月の帰る海   作:坂下郁@リハビリ中

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 今回は深海翻訳機能をONにしてお送り致します。


42. 戦場の輪舞曲(ロンド)-中編

 安曇少佐指揮する特務艦隊水上打撃部隊(TF2)が残存の敵艦隊を討つため前進を開始したのと同様に、戦艦棲姫率いる敵の残存部隊もTF2に向かい突進を始めた。

 

 相手からの砲撃を警戒し陣形を整えつつ、長大な射程距離を誇る超弩級戦艦娘――武蔵がまず行き脚を落とし砲撃態勢に入り、以下僚艦たちもそれぞれの射程距離に応じた地点まで前進を続けようとした。敵艦隊はというと絶え間ない激しい砲撃を放ちながらさらに増速し突入を続け、TF2の目と鼻の距離まで迫ってきた。

 

 かつての海戦は、遠距離から大口径砲で撃ち合い、中間距離では中口径砲も加わり削り合い、近距離では持てる火砲を総動員かつ魚雷攻撃で止めを刺す、というのが概ねの在り方。だが艦娘と深海棲艦の戦いにはもう一つの距離――近接戦闘がある。

 

 お互い人型(あるいは魚類、動物?)である身体は、手足と牙の届く距離なら徒手空拳で戦うことを可能にする。殴り、蹴り、掴み、投げ、締め、砕き、噛みつき、引き千切る……海上のヴァーリトゥードが第二ラウンドとなった。

 

 あちこちで鋼鉄がぶつかり骨が軋む音、咆哮と砲声が巻き起こる。真っ向勝負で受けて立つ者、密着を嫌い距離を取ろうとする者、それぞれが激しく動き回り陣形はあっという間に乱れ、それぞれが目の前の相手とのシングルマッチに引きずり込まれた。

 

 「何を狙う……?」

 

 顎に手を当て目を訝し気に細めた武蔵の表情が変わる。混乱の中、敵旗艦・戦艦棲姫が一直線に吶喊してきたのだ。世界最強の主砲もここまで近づかれればむしろ取り回しを持て余し、さりとて副砲で打ち払える相手でもなく、受けて立つしかない。

 

 黒いシースルーのナイトウェアのような装束を纏う真っ白な女の背後で、巨獣のような艤装が動き出したのを見た武蔵は、やや腰を落とし膝を柔らかく保持し、すぐさま挑みかかれるよう備える。

 

 「むぉぉぉっ!?」

 

 探照灯が真正面から照射され、不意を衝かれた武蔵は視界を奪われる。日中とはいえ暗い曇天の下、海上に突如もう一つの太陽が現れたような眩しさに紛れた戦艦棲姫は長い黒髪を靡かせ、海面に倒れるのではないかというほど姿勢を低くし、閃光のようなタックルを敢行した。

 

 ひと際激しい金属音と、肉を貫く鈍い音が響く。戦艦棲姫は激突の瞬間にがきんと奥歯を噛み締め首に力を込め、額に生えた角で武蔵の下腹部を突き通し、双手で膝を刈り取ろうとする。背後に従えた、巨大な顎を備える巨獣のような艤装でゼロ距離から一斉砲撃を加えるため、海面に押し倒…………せない!?

 

 ならばこのまま!と戦艦棲姫はこのまま噛み千切ろうとと背後の巨獣を操る。一つ一つが斧のような歯の生えた巨大な顎が上下に開き、巨獣の咆哮が周囲を圧するが、すぐに悲鳴じみた叫びへと音色を変え、ぶちぶちと肉を引き裂くような音がする。

 

 異変を感じた戦艦棲姫はすぐさま距離を取ろうとして果たせない。深々と突き込んだ角を筋肉で締め上げられ、抜くに抜けない。むしろ自分がこの体勢のまま囚われている……背筋に冷や汗を感じた瞬間、背中に加えられた激しい衝撃と痛みと同時に戒めが解かれる。単純にして明快、真上から振り下ろしの拳で殴られ、その衝撃で角が折れた。間髪入れずにさらに激しい衝撃……戦艦棲姫は思いっきり蹴り飛ばされ三回四回、海面を交通事故のように転がっていった。

 

 ふらふらと立ち上がった戦艦棲姫だが、視界がぼやけ目の焦点が定まらない。殴られた肩甲骨と蹴られた顎が砕けている。背後には一緒に蹴り飛ばされた巨獣の気配があるが、どうも様子がおかしい。

 

 「忘れ物だ」

 

 無造作に、冷徹に言い放った武蔵が、ひょいっと何かを放り投げた。くるくると宙で回りながら戦艦棲姫の足元に落ち水柱を立てた()()が海面に浮かび上がる。見覚えのあるものだった。慌てて振り返ると、巨獣の上顎から上は無理矢理引き千切られ形がない。戦艦棲姫は姿勢を倒し再び突進の体勢に入る。

 

 「配下に無駄死を強いるとは……こんなものか、グレイゴーストとやら」

 

 首を左右に倒しこきんと音を鳴らし銀髪を揺らした武蔵が、黒いコートを翻し前のめりになる。先ほどよりも激しく突進してきた戦艦棲姫を真正面から組み止める。この武蔵と真っ向勝負で果てた、といえばあの世でも誇れるぞ……死を覚悟し決して引かない天晴な敵へのせめてもの手向け、そう考え行動した武蔵はいかにも武人らしい。

 

 「無駄死? 貴様がな」

 

 見下ろす武蔵の視線の先、顔を上げた戦艦棲姫の赤い目が嬉しそうに笑っている。直感的に危機を感じた武蔵が自分の腰にしがみ付く相手を引き剥がそうとする……が、先ほどまでと違い、渾身の力で武蔵に組み付く戦艦棲姫を振り払えない。そこに――――。

 

 「武蔵、敵機だ!! グレイゴーストの艦載機と見て間違いない、超低空を侵攻中!!」

 

 安曇少佐の切迫した声が通信越しにTF2全員の耳を打つ。低空を侵攻中ということは、相手は雷撃隊だ。重たい魚雷を抱えたまま相手に肉薄する艦上攻撃機の損耗率は高いが、いくら超弩級戦艦といえども集中的に足元に魚雷を叩きこまれれば無事では済まない。武蔵でさえそうなのだ、他の重巡娘や駆逐艦娘なら一発で致命傷に繋がりかねない。そして今、味方は対空攻撃どころではなく、敵の航空隊に必中距離まで接近を許してしまった。

 

 対空電探が十分に機能しない曇天下での戦闘、水上打撃部隊同士の砲撃戦から無理矢理巻き込まれた近接戦闘、敵味方が零距離で入り乱れる戦場で対空水平射撃は味方撃ちに繋がる……全てが布石だというのか? 武蔵の目には今自分に食らいついて離れない戦艦棲姫の存在が、別な意味を持って圧し掛かってきた。死地への錨……自分を、自分達を航空攻撃の標的として足止めするために無謀な……いや、確実な方法を採ったのだ。

 

 武蔵が周囲を慌てて見渡せば状況は似たようなもの、どの艦娘にも敵艦がへばりつき逃がそうとしない。その間にも水平線には猛烈な勢いで黒点が増え、見る見るうちに腹下に魚雷を抱えた艦載機の輪郭を鮮明にして急速接近してきた。

 

 「くっ……」

 

 悔しさでばりばりと音が出そうなほど歯噛みした武蔵は、眼前にいる戦艦棲姫を睨みつける。この至近距離で自身の装備する試製五一cm連装砲で一斉射撃を加えれば粉砕できる。だがこの距離でのあまりにも強力な砲撃は自分にも甚大な被害を齎すだろう。一瞬の逡巡の後、武蔵が目にしたのは、一〇機以上の攻撃機が自分に向かい魚雷を切り離す光景だった――――。

 

 

 

 「……こんなもの、か」

 

 陽光の下、空母ヲ級改flagship(グレイゴースト)は、安曇少佐率いるTF2が激闘を繰り広げる海域の()()にある、小さな岩礁に腰掛けていた。比較的平らな岩にお尻を載せて右脚は立て膝、膝に重ねた両手に口づけるように顔を寄せ、つまらなさそうにぽつりと呟いた。

 

 深海棲艦といえども空母は航空隊と感覚を共有するので、事の成り行きはリアルタイムで掴んでいる。安曇艦隊()の水上打撃部隊の頑強かつ巧妙な砲撃戦で想定を遥かに超える損害を受けたのも事実。味方の打撃部隊の生還は望めない。なら、最大限効果的に命を燃やしてもらう。味方の打撃部隊もろとも、超弩級戦艦を主力とする敵の水上打撃部隊に致命的ともいえる損害を与えた。あとはレ級eliteの率いる部隊に任せておけばいい。

 

 

 「どうして……私の事を、こんなにも分かるのだろう……」

 

 どこかの泊地跡に立て籠もっていた時は、予想外に激烈な対空攻撃を見舞われ予定になかった対地攻撃を余儀なくされた。

 

 民間人(生餌)の救出に赴いた今回、巧みな対潜攻撃で潜水艦部隊による海上封鎖を突破。

 

 後発の連合艦隊との合流を待たず、積極果敢に攻勢に出て、飛行場姫と離島棲姫を撃破された。

 

 

 それは全て、銀髪の艦娘を傍に置く安曇少佐(同じ男)の手によるもの。

 

 

 どうしてこんなにも、自分の事を理解しているのだろう? でなければこれほどまでに立ち向かえるはずがない。

 

 「もしかして……私を……知っている?」

 

 安曇少佐がグレイゴーストを個人的に知る筈もない。だがこの灰色の魔女は、自らに立ち塞がる存在の不快さ以上に、『理解されているかも知れない』という身体の内側をなぞられる様な愉悦に、ひくんと顎を上げる。

 

 見上げた空から祝福するように降る陽光が照らす南の海----そう、涼月率いるTF1……民間人を載せた輸送艦の護衛部隊が進む先にある岩礁で、グレイゴーストは何かを待つように、空に言葉を溶かしてゆく。

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