俺達特務艦隊の作戦行動に大きな制約を加えていた飛行場姫と離島棲姫の巣食う要塞島への攻撃が実施された。
損害を出しながらも二体の姫級深海棲艦の撃破に成功、島は空襲の脅威から
一応というのは、主目的だった
この凪の時間を好機とし、すぐさま民間人を安全地帯まで避難させる……という俺の意見具申は却下された。
『生き残った
つくづく敵わない、と思わされる。涼月の元司令官の件もそうだったが、
そんな大将の心遣いの通り、住民には追加で送られた物資の一部を供出し、内容は任せるが全員が参加できる催しの実施を依頼、特務艦隊と増派部隊には半舷半日……二交代での半日休暇を指示した。
という訳で今に至るのだが――――。
視線を上げれば綿菓子を幾重にも重ねたような入道雲と、どこまでも高い青空、そして真上から降り注ぐ強い日差し。目の前には真っ白できめ細かな砂浜が長く続き、所々に立てかけられたパラソルやデッキチェアが彩りを添えている。やや強い風に吹かれエメラルドグリーンの海には白兎が跳ねるように波が立ち、波打ち際では自由気ままに戯れて、楽し気な声ではしゃぐ水着姿の艦娘たちの歓声。
ここだけを切り取れば、とても戦場の島とは思えない極色彩の楽園。
確か毎年この時期は
ぴたっ。
「うぁっ!」
突然頬に当てられた冷たい感触と水気に驚いて声を上げ、思わず隣を振り向くと――――体育座りで立てた膝を右手で抱え込んだ涼月が、左腕を伸ばして冷たいラムネの瓶を俺の頬に押し当て、眩しそうに目を細め微笑んでいる。
あの日――――偶然か必然か、元司令官と再会し、決別した涼月。それ以来彼女の様子は、何というか……あんな事があったのに言動が
そしてこの砂浜では、彼女もまた水着姿。以前二人だけの元泊地で過ごしていた時にも、一度だけちらっと見たことがあるが、あの時と状況がまるで違う。手を伸ばせば届くどころか、指を伸ばせば触れてしまうすぐ隣に、シースルーのフリルで飾られた黒いビキニを着た涼月がいる。
体育座りの膝に押し付けられ柔らかく形を変えている豊かな膨らみは、ビキニのトップスからでも十二分な大きさを主張している。その体勢を取られると……正直気にしないのが難しい。何より困るのは、彼女の方に
胸の内の動揺を押し殺しながらラムネを受けとった俺を見て、涼月は満足そうに頬を緩め、私も……と言いながら自分の右隣に置いたクーラーボックスから自分の分のラムネを取り出そうとしている。膝を横倒しに崩して上体を右に捻って少し手を伸ばす仕草は、彼女の細い腰から背中にかけての綺麗なカーブを際立たせる。
「そ、その……あんまり見られると……恥ずかしい、です……」
元の姿勢に戻った涼月は、俺の視線がどこを彷徨っているのか気付いたようだ。さっと頬を赤らめると、俺の視線から隠れるように移動した。流石に不躾だったよな、とぽりぽりと頬を掻いていると――――崩した胡坐で座る俺に背中を向けて座った涼月は、俺の胸に背中を凭れかけ体重を預けてきた。汗で濡れた互いの肌は密着感を高め、熱が伝わり合う。
「……安らげる場所がある、それは……本当に嬉しいこと……」
そう呟いた涼月の重さを胸に確かめながら、俺達はしばらくの間何も言わず、火照った体を潮風に任せていた。
◇
打ち寄せる波の音とはしゃぐ艦娘達の声、遠くからは肉の焼ける香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。町の住民達はバーべーキュー大会を開くことにしたらしい。突然の申入れだし何か大掛かりな事をするには準備が足りないだろうし、妥当な所か……そんな事を考えていると、涼月が口を開いた。
「全員参加されているそうですよ?」
「全員、か……」
涼月の話題が住民主催のバーベキューなのは明らかだ。ただ……正確には全員ではない。先日の邂逅の後、俺達のベースキャンプまでやってきた涼月の元司令官と彼のパートナーは、傷の手当てを済ませ個人用携行セットを受け取ると、人知れず姿を消していたという。その後の行方は誰も知らない。それもまた彼らの決断で、これ以上今できることは無い……そう俺に告げられた涼月もただ黙って頷いていた。
「…………」
俺の口調の微妙な変化に気付いたのだろう、涼月は銀髪を揺らすと、僅かに俺を振り返ろうとして……再び前を向いた。俺に伝えるためか自分に言い聞かせるためか、それは分からない。ただ彼女は、振り絞る様に言葉を口にした。
「きっと…………忘れることはないと、思います。でも、思い出すことはもうないと……思います」
誰の話かは聞かずとも分かる。思い出の中にしかいない、
そして小さな声で零れた言葉は、囁くような呟きにも関わらず俺の耳に、脳に、心に刻まれた。
「お願い……変わらないで……」
ーー傷ついていない訳がない。
自然体の笑顔の裏には、涼月の願望と怖れが入り混じっていた。この先何があるか分からない、それでも彼女は今のままの俺でいてくれと願う。
弱さを曝け出した涼月の囁きは、出会って以来俺の中に少しずつ澱のように重なった嫉妬、不安、安堵、後悔、信頼、恋慕、高揚、独占欲……全てが混じり合い渾然としながら出口を求めていた感情に、行き場を与えてしまった。
折り畳んでいた脚を一旦伸ばすと、体育座りで俺の前に座る涼月の太ももと脹脛の作る三角形の間に差し入れて強引に引き寄せる。驚いた涼月が身を捩って俺の方を見ようとするが、させない。
今まで遊ばせていた俺の腕が彼女をしっかりと背中から抱きしめると、セミロングの銀髪が彩る細い首筋に顔を埋める。吐息のような微かな声を零し、顎を上げ仰反る涼月に、想いを強く刻み込む――――。