秋月型防空駆逐艦一番艦秋月ーー涼月の姉で、例の元泊地の生き残り。今は別の基地に配属され作戦行動開始直前の彼女が、自分の提督から五分だけと許可をもらってまで、俺に会うため艦隊本部にやって来た。出発直前で慌ただしかったが、会わない選択は出来なかった。
「初めまして、秋月型防空駆逐艦一番艦の秋月です。この度は涼ちゃ……妹の涼月の事でお手数をお掛けします」
そう言うと秋月は深々と頭を下げ、その拍子にポニーテールに結んだ艶やかな焦茶色の髪が前に流れる。
「初めまして。特務だからね、達成できるよう努力します」
その後軽い世間話をしたが、しきりに時間を気にする秋月が本題に入ってきた。
「折角ですがすぐに戻らないと。ほんとは色々お話ししたい事もあるんですが……」
心底残念そうな表情の秋月は、手にしていた巾着袋を両手でずいっと差し出してきた。
「これを……涼ちゃんに渡してください! 渡せば分かりますから……きっと必要だと思います。……あっ、いけない、もうこんな時間! そ、それでは失礼致しますっ」
秋月は慌てて駆け出していったーーーー。
……というやり取りを経て手にしたお土産を含め、水と食糧、少量だが石油弾薬鉄鋼に高速修復材、携帯用の通信機と発電機、その他諸々の物資を積んだ
涼月と会うのも勿論だが、俺はここの港湾施設の状況……くにさきが接岸できる状態で港が維持されているかどうかも確かめなければ。それによりくにさきの停泊位置も変わるからだ。
「ん……? あれは……港湾管理線のブイ?」
濃灰色の物体が浮いているのが俺の視界に入ってきた。普通に考えると港湾管理線の位置を示す標識ブイのはずだが、だとすればこんな目立たない色にするはずがない。不審に思った俺はRHIBの速度を落とし、慎重に接近することにした。
「歓迎の花束を持って待ってる……訳がないよな……」
やれやれ、と思わず口に出した俺は、いったんエンジンを停止し投錨する。さっきの涼月の反応から推定できるのは拒絶とか警告とか、そういう意図のもと本人の代理で自律稼働式砲塔がここにいるんだろうな……。
正式には六五口径九八式一〇
お互い無言のまま見つめ合う。
砲塔正面の中央部には真一文字に引き結んだ口もある。顔だよね、完全に。
「よ、よぉ……」
しゅたっと右手を上げると、レンも短い右手を持ち上げ同じように挨拶を返してきた。なんか可愛い。ただよく見ればあちこち塗装が剥がれ様々な傷が刻まれているのが分かり、可愛さの中にもこいつが戦い続けてきた事を無言のうちに語っている。歴戦の勇士、か……俺はRHIBの床に置いておいた制帽を被り直し、背筋をすっと伸ばし敬礼でレンに相対する。
レンはきらーんと目を光らせ、くるりと背を向けた。そしてちらりと俺の方を振り返ると、再び右手を持ち上げてくいくいと動かしている。ん? 『付いてこい』ってことか?
左右に水しぶきを立てながら走り出したレンは、しばらく進むと立ち止まり、もう一度俺の方を振り返る。さっきより強く目が光ってる。『はよこいや』って事で良さそうだな。エンジンを始動しRHIBを走らせ、先導するレンに付いてゆく。
……解せん。
くにさきでの俺の呼びかけには応えず涼月は去った。けど今、
――一番聞きたがっていた言葉だった、からな……。
と言ったように感じられた。すぐにレンは視線を逸らし、速度を上げ俺を先導するようにコースを取る。
全体に切り立った崖に囲まれたこの島で、唯一平地と湾が広がる南側に作られた泊地。その南側の湾の前面にはいくつもの岩礁が入り組み、船舶が接近できるコースは限られている。その限られたコースをレンは進み、やがて見えてきた光景に俺は息を呑んだ。
徹底的な破壊、としか表現できないものがそこにある。
至る所が崩れた突堤、無残にひしゃげた鉄塔、横倒しになったクレーン、鉄骨の骨組みだけが残る何かの建物……かつて港だった何か。そこに――――廃墟に咲く白い花……などというと抒情的で俺の柄じゃないが、凛とした立ち姿で海を見つめる涼月が艤装を展開したまま突堤に立っていた。
ふむ……長一〇cm砲がもう一体いるな。こっちがレンなら、あっちはソウでいいか。レンと違い、ソウは明らかに不機嫌そうに俺を見ている。一方でレンは、涼月の姿を認めると、俺にウインクして右手をくいっと持ち上げた。サムズアップのつもりか? 『健闘を祈る』って事だな、と理解した。レンは器用に突堤に上ると、愛犬が飼い主の元に帰る様にぴょーんと涼月の胸に飛び込み、じたじたと手足を動かして何かを伝えているようだ。
その間に俺はくにさきが接岸できる場所はないと判断し、肩に掛けた通信機で連絡する。結果、くにさきは対潜警戒をしつつ岩礁の外側に停泊、俺の帰還を待つことになった。
「長一〇cm砲ちゃん、どこに行ってたの? 何も言わずに出てゆくから………そう、そういうこと……」
ようやく涼月は俺に視線を向けた。青みがった瞳に困惑と拒絶の色が同居しているように見えたが、それでも俺から視線を逸らさず、敬礼で迎えてくれた。俺も視線を逸らさずに答礼し、ようやく自己紹介まで至った。
「先ほどもお会いしましたね。改めて、私は安曇 伊天特務少佐です。艦隊本部の命を受け、貴女に帰還してもらうため参りました」
「は、はい……。私は……秋月型防空駆逐艦三番艦……涼月、です。ですが……私はこの泊地を離れるつもりは……ありません。申し訳ありません……お引き取り、いただけますか……」
特務終了…………にする訳にはいかない。
「ですがこの泊地は既に――」
「私が……守ります。必ず……」
それ以降俺が様々な角度から話を振っても、涼月は頑なに首を横に振るだけで一向に話が進まなくなってしまった。何がそこまでさせるのか? このままでは手詰まりだ。押してダメなら――――。
「これ以上押し問答を続けても仕方ありませんね。私はいったん母艦に戻ります、貴女にも気持ちを整理する時間が必要でしょうし。ただ、受け取っていただきたいものがあります。せめてそれだけはお渡ししたい」
涼月が不審げな表情に変わる。おお、やっとこっちの話を聞くそぶりを見せてくれた。
一つは、俺が持ってきたクーラーボックス。中身は……涼月に、というよりはこの泊地に、といった所だ。
もう一つは、秋月から涼月へ、と託された巾着袋。本人なら分かる、って事だが……。
「…………分かり……ました。少々お待ちください、そちらに……参ります」
突堤からふわりと海面に降り立つ銀の影。セミロングの銀髪、羽織ったジャケット、ミニスカートの裾が風を受け柔らかく揺れ、とん、と爪先が触れた水面に波紋が広がる。
慎重に、というか用心深く涼月は俺の乗るRHIBへと近づいてきた。