敵の哨戒網を突破した俺達特務艦隊は、最大戦速で一気に港を目指し無事入港を果たした。
生き残った僅かな治安維持部隊と連絡を取り合い、夜明けと同時に上陸。徒歩で町に向かう俺達は、近づくにつれ強く濃く漂い始める、突き刺さるような強烈な臭いに顔を見合わせる。
夜明けの光に照らされ目にしたのは、至る所が爆撃でクレーターのように抉られ、元の姿を想像できない街並み。質素な未舗装の道路の両脇には、砕けた石材や折れ曲がった鉄筋、焼け焦げた自動車、原形をとどめず壊れた住宅や店舗。その結果、様々な種類の
「安曇さんは……その……平気なんですか?」
真っ白い顔をさらに青褪めさせた涼月が俺の横にそっと並び、不安そうに見上げてくる。曖昧な笑みを返し滑らかな銀髪の飾る頭をぽんぽんとし、部隊を集合させるよう頼む。ミニスカートをひらりと翻し回れ右、涼月は長く伸びた隊列に向かい駆け出して行った。
――……初めて嗅ぐ臭いでもないしな。
あの時――涼月を逃がすための戦い。空を埋めて乱舞するグレイゴーストの航空隊が雨のように降らせる爆弾の風切り音、地表に着弾した衝撃、荒れ狂う爆風と炎、木々が燃え土の焦げる臭い……一か月にも及ぶ入院とリハビリを余儀なくされる怪我を負った俺が忘れるはずがない。
ただ、俺は多少でも戦う術を知り、共に戦った妖精さんがいて、体を張って守り通してくれたソウがいた。何か一つ違えば、俺も同じ末路を辿っていたのだろうか……。
『…………大丈夫、なの?』
俺の脚に小さな手が触れている。下げた目線の先には、長く伸びる二本の砲身。涼月の艤装、二体の自律稼働式長一〇cm連装高角砲のうち、俺がソウと呼んでいる方が横に立っていた。妖精さんとの会話は音声だけでなく、指向性のある思考が伝わってしまう。それに直接触れられると、その時考えてることが丸分かりなので隠し事がしにくい事この上ない。
「これより我々は生き残った住民と面会するのだが、度重なる敵の無差別空襲と潜水艦による避難船の撃沈、その結果現時点での生存者数は二〇〇名を切っているとのことだ――――」
俺が貸与を受けたのはいずれも精鋭の名に恥じない呉の艦娘達だが、見渡せばどの顔も硬い表情。海戦と異なる、市街地爆撃で何が起きるのかという事実を初めて目の当たりにしたのだろう。民間人を巻き込んだ無差別攻撃の悲惨さに誰もが言葉を失っている。さてどうやって士気を上げていけばいいものか……。
◇
ーーーーと思ったが、彼女達が艦娘である以上士気の心配など必要く、むしろ俺は自分を恥じてしまった。
海上封鎖を受けヒトとモノの出入りを遮断されれば、手持ちの物資をやりくりするしかない。そして執拗な空襲は備蓄品を灰にした。結果、この島に生き残った民間人は窮乏と飢餓に晒されていた。
あちこち破けた軍装に薄汚れた髭面の治安維持部隊の面々に案内され、町の中心部にある広場へと向かう。そこで目にしたのは、幽鬼のような足取りでふらふらと集まる半病人の群れ。生気のない、文字通り死んだような目をしている。
俺達の来援が告げられると、ざわめきが波紋のように広がってゆく。暫く経って、おそらくは住民代表のような立場なのだろうか、数人が進み出ると驚くべき事を言い出した。
――帰ってもらえないでしょうか。
町は燃やされ、守備隊は蹴散らされ、逃げようとした避難船は沈められた。だが島に戻った船だけは見逃され、最近は空襲も目に見えて減っている。これは大人しく留まっていれば命までは取らない、というメッセージに違いない。ここは一つ穏便に、波風立てずに……。
俺の、俺達の機嫌を損ねぬよう、必死に遜り卑屈な目で見上げてくる男達が繰り返す懇願。死なないため敵の行為に無意味な意味を見出して縋る人々の、必死の願い。グレイゴーストがこの島を封鎖しそれ以上の手出しをしないのは、大物を釣り上げる
唐突に俺は理解した。これが俺達海軍が敗けた後の、深海棲艦に支配された世界の縮図かも知れないと。深海棲艦に支配欲があるのか、いや、そもそも連中が何の目的で俺達と戦っているのかさえ定かではない。ただ……結果として生じるのは、こういうことなのだろう。手元にある不確かな命を繋ぐためなら、何もかもを理不尽に奪った相手の庇護を期待する世界。
――死なない事と生きる事は、違うんだ。
驚いて振り返ると、部隊の艦娘達が一斉に艤装を展開している。真上から降り注ぐ陽光を煌めかせた
「安心するがいい、我らが深海棲艦などに後れを取るものか」
長い黒髪を揺らした戦艦娘の巨大な主砲が重々しい音を立て動き、
「五倍の相手だって……支えて見せます!」
ボブヘアーの大人しそうな重巡娘の、穏やかな、それでいて凛とした声は、半信半疑の群れを鼓舞しどよめきが大きくなる。その後も特務部隊の艦娘達は、短くも心震わせる言葉を重ね、広場に集まった群れを人間として揺さぶってゆく。
そして――――。
「必ず……必ず、守ります! 貴方たちには……帰る海が、帰る場所があるんです!!」
銀髪をひと房左で結び、俺の第一種軍装の上着を肩に羽織った艦娘ーー涼月が進み出ると、全員と視線を合わせるようにして、力強く言い切る。
どよめきは安堵の溜息へと変わり、徐々に歓声が上がり始め、やがて生き残った人間達は『帰るんだ!』『負けてられるか!』と歓喜の声を爆発させる。
「出る幕じゃない、か……」
可憐でいて凛々しく、嫋やかでいて強大な力ーー力強く高らかに宣言する艦娘達の姿を見ていると、指揮官の自分さえ胸が熱く、鼓動が高鳴ってくる。
人間は深海棲艦に対して無力だ。だが自分たちと同じ姿形をした艦娘が、海上を波を蹴立てて疾走し、恐怖に形を与えたような深海棲艦を倒してゆく。彼女達が強ければ強いほど、美しければ美しいほど、ある思いが生まれるーーーー希望。
生きることを思い出した人々の歓喜の輪の中に溶け込み、弾けるような笑顔を浮かべる艦娘達。涼月は集まってきた子供達に柔らかく微笑みかけている。
俺達はグレイゴーストと戦い、この人々を守らねばならない。それがどれほどの困難か、俺と涼月は身を以て知っている。けれどきっと俺たちはやれるーーそう確信させてくれるこの光景がとても美しくて、無意識に思いが言葉になった。
「……綺麗、だな」
『
「ああ、綺麗だ」
「えっ……」
は?
うっかり本音をポロリしてから慌てて声の主を見ると、俺の脚に手を掛けた
両手でぱたぱたと熱い頬を仰ぐ涼月は、綺麗というよりは可愛い、そう思ったが今度は胸に仕舞い込んだのだがーーーー。
『って言ってるよ、
俺に触れたままのレンに、余計な事までバラされてしまい、涼月はますます照れてしまった。