月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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Interlude
34. キャラメル・ムーン


 背中に、肩に残る……私を強引に引き寄せて、包むように背中から抱きしめた安曇さんの熱さ。少し乱暴に、私の髪をかき分けた唇の感触は、どれだけの間首筋に留まるの、かな……。

 

 膝を大きく崩して横座り、体を支えるのにレジャーシートに突いた左手。潮風が吹き抜けるたびに肌に残る熱は薄らいでゆきますが、首筋に残る熱を閉じ込めて逃がさないように左肩に頬を載せた私は、目を閉じて何度か頬擦りを繰り返す。今も感覚が残っているように思えて……。

 

 「携帯が鳴らなかったら……私達……」

 

 安曇さんの腕に僅かに力が入った時、私は僅かに体から力を抜いた……ような気がします。そんな時ほとんど同時に鳴った私と安曇さんの携帯。突然の電子音に心臓は大きく跳ね、私達は同極の磁石を近づけたように距離を取りました。汗ばみ密着したお互いの肌は私達の動きに逆らうように、あるいは……気持ちに従うように僅かな抵抗を見せてから離れ、お互い慌てて手荷物から携帯を取り出して応答しました。

 

 「「は、はい……」」

 

 お互い短い通話を終えた後、ぎこちなく私の方を振り返った安曇さんに、どこかぼんやりしたまま視線を返します。

 

 「涼月、俺はちょっと顔を出さなきゃならないようだ」

 

 安曇さんの通話相手は、この町の住民代表の方でした。私や安曇さんを含む艦娘部隊が今いるビーチは、町の皆さんのご厚意で貸し切りにしていただいていて、少し離れた場所で住民総出のバーベキュー大会が催されています。安曇さんに部隊の代表として挨拶をして欲しい、というお願いだったようです。やれやれ、という態で安曇さんが肩を竦めます。気が進まないのかしら……? 

 

 でも、必要な事ですよ。生き残った民間人の皆さんは、安曇さんのお陰でこの島を前を向いて離れるんですから。それは……あの日の私と同じ、だから……。

 

 「違うよ涼月」

 

 一転した真剣な表情に、思わず鼓動がとくんと一つ高鳴ります。

 

 「俺はただ切っ掛けを作っただけだ。この町の住民が前を向いて歩きだしたのは、涼月……君が、いや君達艦娘のお陰だ」

 

 涼月、とただ名前を呼ばれただけなのに、こんなにも胸が温かくなる……そんな想いは、安曇さんにしか感じたことがありません。でも、指揮官としての安曇さんのお立場を考えないと……。

 

 「あまりお待たせしない方がいいと思います、気を付けていってらっしゃい」

 

 横座りのまま、にっこりと微笑んで手を振って安曇さんを送り出します。さくさくと軽い音と一緒に砂浜に作られる足跡が遠ざかり、安曇さんの背中が小さくなった頃に私の唇から零れた言葉は、聞こえなくても構わないけれど、それでも閉じ込めておけなかった気持ち……。

 

 

 「……早く帰ってきて、くださいね……

 

 

 そして、ぽつんと一人物思いに耽っていると----。

 

 

 

  ぴたっ。

 

 

 「きゃあっ!」

 

 

 突然頬に当てられた冷たい感触と水気に驚いて声を上げ、軽く飛び上がりながら振り返ると――――。

 

 

 「にひひ~、大成功♪ ところで涼月のコレは? あれ? どこ?」

 

 ラムネを片手に、してやったりの表情でウインクを決める照月姉さんは、きょろきょろと誰かを探すような素振りです。あ、あの……サムズアップで表現する涼月()のコレって……安曇さんのこと、ですか? 今は所用で席を外してますと伝えると、「ざ~んねんっ」と手にしたラムネをごくごくと飲み始めました。

 

 トップスの肩紐やボトムスのサイドレースアップに鮮やかなオレンジを使い、自己主張のかなり強いサイズの胸元を覆う白のトップスにデニムのホットパンツを合わせたスポーティカジュアルな水着ですね。で、でも……ちょっとローライズすぎるというか……その……お、お尻の上三分の一くらいが見えて……。

 

 ん? このくらい全然オッケーだよ? と、照月姉さんが体を捻って確かめている間に、聞きなれた柔らかい声がします。

 

 

 「そろそろ交代時間も近いから、迎えに来た方がいいかなって……ね?」

 

 秋月姉さんです。私とは真逆、真っ白な上下セパレートの水着は、清楚でいながら秋月姉さんのきめ細かい白い肌とスラっとしたバランスの良いプロポーションによく映えます。どこか申し訳なさそうな表情で、右手を顔の前に立て口だけで『邪魔しちゃってごめんね』と言いいながら、私の隣に腰を下ろしましたが……え? じゃ、ま……? あ、あの……秋月姉さん、ひょっとして……見て、た?

 

 

 「この島同様に涼月姉さんも相変わらず暑い(熱い)みたいで何よりだよ」

 

 淡々と、それでいて揶揄うような口調でお初さんがカットインしてきました。そ、そんな……べ、別に私と安曇さんは……と言いかけて、少し前の事を鮮明に思い出してしまい、かぁっと熱くなった頬をぱたぱたと手で扇ぎます。ボディサイドに白いラインの入った競泳用の水着に浮き輪を付けたお初さんは、持参したクーラーボックスをパラソルの下に置くと、「僕は姉さんとあの男が、なんて言ってないけどね」と言い残して、波打ち際の方へ歩き出します。

 

 

 それにしても牧島大将のご判断には驚かされました。増援としてこの島に送られた部隊の中に、照月姉さんとお初さんの姿を見たときは驚いて声も出なかったほどです。攻防ともにバランスの取れた良艦として知られる、新鋭米艦娘のジョンストンさんとフレッチャーさんを交代要員で呉から佐世保と舞鶴に送り、代わりに二人がこの特務に参加したそうです。

 

 これで秋月型防空駆逐艦四人が全てこの島に揃っています。自分で言うのは面映ゆいですが、私達四人が同時に戦線に立てば、敵の航空攻撃を悉く無力化できる……その自信も覚悟もあります。ですが――――逆に言えば私達が四人揃わないと対抗できない程の航空攻撃に備えなければならない、との解釈もできます。残る相手はグレイゴーストの率いる敵主力艦隊、乙型駆逐艦の実力、今こそ!

 

 

 

 今日の半舷半日……二交代での半日休暇は交代の時間が近づき、手の空いた後半組の子が姿を見せ始めています。私と秋月姉さんは前半組なのでそろそろ母艦に戻り警戒配備、照月姉さんとお初さんはこれから自由時間になります。

 

 パラソルの下で秋月姉さんと二人、安曇さんのお戻りを待ちながら他愛も無いお話で笑い合い、目の前の海に視線を移せば、照月姉さんとお初さんが波打ち際を移動しながらフリスビーで遊んでいます。

 

 「これは取れないでしょ? いっくよ~…………えいっ!!」

 「ふっ……僕も甘く見られたものだな、このくらいっ」

 

 照月姉さんが大きく体を捻って全力で投げ放ったフリスビーは、ものすごい速度で一気に距離を伸ばします。足を取られる砂浜を気にせず猛然とダッシュしたお初さんは、身体能力を最大に発揮した高いジャンプでフリスビーを空中でキャッチして、そのまま投げ返しました。

 

 「あの二人、勝負ごとには熱くなるから……」

 

 少し呆れた様に肩を竦めて微笑む秋月姉さんに、同じように私も微笑み返します。二人だけでなく、見渡せばビーチバレーやスイカ割りなど、あちこちで皆が思い思いに楽しんでいます。ちょうど前半組の子と後半組の子が入れ替わる時間帯なので、いつの間にかビーチは艦娘だらけの水泳大会のようです。

 

 

 さくっ。

 

 

 遠くで砂を踏む音に、ぴくりと反応して大きく振り返ります。あの足音は、安曇さん……です。私の動きに釣られた秋月姉さんも同じように振り返り、そして私の顔を見て苦笑しています。え? どうして?

 

 

 「よくあれで分かったね、今の涼ちゃんには電探いらないかな。ほんとに好きなんだね、顔に書いてあるよ」

 

 

 顔だけじゃ収まりません、首まで真っ赤なのが分かります。でも……秋月姉さんの質問には、体育座りの膝に顔を埋めながら、無言で大きく頷いて答えました。

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