涼月:一人暮らしなのでガード固い
少佐:せめてドアは開けて欲しい
レン:長10cm砲ちゃん その1、上手くやれよ
ソウ:長10cm砲ちゃん その2、お願い帰って
秋月:妹思い、自分のは赤系が好き
思い出すか出さないかの違いはあっても、記憶が脳内から消える事はないという。眠っていたそれは、何かのきっかけで唐突に甦る。
今は遠いあの日、退院の見込みのない入院を続けていた祖母は、見舞いに訪れた俺に目を向けず、ベッドの上で天井を眺めながらぼんやりと呟いた。
――もう一度、桜が見たいねぇ……。
その年の花を見る事無く、祖母は旅立った。桜折る馬鹿、梅折らぬ馬鹿……なら俺は馬鹿でいいと、小ぶりな桜の枝を墓前に供えた。
出発準備に忙しかった中で唐突に祖母を思い出した俺は、涼月の所属基地が
「クーラー……ボックス、ですか?」
「開けていただいても構いません。が、できれば私の手で供えたいと思います」
RHIBの舷側から手を伸ばし、クーラーボックスを近づいてきた涼月に差し出す。彼女は俺の言った『供える』の言葉に、綺麗な形の細い眉を顰めながら、おずおずと蓋を開けた。
「これは……?」
寒桜の枝を何とか手に入れた俺は、くにさきの冷蔵庫の隅で冷蔵保存し、さらにクーラーボックスに入れ替え運んできたのだ。何故唐突に祖母の事を思い出したのかは分からない。けれどその記憶は、こういう形で俺を動かした。
「自己満足……と言われるかも知れません。けれど、届けたかったのです」
祖母の
「……こちらへ……。少し先に、
涼月の指定する場所まで行くと、とん、と水面を蹴った彼女が突堤に上がり、俺に向け手を伸ばす。
白く華奢な手を掴み、俺は涼月の世界に上陸を許された。
無言のまま先を行く涼月に従い、寒桜の枝を手に歩くこと数分、大きな建物の残骸に辿り着いた。手を後ろ手に組んだ涼月がくるりと俺の方を振り返る。
「ここは……泊地司令部、です……。いつもみんなが集まる場所で……」
それ以上は言葉にならないのだろう、涼月は再び黙り込んでしまった。過去の事を現在形で語る涼月に切なさを覚えつつ、俺は残骸の前まで行き、なるべく日当たりの良い場所を探すと、寒桜の枝を地面に挿し込んだ。そして中腰になり目を閉じて手を合わせる。
しばらくして、小さな、あっ、という声が聞こえた。目を開けると、両手を口に当て驚きを隠せない、そんな表情の涼月とーーーー。
「こんな事が……綺麗な……きっとみんな……」
眠っていた寒桜は、南方の気温で目を覚まし、薄紅色の花が一斉に開いていた。
「……安曇特務少佐、本当にありがとうございます。本当に……本当に嬉しい事……」
しばらくの間季節外れの桜を眺めていた涼月は、俺の方に向き直ると、固く強張ったそれまでの表情ではなく、柔らかな微笑みで俺に礼を言ってくれた。涼月に思わず見とれていた事に気付いた俺は、狼狽を誤魔化すように話を切り替えようと試みた。
「い、いや、別にそんな……。そ、そうだ、もう一つお渡しする物が……あっ!」
秋月から預かった巾着袋を涼月に渡そうとしたが、レンが興味を示したようにくるりと
「こ、これはしつれ、い……?」
巾着から覗くそれは、薄手の柔らかそうな布地がいくつか。色は黒、肩紐のような細いストラップに、何かを包み込むような半球状のが二つ? 小さく丸く畳まれた、こちらも黒い……え……これって……?
悪戯しないで、とレンを軽く窘めていた涼月だが、中身を確認すると顔を真っ赤にして俯き、肩をぷるぷる震わせている。
『着替えなんて満足にないでしょう? 特務担当の方は男性で、こういう所まで気が回らないと思うの。……帰ってきて涼ちゃん、貴女は十分に戦ったわ』
と書かれた秋月からの手紙に涼月が気づいて誤解は解けるが、それはもっと後の話で――――。
「……一体……どういうおつもりで……」
秋月ぃぃぃぃぃっ! と叫びたくなった。これじゃ俺が涼月に下着をプレゼントしたみたいじゃないか! 折角打ち解けかけた空気が再び凍り付いた。と、とにかく説明っ、説明しないと!
「や、そ、それは秋月の……秋月から貰って……」
「秋月姉さんのを……貰った? と、とにかく……初めて会う方から、こんなの……受け取れません」
しどろもどろな俺の説明は誤解を助長したようだ。涼月は両腕で胸を庇う様にして警戒心MAX、完全に不審者を見る目だ。涼月だけじゃない、レンとソウも目を光らせ、二基四門の長一〇cm高角砲をゆっくりと俺に向け始めた。
「あの……涼月……だから話を……落ち着いて話を聞いて? ね?」
長一〇cm高角砲の砲口が完全に俺を捉えた時、轟音が響く。勿論俺は撃たれていない、そう遠くない場所……島の沖合か! 桜とか下着とかそれどころじゃない、俺と涼月は港へ駆け戻った。
異変は確かに起きていた。
岩礁の外側に停泊中のくにさきが、濛々と黒煙を上げ、緩傾斜しながらも離脱しようと必死に速度を上げている。警戒に当たっていた護衛部隊の艦娘は、敵の攻撃地点と思われるポイントへ疾走し、爆雷攻撃を開始した。
――対潜……警戒厳として……ください。
涼月の言葉が脳裏に甦った。何を……知っている? 俺は涼月に鋭い視線を向けるが、彼女は悔しそうな表情で遠くの海を睨みつけながら、ぽつりと呟いた。
「……相変わらず……執拗な……!」
航空隊がまず仕掛け、防空戦の過程で防御陣形は崩され個艦回避を強制される。回避運動で激しくかき乱された海水が生む大量の泡で水中聴音機が役に立たない間に、接近した潜水艦隊による広角雷撃。どちらもが囮で、どちらもが本命の、回避困難な攻撃。
涼月の話では、この泊地に加えられた攻撃がまさにそうだったらしい。第一波の敵航空部隊を迎撃し、奥に潜む機動部隊の捕捉殲滅のため出撃した部隊は、待ち構えていた潜水艦部隊により大損害を受け、そこから空を埋め尽くす大空襲が数波に渡り押し寄せた……結果は、記録に残る通りこの泊地の壊滅。
「だから君はあの時……」
「はい……。防空戦が長引けば敵潜水艦に近づく隙を与えますので……。それに……あのチーム、彼女達の警戒のお陰で……敵は近づけず遠距離雷撃を強いられ、被害は局限できました……。私の言葉を受け入れてくれた貴方の指揮の……お陰、です」
強行突入とか威勢のいい事を言っても、俺も含め艦隊本部の誰も彼もが分かっていなかった。ここは、ひと時も気の休まる事のない現在進行中の戦場だ。
涼月は俺が何を感じたのか理解したようで、こくりと頷くと薄らと微笑む。俺と涼月は言葉を飲み込み、ただ無言のまま海を見つめていた。
そんな俺たちの沈黙は、肩に掛けた通信機に飛び込んできた切羽詰まった声で破られる。
『こちらくにさき、安曇特務少佐、応答願う!』
慌てて通信機を操作し返答しようとする俺を待たず、用件は一方的に伝えられ通信は終了した。
『航空攻撃に続き敵潜水艦の雷撃を受けた! 左舷艦首側に被雷一、これ以上の損害は許容できず、我々は速やかに当海域を離脱する!』
ひょっとして……ひょっとしなくても、俺は取り残された。
呆然とした俺を沈み始めた夕日の赤が染め上げてゆき、涼月は困ったような表情で問いかけてきた。
「……お夕食、食べていかれます、よね? あまり材料が、ないのですが…」
珍しく活動報告も書きました。宜しければそちらもドゾー。