散発的な攻撃は都度撃退したものの、敵の動向が掴み切れず何度かの変針を余儀なくされ夜を迎えた俺達特務艦隊だが、ただ一方的に追い立てられていた訳じゃない。進路上に大きめの
環礁内で休息を取るように見せかけ、夜間作戦運用空母を投入した攻勢防御策。夜偵による索敵、前回の轍は踏まぬよう直掩機の展開、そしてグレイゴーストの位置を特定し次第攻撃に入れるよう攻撃隊の準備……作戦の中心となる空母娘は文字通り休む間もなく一睡もせず戦闘態勢を取り続けた。
そして迎えた朝ーー結果は空振り。敵の攻撃はなく、こちらの索敵機もグレイゴーストを捉えることはできなかった。
「失礼します、安曇さん、じゃなくて……安曇少佐、朝食をお持ちしました」
ノックに続く聞きなれた声に導かれ視線を動かした先には、ドアに寄り添うように立つ涼月。
背筋を伸ばした敬礼、柔らかな女性らしさを纏いながらも整った所作の彼女だが、表情は百面相。俺を思わず『さん』付けで呼びかけて途中で気づきしまった、という表情に変わり、強引に表情を引き締めて階級で呼び直した。そもそも俺と涼月の関係性がそこから始まっている訳だし、素直な彼女には場に応じて使い分けるのもなかなか難しいようだ。
「もう呼びたいように呼べばいいよ、うん……」
苦笑交じりでそう返した俺に、涼月は「それでは他の
その間に現れた来客が一人、夜勤明けからそのまま俺のいる艦長室に報告にやって来た、長い茶髪をポニーテールにまとめた空母娘。
「
途中で堪え切れなくなった欠伸に、慌てて両手で口を押さえた。白のノースリーブワンピースから覗かせる華奢な肩を縮こまらせ、怒られても仕方ないけどやっぱりやだ……といった風情でこちらを上目使いで恐る恐る見上げる彼女に、気にするな、というつもりで手をひらひらと振って見せる。一晩出ずっぱりだったんだ、無理もない。
「そう思い通りにはいかないよ。ゆっくり……とは言えないが、しっかり休息を取ってくれ」
そう伝えたが目の前の空母娘は動こうとしない。それどころか、くすっと小さく笑って肩を竦めると俺のデスクへと近づいてきた。んん? 長いスカートが脚の動きに合わせ滑らかに動くと、そのまま膝をデスクに載せ上体を大きく乗り出してきた。……近いって……。
「
「それはそうだが……まずは休息だ」
相手が近づいた分だけ俺は椅子を引いて距離を保つ。もう一度くすっと笑いポニーテールを揺らした空母娘は、悪戯な感じで微笑むと、今度は素直に距離を取り、所在無さげに立つ涼月をチラリと見て、ワンピースをふわりと揺らし振り返ると部屋を出て行った。
「銀髪にした方がいいのかしら? ふふっ……お言葉に甘えて少しだけ休ませてもらいますね」
やれやれ……と俺は溜息を零す。元々は呉鎮守府の所属戦力の一部を抽出し貸与を受けている訳なのだが、内地を抜錨、敵潜水艦の海上封鎖網突破、到着した島で出会った生きる気力を失いかけた人々を鼓舞し前を向いてもらい、呉の部隊との共同作戦で飛行場姫と離島棲姫を撃破、そして今……グレイゴースト率いる部隊と交戦しながら北上を続ける――――濃密な時間を共に重ねるうちに、時にはこんな感じで揶揄われることもあるが、彼女達と俺の間には戦友意識というか、絆のようなものが芽生えてきたのは確かだ。
とてもありがたい、と思う。俺みたいな若造を信頼してくれるなんてさ。
ひょいっと涼月の後ろから
『大丈夫だよ
ちょっかいって何だよ?
涼月はしどろもどろになりながらレンを嗜めた後、俺に向かって一生懸命言い訳を試みたが、やがて諦めた様に小さな溜息を零し訥々と訴え始めた。
「そ、その……あ、安曇さんの事を色々聞かれることが以前より増えて……。い、今だって……この特務の後も……安曇さんの指揮下で戦いたいって子も多くて、あの……なので……。」
空母娘の態度はそういう意味だったのか? いや、だからといってあのアプローチもどうかと思うが。詳細は端折りつつ、さっきまで考えていた事の要点を涼月にも伝えた。独りでは戦えない、背中を預けられる仲間がいてこそ、俺達は強くなれるだろう?
あれ? むうっと頬を膨らませてジト目になった涼月がぷいっと横を向いてしまった。それまで黙って俺と涼月のやりとりを見ていたレンだが、明らかに呆れた感じでアメリカンに肩を竦め、手をくいくいっと動かして俺を呼びつける。レンを挟んで向かい合う俺と涼月だが、彼女は気まずそうに目を合わせようとしない。
んー……変な事言ったかな、と困惑しつつ頬を掻いていると、レンがくいくいと俺の上着の裾を引っ張っている。なんだよ? 涼月の様子も何だかおかしいし、仕方ない。レンの口元に耳を寄せると――――。
『安曇はつくづくバカだね。
バカで悪かったな。焼きもちと明言された涼月は慌てふためている。さらに追い撃ちをかけたレンは、するりとドアから出ていき、俺と涼月が取り残された。
「
ぱたん、とドアの閉まる音で我に返ったのか、涼月は顔を真っ赤にしながら俺の方をちらりと見て唇を動かしかけ、声にならず俯く……そしてまた俺をちらりと見る、を繰り返している。これじゃ話が進みそうにないな……俺はぎこちなく涼月の元へと歩いてゆく。
ぽすん。
伸ばされた俺の手をすり抜けるように、銀髪を揺らしながら涼月は俺の胸に飛び込んできた。
「ごめん、なさい……。私と安曇さんを取り巻く全ては、もうあの時は違っていて……でも、私……気づけば安曇さんの事ばかり考えていて……ワガママ、ですよね……」
彼女の言葉に答える代わりに無言で抱き寄せながら、俺は改めて艦娘の在り方に思いを馳せていた。
一途に濃やかに、重ねた想いを力に変える、ヒトの
鋼鉄の暴風と咆哮で全てを破壊し焼き払う、力の象徴。
心を預けられなければ強くなれない、兵器として安定性を欠く不完全さ。
それが艦娘という、女性の柔らかさに鋼鉄の暴力と豊かな感情を持つ、人の現身にして人と異なる存在――――とかいう話は今はどうでもいい。
俺の腕の中にある存在の確かな重さと温もりと、近づくほどに香る匂い……涼月は涼月で、それ以上でもそれ以下でもない。
少しだけ強く涼月を抱く腕に力を込めると、反応した涼月が俺を至近距離で見上げてくる。空色の瞳に吸い込まれそうになり……吸い込まれようと、思った。彼女の細い顎を指先で支えてくいっと軽く持ち上げる。意味は……分かってくれたのだろう、つま先立ちになった涼月は静かに目を閉じて――――。
『空襲警報発令!! 空襲警報発令!! 接近中の敵攻撃隊を確認! 北北西約一五〇km、およそ一二〇機! 繰り返しますーーーー』
突如アラームと切迫した対空電探の妖精さんの声がスピーカーから鳴り響き、俺と涼月は強制的に現実に引き戻された。ついに……ついにグレイゴーストと正面からぶつかる時が来たーーーー。