41. 戦場の
艦隊の最後尾を守る私の左右には、二基の
ソウは何か聞きたくてウズウズしているような気配、レンは何か言いたいけど 言ってもしょうがないというような気配。小さく首を傾げると、レンと目が合いました。何も言わずにレンは、小さな手を動かすと、ちょんちょんと口元に当てています。
『……
取れ、てる……? 口周りで取れるものと言えば……思い当たるのは……出撃直前に安曇さんと交わした……せいでリップが……?
私達艦娘には、装備する砲の弾薬や燃料はもちろんですが、私的なものでも公序良俗に反せず華美に過ぎないとの条件付きで、希望する品、例えば専用開発されたお化粧品なども支給されます。人間を遥かに上回る強靭な生体組織を持つ私達でも、四六時中潮風と照り付ける太陽、砲口からの火花や黒煙に晒されている訳で、放っておくとお肌や髪や唇がかなり傷んでしまうので……。なので意外と知られていない事実として、濃淡はそれぞれですが私達艦娘はメイクをしています。いくら
元泊地ではさすがにベースとリップくらいしかなかったので、あの頃はほとんどすっぴんを安曇さんにお見せしていました。今思うと、とても……その……は、恥ずかしいというか……。
咄嗟に両手で口元を覆い隠しましたが、頬が燃えるように熱い……。それでも何とか言葉を見繕ろうとする私を気に留めることなく、レンは
『ねぇ……涼月』
真剣な口調でソウがカットインしてきました。何を……言い出すのでしょうか? 私は表情を改めてソウの言葉を待ちましたが……。
『何味……だった? レモン味とかよく聞くけど?』
え…………?
きょとんとした私は、思わずくすくすと笑うしかありませんでした。日常にあって戦時を忘れず、とは軍に身を置くものとしての心構えですが、その逆もまた。戦時にあって日常を思い出させてくれる、例えば甘味やお化粧品のような品、あるいは心を占める大切な人の存在は、自分が戦うためだけの兵器ではなく、日々の細やかな事に心を弾ませる喜びや愛しさを思い出させてくれる、私達艦娘を日常に繋ぎ止める、ひょっとしたらとても重要な鍵なのかも知れません。それは勿論、私達が守る輸送船にいる民間人の方々にこそ――――。
そんなことをつらつらと思い重ねながら、中央に輸送船を配置し二重の輪形陣で一路南下を続ける私達TF1。最後尾を行く私の目の前には輸送船の艦尾、後部甲板には幾人かの人々が出て外の様子を見ています。ずっと船室に籠り切りで緊張を強いられる時間が続くので、一息つきたいお気持ちは分かりますが……ごめんなさい、ここは戦地真っただ中なので。
「甲板に出ている方々、速やかに船室にお戻りください。繰り返します――」
通信をスピーカーモードに切り替え、輸送船に向かって繰り返しお願いします。私の言葉を素直に聞き淹れてくださった皆さんは船室に向かって歩き始めます。む……まだ一人後部甲板に居残ってこちらを見続けている……? もう一度声を掛けようとして気が付いた。あの子――安曇さんと一緒に廃墟の街を回り生き残った住民の捜索をしていた時に出会った、両親を亡くした女の子。
私をじいっと見つめ、にぱぁっと満面の笑顔で大きく手を振っています。ああっ、そんなに身を乗り出して落ちたりしたら! 慌てて両腕を伸ばして必死に押し止めますが、あの子は私の動揺を知るはずもなく、くるりと身を翻して船室に向かい走り出そうとして……ぴたりと止まりました。もう一度こちらを振り返り、両手を口の脇に当て大きな声で叫ぶと、今度こそ駆け出してゆきました。
『ありがとう、だってさ
『……強いね、あの子』
脚元に寄り添う
――安曇さん、私……必ず守り抜きます。
◇
「ふぅ……滲みるのぉ」
安曇少佐との作戦会議を終了した牧島大将は、がさごそとポケットを弄り葉巻を取り出す。唇に咥え火を点け、深々と紫煙を肺に送り込む。葉巻を嗜む作法としては眉を顰める向きもあるかも知れないが、彼はとにかくそうしたかった。
「……いいの、本当に?」
海面に立ち潮風にサイドテールを預けるのは、呉の総旗艦にして牧島大将の秘書艦の加賀。その彼女が訝し気な声で牧島大将に通信越しに問いかける。
「何じゃ加賀ぁ………何を心配しとる? 我こそ本当にええのか?」
吐き出す煙と共に牧島大将が問い返し、紫煙は潮風に乗り
大将の座乗する艦隊母艦の
「……心配いらないわ」
飄然とした口調とは裏腹に、加賀も左手で右脇腹を押さえ、傷口に圧迫を加える事で出血を抑えようと試みている。
「あん
牧島大将のいう『やること』――レ級elite率いる部隊との交戦で損耗したとはいえ、戦力は十分に保持している。だがその戦力を万全に発揮するには、補給と整備が行われることが大前提となる。具体的には呉連合艦隊の母艦かが……レ級eliteは艦隊母艦を集中して狙い、呉の大部隊を支える継戦能力に大打撃を与えたのだ。
「私達も
「そうするか。艦隊、最大……言うても第三戦速がぎりぎりか……まぁええ、気張っていくけぇ、ケリ付けちゃる!」
◇
「あっはは、痛快だ! 主砲、一斉射だ、薙ぎ払え!!」
「遠慮はなしだ、撃ち続けてくれ」
戦況報告というよりは血気盛んな意気込みが通信越しに届き、俺もまた後押しする指示を出した後、ふぅっと溜息を一つ零し、ひび割れた艦長室の窓越しに覗き込んでいた双眼鏡を下ろす。敵の接近を食い止めている水上打撃部隊は優勢で、着実に打撃を与え続けている。それでも敵の砲撃も熾烈で、俺の座乗する母艦あたごの周囲にも遠弾とはいえ砲弾が着水し、その度に巨大な水柱が立ち上がり艦が大きく揺すぶられる。
しかし……超弩級戦艦娘の火力は尋常じゃない。相手は戦艦棲姫一、戦艦タ級flagship二を中心とする部隊
この戦闘で俺が懸念している点は二つ。
一つは北方から接近中の別動隊。南進中の呉の連合艦隊に襲い掛かったこの連中だが、撃退された残存勢力がこの海域に向かっている。それはこちらの水上電探でも確認済み。戦艦レ級eliteを擁する部隊で、こいつらと合流されると挟撃を受けることになるが……それに増して敵の動きが不透明だ。呉視点で見れば敵が引いた以上撃退したのだろうし、それは間違いではないだろう。だが牧島大将からの連絡内容を聞いていると、どうにも腑に落ちない。やけに引き際があっさりしているというか。
もう一つは……やはりグレイゴーストの存在。俺としてはむしろこちらの方が気掛りかもしれない。これまでの数次に渡る空襲を経て気が付いた。奴は……雷撃隊を動かしていない。急降下爆撃はだいたい二五〇kg、大きくても五〇〇kgの徹甲爆弾を用い、爆撃だけで艦娘を沈めるには相当な手数を必要とする。一方の雷撃は爆弾換算で八〇〇kg相当かそれ以上の破壊力を有する魚雷を喫水線下に叩き込むため、大型艦でさえ一発で大破、当たり所が悪ければ轟沈に追い込まれかねない。にも関わらず雷撃隊を温存しているのは、無論どこかで投入し俺達、あるいは呉の連合艦隊のいずれかに致命傷を与えるタイミングを狙っての事か。
つまりのんびり戦っていると最悪三部隊から袋叩きに合うリスクがある。それを避けるためにも、牧島大将もこちらに急行中。さきほどまで交わした作戦会議の結果に従い、俺ももうひと踏ん張りふた踏ん張りしないと。
「水上打撃部隊、前進!! 戦艦棲姫を叩く!!」