僅か数百mを残すこの町のメインストリートには、ただひたすらに廃墟が連なっている。辛うじて形状で元の様子が判別できるのは、特徴的なカラーリングのコンビニや薬局、あっちに見えるのは弁当屋だろうか……?
全ては俺の想像だが、昼時や夕方には大勢の人で賑わい、特売品を売り込む声が響き、旨そうな惣菜の匂いが漂う……そんなどこにでもある日常が、確かにあったはずだ。
たとえ目の前に広がるのは、荒寥とした暮らしの残骸しかないとしても、俺達特務艦隊はこの中のいるだろう人々を探し求め、手分けして歩き回っている。
治安維持部隊や住民代表らと話を重ねた結果、広場に集まっていた民間人が生存者の全てではない事が分かったが、言われてみれば尤もだ。各々が生き残るために必死で、各々の判断で独自に行動しているのだ。
俺達の入港は既にグレイゴーストに知られている前提に立つべきで、尚更時間はない。部隊を二手に分け、空母勢を含む組は敵の航空攻撃に備え警戒態勢を取り、残りの組は独自に行動し俺達の到着を知らずにいる人達を見つけ避難を呼びかけるため、二人一組でいくつかにブロック分けした町中を探すことにした。対空警戒の指揮は空母娘に任せ、俺も捜索隊として町に出る。
ペアは自然と姉妹艦や仲の良い者同士に落ち着き、涼月も特務艦隊に参加している秋月と一緒に回るのかと思っていたのだが……。
組み分けをしている間も、涼月は後ろ手に手を組んで俺の方に近づこうか止めようかという微妙な距離を取りながら、何か言いたげ……というか俺が何かを言うのを待っているような表情でこちらを上目遣いで窺っていた。俺はきょろきょろと目で秋月を探し、呼び止めようと手を上げたところで多重音声。
「あ、安曇さ…少佐っ! 私にお供、させて……」
『
『情けない……情けないよ安曇……』
「涼ちゃんは自慢の妹なので、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げた秋月はすたすたと歩き去り、
……というような事もあり、涼月と俺、さらに
最後の一人まで探すと言いたいが、限られた人手と時間でどこまで出来るのか……。どこでどう線引きをするのか、俺は難しい判断を下さねばならない。
空を見上げると大粒の汗が目に入る。真上から降り注ぐ陽光は容赦なく体力を奪ってゆき、少し歩くだけで汗が毛穴から噴き出すのが自分でも分かるほどだ。軍装の詰襟を開け第二ボタンまで外しているが、暑いものは暑い。
「しかし暑いな。……って、ありがとう涼月」
差し出されたタオルが俺の首筋に当てられる。柔らかい布地が肌を撫でてゆき、汗が引いてゆく感覚が心地良い。
「そんな……お礼なんて……」
涼月は俺の肩に片手を掛け少し背伸びしながら、もう一方の手を伸ばしてこしこしとタオルを動かしている。振り向くと目が合い、涼月の目が柔らかく微笑みの形に変わる。こんな距離ではどうしても意識してしまい、場違いなほどに爽やかで甘い彼女の香りが俺の鼻をくすぐる。
「その……なんだ……涼月は香水でも付けてるのか? 俺は好きだな、その匂い……」
「えっ!? そんなのは……。でも、そ、そうですか? それは……とても、嬉しいこと……」
『
『涼月が天然なのは同意。安曇も安曇だし……。でも過ち防止にはちょうど良いのかしら』
「おーい、レン、ソウ! 真面目に探せよーっ」
俺と涼月から少し離れた場所にいるレンとソウが何か言ってるようだ。ったく、あいつらは何をお喋りしてるんだか……。おっと、ポケットでスマホが鳴っている。
「安曇です。……分かった、こちらが終わり次第向かう」
夫婦らしい男女を発見したが、頑としてここを離れないと、話に耳を貸さないという連絡だった。俺も出向いて説得しよう。どんな理由か分からないが、今は納得してもらいたいものだ。
『安曇っ!!
鋭く叫ぶ声に振り返り、レンの指し示す方向を見るとーーーー一人の少女が立っていた。
◇
瓦礫の陰から出てきたその少女は、ボロボロになったシャツにショートパンツ、足元は裸足。セミロングの黒い髪はバサバサで、酷く汚れた顔にはおよそ生気が感じられなかった。
「初めまして、私は少佐の安曇、こちらは艦娘の涼月と
虚ろな表情でこちらを見てるのか見てないのか分からない少女に自己紹介。涼月とソウは深々とお辞儀し、レンはしゅたっと短い手を挙げて挨拶。恐らくは分かり切っている事を確かめるのは気が重いが……俺は中腰になり少女と目線を合わせて切り出す。
「君の名前は? ……そっか、可愛い名前だね。所で、君のお父さんやお母さん、あるいは家族のみんなはどこかな?」
無言で伸ばされた少女の腕、真っ直ぐに伸びた人差し指の延長線上には、焼け落ちた家の残骸だけがあった。予想通りの答だが俺は自分に無表情を強いた。
繊細で心根の優しい涼月は感情を抑えられなかったようで、声を殺すように両手で口を押さえている。レンとソウは無言だが、二人からは怒りと遣る瀬無さが無い混ぜになった複雑な感情が伝わってくる。
ただーーーーその後少女は何も言わなくなり、俺がどう呼びかけても反応してくれない。少女に合わせた中腰も疲れてきたので、一旦立ち上がって背筋を反らすと、くぅぅ〜と空腹を知らせる音が聞こえた。
「お腹空いてるのかい?」
無言で少女は頷く。涼月を振り返ると彼女も頷く。預けていたバックパックを少し探ると、ぱぁっと笑顔になる。
「安曇さん、
レーションか、そういや持ってきてたな。涼月の手料理にすっかり慣れてしまった俺にはあまり美味しいとは思えないが、それでも無いよりはマシだろう。俺のアイコンタクトを受けた涼月は水筒とレーションを持ち、たっと走り出し少女の元へと向かう。
「これ、食べて? ゆっくり少しずつ、お水と一緒にね」
涼月をじぃっと見ていた少女は、こくりと頷いて涼月の言う通りにしている。ゆっくりと、噛み締めるように食べていた少女の表情は、驚きに目を見開き、ぽつりぽつりと話を始めた。
「……お姉さんは艦娘、なの?」
「はい、秋月型防空駆逐艦三番艦の涼月、です」
「そっかぁ……」
一息ついて、まじまじと涼月の空色の瞳を覗き込んでいた少女の言葉は、俺を困惑させ、幼い心がどれほど傷ついたのかを痛切に語るものだった。
「私も……艦娘になりたいな」
「えっ!?」
「だって、だって……パパとママの仇を、討て、る……ふぐっ、えぐっ……」
それ以上は言葉にならず、少女は感情を取り戻したように身を捩り激しく泣き出した。
ぎゅうっ。
力強く優しく、涼月が少女を胸に抱き締める。歌うように諭すように、唇から溢れる涼月の言葉。
「貴女は艦娘になんてならなくて、いいんです。世界は厳しくて辛いけど、それでも綺麗で優しいものが溢れています。今は大変でしょうけど、貴女にはそう信じて生きてほしい……。そのために……私が、守ります」
何が正解なのか俺には分からないが、目の前の涼月は、託された願いを背負い力に変える、ヒトの