月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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38. Slither

 ()()警戒序列――対潜重視の陣形で進む艦隊はもうすぐ環礁を抜け外洋に出ようとしている。それは以前涼月が指摘した内容を重視した俺の選択。

 

 一方が仕掛ける攻撃で防御陣形を崩し個艦回避を強制する間に、もう一方が致命傷を叩き込む、潜水艦隊と航空隊の連携攻撃……グレイゴーストの基本戦術と言えるだろう。だから上空はもとより足元も抜かりなく警戒しないと、文字通り足を掬われる。そして最大の難所と見ていたのが、環礁と外海を繋ぐ狭まった水道……俺ならここに潜水艦を配置する。

 

 だが――――。

 

 「全周警戒、水中聴音機感なし、敵影も発見できず。このStuka……この翼で、皆さんを、お守りしたかったのですが……」

 

 半ば落胆半ば安堵、といった複雑な色を載せた声が通信越しに届く。敵潜水艦の襲撃に備え、緒戦の切り札として投入した護衛空母娘だ。小柄で金髪の彼女は、聴音ソナー用のヘッドホンに手を当て、敵潜水艦の立てる僅かな音も聞き逃すまいと真剣な表情で周囲を警戒していたが、何事も起こらないまま俺達は環礁の離脱に成功した。

 

 部隊の母艦DDG-177(あたご)の艦橋から見渡せるのは、低く垂れこめる厚い雲に覆われた空と、それを映しどんよりとした暗碧色の海。遮るもののない一面の大海原が重苦しく感じられ、俺は喉を鳴らし唾を飲み込む。

 

 

 敵潜水艦の脅威はないと判断したが、問題はまだある。敵の大編隊をいまだ捕捉出来ていない。

 

 

 迎撃隊を向かわせた正規空母娘は、殆ど泣きそうになりながら索敵を続けているが、厚い雲に阻まれ依然として発見には至らない。艦娘の兵装はかつての戦争当時の性能水準で、悪天候下では十分な性能を発揮できないのは確かだが……いい知れない不安の塊を飲み込んだまま、俺は次の行動に移る。早晩攻撃を受けるのは明白で、ならば今のうちにこちらも準備を整えなければ。

 

 陣形変更の指示を受け、艦娘達が一斉に動き出す。あたごの前後左右に白い航跡(ウェーキ)を描き陣形を整えようとする艦娘達の姿。あっという間に小さくなる彼女達の背中を見つめながら、迫る戦闘への不安か緊張に圧し潰されそうな俺を鼓舞するように通信が次々と飛び込んでる。

 

 「さ、始めちゃいましょう? 主砲、対空戦闘よーい!!」

 

 二本の三つ編みおさげを風に躍らせながら、一番槍で突進していったのは照月。こちらに向かってにぱぁっと全開に微笑んで大きく手を振り、みるみる遠ざかってゆく。

 

 「ここは任せろ、心配するな」

 

 ボーイッシュにも見える見た目、さらにこのイケメン発言。ちらりと艦橋に視線を送った初月は少しだけ唇の端を持ち上げ笑うと、一気に増速し照月を追いかける。

 

 「この秋月が健在な限り、やらせはしません!」

 

 確固たる自信、あるいは覚悟を漲らせた秋月が、ぺこりとお辞儀をして、先を行く二人とやや距離を取りながら前進してゆく。

 

 

 そして――――。

 

 

 「合戦、準備!」

 

 

 彼女はひと際短い言葉に万感を載せ、あたごと速度を合わせ並走し、じぃっと俺のいる艦橋を見上げている。秋月型防空駆逐艦四名を中心とする対空戦闘班の現場指揮を執るのは涼月。

 

 運動能力も感覚器も人間とは比べ物にならない高い能力を誇る艦娘からはこちらが良く見えるだろうが、こちらからは双眼鏡を使わなければ涼月の細かな表情を窺うことが出来ない。首に掛けた双眼鏡を目に当て、改めて涼月の姿を眺める。これから敵の航空隊を迎え撃ち、敵の本隊と激突する……相手は言うまでもなくグレイゴースト。

 

 そもそもこの海域に巣食う空母ヲ級改flagshipは、なぜ『灰色の亡霊(グレイゴースト)』の二つ名を与えられたのだろう。物事には必ず理由があり、名前には込められた意味がある。なら奴には……? 例えば涼月の名前は『爽やかに澄み切った秋の月』、儚げにも見えるが凛として清冽な美しさの彼女にぴったりだと思う。

 

 

 涼月がつんのめる様に急停止した。何事かと双眼鏡を覗き込むと、何故か涼月は顔を真っ赤にしながら両手で頬を押さえ、てれてれもじもじとしている。んん? と思わず眉を顰めると、長一〇cm砲(レン)が通信に割り込んできた。

 

 『あのさ、安曇…… 涼月(お嬢)戦意高揚(キラ付け)しようとしてるの?』

 

 は? 何が……?

 

 『涼月の名前は……の辺りから口に出てたけど? そういうのは出撃前に済ませておいてよ』

 

 もう一体の長一〇cm砲(ソウ)も完全に呆れ切った声で割り込んでくる。

 

 いや、あの……何というか……。緊張した場面で人は様々な反応を見せる。典型的なのは言葉が出ないとか脚が震えるとか。俺の場合は普段より多弁になる傾向がある。自分でも分かっていたが、まさかこういう形で出るとは……。

 

 「あ、ありがとう……ございます。安曇さんの目に、私が……涼月がそう見えているなら、それはとても……とても嬉しいこと……。で、では……行きます!」

 

 最後に涼月ご本人。赤らめた頬のまま柔らかく微笑んで、綺麗な所作でこちらに敬礼を見せる。そして最後に……唇だけが動き、声にならない言葉を残し、前線へと疾走を再開した。

 

 彼女の想いを載せた唇の動きは、双眼鏡越しの俺の目を通して胸に、心に届けられた。こんな場面で、彼女の方から言わせてしまうなんて、な……。

 

 「ああ……ありがとう」

 

 今はこれしか返せないが、この戦いが終わったら……俺達も何かが変わるのだろうか。時ならぬ凪のような思いに思考を預けていると、再び護衛空母娘から通信が入り、俺は頭を抱える羽目になった。

 

 「ではこれより帰投します。と、ところで……進言、といいますか……さきほどのような会話は、オープンチャンネルでは控えた方がよいかと。その……聞いてるこちらが照れるというか……」

 

 各艦娘の動きを共有するため、通信は全艦娘とリンクしている。つまり、俺は全部隊に聞こえるように涼月を美しいと褒め上げ、彼女は彼女で照れながらもしっかりと受け止めた。俺は部隊に一体何を聞かせてしまったんだろう……。

 

 

 

 彼我の距離と時間を考えればいつ敵の攻撃が始まっても不思議ではない。依然として重い雲が広がる空の下、敵航空隊の正確な位置が掴めないまま、緊張感が否応なく高まってゆく。各員の配置を確認するため俺は双眼鏡を覗いていたが、ふと不自然な光景に気がついた。

 

 「……?」

 

 雲がおかしい。不自然に垂れ下ったと思うと、蛹から蝶が孵化するようにゆらりと、それでいて猛然と逆落としに何かが降ってきた。それが灰色に塗装された急降下爆撃機だと気付いた瞬間、俺は叫んでいた。

 

 

 「測距不要、自由目標(Target at random)、砲撃開始!!」

 「対空戦闘班、全砲門開けっ!!」 

 

 

 間髪入れずに涼月の鋭い声がスピーカーから響く。同時に気付いたのか、俺の指示を疑いなく実行に移したのか、それはどうでもいい。急襲を受けた、その事実にどう対応するか、それだけが重要だ。

 

 低空から突如急角度で突入してきた敵機が降らせる爆撃の嵐に対抗し、涼月達対空戦闘班の撃ち上げる対空砲火が空に黒煙の花を咲かせる。幾柱もの巨大な水柱が限界まで立ち上がり、自重に耐え切れず海水の雨となり海へ帰る際に巻き起こす水煙で対空戦闘班の姿は掻き消された。その水煙を切り裂いて、投弾を済ませ身軽になった数機の爆撃機が機銃掃射を加えながらあたごへと突入してくる。

 

 

 俺を避難させようと必死に上着の裾を引っ張る妖精さん達に逆らい、艦橋で仁王立ちの俺は、敵機が接近するのを窓越しに見続ける。涼月を襲い、今また俺を目掛けて突入する破壊の翼。見る見る大きくなる機体は手を伸ばせば触れられそうな錯覚さえ起こす。

 

 突如黒煙と赤い炎に包まれ敵機が爆散し、爆発の衝撃波であたごの艦橋の窓に蜘蛛の巣のように皹が入る。敵機のはるか後方から加えられた正確無比な対空射撃。この程度でやられるはずがないよな。

 

 「私が……私が必ずお守りします!」

 

 柔らかく、それでいて決然とした凛とした涼月の声を嚆矢に、戦いは始まった。

 

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