敵の空襲が再び激化しはじめた。青空に幾筋もの白い飛行機雲を描き深海解放陸爆が執拗に襲来する。それは当然だろう。人質を軟禁するための箱庭にした島に、(深海棲艦から見れば)敵艦隊が入港し海上封鎖網の排除に乗り出しているのだから。
抵抗虚しく焼き払われた島で、助け合い身を寄せ合いながら息を潜め暮らしていた多くの人々は、死んだ魚のような目で深海棲艦に庇護を求めるほど精神的に追い込まれていた。だが今は俺達がいる。美しく凛々しい艦娘達の勇姿に励まされ生気を取り戻した人々は、再開された市街地への無差別爆撃にも挫ける事無く、むしろ俺達に積極的な協力を申し出てくれるほどだ。変われば変わるもんだな。
敵を迎え撃つのは俺達の仕事だ。民間人達には新たに急造した防空壕への避難を命じ、正規空母娘と軽空母娘の展開する迎撃隊、戦艦娘や重巡娘の三式弾、そして涼月と秋月を中心とする対空砲火網で応戦する。
数に勝る敵の陸上攻撃隊を叩くには攻勢防御……つまり敵要塞の攻略が最短距離。呉の本隊との連携攻撃に備え、それまではこの地を守り抜く。
そんな日々の中、今日の空模様は久々の曇天。重く暗い雲が厚く垂れこめ、いつ雨になっても不思議ではない。対空電探も敵機の影を捉えることは無く、今日は敵も小休止なのだろうか……なら、空襲のせいで進みがイマイチな、独自に避難生活を続ける人達を一人でも多く発見し連れ帰る件に着手しよう。
◇
残骸しか残っていない町だが、それでも存在を主張するようにモノの焼け焦げる臭いが漂い、至る所で煙が立ち上っている。生き残った民間人の大半はすでに防空壕に避難を済ませているが、実際は説得に応じない挙句に逃げ出したという夫婦をはじめとし、未だに俺達と合流していない少数の人々がいる。夫婦に関しては再発見の知らせもあったが、空襲への対応で捜索に行けなかったから、その後どうなっているのか……。
今回の捜索は俺一人で出向こうと思っていた。緊迫の度を増す状況下で、不確定な内容のために多くの艦娘を駆り出すわけにもいかない。そう思い一人準備をしている所を涼月に見られたが、彼女は目礼だけを残し何も言わずそのまま通り過ぎて行った。一緒にいるのが当たり前になっていた、俺は少なくともそう思っていたので何となく物足りなさを覚えつつも、母艦を降りた所で見慣れた人影が一つ。
「さぁ、行きましょう」
それだけを告げ、涼月はひらりとミニスカートの裾を翻して俺を案内するように歩き出した――――。
◇
「おっと……あ、あぁ、済まない」
足を載せた瓦礫がぐらりと揺れ体勢を崩した俺は、斜め後ろを歩いていた涼月に支えられた。
涼月は言葉の代わりに柔らかく微笑んで返事をすると、そのまま俺の手を取りしっかりと繋いできた。いわゆる恋人繋ぎとかいう、指と指を絡め合って互いの掌が密着する握り方。
「……だめ、ですか?」
上目遣いで訥々と訊ねる涼月に、俺は言葉の代わりに柔らかく微笑んで返事をすると、少しだけ手に力を込めた。
目的を考えると非効率だが、俺と涼月は手を繋いだまま瓦礫の中を歩き回っていた。今回も空振りか……と思った時に見えたのは人影二つ。女が男を支えながらゆっくりと歩いている。
夫婦……にしては年の差があるような……? だが親子というほどでもなさそうだ。この辺は個人の問題で俺が口を出す筋合いではない。それを言えば涼月だって、手足は伸び切っているが駆逐艦娘だ。
向こうも俺と涼月に気が付いたようで、男は一瞬逃げ出そうとする素振りを見せたが、すぐに観念したように瓦礫の上に座り込んだ。近づくにつれはっきりした二人の姿は、これまでの苦労を無言で語っている。
長く伸びた髪を後ろで一本に縛った男は、薄汚れぼろぼろになった服を着ている。右脚が不自由なようだが古傷らしいな。男の陰に隠れるようにこちらを恐々と窺っている女は、濃紺で癖のあるセミロングの髪を二つにまとめ、右目を覆うように顔の三分の一ほどに包帯を巻き、こちらも手入れはされているようだが、かなり損傷が激しい青白のセーラー服を着ている。
二人の雰囲気に違和感を覚えた俺の表情が僅かに歪んだ時――――同じように二人を怪訝そうに眺めていた涼月が棒立ちになる。両手で口元を覆い、空色の瞳は驚きに大きく見開かれたと思うと、ふるふると大きく震わせた肩から、「大切なお守りなんです」と言って羽織り続けている俺のジャケットが滑り落ちる。
「…………し、司令官……ですよね? ど、どうして……ここに……?」
「…………私を知って、いるのか? ……ここまで、か……」
自分を知っているのかとの問いは、自分だと知られたくなかった、とも受け取れる。呆然とした涼月は力なくへなへなと膝立ちになる。俺も言葉を失い呆然としながら、涼月とその二人に交互に視線を送るしかできなかった。
かつてこの海域の南端にあった泊地は、グレイゴーストとの激戦の末放棄が決定し、当時の司令官は護衛の艦娘達を伴い脱出を図った。執拗な追撃を受け母艦は撃沈され、司令官と軽空母娘、そして涼月が
元司令官の生存を信じながら……信じなければそれまでの自分の在り方が否定されてしまうと思い詰めていた涼月は、壊れそうな脆さを必死に繋ぎ止めながら孤独な日々を送っていた。
涼月を新たな航海へと誘った俺にも、元司令官の存在は鮮烈で重く圧し掛かっていた。卓抜な陣地構築や勇猛果敢な作戦指揮、涼月ほどの艦娘から厚い信頼を寄せられた人望……涼月の隣に立ちたいなら、越えなければならない壁として、いつしか憧憬とも羨望とも……あるいは、胸の奥底にどろどろと横たわる怒りにも似た感情の源泉として、否応なしに意識させられていた。ただ当時の状況を考えれば生存は絶望的で、行方不明というのは戦死の婉曲表現と理解していた。
――だがなぜこんな所で……?
「私です、涼月です!」
「すず……つき? そんな奴もいた、か……?」
足元がぐにゃりと歪むような感覚に耐えながら、涼月と元司令官の会話に、嫌でも意識を集中せざるを得なかった。元司令官のひび割れた唇から零れた乾いた言葉は、涼月の白い頬に涙の筋を作り、俺の感情を猛烈な怒りで上書きするのに十分な効果を発揮した。
「ふざけんな!!」
乱暴に涼月の横を抜け、座り込んでいる男の胸座を掴み引き起こす。
「何のために涼月が……命懸けで傷つきながら、グレイゴーストを刺し違えてでも討つと心に決め、孤独な暮らしに耐え続けてきたと思ってる? お前が生きてると信じて、お前が彼女に与えた、あの頃の仲間達と共に重ねた日々を無にしないためだ! なのに何だ、その言い草はっ! 貴様、本当に……俺が超えたいと願った……あの泊地の元司令官なのか……」
それはおそらくこの男が……元司令官が知らない物語。重ならない時間を過ごした上官と艦娘が分かち合えるはずもない。だから俺の怒りは理不尽で、言われてる方からすれば何の話だ、という類だろう。
それでも俺は言わずにいられなかった。あの島で二人で時を重ね、涼月の秘めた思いに触れ、どれだけの決心で彼女がもう一度前を向いたのか、前を向き生きるためにどんな死線を超えたのか……その全てを知る俺にとって、あの言葉は涼月への侮辱以外何物でもない。
ふと腰のあたりにかかる重さで我に返った。顔の右三分の一ほどを包帯で覆った女が必死にしがみ付き、赤い左目にいっぱい涙を溜めながら首を横に何度も振り懇願してくる。
「乱暴しないでっ! その人はもう……司令官じゃ、軍人じゃないの! だから……私達を見逃してください! お願い……ですから」
一体……何が……どうなってるんだ……?