 「妖精さんと一緒んなって生身で深海棲艦と戦う阿呆じゃが、肚ん座り方ぁ買える。一皮二皮剥けりゃぁ化けるじゃろ」

 「そうね……それに艦娘や妖精さんと引き合う力は強いようね」

 

 ぴくりと反応しサングラスを外した大将は、奥歯に何か挟まったような微妙な表情を秘書艦に見せる。

 

 「儂ら指揮官は必要なら(われ)ら艦娘に『死ね』と命じにゃならん。じゃがのぉ……あいつは涼月にそう言える奴じゃないけぇな。それどころか、母艦(あたご)で盾になるとか言いかねん。その辺が変わらんとな……」

 

 涼月との距離感を見て、牧島大将は安曇少佐の人となりと長所短所にすぐ気が付いた。ポテンシャルはあるが伸び悩んでいる士官、とは聞いていたが、要するにまだ軍人(大人)になり切れていない青二才(餓鬼)だ。それゆえに同じく純粋な艦娘の魂と共鳴したのは間違いない。

 

 「お互いに自覚はあっても踏み出せなくて一線を超えられない、そんな所かしら? 安曇少佐と涼月……それなりに、期待はしているんだけど?」

 「殺し合いやっとるんじゃで、一線引かんでどうする? まぁ奴が艦娘の惚れた弱みに付けこむ下種(ゲス)なら、身体中の皮ひん剥いて塩水ん中でタコ踊りさせとったがの」

 

 ケースから新しい葉巻を取り出し火を点けた牧島大将は、深々と吸い込み大きく煙を吐く。流石に顔を顰め手で煙を払いのけた秘書艦が苦言を呈し始めた。

 

 「執務室は禁煙よ」

 「硬ぇこと言いんさんなや。好きにさせぇ」

 「弓道着や髪に匂いが付いてしまうわ。それに……健康に良くないわ」

 

 何を今更、と片眉を上げ怪訝な表情を見せる大将に、秘書艦は滅多に見せない柔らかな笑顔で応えると、回れ右で執務室を後にした。

 

 「殺し合いの間は一線を超えてくれないのでしょう? この戦争が終わるまで、貴方には必ず長生きしてもらわないと」

 

 

 

 牧島大将と呉の秘書艦・加賀の間で交わされた話など知る由もなく、俺は一旦自室に戻り着替えを取ってシャワールームに向かっていた。曲がり角の多い通路を歩いていると、遠くから話し声が聞こえてきた。

 

 「今日は出番がなかったね、涼ちゃん」

 「そうですね……。でも秋月姉さん、グレイゴーストは……必ず来ます。その時こそ……!」

 

 ん? ……誰だ? 対潜戦闘に出た部隊は引き続き警戒続行中だが、母艦の護衛に回っていた部隊は帰投していたんだ。その誰かだろう。

 

 「それはそうと涼ちゃん、少佐とはその後どうなの?」

 「ど、どうって……。安曇さ…安曇少佐は色々お忙しくて……中々ゆっくりとお話もできなくて……」

 

 「だからなのかな? 涼ちゃんはいつも少佐のこと目で追ってるよ? え……気付いてなかったの?」

 「あ、秋月姉さん!? 私が……安曇さん……じゃなかった、安曇少佐を!? そ、そんなことは……」

 「自覚してなかったんだ……。ずっと二人で暮してたんだもんね、今の涼ちゃんには少佐が不足してるのかな」

 

 声は徐々に大きくはっきりと聞こえるようになり、近づいて来るのは秋月と涼月だと分かった。……それにしても、自分が話題の中心の会話を聞かされるのはとにかく気恥ずかしい。

 

 「そんな! 私が安曇少佐……じゃなかった、安曇さんに飢えてるみたいに言わないでくださ……きゃあっ!!」

 「結局どう呼びたいのさ……」

 「うぉっ!」

 

 咳払いでもしようかと思い、いやそれもわざとらしいな……などと考えながら曲がった曲がり角ーーーー俺と涼月は鉢合わせし、結果的に胸に飛び込んできた彼女を抱き止めるような格好になった。

 

 「あ……安曇さ……」

 

 目を大きく見開いて驚きを露わにした涼月は、すぐに顔を真っ赤にして俯いて固まっている。シャワー後の半乾きの銀髪をアップに纏めているので、見下ろす体勢の俺は、朱に染まった細く白い首筋に目を奪われてしまった。

 

 色々まずいな、何というか……涼月を支えるのに肩に掛けた手を離そうとした直前、第二種軍装の上着の裾がきゅっと掴まれた。戸惑う俺を尻目に、秋月は手をふりふりしながら歩き去って行く。と、とにかく何か言わないとーーーー。

 

 「そ、その……涼月、よ、呼びたいように呼んでくれていいから、な?」

 「……盗み聞き、してたんですか?」

 

 さっきより赤い顔で、頬をぷうっと膨らませ半ベソの涼月を宥めながら、俺はさっきまでのモヤモヤが不思議と薄れたように感じていた。

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