お互いに支え合って強くなれる……安曇さんの言葉がすうっと胸に溶けるように広がって、心の中のこわばりがほどけた私はようやく落ち着きを取り戻しましたが、温もりを求めて一層強くしがみ付きました。ふと髪と頭に載せられた手の重みに、さらに強く……両腕で安曇さんを抱き止めるように引き寄せて……。
「あっ」
「うぉっ」
同時に私と安曇さんは声を上げ、二人分の体重が一気に掛かったベッドも弾みながら軋みます。
不意に無言になった私達は、ただお互いの瞳から目を離せずにいます。こ……こんな至近距離で安曇さんの顔を見るのは初めて……でもないですが、さっきまで見ていた夢がフラッシュバックし、顔が熱くなります。それでも目が逸らせません。吐息が……熱い。
僅かに体勢を直した安曇さんの動きに私も反応します。長い睫と二重の瞼、眩しそうな優しい微笑み……に僅かに隠れた惑いの色。
ああ、そうなんだ。
残念ですが……私はこの人のことを、知りすぎている。この微笑みは……以前も見たことが……ある。私と安曇さんが二人で暮らしていた元泊地から脱出する時。島を出る術のない安曇さんを残しておけず頑強に反対する私を一人で旅立たせた時と同じ――――。
「君が休んでいる間に牧島大将から連絡があってね。ようやく、というかついに呉の連合艦隊が姿を見せるそうだ。向こうは向こうで、戦艦レ級eliteを中心とする部隊と交戦していたそうだ。ただ逃走に入った敵がこっちに向かっているそうで、追撃してるそうだ」
あくまでも優しい瞳のまま、殊更さり気なく、私を安心させようとする。
「だから涼月、よく聞いてくれ。君と秋月、そして再編した対空対潜水部隊を護衛につけて輸送船を南方に退避させる」
ああ、やっぱり…………。
あの時私はただの涼月で、安曇さんはただの安曇さんで、二人だけで過ごした元泊地での時間。それは少しずつゆっくりと、私を変えていった。今でも変わらない……いいえ、より深くなったのは、胸に宿るこの想い。けれど……やっぱり私は艦娘で、安曇さんは軍人で……為すべきことが私達には……ある。
「結果として二方向……西と北から水上打撃部隊が接近中なんだけど、まぁ別に問題じゃないさ。こっちも打撃部隊は温存してるし、牧島大将と連携してここで敵を食い止める。敵の航空隊には君達が十分な打撃を与えてくれた、今後の空襲には何とか対応できるだろう」
目を逸らさないで、私も平静を装って問い返す。
「安曇さんも……一緒に輸送船の護衛に?」
「ああ…………そうだな。もう他の連中は出撃準備中だ、合流してくれるか?」
ほんの一瞬だけ瞳を曇らせた安曇さんですが、何事もなかったように微笑んで応えてくれました。再びベッドが軋み、安曇さんが体を離します。ほとんど密着していた二つの体の間に滑り込む冷えた空気が、火照った体の熱を冷ましてゆきます。
「お待たせしました」
手早く着替えて、医務室の外で待つ安曇さんに合流。歩き出そうとする安曇さんの、上着の裾を掴んで呼び止めます。表情だけで疑問を示した安曇さんが口を開く前に、俯いたまま唇から出た言葉。
「……死なない、で……」
それは以前、島から脱出する私達が離れる際に、どうしても言えなかった言葉。一緒に……二人で共にあるのなら、私が安曇さんの乗る母艦を守るなら、そんな言葉を言う必要がある場面なんて絶対に迎えさせない。でも――――安曇さんはとても優しくて……嘘が、下手……です。
「行くぞ」
短い一言だけを残して、くるりと私に背を向けた安曇さんの頬が真っ赤に染まっています。きっと私の頬も……。私の顎を持ち上げた指先も、背伸びをした私の爪先も、自分以外の感触を初めて知った唇も……全部、全部独りでは分からない、二人じゃないとできないこと……でした。
ぐいっと拳で目を拭い、私は安曇さんと反対方向、出撃ドックへと走り出しました。
◇
「こちら安曇、作業中の者は手を止めなくていい、そのまま聞いてくれ」
涼月と別れた後、俺は艦長室へ戻り艦隊に通信回線を開く。オープンチャンネルでの通信なので、艦の内外どこにいても全艦娘が聞くことが出来る。
「まず現況を簡単に共有する。二方向より敵が接近中だ。一方は西方の水上打撃部隊……偵察情報によれば通常艦隊以上連合艦隊未満の規模で、戦艦棲姫一、戦艦タ級flagship二を中心とする部隊。もう一方は呉の連合艦隊に撃ち払われた部隊で北方より接近中。敗残の部隊だが戦艦レ級eliteが含まれているので侮れない」
通信機越しに伝わる騒めきが収まるのを待って言葉を続けるが、安心材料には程遠い。それでも言わないとな。
「これに加え、さきほどまでの対空戦闘で大きな打撃を与えたとはいえ、敵の航空戦力はまだまだ侮れない。分かっているだろうが、曇天を衝いて至近距離から突入してくる航空攻撃の迎撃を余儀なくされる俺達が圧倒的に不利だ。敵は……不気味なほど俺達の弱点を知り抜いて、徹底的に突いて来る」
秋月型を四人投入した先ほどまでの対空戦闘……辛うじて敵を撃退したが、こちらの損害は目を覆いたくなるほどのものだった。母艦の艦上入渠設備はフル回転、資材資源に高速修復材を湯水のように使いなんとか戦力を回復したが、目的地にたどり着くまで補給の受けられない俺達はこのままだとすり減らされる。
だから俺は――――。
「艦隊を二手に分ける。TF1……すでに動いているが、民間人の乗る輸送艦とそれを護衛する部隊は涼月が俺の代行として現場指揮を執り、この海域を離脱し南方へと向かっている。残るTF2……水上打撃部隊で敵と真っ向勝負だ。
オープンチャンネルならではというか、俺の話に唐突に割り込んできた声。
「ふっ……任せておけ、この試製五一cm連装砲が火を噴く時が来たようだな。我々水上打撃部隊が全て薙ぎ払ってくれる。だが……本当にいいのか? 貴様まで前線に留まることはないんだぞ?」
「
あの時、俺は嫌がる涼月を一人で送り出した。それしか選択肢がなかったから。そして今は……俺も涼月と共に後方退避を選ぶこともできる。だけど元泊地から脱出した時の涼月、あるいは艦娘の皆、百歩譲って俺みたいな軍人は戦って道を切り開ける。でもここまで俺達と命運を共にしてきた民間人達は違う。命の重さに優劣や高低なんてないけれど、命が守られるべき順番というのは厳然と存在している。やっぱり俺は軍人で、涼月は艦娘で、だから――――。
「
さぁ、始めようか。大丈夫、きっと分かってくれる、よな?
「TF2出撃、思いっきり撃ち合ってくれ!! 守り切るぞ! そして……絶対に生きてまた会おう!!」
◇
「す、涼ちゃん!? き、聞いてた!?」
文字通り血相を変えて秋月姉さんが近づいてきました。すでに抜錨を済ませ南方へと進路を取った私達TF1は、すでに母艦が見えない距離まできました。計算の上、なんでしょうね……頃合いを見計らったように入った通信。オープンチャンネルで届いた内容に秋月姉さんだけではなく、部隊の仲間達が騒然としています。
深海棲艦に対抗できるのは艦娘だけ。
誰もが知る原理原則からすれば、安曇さんの座乗する母艦あたごは私達と共に退避するのがセオリーで、当然そうするものと皆思っていたようでした。
「はい、聞いてました」
秋月姉さんの方を見る事無く、真っ直ぐ前を向いたまま返事をします。……声の震えは上手く隠せたでしょうか。
「……知ってたの?」
首を横に振って返事。でも、私の知る安曇さんならそうすると……分かっていた、ただそれだけ。私達はお互いを想い合っている……だからこそ、分かりたくなくても分かってしまったこともある。それよりも今は、託された思いに応える。
――俺が守りたいと思っているものを……守ってくれる。
それだけの信頼を寄せられて、奮い立たないはずがありません。そして----。
――絶対に生きてまた会おう!!
私の願いへの、安曇さんの答を胸に、一路南へと向かいます。