「涼ちゃんっ! しっかりしてっ!! もうすぐ母艦だから!!」
必死に呼びかける秋月姉さんの声はほとんど泣き声で、途切れそうな意識を辛うじて繋ぎ止めてくれました。
「私……どのくらい……?」
『気にしても仕方ないよ、それよりあと少しだから!』
私の質問はどれくらいの間失神していたかで、左脚を支える
ぼやけた視線の先に、小さな輸送船と、安曇さんのいる母艦が朧げな像を結びます。
「今度は……今度こそ……守れた、のね……」
私の意識は混濁し、今と過ぎた時間を行きつ戻りつーーーー。
◇
グレイゴーストの第一波は、こちらの陣形や対応を見るためのものだったのでしょう。続いて繰り出された波状攻撃の苛烈さーー低く垂れ込めた厚い雲を切り裂き突如として多方向から至近距離で降り注ぐ猛爆撃。雲と同化するように灰色に塗装された敵機は、直前になるまでその姿を隠し、一気に牙を剥いてきました。
「合戦……準備!」
母艦と輸送船を守るので精一杯の直掩隊の援護は期待できず、安曇さんに対空戦闘の現場指揮を任された私は、ぎりっと唇を噛みます。この攻撃を私は……知っている。そして……止められない。
艦娘の対空兵装は電探と
「私が守らないと……っ!」
厚い雲から敵機が姿を見せる所を狙っての測距・照準・砲撃では到底間に合わない。だから私は……自分の回避運動は最小限にして、味方を攻撃する敵機を狙い撃つ。綱渡りのような戦闘で粘り強く敵を削り、私達は満身創痍。安曇さんから後退命令が届いた時も、皆それぞれに損傷した箇所を庇いながら、数を大きく減らしたとはいえ、依然として敵機の跳梁する鉛色の空を睨み上げていました。
母艦と民間人を載せた輸送船を守り抜くのに、必死に戦い、辛うじて撃ち払いましたが……ここまでの代償を払うことになるなんて……。今の私達は、戦力と言うより標的にしかならない、それほどの損害。
◇
「他の……みんなは……? 母艦は……?」
『殿を務めた
「そっかぁ……よかった……」
レンの言葉で胸に寄せる満足感。気持ちが安らぎ、目を細め満足げに微笑むと、意識が遠のきそうになる。いけない、まだ戦は終わってないのに……。
『……やけに素直だね? 普段なら顔を真っ赤にしてワタワタしたり、上擦った声で『レ、レン!?』とか言うのに?』
「安曇さんを守るのは当然……。あんな無理な戦い方でも……それでも守り抜けた……それがとても……嬉しい……」
◇
皆が安全圏に後退するまで私が迎え撃つ。涼ちゃんならそう言うと思った、と私と肩を並べた秋月姉さんの晴れやかな笑顔が頼もしく、決意を新たに空に向き合います。
後退する私たちを追撃してきた敵との交戦……幾度となく躱し続け撃ち続けましたが、最後に戦ったエース級と思われる小編隊ーーーー最初に投弾された爆弾の回避に入った直後に、前の機の陰から飛び出してきたもう一機、さらにもう一機。
引き起こしの限界を超える、手を伸ばせば届くような錯覚さえ覚える至近距離で捻りこみながら投弾された爆弾は、通常とは異なる軌道を描き、私の回避コースがそのまま着弾点に飛び込むよう計算されたもの。直撃弾の猛烈な爆発と衝撃で吹き飛ばされた私の被害は甚大なものでした。
母艦の守りを捨ててまで安曇さんが送り込んでくれた直掩隊と、被弾を顧みず守ってくれた秋月姉さんがいなければ……私は……。
◇
『
レンの鋭い声に再び視線を上げると……母艦とこちらに向かい疾走する仲間達、そして……
緊張の糸が切れた私は、そのまま意識を手放してしまいました。薄れゆく意識、それでも断片的に覚えているのは、ぐったりした私を横抱きに抱えて入渠施設に走る安曇さんの顔。ごめんなさい、制服……汚しちゃいましたね。後でお洗濯、しなきゃ…………。
◇
「う……ん」
くるりとベッドの中で身体を回し、何気なく伸ばした指先が触れた空疎な空間。あれ? 安曇さんは……? さっきまで私を……抱きしめながら眠っていたはずの安曇さんが……いない。
「どこ……?」
呼ばれたような気がする。……そうでしたね。未だに安曇さんを安曇さんと呼ぶ癖が抜けない私。君も安曇なんだから、と優しい目の苦笑い。そうですね、ちゃんと呼びますねーーーー。
「いそら、さん……」
「はいっ!?」
びっくりしたような声で私もびっくりして、目の前の人と目が合います。
上手く状況が飲み込めない私でしたが、ベッドサイドのスツールに座ってこちらを覗き込む安曇さんの手を握りしめていたこと、そして伸ばした自分の腕が半袖の病衣から出ていることに気付き……理解しました。
ここは……母艦内の医務室で……さっきのは……ゆ、め……?
「〜〜〜〜っ!!」
声にならない叫び声をあげ、掛け布団を思いっきり引き上げてベッドの中に潜り込んで隠れます。は、恥ずかしい……よりによってあ、あんな夢……しかも、寝ぼけて……な、何をしてたの?
ベッドの中で身悶えていましたが、掛け布団の上からぽんぽん、と叩かれて諦めました。顔の上半分をそおっと出して、ちらりと視線を送ると……ぽりぽりと頬を掻きながら照れ臭そうな表情の安曇さん。
『ど、どんな夢を見てたのかな?」
「ぁう……」
自分が見ていた夢――――安曇さんと一緒のベッドで迎えた朝、その……あの……が脳裏にフラッシュバックし、わたわたあせあせと挙動不審になってしまいました。くるくる変わる私の表情を見ていた安曇さんでしたが、肩の荷が降りたように表情を和らげ、言葉を続けます。
「入渠が終わっても意識が戻らないから医務室に運んだんだけど……どうやら大丈夫そうかな、うん」
そうだったんですね……ご心配をお掛けしたんですね。私の言葉に、ピクリと肩を揺らした安曇さんは、表情を一転させます。真剣でいて、悲しそうな表情……私の胸の内にも、不安の塊が生まれます。
「心配、か……。ああ……心臓が握り潰されそうだった。確かにあれしか無かったのかも知れない、でも…あんな戦い方、二度としないでくれ……。涼月、君は俺を守る、そう言ったね?」
こくり、と頷きます。
「実際今も後退を余儀なくされて、この先も続く戦いは過酷だろう。けど……君が思っている以上に、俺だって君を……守りたいんだよ。俺だけじゃない、秋月もレンもソウも、他のみんなだってそうだ。……頼むから……独りで戦おうとしないでくれ」
因縁深いグレイゴーストの魔の手から民間人の皆さんを、安曇さんを守る。それは私にしかできない、そう思い詰めていた。けれど、私一人に出来ることは限られていて……でもそれでも守りたくて……。そんな頑なさは、ゆっくりと優しく私の髪を撫でる安曇さんの手の温もりで溶け始め、自然と唇から溢れた言葉。
「…………ごめんなさい」
ぎぃっ。
ベッドを軽く軋ませて身を乗り出し、分かってくれればそれでいいんだ、と安堵の表情を浮かべた安曇さんにしがみつきます。寄せ合う頬の熱さは命の熱さ、もしさっきの戦いで轟沈していたらーーーー脳裏に浮かんだ光景は、艦娘なら、軍務に付く者なら覚悟しておくべきもの。でも……この温もりを知ってしまった今、途方もなく恐ろしいことのように思え、身体が震えてきました。
「涼月?」
「……ごめんなさい、私、急にこわ、く…… もしさっき沈んでしまったら、って思うと……」
ぎぃっ。
二人分の体重が掛かったベッドが軋みます。身を乗り出してきた安曇さんの腕に包まれた私の耳元で囁かれる想い。それははらはらと溢れる涙と一緒に、不安や恐怖を洗い流してくれました。
「俺も怖いよ……。そういう気持ちも全部込みで、お互いに支え合って強くなれるんだ。だから……戦える、戦って……生き抜こう、な?」