廃墟で出会い保護した少女は、涼月の胸で泣き疲れて眠ってしまった。無理もない、今までどれだけ張り詰めた、あるいはどれだけ打ちひしがれていたのか、いずれにせよようやく緊張から解放されたんだろう。制服やブーツが汚れるのも厭わず地面に横座りで座る涼月は、ゆっくりと一定のリズムで少女の髪を撫で続けている。
町中を捜索している他の組の大半は撤収中で、あとは俺達が例の退避を拒んでいる夫婦者(らしい)の元へ出向き説得する。母艦と現在地と新たな目的地を考えると、撤収中の誰かにここに寄ってもらい少女を預けて先に向かうのが効率的なのでその指示を出し、あの子の事は涼月に任せて、俺はもう一回り周囲を捜索していた。成果は特になく、涼月たちの元へと戻る道すがら――――いい加減面倒臭くなってきて、ふと足を止める。
「何が言いたい?」
俺にくっついて回っている
『
ほらな。だから放置してたんだが。
レンは勿論秋月も、挙句に牧島大将でさえ、寄ると触るとその話だ。加えて俺と涼月の脱出行は、呉の艦娘の間では多少の誇張を含みつつ有名な話になっているようで、
「ああ……」
『はい生返事キター』
悪かったな。どう答えりゃ満足するんだよ?
『…………安曇は、変わっちゃったの? あの島で……
あの島、か……。大きく溜息を吐いた俺は手近な瓦礫に腰掛けると、レンを手招きする。器用にコンクリ片を避けながら俺の真横に来たレンは、真面目(に見えるよう)な表情で俺を見ている。足を組み膝に置いた肘で頬杖を突きながら、視線をレンに向ける。まぁ……自分自身を整理するいい機会か……。
元泊地で過ごした時間は、今も俺の胸の奥に柔らかな灯として宿っている。特務の対象として出会ったはずの艦娘の喜怒哀楽に触れ、当時レンの言った
「俺は……変わってなんかない。ただ、変わりたい、かな……」
『どういう、こと?』
「涼月はさ、やっぱり艦娘なんだよ」
『……それは涼月はヒトじゃない、って言いたいの? キスしようとしたくせに?』
きらーんとレンの目が光り、僅かに砲身が動く。お怒りモードか。てかその件、今持ち出すな。思い出すと恥ずかしくなる。
「そ、そうじゃない。お前の言った
砲身が戻った。分かってもらえたのか。内心撃たれなくてよかったと、安堵する。
「今回の特務は民間人の避難を成功させ、後に続く呉の本隊の道を拓く事だ。グレイゴーストは必ず俺達を狙ってくるだろうが撃ち払い、何が何でも民間人は守り切る。そうすれば涼月が胸を張って誇れる、全幅の信頼を置いてもらえる司令官として内外共に認められるだろう?」
この成功をもって、俺にも任地が与えられる。そうすればようやく――――。
「涼月に言った事を叶えられるんだ。帰る海がある、俺は彼女にそう言ったから」
それは俺が任地を得て、涼月に母港があって可能になる。何があっても
俺はレンから視線を逸らさすに言い切ったが、当のレンは短い腕を組んで意味深に考え込み、いつもとは違う、真剣な口調で切り返してきた。
『……なるほど、ね。
だから妖精さんとかこいつらとのコミュニケーションは嫌なんだ。隠しておきたい部分まで伝わってしまう。頼む、分かっていても言わないでくれるか?
『
思わず顔を歪めてしまう。ぴょん、と跳ねて俺の前までやってきたレンは、明らかに今までと違う雰囲気を漂わせ、強い感情をそのままぶつけてきた。
『朴念仁とかヘタレとか思ってたけど、ここまでワガママだとは思わなかった。やる気になったのはいいけど、戦う理由に
はぁっ!? そこまで言うか!? ワガママって何だよ?
「前司令官は……彼が残した資料を見ただけで凄ぇと思ったよ、悔しいが俺では勝てないかも知れない。それでも、あの島で……初めて涼月が本心を打ち明けてくれた時の事を、俺は忘れない。あんなに悲しそうな顔をさせないために、俺は超えなきゃならない! その何が悪い!?」
俺もがばっと立ち上がり、レンと睨み合う。……が、口では全く勝てなかった。
『
俺の正面に立ったレンは一歩前に出る。動き出した長一〇cm砲の砲身が向けられ、とん、と砲口が俺の胸を軽く突く。
『……他人と比べて自分を確かめてるうちは、自分に不満を覚え続けるよ』
言葉が深々と胸に刺さった。だが、不快な痛みはなく、冷水を浴びせられたような驚きと、その後に来る爽快感のような感情が我ながら不思議だった。
『……よっぽど認めて欲しいんだね』
「そりゃまぁ……。俺は涼月以外にあんなにも繊細で優しく、芯の強い子を知らないからな。銀髪もとても綺麗だし……」
もうヤケクソだ。言うだけ言ってしまおう。
『ふ~ん、牧島大将に認めてもらう、って話だったんだけど? 安曇の任地を決める権限あるのはあのベ●マックスでしょ? いやぁ、安曇が涼月の事を大切に思ってるのは、よーく分かったよ。てか聞いててかなり恥ずかった』
て……手前ぇーーーーっ!!
ひらりと俺を回り込んで逃げ出したレンを追いかけようと振り返ると…………計画時の名称から乙型、各艦名から月型とも呼ばれる秋月型防空駆逐艦の三番艦、分かりやすく言うと涼月が所在無さげに立っていた。毛先を指で困ったように弄びながら、何を言えばいいのか分からない、といった表情でもじもじとしている。
『これはホントに偶然だからねー』
叫びながらレンはぴゅーっと走り去り、俺と涼月だけが残された。
「「あ、あの……」」
全く同じ言葉が全く同じタイミングで被る、所謂どうぞどうぞの場面だが、躊躇わず涼月の方から口を開いた。
「あの子を迎えに別な組が到着したのでお呼びに来たのですが……そ、その……」
「そ、そうか……。と、所で……どの辺から?」
話を聞かれていただろう前提で、俺は恐る恐る訊ねてみる。すると涼月は顔を真っ赤にして、若干口籠りながらも問いに答えた。
「そ、その……大体全部というか、は、はい……」
今度は俺が顔を真っ赤にする番だった。だめだ、こりゃ……。
「すずつ「あのっ!」」
胸の前で両手を握った涼月が、俺の言葉を上書きするように叫んだ。相変わらず顔は真っ赤なままだが、俺から目を逸らそうとしない。
「私は……涼月は、男の方にあんな風に言われたのは初めてなので、どうすればいいのか……。で、でも! レンの言ったのは、間違いじゃないというか……私が帰りたいと思ったのは――――」
「……ここでいいのか?」
「ここが……いいんです」
今更誤魔化しても意味はない。俺は涼月を腕の中に閉じ込め、彼女は小さな呟きと共に顔を俺の胸にぎゅうっと押し当ててきた。